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 あんなに怒るキキョウを見たのは、いつぶりだろうか。

 そう思って、リーデルは記憶をたどってみたが、思いつくシーンはなかった。キキョウは沸点が低く、すぐに怒る性格だったが、あんなにも泣いて怒るところは初めて見た。


「でも別に、俺が悪いわけじゃ、ないし……」


 人を助けることの、何が悪い。

 リーデルは、キキョウにそう言い返してやりたかった。でも、あそこで意地になって言い返せば、取り返しのつかないところまで言い合ってしまうのは、なんとなく予想がつく。今、そんな風に喧嘩をしている場合じゃないのは分かっているのだ。

 分かってはいても、納得はしていない。

 腹の底で、キキョウに対する不満が、熱を持ってぐるぐるとくすぶっていた。


 リーデルにとって、キキョウの言葉に、簡単にうなずいて行動を改めることは、自身が歩んできた冒険者としての数年間を否定するにも等しいことだった。

 誰かを助けのために冒険者になる。それが、リーデルにとって、冒険者になろうと決めたその瞬間から掲げてきた目標だった。

 だからこそ、ランクがそこそこ上がった今でも、新人冒険者ですら嫌がるような(ドブ)掃除をすることもあるし、割に合わないからと誰も受けない護衛任務だってこなす。金が目的じゃない。どれだけ金を稼げる依頼でも、誰かの助けにならなければ、リーデルにとっては無価値なものでしかなかった。

 それゆえに、パーティーメンバーはキキョウ以外、安定しなかった。初めはリーデルに従いはするものの、やはり強くなってくれば効率が良くて金が稼げる依頼を受けたがる。そうして、反発が起き、結局はやめて行ってしまうのだ。


 だからこそ、最初期から一緒にいてくれたキキョウも、自分と同じ気持ちで冒険者業をしているのだと、リーデルは思っていたのに。


「――っ!」


 キキョウへの不満を、ぐちぐちと脳内で消化していた思考が、ふっと引き上げられる。

 何かの気配だ。

 剣を抜き、素早く構えると、その先には《動く死体》が一体、足を引きずるようにしながら歩いている。あの独特の音と共に。


 リーデルは、剣を構えたはいいものの、どうするか迷っていた。

 目の前にいる《動く死体》は、幼い女の子だ。しかも、怪我らしい怪我は、おかしな方向に曲がり、噛みちぎられた跡のせいで、今にも撮れてしまいそうな右の足首だけだ。

 そう、致命傷らしい致命傷がないのだ。


 もしかしたら、彼女は助かる《動く死体》なのかもしれない。


 そう思ってしまうと、倒すことはできなかった。迷いがブレとなって、切っ先が震える。

 助けられるなら、助けないと。

 リーデルにしみついた、『当たり前』が彼の動きを支配する。


「たすけ、な、きゃ」


 リーデルが、剣を下ろそうとしたとき。


 ――なんでそんなに自分を大事にしないの!?


「っ!」


 頭の中で、先ほどのキキョウの叫びが聞こえてきた。

 そうだ、帰らなきゃ。

 きゅ、と柄を握り直し、リーデルは《動く死体》に向き直る。


「う、わああああ!」


 リーデルの叫びが、森にこだました。

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