第130話 一筋の希望の光
丸眼鏡とフィオナは、ソーマとマキナを背負うと世界樹の麓まで運んできた。
その間にも回復系の魔法や状態異常回復系の魔法などを試してみたが、当然二人に効果は無かった。
マキナは墜落の衝撃で、再度気を失っている。
大樹の目の前まで来るとその幹はまるで巨大な壁と見紛う。その麓で丸眼鏡とフィオナは世界樹に祈りを捧げ、神の顕現を待った。
しかしどれだけ祈りを口にしても、二人はSSランクスキルの世界樹の救い手を所持していないからか、神や妖精の類が現れることは無かった。
「やっぱり難しいみたいですね。世界樹の粉塵を得るヒントが欲しかったのですが」
「うむ、世界樹がダメということならここは早めに立ち去りたいのう。おそらくエルフ国から兵や斥候などが向かっておるはずじゃから、見つかると厄介じゃ。最初に魔族に襲撃された場所に向かうとするかの」
フィオナは分かりましたと答えると、着ているものが弾けて上半身が裸のソーマを優しく背負った。ソーマの背には翼が生えていた跡が黒い痣のように残っている。それが丸眼鏡には、とても痛ましく見えた。
小さく溜め息を漏らした丸眼鏡も身体強化を用いてマキナを背負い、二人は深い森の中へと消えていった。
陽が傾きかけた頃、丸眼鏡とフィオナは不安に苛まれながらも、国境を越えた豊かな森の中で異質を放つ荒野にて、野営の準備に取り掛かる。
また追われるのではいかという恐怖、ソーマとマキナの容態の不安、これからどうするか等、考えれば考えるほど憂鬱さを増す。
まずは魔法コントロールに関してソーマより秀でる丸眼鏡がかまくら式住居を作り、大きなベッドにソーマとマキナを寝かせた。
二人は水のシャワーを浴びて身体の汚れや血を洗い流すと、手早く料理を作って静かに二人で食事を取った。
「シャワーってそう言えば冷たいんでしたね。火属性使えるお二人がいないと身体が冷えました」
「そうじゃの。しかしこれからどうするかのぅ……とにもかくにも現状打つ手なしじゃから、ありとあらゆる情報を集めてお二人を治癒する方法を探りたいのじゃが、それをするにもお二人をどこか安全に匿ってもらう必要があるの。本当は獣人国に向かいたいのじゃが、船が必要じゃろ」
「そうですね……この喧噪の最中にマキナさんを連れてエルフ国の港町を使うのはリスクがありますし、人間の国もソーマ様がお尋ね者ですから万が一のことがあります。ドワーフのローガンさんってどうなんですか?」
「うむ、ローガン殿を訪ねるという選択肢もあるのじゃが、出来ればこういう状況ゆえ巻き込みたくないというのが本音じゃのぅ」
今回の件で、ソーマ達は魔族とダークエルフを本格的に敵に回したと見て間違いない。
ヘルドの生死は確認していないが、おそらくタダでは済まなかっただろうし、生きていたとしてもスキル名やヘルドの発言からから察するにソーマのように何らかの代償を払ったと思われるゆえ、すぐさま復活とはならないはずである。
街は壊滅させたものの、全てのダークエルフと魔族の軍があの場に居合わせていたわけではないので、今後もその二種族と対立を重ねることになるのは明白だ。
となると、民間人であるローガンの元に身を寄せるのは気持ち的に憚られた。
獣人国であれば経緯を説明しても、ライル王なら受け入れてくれるであろうという気持ちはある。
それにあそこは軍事国家ゆえ、手負いの魔族とダークエルフではそう易々と手出し出来ないだろう。
「そういうことでしたら、やっぱり獣人国を目指しましょう。ドワーフ国経由で船に乗って獣人国に向かうのはどうですか?」
「そうじゃな……お二人を背負ってここからドワーフの港町ノルゴールを目指すのはなかなか厳しい道程じゃが、それが一番安全かもしれぬ。ライル王がピアスを持っておれば色々手配もしてくれたのかもしれぬが、それは言っても仕方ないの」
「そう言えばあのピアスってソーマ様の養父母様に送られたんですよね? そろそろ到着してるはずですが……」
二人はベッドで横たわるソーマを見つめ、ご両親になんと説明すれば良いのかと憂鬱な顔を浮かばせた。
「……おい……誰かいるのか……?」
「マキナさん!?」
「マキナ殿っ!」
気が付いたマキナの元に二人が駆け寄ると、フィオナは冷たいタオルをマキナの目にあてがった。
「温かい方が良いですか?」
「……いや、これで良い。フィオナと丸眼鏡ッちか。助かったのか?」
「それがの……助かったには助かったのじゃが――」
丸眼鏡は気が付いたばかりのマキナには酷な話かと少し躊躇したが、それでも伝えないわけにはいかないと、マキナがフィオナと共にヘルドの結界を破ってからの話から現在に至るまでの詳細を聞かせた。
「……そうか。ったく普段冷静なヤツはキレるとこえぇからなっ……ぅっ」
マキナは未だ目に激痛が走るのか、時折顔を歪ませていた。
それでもなんとか話せるまでに快復したマキナに、痛々しさと安堵の両方を、丸眼鏡とフィオナは抱いていた。
「丸眼鏡ッち……ソーマは世界樹の粉塵なら治るのか……?」
「ううむ、何とも言えぬが、世界樹の粉塵かそれと同等以上のものでなければ厳しいとは思うのう」
「……ならよ、ソーマの親がいるリルムに連れて行ってやってくれ。なんかあいつ前に、親がそれと同じようなレアアイテムを持ってるつってたんだ……人間国の聖地復活ダンジョンだか、分かんねぇけどそこから稀に出るらしいぜ……」
マキナの言葉に丸眼鏡とフィオナは目を見合わせた。
「今そのご両親の話をしてたんです! 聞こえるかな……ソーマ様のお母さま、ソーマ様のお母さま聞こえますか? ピアスに魔力を通せばこちらにも声が届くはずです」
「……あ……あー……これ聞こえてるのかな?」
ピアスから聞こえる声に丸眼鏡とフィオナは目を丸くして笑みを浮かべ、ベッドに横たわるマキナに抱き着いた。
マキナは、いってぇよ! と怒鳴るも、それでもどこか嬉しそうに声を上げた。
「聞こえてます! えっとお名前は……」
「エルよ、もしかしてマキナちゃん?」
「いえ、パーティメンバーのフィオナと言います、宜しくお願いします!」
「あらあら、あの子ったら女の子ばっかり集めてるの? 一途な子に見えたのに女ったらしなのかしら?」
エルは世間話調子の明るい口調でフィオナに話掛けているが、今はそれどころじゃないので丸眼鏡がフィオナを制して代わる。
「エル殿、パーティメンバーのココネと申す。早速ですまぬが今かなり深刻な状況での、説明は後程するとして単刀直入に言うとソーマ殿が呪いの類のせいで意識不明、目を覚まさんのじゃ。マキナ殿もスキルの副作用で失明しておる。エル殿は世界樹の粉塵というアイテムはご存じかの?」
丸眼鏡の冷静かつ鬼気迫る声色にエルも事態を認識したらしく、先ほどとは違って真剣な声色で答えた。
「そう、それは一大事ね。その世界樹の粉塵ってアイテムは知らないけど、うちにどんな病も傷も部位欠損も直すと言われている『女神の涙』というアイテムならあるわ」
エルの言葉に丸眼鏡とフィオナは視線を交わし、小さく頷く。
「ふむ、ちなみにそのアイテムで直せるのは一人だけかの? 世界樹の粉塵は一小隊くらいであれば全員治せると聞くのじゃが」
エルは何やら誰かと話しているらしく、魔力への意識が途切れるのか話の内容までは聞き取れない。
「えっと、そこまでかは分からないけど複数人に効果はあるそうよ。ソーマにもマキナちゃんにも使えるわ」
「うむ、してそのアイテム、譲ってはくれぬかの?」
「バカ言わないでよ、ソーマは息子でマキナちゃんはガールフレンドでしょう? 譲るも何も当然使わせて欲しいわ」
親心としては当然かと丸眼鏡は素直に謝罪すると、これから向かうと言って二人を背負った。
「マキナ殿、ちと走るゆえ目に響くかもしれぬが我慢して欲しいのじゃ」
「……ソーマ、母ちゃんにあたしのことガールフレンドって紹介したのか?」
「それはソーマ様が起きてから直接確認すべきだと思いますの。とにかく急ぎましょう」
フィオナの真剣な声色に、相変わらずだねぇとマキナは軽口を叩く。
降りてくる夜の帳のなか、丸眼鏡とフィオナはエルからリルムの位置を確認すると、ソーマとマキナを背負ってリルムへと向かった。
二人が向かう方角の空には大きなほうき星が弧を描いて落ちてゆく。
その光景はパセドの誓いにとって、まさに希望を繋ぐ一筋の光のように思え、丸眼鏡とフィオナはそれを手繰り寄せるかのように足を早めた。
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