9.ウー先生
「ウーさん、おいでっ」
「キュイッ」
寝床にしていた木の葉を干し、部屋の中をきれいに掃除し、ウーの治療や掃除に使った布も全て洗ってしまうと、やることがなくなった。
自分だけなら良いが、ウーを養っていくのに木の実ばっかじゃアレかもしれないし、何か別の食べ物でも採ってこようか。
目の前にやって来たウーに、ずっと聞きたかったことを訊ねる。
「ウーさんって普段は何を食べてるの?」
(ボク?何でも食べるヨ!キライなモノないカラ、小さい頃お母さんにもお利口だねって褒められタ!)
自慢気にモフモフした胸を反らしている。
聞きたかったことは厳密にはそういうことじゃないのだが、褒めて欲しそうにしているのでとりあえず褒めておく。
「そうなんだー、エラいね!じゃあ好きな食べ物は何?」
(ボクは赤いネズミと赤いサカナと赤いイチゴがスキ!デモ昨日の赤い木の実も美味しかっタヨ!)
前足だけをピョンピョンさせて説明してくれる。
メインは肉か。果物や木の実も食べるらしい。やっぱり雑食なんだな。
赤いものが好きなのかな?
しかし、赤いイチゴはいいとして、赤いネズミと赤いサカナか。
こんな小さい子が狩りとか漁とかできるんだろうか。
「ネズミとかサカナってどうやって捕ってるの?」
(簡単だヨー、見てテネ)
ウーはピョンピョンと湖のそばに行き、ジットと水面を見つめた。
そうしていると、そのうち頭の小さな角がパチパチと火花を放ち始めた。
ウーの紫色の瞳は水面を見つめたまま、うっすらと輝いている。
「え、何?なんかツノ光ってない?」
と、その時、ウーの立つすぐそばの水面を、一匹の小ぶりな魚がピシャリと跳ねた。
そして、その魚が水面に着水する瞬間、ウーの角から細く鋭い稲妻が飛び出し、魚を突き刺す!
バリッ!
魚はそのまま水面にぷかっと浮かび、ウーは首を伸ばしてその浮いた魚を咥え、ピョコピョコとトモカの元へ戻ってきた。
ボトッ。
咥えていた20センチほどの魚を地面に落とす。
(ネ?簡単でショ?一番美味しい赤いサカナじゃなかったけケド……)
トモカは呆気に取られてウーと魚を見つめた。
結構強いよと自慢気に言っていた意味がよく分かる。
「ねぇ、今の魔法?ウーさんは魔法が使えるの?」
(使えるヨー!この角からバリバリーッって。カッコいいデショ!)
「もしかして……ここに住む動物たちってみんな魔法使えたり、する?」
こんなレベルの攻撃力を持つ動物がうじゃうじゃいたら、いくら命があっても足りないんじゃないだろうか。
(ううん、使えるのはネ、"神様の水"を飲んだイキモノだけだヨ)
「神様の水?」
(こっちの方向、深い森が続いてるでショ?そのずっと奥に、魔力がたっくさん溶けた水が出てくる小さい泉があるノ。ボク達は"神様の水"って呼んでるヨ)
「それを飲むと魔法が使えるようになるってことか。ウーさんはそこから来たのね」
(そうダヨ。神様の水を飲むと、魔法も使えるシ、アタマも良くなるンダ!デモ、魔法が使えるようになるト、東に住む獣人タチにモンスターって呼ばれて、殺されちゃうノ……。ボクはそれで逃げて来たンダヨ)
なるほど。つまりウーは獣人にとっては怪物で、討伐対象ってこと?
もしかしてあの怪我は獣人に襲われた時のものだったのだろうか。
「私と一緒にいる所、他の獣人に見つかったら殺されちゃうのかな?」
(ボクはトモカと召喚契約を結んだからネ!召喚獣になるト、チカラが強くなるシ、アイツラ手を出さナイ約束あるミタイ。多分大丈夫ダヨ!)
「そっか、それなら良かった」
他人の物には手を出さないって感じかな。
その時、トモカはふと思いついた。
「ね、さっきのって雷魔法だよね?私も雷属性持ってるみたいなんだけど、私もアレできる?」
(雷属性があるならできると思うヨ!トモカは恩人で親友だからネ、特別にやり方教えてあげルヨ)
「お、やったー!ウーさんありがとう」
(デモ……すごく難しいって聞く聖魔法は使えるノニ、雷魔法は使えないノ?)
ウーは不思議そうな顔をしてトモカを見つめる。
「私、実はよく分からないままでここにいて、魔法の使い方なんて全然知らないの。風魔法を使おうとしたことはあるけど上手くいかなかったし。昨日の聖魔法も使えたの初めてで、いつの間にかできたって感じ」
(フーン、そうなんだネ。デモ使い方はどんな魔法でもだいたい一緒ダヨ!)
「ウー先生、是非コツを教えてください!」
(フフッ。フフッ。しょうがないナー)
どうもウーはおだてに乗りやすいようだ。
尻尾を斜め上にピンと伸ばし、フカフカの胸毛を膨らませてツンと顔を反らせ、ちょっと威厳のある座り方をしている。
何だこのかわいい生き物。
チラリとそう思ったが、トモカはウーのプライドを傷つけないように口には出さなかった。
(早速やってミル?ボクはツノとかシッポなんだケド、トモカは昨日手から魔力出てたし、手カナ?一番魔力を集めやすいところを選んデ、そこに自分の使いたい種類の魔力をイメージして、集めテネ。魔力の性質をハッキリ思い浮かべた方が集まりやすいヨ)
トモカは言われるままに右手を胸の前に差し出し、そこに魔力を集めることに集中する。
魔力というものががどんなモノなのか良くは分かっていないのだけど、昨日聖魔法が発現した時に溢れたあのチカラ。ああいうのってことだよね。
昨日できたんだから、あの感覚を思い出せば多分できる。
魔力の種類は……。今回は雷属性の魔法を教えてもらうから、雷か。
雷ってことは……バチバチと電流が身体を流れていくイメージで良いのかな。
電流が流れ、手先に流れ込むイメージを頭に思い描く。
何だか指先が熱く、ピリピリしてきた。
(ソウソウ、そのチョーシ!)
見ると、指先から線香花火のようにパチッパチッと火花が出ている。
「おーすごい」
自分の指先が光り輝いていた。結構痺れるけど、きれいだ。
(ある程度魔力が溜まったラ、使いたい方向に意識を向けテ、出したいタイミングでドバーって。ガマンしてガマンしてガマンして、ジョーってオシッコする時みたいなカンジ)
た、例えが……。
でも確かに聖魔法が発動した時はそんな感覚だったかもしれない。
出る時ちょっと気持ち良かったし。
使いたい方向。
「湖の方でも大丈夫?」
(ボクもやったし、大丈夫だと思うヨ)
よし。
トモカは湖の水面に目を向け、そちらに向かって手をかざし、一気に手のエネルギーを解き放った!
ガッッッ!!バリバリバリバリ!!!
強烈な太い稲光がトモカの手から発射された。
稲光は巨大な龍のようにうねり、一旦空に向かうと、そこから一気に急降下し、湖の水面へ突き刺さる。
水面に到達した稲妻は、水面全体を一瞬強い光で包んで辺り一面を白銀の世界に変えた。
あまりの眩しさに目がくらんで、トモカは思わず目を閉じる。
やがて静かになり、そぅっと目を開けると、既に元通りの明るさに戻っていたが……、湖の水面には一面を埋め尽くすほどの無数の魚やエビなどの生き物が浮かんでいた。
「うきゃっ!何これ!」
トモカの白い尻尾が驚きと共にブワッと太くなる。
ウーは水面を眺めてしばらく口を開けていたが、トモカの足元にトコトコとやってきてそっと前足を乗せた。
(トモカはマズ、魔力量の調節からダネ……)
「そうかも……。っていうか、この魚たちってみんな死んじゃったの!?」
(ダイジョーブ。そんなに長い時間じゃなかったシ、水の中だから焦げてもないヨ。ほとんどはびっくりして気絶してるダケで、そのうち起きるんじゃないカナ。ホラ)
ウーの言葉に、湖の方をもう一度見ると、浮いている魚のあちこちでピチャっと水音がして水中に潜っていく姿が確認できた。
魚たちは次々と目を覚まして水中に帰っていく。
良かった。
(すごくたくさん出てったケド、魔力大丈夫?残ってる?)
ウーが心配そうに聞いてくる。
「魔力ってMPのこと?なくなるとどうなるの?」
(残り10を切るト、眠くなっテほとんど魔法が使えなくなるヨ。で、ゼロになると完全に眠っチャウんだヨ。ボク昨日は魔法使いすぎちゃって、ほとんどゼロになってたんダ)
「寝てたら治る?」
(そうだネ。ゼロになる前なら寝てなくてもユックリ自然に回復するヨ。寝てた方が早いケド)
「そっか。確認しなきゃ。『ステータス』」
ピュンとステータス画面がトモカの目の前に飛び出す。
どれどれ……。
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トモカ (獣人[猫]・聖女) 16歳 メス
HP 145/150 MP 29283/30000
魔法属性:聖、風、雷
肉体操作:Lv1
精神操作:Lv5
魔法操作:Lv2
特殊技能:ステータス、マップ、聖核精製
聖核練度:1
召喚契約:デンキウサギ1(個体名「ウー」)
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召喚契約を行ったからか、項目が増えてる。
微妙にレベルも上がっているような。
やっぱりウーはウサギなのか。デンキウサギって。ウナギみたい。
そして肝心のMPは。
「うん、大丈夫。700くらい減ってるけど、まだまだ沢山残ってる。多分平気!」
(700!?)
ウーが驚いて足踏みをする。
(それで平気ナノ?疲れてナイ?)
「平気だよー。全然元気!」
(フーン。トモカはボクと一緒で、元々の魔力量が多いんだネ!良かった!)
「普通はどのくらいなの?」
(色々ダヨ。普通のイキモノは魔法は使わないカラ、多くても100ぐらい。ボク達みたいな"神様の水"を飲んだイキモノは、最低デモ300以上になるヨ。ボクはチカラが魔力に偏ってるカラ、特に魔力量が多くて、2200くらい。トモカみたいな獣人は"神様の水"を飲まなくてもみんな魔法使えるから、高めなことが多いみたいだネ。)
「そっか。私、最大30000あるらしいんだけど、これって多いの?」
トモカが訊くと、ウーは驚いて全身の毛をボボボッと膨らませて、トモカの周りをぐるぐると走りはじめた。
(スゴイ!スゴイ!とっても多いヨ!そんなに多いイキモノがいるなんて知らなかっタ!スゴイ!トモカスゴイ!)
なんか凄いことらしい。ウーのテンションが上がっている。
「でも制御しないと大変なことになりそうだからね……。もし良かったら、魔力量の調節のやり方も教えてくれる?」
(イイヨモチロン!練習はちょっと面倒臭いケド、ボクも一緒にやるカラ、ガンバロー!)
ぐるぐる回るのをやめて、ウーはトモカの足元にキチンと座り込んだ。
「ありがとう。よろしくお願いします、ウー先生!」
トモカも地面に正座し、ウーに向かってお辞儀をする。
可愛らしい動物相手とはいえ、魔法を習うのだから、礼儀は大事だ。
ウーはフワフワの毛に囲まれた丸い紫色の瞳をキラキラと輝かせた。
「キュイーー!」
(任せといてヨ!ボクがトモカを大魔道士にしてアゲル!)
(だ、だいまどうし?)
しかし、こんなに可愛らしいウーによる熱血スパルタ教育が始まるとは、この時のトモカは想像もしていなかったのだった。