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1回表・雨の中の令嬢

ぽつり、ぽつりと雨粒が木の葉を鳴らす。カリアが目覚めたのはそんな明け方のことだった。

「どこなの、ここは」

寝起きとともに襲い来る偏頭痛をこらえながら頭を上げ、周囲を見回す。

森。

辺り一面に木々が生い茂る森。その一部開けた草原の上にカリアは置き去りにされていた。

(せめてベッドの上で寝かせなさいな。あの官吏ども、覚えてなさいよ)

かつて思うままにこき使っていた官吏たちが自分を嘲笑う顔を思い出し、カリアはいらだった。が、今はそんな場合ではない。

「…寒い…」

長い間降り続いていたであろう雨風にさらされ、カリアの体温は下がっていた。濡れたドレスも、じわじわとカリアの体温を奪っていくことが予想される。

(早く体を温めなければ)

寒さに身を震わせつつ、カリアは立ち上がった。今自分がどこの国のどの場所にいるか、そのようなことを考える余裕はカリアにはなかった。一刻も早く温まりたい、その一心でカリアは歩みを進めた。雨に濡れた長い髪やドレスが足取りを重くし、ぬかるみに踏み込んで足や靴が泥だらけにもなってしまった。

(なんて、惨めなの)

財も名誉もあった自分が今や雨宿りすらままならない。雨のせいかはたまた激情のせいか、カリアの視界が潤み、歪みはじめた。

(誰か、助けてよ…)

疲れ果てたカリアの目の前に奇妙な建造物が現れたのはちょうどその時であった。レンガでもなく、木でもない灰色の石のような建材でできた壁。それらが円を描くように周囲に広がり、カリアがいた国で行われている馬車や剣闘士の競技場を彷彿とさせる。

(よかった、とりあえず雨風はしのげそうね)

安堵とともに歩みを進め、"関係者以外立ち入り禁止"と書かれた扉を叩いた。

「誰か、誰かいらっしゃいますか」

体温が下がり消耗した体力を振り絞り、必死にドアを叩く。

「お願い、誰か」

「どうしました」

カリアの声を聞きつけたのか、ドアの隣の階段から男が降りてきた。ひゃあ、と素っ頓狂な叫び声を上げてカリアは尻もちをついた。降りてきた男は顔に格子のような仮面をつけ、鎧のような防具と革張りの大きな手袋のようなものを着けていた。

「ああ、驚かせるつもりはなかったんです」

「い、いえ、ワタクシ怪しいものでは」

両手を空に泳がせて慌てふためくカリア。男はああ、と納得したような表情でカリアに問うた。

「ひょっとして、練習見学の方でしょうか」


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