8.召喚契約
外に出ると、空が明るさを増し、深い紺色から淡い藤色にその色彩を変えていた。
夜がもうすぐ明ける。
見渡す7月通りには、まだほとんど人は歩いていない。
レオはケミックから受け取った小さな袋を小脇に抱え、城の方向に向かって歩きはじめた。
そして歩きながら上衣のポケットを探る。
折りたたんだ上質紙を取り出して開き、中を覗くとひとつため息をついた。
「聖女探しねぇ」
冒険者稼業は仕事の合間のただの趣味ではあるし、愛しのルーミー嬢に手ずから紹介された仕事なので、当然内容を読まずとも一も二もなく引き受けるつもりではあったのだが、依頼書を改めて読むとなかなかに当て所もない仕事である。
──────── 依頼書 ────────
【受注条件】
Aランク以上であること
【依頼種別】
人物捜索および保護
【依頼内容】
聖女出現との啓示あり。
所在不明。
早急な聖女の捜索および保護を希望する。
聖女の種族および容姿は不明。
過去の文献より、何らかの獣人の可能性が高いはずだが、人間や人魚であった例も報告されている。
年齢は、これまでの例では0歳から60歳ほど。
性別はおそらくメスであるが、オスのような外見を持つ可能性も十分に考慮すること。
捜索範囲はクレムポルテ領および西の森を中心に、北はプルシアル海岸、南はソリュー湖畔を越えたカダロ沼地付近まで。
歴史書によれば、聖女はそのほとんどが聖魔法が使えるとの記述があるが、聖女として誕生した直後は使えないことが多いので注意。
魔獣や他の脅威から聖女を守護し、ローレリア王城広場にあるセントラル教会に案内せよ。
【期日】
依頼受注日より100日
【依頼報酬】
・金貨100枚~0枚
依頼受注から聖女を依頼人に引き渡すまでの日数によって1枚ずつ減額する。
100日以上経過した場合は依頼に失敗したものとみなし、聖女が無事であっても報酬は支払われない。
また、聖女が依頼者に引き渡されるまでに死亡した場合の報酬は1/10とする。
依頼遂行の過程で生じた必要経費については受注者が立替の上、依頼成功後に応相談。依頼成功の場合は原則として全額依頼者が支払う。
・依頼成功の暁には、協会より"守護者の勲章"および"守護者の篭手"が授与される。
・希望者には教会内にて無料で魔力回復の洗礼を行う。
【注意事項】
当依頼の受注意思の有無に関わらず、詳しい内容については一切口外無用。
軽々しく口外した者については相応の処置を行うのでくれぐれも注意されたい。
なお、聖女についての情報は少ないが、依頼を受注した者に限り、セントラル教会内の資料室の閲覧許可を与える。この依頼書を持参の上、教会窓口に相談すること。
【依頼者】
セントラル教会 ピーター=ヒュー
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なんだか堅苦しく長々と書かれてはいるが、結局ほとんど何の手がかりもないに等しい。
種族不明・容姿不明の0歳から60歳のメスかオス。そのへんを歩いてる老人以外の大半が当てはまるだろう。
捜索範囲も相当広くほぼ大陸の半分だ。
唯一使えそうな特徴が「聖魔法」。
大陸に住む者のほとんどが何らかの属性の魔法が使えるが、聖魔法の使い手は滅多におらず、確かに珍しい。
全くいない訳ではないが、レオも教会関係者に数人知っている程度。
しかしこの特徴も頼りにはならないかもしれないという。
どうやって探せというのか。
猶予は100日ある。報酬はどんどん減っていくようだが。
そもそも教会も1日で簡単に見つかるとは思ってはいないんだろう。
金貨最大100枚とは太っ腹にも程がある。
庶民の1年間の収入がだいたい金貨5~6枚分程度。
金貨100枚となると、庶民が10年以上働かずに遊んで暮らせる額なのだ。
おそらく全額出すような用意はしていないはずだ。
とりあえず手がかりは聖魔法というだけでは心許ない。
何でも良いから情報が欲しい。
ケミックに作って貰ったこの「聖魔力センサー」も、聖魔法の使い手が近くにいることが分かるかどうかというところだろう。
せっかく依頼書に資料室の閲覧許可がついてるのだから活用しない手はあるまい。
そんな訳で教会のある王城広場に向かって歩いているレオだったが、まだ完全に夜が明けていないため教会は開いてはいないだろう。
自室に帰るのも面倒くさい。
(どこかで時間を潰すか)
レオは依頼書を折りたたんで上衣の内ポケットにしっかりとしまい、7月通りから中通りに折れた。
一日中朝でも昼でも夜でも露出多めのキレイなお姉さんが側に来てお茶を淹れてくれる、という素晴らしい喫茶店が、確かこの近くの中通り沿いに最近できたはずだった。
レオは黒い尻尾を揺らしながらウキウキと辺りを探し、やがてお目当ての店を見つけると扉を開いて迷いなく足を踏み入れた。
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トモカは、暗くなった小屋の中ですっかり怪我が治った小さな獣と一緒に眠っていた。
怪我は治ったものの、体力は万全では無いはずだ。
何より、この獣がトモカに懐いてしまい、離れなくなってしまったというのもある。
おそらく怪我をしてあの木の根元に隠れていた間、相当に気を張っていたのだろう。危害を加える気配のない保護者を見つけて安心したのかもしれない。
最初は床に敷いた布の上で寝ていたが、その隣でトモカが前日と同じように乾いた落ち葉を敷いてそこに横になると、スクっと起き上がって床の臭いを確認しながらゆっくり近づき、横になったトモカの腕の中にピョンっと飛び込んだのだ。
そこでくるんと丸くなる。
トモカは突然のことにビックリしたが、腕の中のフワフワした毛の塊は温かく、気持ちが良い。
トモカはその柔らかい体毛に包まれた白黒模様の背中を撫でると、
「私も淋しかったのよね、一緒に寝よっか」
と軽く抱きしめ、静かに目を閉じた。
そして翌朝。
ぺろぺろと頬を舐める熱い舌の感触でトモカは目を覚ます。
半分うつ伏せのような状態からゴロンと仰向けになると、窓からの陽射しが瞼を照らした。眩しい。
腕の中のモフモフした温かさが気持ち良すぎて、もう少し眠っていたくなるが、そうだ、怪我の様子を確認しないと。
トモカはムクリと起き上がり、目の前の毛玉に声をかける。
「おはよ」
「キュイッ」
毛玉は嬉しそうにくるっとその場で1周回ると、丸い紫の瞳をこちらに向けて短く鳴いた。
(か、かわいい……!)
昨日発見した時は警戒されまくっていたが、懐くとやはり可愛いものである。
すっかり馴れて触っても大丈夫そうなので、膝の上に乗せて健康状態を確認する。
目、耳、口、角、前肢、後肢、首、背中、お腹……。
トモカに触られることには既にほとんど抵抗がないようで、どこを触っても気持ちよさそうに大人しくしている。
目の粘膜を見る限り少し脱水しているが、他には健康状態に問題はなさそうだ。
しかし、改めて観察するとやはり前の世界では見たことのない動物である。
全身は白黒の斑模様でフワフワした軽い毛に包まれている。
瞳は紫色でくるりと丸く、少し外向き。
頭の上についた耳は兎のようにやや長く、根元で外向きに折れて垂れている。
その耳のすぐ内側に、2センチほどの硬くて茶色く短い角が2本あり、先端だけ白い輪状の模様がついていた。
口は、よく見ると奥歯まであるが、犬のような並びをしている。
鋭い牙が上下に2本ずつ、計4本生えており、噛まれると痛そうだ。
昨日は木の実も美味しそうに食べていたが、この歯の感じを見るとやはり肉も食べそうに見える。雑食なのだろうか。
脚は兎のような感じで、短く細い前肢と大きな太い後肢。
肉球はなく、前肢や後肢の裏もフカフカの毛で覆われている。
前肢にも後肢にも細くて硬そうな尖った爪が4本ずつ。
猫のように指の先が少し曲がっており、その鋭い爪を出したりしまったりもできるようだ。
肉球がないので、普段は木の上ではなく、森の中の地面に穴を掘るなどして暮らしているのだろう。
怪我をしていた左の後肢は、皮膚が完全に再生され、後は体毛が生えるのを待つのみとなっている。
よく見ると、既に短い毛が生え始めているようだ。
丸いお尻の部分には少し長めの尻尾がついており、ライオンの尻尾のように先端にはフサフサと長い毛が生えているが、それ以外の部分はごく短い毛で覆われている。
さて、この子をどうするべきか。
もう問題なく歩けるようで、トモカが外に出るとピョンピョン飛び跳ねるように後ろをついてくる。
一緒に湖のそばに行って、一緒に水を飲む。
昨日この子を拾った小屋の裏の木の付近にやってきて、木の実を採取する。
その間もトモカのそばを片時も離れず、トモカの長く白い尻尾にじゃれついていた。
(雛鳥の刷り込みみたい)
これでは自然に還すのも難しそうだ。
「私も今1人だし、一緒にここで暮らす?」
何の気なしにトモカが呼びかけると、獣はピョンピョン飛び跳ねて嬉しそうに鳴いた。
「キュイー!キュイーー!!」
意味は伝わってはいないかもしれないが、まあこの調子だと遠くに放してもくっついて戻ってきそうだ。
心細い異世界での一人暮らしに相棒ができると思えば、トモカにとっても悪いことではない。
「そっかぁ。じゃあ、なんか名前つけなきゃねー」
名前。名前。うーん。
自慢ではないが、トモカは名前をつけるのが苦手だ。
どうしても安易な名前になる。
「えーと……ウサギっぽいからウーとか?」
そう呟いた瞬間、トモカと獣の周囲が2、3秒間白く強い光に包まれた。
「うわっ何?」
思わず目を細めたが、光はすぐに消えた。
その時、トモカの頭の中に自分とは違う声が響いた。
(名前をつけてくれてアリガト。今日からボクがキミを守るヨ!)
ん?
名前をつけてくれて……ってことはこの子が喋ってるの?
足元を見ると、小さな白黒の毛玉がどこか自慢気な顔でこちらを見上げている。
「ねぇ今話しかけてきた?」
しゃがみ込んで声をかけると、獣はピョンっと1回跳ねた。
(そうだヨー、キミが名前をつけてくれたカラ、契約が完了したんダヨ!これでイッパイお話できるネ)
「契約?」
意味がわからない。
(ボク達みたいな動物は、魔法を持つ者と仲良くなって、名前をつけてもらうと、召喚契約が結ばれるんダヨ!そうすれば契約者とは話ができるシ、呼ばれたらすぐに駆けつけることができるようになるンダ)
「召喚契約……?それって私が勝手に名前をつけたことで、あなたの自由を奪っちゃったってことじゃないの?」
(ううん、召喚契約はボク達の方が承諾しないと成立しないンダヨ。ボクはキミに助けてもらったシ、役に立ちたいって思ってたカラ、すぐに承諾したノ。それに召喚されていない時は今まで通りボク達は自由に生活できルヨ)
ほう、なるほど。
(だから、困った時はスグに呼んでネ。ボクこれでも普段は結構強いんダヨ!)
目の前で白黒の丸っこい毛玉がピョコピョコ跳ねている。
こんなフワフワの可愛い小動物に助けられるっていうのもどうなのかと思ったが、普段はお互い自由にできるなら良いのかな。
「分かった、ありがとう。よろしくね、ウーさん」
(キミの名前は何て言うノ?)
「トモカだよ」
(そっか、トモカ、ヨロシクネ!)
ウーはクルッともう一度その場で回り、トモカの顔を見上げて一声鳴いた。
「キュイーー!」