第11話 Eランクと魔法鍛錬
ワイルドディアを倒した後、その他の大型の魔物は現れなかったので、ワイルドディアの頭だけを持って街に戻ることになった。
なんでもワイルドディアの角は魔除けのアクセサリーやインテリアの置物、煎じて薬にするなどの需要があるらしく、角だけでもそれなりの報酬になるとのことだ。
金持ちの商人や貴族などは、頭蓋骨と角を家に飾ることもあるらしく、頭ごと納品するのが主流になっている。
ギルドに着くなりダンはソーマに、一人で討伐したことを伝えて納品してこい、という。
今回は依頼ではなく常時討伐対象なので、討伐申請をパーティでするかソロでするかは自由となる。
買取窓口にはいつもメガネを掛けた白髪のおじさんが腰かけていた。
ギルド職員は若い人が多い中では珍しく中年で、おそらく目利きが出来るのだろう。
「Fランクのソーマと申します。ワイルドディアの角の納品をお願いします」
ソーマはそう言うと角と一緒にステータスプレートを差し出した。
「おお、礼儀正しい坊っちゃんじゃねぇか。ギルドポイント付与ならあとの二人分のステータスプレートも寄越しな」
討伐部位の納品をすればギルドポイントが貯まり、ランクが上がりやすくなるシステムになっている。
「今回はソロの討伐です」
「ほう……まあ別に常時討伐依頼は自由申請だからよ、パーティで協力して一人のランクを上げるってのもルール違反ってわけじゃねぇが……実力に見合わねぇランクをぶら下げるのはどうも好かねぇな」
15歳で冒険者登録したてのソーマがソロで倒せるわけがないと言った風で語る受付にダンが割って入る。
「今回はホントにソーマがソロで狩ったんだ。そもそも本当は大跳竜を一人で狩らせる予定だったんだが見つけられなかったところに出たワイルドディアだ。切断面を見てもらえば分かると思うが瞬殺だったぜ。俺がミスリルの剣で斬ってもそんな切断面にはならねぇ」
聞くなり受付の男は切断面をチェックする。
「こいつは……剣士ってよりは風魔法に近い切れ味だな……」
そう言うなりソーマの顔と装備を一瞥し、冒険者に詮索は御法度と言うこともあってかそれ以上口出しすることはなかった。
「ちょうど隣町の商人がワイルドディアの角と頭のセットを欲しがってるらしくてギルドに依頼が出たんだ。明日から依頼を掲示板に貼り出す予定だったんだが、受けたことにしてくれねぇか? その方が坊っちゃんもギルドポイントが貯まるし悪い話じゃねぇだろ」
「おいおいオヤジ、ソーマも一応15で成人してるんだから坊っちゃんはねぇだろ」
ダンは大跳竜の一件から色々とソーマの肩を持ってくれている。
「悪かったよ、ソーマ、どうだ受けてくれるか」
「構いません、それでお願いします」
「ありがとよ」
そう言うと受付のオヤジはステータスプレートとワイルドディアの頭を裏手に持って行った。
「ギルドもどういう難易度の依頼をどれくらいこなしてるか逐一本部に報告するからな、ちょっとでも手柄が欲しいんだろ」
「なるほど、僕もポイントが多くもらえてウィン・ウィンってやつですね」
目をしかめたダンを見て、この言葉は通じないんだな、とソーマが一人で納得していると、受付のオヤジが戻ってくる。
「ありがとよ、これでソーマはEランクだ。Dランクに上がるにはポイント以外にもパーティでの護衛参加が条件だから覚えておきな。あとそっちの剣士さんよ」
「ダンだ」
「おうダン、大跳竜は今時期森じゃ滅多に出ねぇぞ。隣町の手前の湖辺りじゃ良く見かけるから倒したいなら護衛依頼ついでに行ったらどうだ」
「ギルドの依頼の宣伝も兼ねてったぁ商売上手なこった。感謝する」
「大跳竜を倒したらこっちでも納品してくれよ」
「分かってる」
そう言うとダンは席を立った。
ソーマも報酬の金貨の入った革袋を受け取ると、礼を言って後に続いた。
ワイルドディア討伐の日から、夕方の訓練は剣一時間、魔法一時間となった。
初日はエルに、世の中にどんな魔法があるのかの大まかな分類と簡単な魔法を教わった。
あまりにも数が多いうえに紙がなく記録が出来ないので、何故エルがめんどくさそうな表情をしていたのかが分かった。
ワイルドディアの報酬が小金貨2枚と大銀貨2枚だったので、翌日魔法を教わるお礼に小金貨2枚分ほどの上等な酒を差し入れると、エルは機嫌を良くして教えてくれるようになった。
(にしてもよくあんなに魔法のこと覚えてるよなぁ……)
ソーマは感心していた。
自分の魔法を覚えて使えればそれで良いはずなのだが、エルは他属性の魔法、他属性同士の融合魔法、さらに属性に関係なく発現するユニーク魔法と呼ばれる類の存在も教えてくれた。
とてつもなく種類が豊富なので、ソーマは大半の魔法は聞いて頭にとどめる程度にし、覚えておいたほうが良さそうな魔法は実際に詠唱したり唱えてみたりして覚えられるよう努めた。
実際に発現し、ステータスプレートに追加されるものもあれば、発現しなかったものもあったが、発現しなかったものに関しては毎日朝と夜に必ず復唱し、ステータスプレートに追加されたものは復唱をやめた。
(まずはステータスプレートに追加することが先決だからな。数が多いだけあって忘れるのが一番痛い。ステータスプレートに追加さえされてしまえば発現はいつでも可能だからな)
ステータスプレートの魔法やスキルはタップすると説明文が出る。
例えば風探知であれば『風の力を利用して周囲の状況を探ることが出来る』だし、エアブレイドであれば『風の刃を剣に纏うことが出来る。斬撃には風属性が付与される』等だ。
だから、一度ステータスプレートに追加された魔法は、それがどんな魔法か忘れてしまっても説明文を見れば思い出すことが出来るので、ソーマは発現していない中で有用性の高そうな魔法を復唱している。
目下手に入れたい魔法はユニーク魔法と呼ばれているなかでも「収納魔法」であった。
この魔法は術士のステータスと魔法の習熟度、イメージ力によってはかなりのものを魔法によって収納出来るとのことだが、使いこなせる術士が圧倒的に少ないせいでどのようなイメージによって発現させるのか、またどのような詠唱が効果的なのか未解明な部分が多いとのことだ。
しかし、その有用性から発現させたものは巨万の富を気付くことが出来るとも言われている。
それはもちろん、多くの需要があり、それによって身の危険も跳ね上がるとのことで、発現者自体が少ないうえに発現していても隠蔽されることが多くなり、結果的に研究が進まないことに拍車をかけているらしい。
(チートみたいな魔法だからな、それに発現条件に固有の魔法を覚えてることや、固有のスキルを持っていることなんかもあるかもしれないから、こればっかりは気長に構えておくべきか)
そう考え、ソーマは日課になっている夜の森での魔法の稽古を始める。
(まずはエルさんの言ってたMPを使う感覚を研ぎ澄ませたいな)
エル曰く、詠唱省略や無詠唱に熟達するにはMPを使う感覚を養うことが必須らしい。
魔法剣士であるソーマは前線で剣を振るいながら詠唱することが多いと考え、可能な限り無詠唱で魔法を発現をさせたかった。
さらにそのMPを使う感覚を研ぎ澄まし、イメージと意志を強固にすることによって、より繊細に、より自在に魔法を操ることが可能となる。
例えば礫弾も鋭利で頑丈な石の棘を飛ばすのとただのつぶてを飛ばすのでは殺傷力に差が出るし、複雑な構造の建物の中で微細に風を操ることで正確な探知が可能となる。
風魔法に熟達すると遠くの人の会話を風で運んだり、こちらの会話を風で遮断したりと、諜報活動などに非常に有用らしい。
こういった魔法の繊細な操作や柔軟性・拡張性を持たせることはスキルや習熟度、ステータスには表れない強さとなっており、強さとはレベルやステータス、スキルの数だけではないと、ダンとエルは口を揃えて言っている。
(良き師を持ったな……これもこううんステータスの高さゆえかな?)
ほほ笑んだソーマはうねうねと自身の周りに風を纏い、それを少しずつ周囲に向けて広げていった。
辺りの草木は不自然にうねるように踊り、ソーマが作りだす風が触れる木一本、葉一枚の姿形を鮮明に感じ取るように集中して探知魔法の範囲を広げていった。
そしてソーマは目を瞑り、走り出す。
探知魔法で捉える情報が目まぐるしく変化していくのを、集中しながら感じ取っていく。
習熟度が上がる度に探知出来る範囲が伸びるが、きちんと目的を持って集中しなければ探知出来るものは漠然で曖昧なものであった。
ソーマは、MPを効率よく使ってより鮮明に探知出来るよう、魔法コントロールの稽古を続けていった。