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召喚獣のお医者さん  作者: 梶木 聖
⑶ 王都ローレリア
56/62

56.協力体制

 キラキラとカラフルな小瓶が並ぶ薬屋の中で、レオは1人頭を抱えていた。


(いきなり何を言い出すかと思ったら)


 何にでも好奇心旺盛なトモカの口から「お願いが」という言葉が出た時点でなんとなく嫌な予感はしたのだが、まさか薬作りを教えてくれとは。


 そもそも今日はトモカと王都での初デートのはずなのだ。

 たまたまトモカにプレゼントを買おうとして、たまたま薬屋に来ただけだ。

 それなのに、なぜかレオの可愛い恋人(仮)は突然薬師に弟子入り志願をし始めたのである。


 突然お願いされた薬師ノーラも、トモカが言い出した妙な話に驚いて目を真ん丸に見開いていた。


「薬作り、ですか? お嬢さんに?」

「トモカ、冒険者になるんじゃなくて薬師になることにしたの?」


 レオが呆れたように口を挟むと、トモカは慌てて首を振った。


「ち、違うの。それとは別に、レオに薬師さんの話を聞いてから、もし薬師さんに会えることがあったら1回頼んでみようって、ずっと思ってたの」

「弟子入りを?」

「いや、弟子入りじゃなくて、乳房炎の予防に使えそうな薬とか作れないかなって」

「ニュウボウエンって……、ああ、ドムチャ村の?」


 ドムチャ村で出会ったギロとアイラの酪農家夫婦を思い出した。

 あの時の病気が確か乳房炎だと言っていた記憶がある。


「そう。やっぱりあの品種の乳房炎は環境整えただけじゃ完全には予防できないだろうから。搾乳前に使う安全な消毒薬とか、軽い症状が出た時に中に注入しておく薬とかあの村の人たちに渡せたらいいなって思ってて」


 どうやらトモカはずっとギロたちの農場のことが気になっていたらしい。自分の治療した動物なので責任を感じているのだろうか。言っている内容はよく分からないが、心配していることはレオにも伝わった。


「あとは職業のせいかもしれないけど、単純にこの世界の薬にも興味があるの。どんな薬があるかまだよく知らないし」

「職業? トモカは前は動物の医者だったって言ってたよね? 医者なのに薬?」


 レオは1人だけ王都で医者と名乗る人物を見たことがあるが、薬を使っていたような記憶はない。

 しかしトモカは不思議そうな顔をしている。


「そうだけど……。この世界だとお医者さんは薬を使わないの?」

「薬を使うのは薬師だよ」

「そ、そうなんだけど、お医者さんは治療に薬を使わないの?」

「医者が治療で使うのはなんか色んな道具使った(まじな)いみたいなやつ。あとは聖魔法」

「そ、そうなんだ」


 トモカの知る医者とレオの知る医者の像が異なるせいか、トモカとの会話がどうも噛み合わない。

 トモカは「そうかーなるほどー」とぶつぶつ呟いている。


 しかし、トモカとレオのやり取りをキョロキョロと窺っていたノーラは、トモカの「薬に興味がある」という言葉にひどく心を動かされたようだった。

 トモカの手をレオから強引に奪い取り、両手でトモカの両手を包み込んでずいと近寄った。


「す、素晴らしい探究心です、ハイ! 薬の世界の素晴らしさ、美しさは、なかなか理解してくれる方がおられないのですよ! 事情はよく分かりませんが、お嬢さんは何か薬をお探しなのですね!? そういうことなら、私の分かる範囲で良ければ今からでもお答えします! ハイ」

「ノーラ……」


 完全に蚊帳(かや)の外に追い出されたレオは寂しそうな顔で2人を眺める。

 ノーラは有能な薬師だが、変わり者であるが故に一般人からはやや敬遠されることも多く、話し相手ができるのが嬉しいのかもしれない。完全にトモカを取られてしまった。


「ノーラさん、ありがとうございます! それでしたら、あの、消毒薬って作られたことはありますか?」

「ショウドク? それは具体的にどんな薬ですか?」

「ええと……細菌っていう微生物を殺して、衛生状態を保つ外用薬です」


 トモカが説明すると、ノーラは少し考え込むような表情で自分の顎をトントンと指先で叩き、天井を見上げた。


「細菌ね……聞いたことがあります。ハイ。以前ここに通っていらっしゃった方に世間話のついでにそんな話を聞いた……ような?」

「そうなんですか!」


 トモカは会話が通じたせいか、とても嬉しそうにしている。


「ハイ。細菌とは物を腐らせる目に見えない生物なんですよね?」

「そうですね、都合の悪い細菌ばかりでもないんですけど、確かに食べ物を腐らせたりもします。病気の原因にもなりますし。あの、もしかしてその人ってお医者さんですか?」

「いえ、その方は肉屋をされているそうですよ。確か最近は西の方の村に転居してお店を出されたとか」

「ああなるほど、お肉屋さん」


 トモカはウンウンと納得したように頷いているが、レオはノーラのその言葉に少し引っかかった。

 ローレリアより西にはドムチャ村しかない。

 そしてドムチャ村の肉屋には最近行った記憶がある。


(もしかしてあの店か?)


 西の森に入る前に朝食を食べるために寄ったあの店だ。比較的新しそうではあったし、田舎にしては珍しい斬新なメニューを色々と出していたが、あの店主なのだろうか。


「その方が、夏場は細菌が増えやすくて肉の管理が大変なんだとボヤいておられたのです。ハイ。それまで聞いたことがない話だったので、珍しくてよく覚えています。その細菌を殺す薬が消毒薬というのですか?」

「そうです。消毒するのはお酒でも少しはできるんですけど、それだとどうしても皮膚に刺激があるので、できるだけ皮膚を傷めない消毒薬があるといいなと……」

「ははぁ……。残念ながらそういった物はこの店には今のところありませんね、ハイ」

「そうですか……」


 トモカは残念そうに肩を落とす。しかし、ノーラはニコニコと笑みを浮かべて言葉を続けた。


「ただ、細菌というものについては薬師として私もとても興味があります。ハイ。もしよろしければこれを期にその消毒薬なるものを本格的に開発してみようかと思うのですが」


 ノーラがそう告げると、トモカは驚いたように顔を上げた。


「ほ、本当ですか?」

「ええ、ハイ。物が腐る原因を減らす安全な薬、となると上手くいけば食べ物を扱う店にも売れるでしょう? 商売にもできそうです。ただ、細菌という物について私は良く分かっていないので、お嬢さんが細菌についてご存知なら、一緒に開発を手伝っていただけませんか? そのついでにここにある薬についてご説明もできますし」

「ありがとうございます! 私もそこまで詳しいわけではないんですけど、それでも良ければ喜んで!」


 ノーラの提案にトモカは大喜びで首を縦に振っている。

 レオはやれやれと肩を竦めた。


(まあそんなに危ないことでもなさそうだし、ノーラは女だし、大丈夫かな)


 レオも多少過保護だとは自分でも思っているが、聖女の恋人(仮)としてはできるだけトモカに降りかかる危険は排除しておきたいのだ。しかし、有能なノーラと一緒であれば問題はないだろう。


「良かったです、ハイ。ただ、今は色々と頼まれた薬の抽出に追われておりまして、3~4日は精製室が使えません。5日後くらいからいかがでしょうか?」

「5日後ですね、後で確認してお返事します!」


 トモカとノーラは笑顔でがっちり握手を交わしている。見た目は正反対だが実は似たもの同士なのかもしれない。


「ところでお嬢さんお名前は?」

「トモカです」

「トモカさん。もしかしてトモカさんはレオさんの恋人?」


 ノーラは握手した手を軽く引っ張り、声を(ひそ)めて尋ねる。

 トモカはどう答えていいのか迷っているようで、視線をレオの方に泳がせた。


「ええと……」

「そう、オレの恋人」


 トモカが答えないうちに、トモカの手をノーラから奪い返してニッと口角を上げたレオが答える。

 ノーラはクスクスと微笑んだ。


「だと思いました、ハイ。あのレオさんがついにね。ふふふ。あのですねトモカさん、少々言いにくいんですが……、後ろのところ、見えてますよ?」

「後ろ?」


 ノーラが自分の首すじの少し後ろの辺りをトントンと指で叩いてトモカに知らせる。

 ノーラは背が高いため、すぐに見えてしまったのだろう。

 トモカはよく分からないといった顔で自分の首すじを手で確かめている。恐らく手では分からないはずだ。

 レオはそんなトモカの腰を軽く抱き寄せ、ノーラにニヤッと笑って告げた。


「これは虫除け(・・・)だからね、見えてていいんだよ」

「ははぁ、なるほどなるほど。それは失礼しました」


 ノーラは納得したように大袈裟に頷く。

 しかしトモカはまだ分かっていない様子で、首すじをさすったり自分の服の(えり)を確認したりしていた。

 それを見てノーラはやや非難がましい目をレオに向け、そしてこっそりトモカに耳打ちする。


「えっ!? なっ……! もしかしてさっきの!」


 ノーラに告げられた言葉の意味を正しく理解したトモカは顔を真っ赤にし、レオを睨みつけながら慌てて首すじを隠すように上着の襟をかき合わせたのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 王城広場から東門に向かう3月通りは、クレムポルテ建国当時の頃に栄えていた通りで、今でも非常に年季の入った建物が建ち並んでいる。

 店の入れ替えが少なく、歩いている買い物客も常連らしいやや年配の男女が多い。


 ノーラの薬屋で目的の消臭液を購入した後、2人は王城広場から少し進路を変え、そんな3月通りを歩いていた。

 レオはトモカの手を引きながら、黙って歩いている隣のトモカをちらりと眺める。


 首すじの少し後ろに無断で強めのキスマークをつけていたことをノーラにバラされてしまい、そこからトモカは口を開いてくれなくなった。

 顔を真っ赤にしながらも手は素直に握らせてくれるあたり、本気で怒っているというよりは、何を話したら良いのか分からないという状態なのだろう。


「トモカ、怒ってる?」


 トモカがふるふると首を横に振る。


「大丈夫、そうやってたら見えないし」


 トモカはローブのフードを目深に被っていた。トモカの白く柔らかい首すじにつけられた小さな痣のような赤い(あと)は、今はそのフードで完全に隠されている。


「ごめんね、トモカを連れて外に出るの心配でさ」

「……ううん、怒ってるわけじゃないの。ごめんなさい。ただ、やっぱりちょっと恥ずかしくて……」


 レオとしてはせっかく周囲への牽制のためにつけたキスマークが隠されているのは残念だが、服で隠れている場所に密かに自分のつけた(しるし)があるというのも、それはそれで興奮するシチュエーションではあった。

 レオはトモカの手を指で愛おしげに撫でながら、歩みを進める。

 数軒先にある古びた木の扉の建物を指さした。


「今から行くところは、あの店。オレが子供の頃から顔馴染みの爺さんの店なんだ。オレのこともよく知ってる。ちょっと個人的に用事があってね。デートの途中なのに悪いんだけど、寄ってもいいかな」

「うん、大丈夫」


 店に着くと、ギイィと軋むその木の扉をゆっくり押し開けて、レオが中に足を踏み入れた。トモカも手を引かれて恐る恐るレオに続く。


 小窓しかないその店の中は非常に薄暗く、中央に大きな台が置いてあり、小さな火のついたカンテラがその中央に置かれていた。

 台の足元に小さな木箱があるが、それ以外には何もない。人の姿も見当たらない。


「ウィルキードさん、いる?」

「おお」


 レオが誰もいない空間に声をかけると、どこからか小さな(しわが)れた声が聞こえた。

 ただの壁だと思っていた部屋の一番奥の木の板がカタンと音を立てて外れ、扉のようにゆっくりと開く。

 その向こうから出てきたのは大きな耳と細い尻尾を持ち、分厚い眼鏡をかけた小さな小さな老人だった。


「なんだレオか。なんか用か」

「ウィルキードさんに調べてもらいたいことがあってさ」

「なんだ。武器か、石か。それともその女子(おなご)か。どこで拾ってきた」


 ウィルキードが眼鏡を下に少しずらし、上目遣いでトモカを眺める。トモカがビクッと肩を震わせたのがレオに伝わった。


「違うよ!この子はオレの恋人!」

「ほーお? お前もとうとう一丁前に恋人が作れるようになったんか」

「なんで皆してそんな反応なんだよ! もういいだろ、見てもらいたいのはこっち」


 レオはそう言って鞄の中から取り出した小さな緑色の小瓶を、コトンと台の上に置いた。

 ウィルキードは眼鏡を掛け直し、まじまじと瓶を見つめる。


「なんだ、ただの毒消し薬じゃないんか」

「瓶は毒消し薬なんだけどさ。中身は違う液体が入ってる」

「ほぅ」


 ウィルキードは小瓶を手に取って、台の上のカンテラの火に透かして見た。


「確かに中身の色が違うな。これはどうした」

「西の森で採った水だ。この水が湧いていた近くに魔獣(モンスター)が何頭も倒れてたんだ。死んではなかったけど。多分この水を飲んだんだと思うんだよね」

「調べてどうする」

「毒が入ってないか確認して欲しい。もしあれだけの魔獣(モンスター)が倒れるほどの毒なら危険だ。冒険者ギルドに注意喚起を促す必要があるかもしれない」


 レオは真剣な顔でウィルキードに訴える。


「分かった、ちょっと待ってろ」


 ウィルキードは台の下に置かれた木箱の中から、小さな四角い黒い石を取り出して台に置き、小瓶の底に当てた。するとその黒い石に青い光が灯りはじめた。


 トモカはその光に驚いたのか、レオの手を握る指にピクっと力が入る。レオはそんなトモカの耳元に小声でそっと囁いた。


「安心して。ウィルキードさんはサーロスと同じ鑑定術士なんだ。しかも鑑定レベルはサーロスより上。というか、サーロスの師匠なんだよね」

「なんだ、そうなの」

「サーロスは王城に勤めてるから国に関わることしか動けないんだけど、ウィルキードさんは趣味でやってるだけだからね、頼めば何でも視てくれる」

「おい、確かに何でも視るが金は取るぞ」


 ウィルキードが能力を行使しつつもレオの言葉に反応する。老人のくせに耳がいい。


「知ってるよ!」


 レオが叫ぶと同時に、ウィルキードはおかしな声を上げた。


「なんだこりゃ」


 ウィルキードがそう呟くと、瓶の底に当てられた石が1度光を失い、再度青く光った。

 レオとトモカは黙ってその様子を見守る。

 ウィルキードは何度か石の光を点けたり消したりしていたが、やがて完全に消すと、石を瓶から外した。


「鑑定できたぞ、一応な」


 ウィルキードがレオに小瓶を返す。


「どうだった、毒成分見つかった?」

「いや、毒成分はなかった。多少枯れ葉や動物の糞なんかも混ざってるが、ただの水だな。気になるのは、含まれる魔力が異常に高い」

「魔力?」

「ああ、魔力は完全なる無属性だがな。森や砂漠で湧く水には多少魔力が含まれることもあるが、これはそんなもんじゃあない。しかも濃度がなかなか安定しないんで何度か鑑定したんだが、鑑定するたびに魔力の濃度が上がる。こりゃまるで生物だ。普通、ただの水ではこんなことは起こらない」

「生物……」


 レオは考え込んだ。生物のように変化する魔力を持つ水。そんな物は聞いたことがない。

 いや……そういえば。

 レオは頭の隅に何かの文字列が過ぎったような気がした。しかし思い出せない。


「あの……」


 その時、ずっと黙っていたトモカが小さな声を上げた。

 レオとウィルキードが同時に振り返り、フードを被ったトモカはビクッと怯えたような表情になる。


「どうしたの、トモカ」

「その水、あの森で採ったんでしょう?」

「そうだよ」


 トモカはどう説明しようか迷うように、不安げに視線を彷徨(さまよ)わせる。


「……それ、もしかしたら"神様の水"かも」

「「"神様の水"?」」


 トモカの口から出た聞き慣れない言葉に、レオとウィルキードは一瞬目を見合わせ、同時に声を上げたのだった。

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