第118話 丸眼鏡とデート?
ソーマと丸眼鏡はファルテナの街を観光していた。
主に丸眼鏡が行きたい店に付いて行くような形なので、一歩後ろをソーマが歩く。
(こう見るとちっこい獣人だよなぁ。ローブの下からちょこっと尻尾見えてるし、意外と狼の耳もぴくぴく動くもんだな)
ソーマは丸眼鏡の後ろ姿を観察をしながら街を歩く。
腰下まで伸びる藍色の長い髪を先の方で一本に結い、頭の上の耳は頻繁に動いている。フォレストワームという緑の絹のローブとレッドベアの赤い革靴は丸眼鏡のお気に入りというだけあって色、デザインとも可愛らしく、そのローブの裾から尻尾が少しだけ見えていた。
丸眼鏡はアクセサリーショップを見つけると、吸い込まれるように入っていった。
さすがにミスリル製などは無いが、銀や金を使ったものや、綺麗な石、鉱石、宝石をあしらったものは置いてある。
相変わらずあまり表情を変えずに店内を見て回る丸眼鏡だが、時折気になるものは手に取っては眺めてというのを繰り返していた。
(鑑定スキルを使ってないし、単純にアクセサリーが好きなんだろうな)
ソーマはてっきり魔石や鉱石を鑑定しながら掘り出し物でも見つけるのかと思っていたが、瞳が鑑定時のそれにならないところを見ると、ただシンプルにアクセサリーが好きなのかと考えを改めた。
そう考え直してからは、前世から女性関係に疎かったソーマもアクセサリーショップたる場所に足を運んだことがなかったので、商品を眺めることにした。
「いらっしゃいませ。冒険者さんですね。お揃いの物でお探しですか?」
店内を見ていると若い女性の店員が声を掛けてきた。勿論エルフである。
「ああ、いえ。今日はパーティが自由行動なので、仲間の一人に付き合ってるんです」
「うむ、ちと見せて頂いておる」
丸眼鏡は店員の相手が面倒なのか、アクセサリーを眺めながら目を合わさずに呟いていた。
店員はソーマに狙いを定めたのか、色々とオススメしてくる。
「他のメンバーは女性ですか? 今男女混合パーティでもお揃いでアクセサリーを付けるのが流行ってて、簡単なブレスレットとか指輪付けられる方々も多いんですよ」
「へえ、そうなんですか。戦闘で役立つ効果とかあるんですか?」
「あーいえ、そういうのはさすがに王都に行かないとないんですけど、ミスリルとか魔石をあしらったものって凄く高価じゃないですか。そうではなくて、パーティの絆って言うんですかね、うふふ、そういうのでお揃いのアクセサリー付けるんですよ。あっ! お兄さんたちも素敵なピアスされてましたね! パーティメンバー全員でお揃いですか? それならブレスレットとか指輪も――」
その後も店員のあまりの押しにたじたじのソーマを横目に、丸眼鏡は淡々とアクセサリーを見続けると、気に入ったものがなかったのか店員に軽く礼を言ってソーマを店から連れ出したのであった。
「はぁ……はぁ……あの店員、今まで出会った敵の中でも一番手強かったな……助けてくれてありがとう」
「ソーマ殿はあまり買い物に慣れてないようじゃのぅ。ああいうタイプは変に応対するとすぐ押して来るから、構わないで欲しいという雰囲気を出すのが大事じゃ」
勉強になります、と再度礼を言ったソーマは、ショッピング通りを丸眼鏡と共に歩き出す。
次はソーマが屋台のおやつに目を付けた。
それはチュイという大福のような見た目で、もちもちとした触感の中に果物を詰めたものらしい。
ソーマが二つ買って一つを丸眼鏡に渡すと、二人は歩きながらそのチュイを食べた。
(やっぱ大福だなこれ! 米があるからもしかしてと思ったけど、もちもち皮の中から溢れる果汁がたまらん!)
丸眼鏡を見ると、美味しいのぅと小さく呟きながらも尻尾を振っており、お気に召したようだ。
次に丸眼鏡が見つけたのはお茶の店だった。
店内に入ると良い香りに包まれており、包装されているものから、計り売りする為に茶葉が並んでいるケースもあり、種類も豊富なようだ。
(前々から丸眼鏡がお茶って言ってたから気になってたけど、こっちの世界だと日本茶みたいな香りのも紅茶みたいなのも全部お茶なんだな)
ソーマがサンプルの茶葉の香りを嗅ぎながらそんなことを思っていると、丸眼鏡は欲しいものがある程度決まっているのか、店員に計り売りの茶葉を量まで指定してどんどん買い込んで行く。
そのうち一人の店員が試飲にとソーマにお茶を入れてくれた。
「こちらは今年の新茶になってまして、ファルテナ特産の果物をブレンドして香り付けしてるうちの新商品なんですよ」
「あ、そうなんですね。たしかに香りがフルーティで美味しいな。そっちのちっこいのにも試飲させてもらって良いですか?」
ソーマが店員に言うと、店員は新しいコップにポットから試飲用の茶を入れて丸眼鏡に渡した。
背の高いエルフが小さな丸眼鏡に渡すので、無意識に丸眼鏡が背伸びして受け取っているのが可愛く見える。
「ふむ、これは良いのう。味の濃い肉料理や辛味のある刺激の強い食事の後なんかは最高じゃの。これも頂けるかの」
丸眼鏡も気に入ったらしく、この店のオリジナルとあって他の茶葉に比べて多めに買い込んでいた。
基本的に冒険者は持ち物が増えるのを嫌うので、港町で祖国に戻るならまだしも内陸の街でここまで冒険者風の見た目の者が沢山買っていくのは珍しいらしく、店員も目を丸くして驚いていた。
大きな紙袋に大量の茶を買った丸眼鏡は荷物を全てソーマに持ってもらった後、一旦路地裏に入って全てムフフの袋に入れた。
「やっぱ収納魔法って目立つのか?」
「稀にめんどくさい輩に絡まれることはあるのぅ」
その後も丸眼鏡は先ほど購入したお茶に合いそうな焼き菓子などを買い漁り、ソーマも個別に売っているものなどを買っては「俺これ好きだからもう少し買っておいて」などと口出ししながら二人は買い物を進め、途中の酒屋でローガンへの土産に米を使った酒を買った。
「いやー丸眼鏡がいつもお茶入れてくれたりお茶菓子出してくれたりしてるけど、こういう風に買ってたんだね」
「うむ、わたくしも大体買うものは決まっておるから、好みなど聞けると今後の参考になって良かったのじゃ」
二人は小さなカフェの軒下にある席でハーブティと小さなフルーツケーキを食べながら、休憩をしていた。
丸眼鏡は文庫本のような小さな本を取り出すと、黙って読み始める。
「話し掛けても良い?」
「うむ」
本から視線を動かさずに了承する丸眼鏡を見て、丸眼鏡の時間を邪魔してないか気にしつつもソーマは話をする。
「何の本読んでるの?」
「ん 異種族ハーフカップルの冒険譚じゃが」
「へー、本当に好きなんだね。なんで異種族ハーフが良いの? 異種族じゃダメなの?」
ソーマがそこまで言うと、丸眼鏡は本をぱたりと閉じ、丸眼鏡のその丸眼鏡をキラリと光らせ身を乗り出しながら話し始めた。
「良いかのソーマ殿、異種族カップルには種族間の抗争や信仰対象の違い、親の反対等が大体付き纏うのじゃが、異種族ハーフと言うのはお互い幼少期から異種族ハーフというだけで色々と辛い思いをしているのが常なのじゃ。異種族カップルは片方が王族や貴族なんてこともしょっちゅうあるのじゃが、異種族ハーフは基本的に身分が低い者、もしくは身分が高くても忌み子として扱われたり、もはや子供と認知されずに母親がひっそりと育てたりとそりゃあもう辛い運命を歩むのじゃ。そんな経験をした二人が惹かれ合う、二人にしか分からぬその辛さを分かち合いながらも――」
その後も丸眼鏡は一人熱弁を振るいまくり、ソーマは自分が地雷を踏み抜いてしまったのだと言うことを即座に理解したのであった。
小一時間の熱弁を振るった丸眼鏡は満足そうな顔をしている。
「ソーマ殿、まだまだ語り尽くせぬ異種族ハーフカップルの魅力じゃが、少しは分かっていただけたかの?」
「あ、ああ、丸眼鏡が異種族ハーフカップルのこと大好きだってのはよく分かったよ」
「うむぅ……まだまだ分からぬかのぅ」
このままではまた語りかねないと思ったソーマは、慌てて丸眼鏡が熱弁していたことの中で覚えている範囲のことを伝え、それは素晴らしいよねと共感したのであった。
丸眼鏡も満更ではない顔をしてその話を聞き入っていた。
「ちなみに丸眼鏡って彼氏いたこととか無いの?」
「ん? うむぅ、まあ流石にこの年齢じゃしいなかったことはないのじゃが、わたくしは自分の恋愛より他人の恋愛を見ている方が好きかのぅ」
「え、彼氏いたことあるのか。どんな人だったの?」
「思い出したくも無いのじゃ」
まるで唾でも吐くかのように渋い顔を見せた丸眼鏡に、これは突っ込んではいけない話題だったなと素直に謝罪して、その後丸眼鏡がまた文庫本を開いたのでソーマは探知系の魔法を使いながらぼーっと街を歩く人々を眺めていた。
陽が沈み西の空に浮かぶ雲が鮮やかなピンク色に染まる頃、丸眼鏡がふと顔を上げた。
ソーマはいつの間にかテーブルに蹲って寝てしまっていたようだ。
「ソーマ殿、ソーマ殿。すまぬの、ちと本に夢中になりすぎてしまったのぅ」
「ん? あ、ああ。俺寝ちゃってたみたいだね。良い気分転換になった?」
「うむ、それでちと最初に行ったアクセサリーショップに行きたくての」
ソーマはごしごしと両目を擦って眠気を覚ますと、カフェで会計を済ませて小走りでアクセサリーショップへと赴いた。
店は閉店していたようだが、店内は明かりがついており、先ほど接客をしてくれた女性エルフの店員がお茶を飲んで友人と話しているらしかった。
「ううむ……閉まっておるの、ちと遅かったかの」
「一応聞いてみようよ」
ソーマはそう言うと店のドアをノックする。
「あら、さっきの冒険者さん? 何か御用?」
「えっと、うちのメンバーがやっぱり欲しいものがあるらしくて。僕たち明日の早朝にはここを発つ予定なんで、もし良かったら売って欲しいなと思いまして」
「すまぬのう、先ほど買えば良かったのじゃが……」
エルフの店員は気にしないでと、笑顔で店に招き入れてくれた。
丸眼鏡はすでに目星を付けていたものがあるらしく、一直線に二つの商品を手に取り、店員に値段を尋ね、小金貨4枚と言うところを小金貨5枚払って深々と頭を下げて礼を言った。
「あら、今時の冒険者にしちゃ随分礼儀正しい子じゃないのさ。お兄ちゃんもこの子の事大事にするんだよ!」
「ほんとね、うちの商品気に入ってわざわざ戻ってきてくれただけでも嬉しいのに。ちゃんとお兄さんに守ってもらうのよ、ふふ」
店主とその友人と思しき人は丸眼鏡の礼儀正しさに感心したようで、彼氏と勘違いしたのか若き二人の冒険者を応援しているようだった。
ソーマもわざわざ否定するほどのことでもないので愛想笑いをしながら礼を言って店を出た。
「手に入ったようで何よりだよ。なんか勘違いされてたけど」
「うむぅ……モブキャラをヒロインと勘違いされるのは不本意じゃが、まあでも無事買えて良かったのぅ、ありがとなのじゃ。それとこれはソーマ殿に」
そう言うと丸眼鏡は買ったばかりのアクセサリーをソーマに渡した。
「ん? モブキャラなのに俺にアクセサリーをプレゼントするのか?」
「ち、違うのじゃ! それはソーマ殿から今夜宿でマキナ殿にこっそり渡すのじゃ! ソーマ殿からと言うことでの! 先ほどアクセサリーショップでソーマ殿が手に取ってたものを見るにセンスがどうもイマイチのようじゃったから、失礼ながら勝手に選ばせてもらったがの」
「さりげなく人のセンスをディスるのやめてほしいっす」
ソーマは胸の辺りに何かがグサリと刺さったのか、手で胸を抑えながらよろめいている。
「と、とにかくそれはソーマ殿からマキナ殿へのプレゼントなのじゃ! ああ見えてマキナ殿も意外と根は乙女だったりするからの」
「お、乙女ねぇ……。まあそう言うことなら……今夜渡しておくよ。ちなみにもう一個は?」
「戦闘やダンジョン以外は勘の悪い男じゃのぅ。アクセサリーなど着けておったらすぐフィオナ殿が気付くじゃろ。フィオナ殿にはわたくしからマキナ殿とフィオナ殿にあげたということにするのじゃ。大丈夫じゃ、全て上手くいくからの。良いかの、必ず渡すのじゃぞ」
そう言うと丸眼鏡はそそくさと今夜の宿を探しに行き、宿が決まるとピアスを通してマキナとフィオナにそれを伝えたのだった。
夕食を終え、夜の稽古を四人でこなしたソーマ達は宿に戻って各々シャワーを浴びた後、一杯の酒を交わしながら軽く翌日の打ち合わせをして就寝となった。
宿は大半が冒険者に合わせて二人部屋と三人部屋の構成になっており、丸眼鏡とフィオナがソーマとマキナの部屋から出る際、丸眼鏡がその丸眼鏡をキラリと光らせながらソーマに熱烈なアイコンタクトを送っていた。
ソーマは二人が去った後、妙に緊張しながらアクセサリーを渡すタイミングを見計らっているも、早々にマキナがベッドに潜ってしまったので早く声を掛けなければと勇気を振り絞って声を掛けた。
「あ、あのさマキナ」
「あ? あんだよ」
「いや、あの、なんつーかさ……」
「んだよ気持ちわりぃ。さっさと言えよ」
マキナは一度被った布団から出て、早く言えとソーマを促す。
「その、今日丸眼鏡と買い物してただろ。それでマキナに似合うかなと思って買ったんだけど……」
ソーマは妙に汗ばんでいる手に握っていたネックレスをマキナに渡した。
「あ? ……あんだよこれ」
「いや、マキナに似合うかなと思って……ネックレスなんだけど……」
マキナは暗い部屋の中、常夜眼を用いてそのネックレスを見た。
白金のチェーンの先には二対の剣をモチーフとしたチャームが付いており、その剣には赤と青の小さな宝石があしらわれていた。
それはまるで碧竜刀と紅竜刀のようであり、マキナもその意図を即座に理解したようだ。
ソーマからは暗くてよく見えなかったが、マキナは長い耳の先まで真っ赤に染めている。
「……良いなこれ。ありがとよ」
「お、おう、喜んでくれたなら良かったよ。じゃあおやすみ」
ソーマもマキナにアクセサリーを渡すのがよほど照れくさかったのか、すぐに布団を被って眠りに就いた。
その後、布団を被ったマキナはこっそりとネックレスを着け、なかなか眠れぬ夜を過ごすのであった。
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