53.謁見
昨日トモカたちが最初に通された、本棚だらけの応接室で王への謁見が始まった。
堅苦しいのは嫌だと国王ガルドが言い張ったため、全員ソファに腰掛けて行われることとなった。
入口から向かって右側のソファに商人姿の国王ガルドと司祭ピーターが、左側のソファにレオとトモカが座る。トモカの足元にはちょこんとウーが座った。
倒れそうな程に青ざめた神官が、澄んだ褐色の飲み物のカップを長テーブルに4つ置き、フラフラと出ていった。
それを確認すると、ピーターはおもむろに口を開く。
「改めてご紹介を。陛下、こちらが聖女トモカ様です。ミザリア様のお力によってガイアの地から西の森へ転生されたばかりで、レオナルド様が保護なされました。トモカ様、こちら当王国のガルド国王陛下です。レオナルド様のお父上でいらっしゃいます」
「トモカと申します。よろしくお願いいたします」
トモカが丁寧に頭を下げると、ガルドは満足げに微笑んだ。
「こちらこそよろしく。突然来て驚かせてすまなかったな」
「まったくですよ、仕事大丈夫なんですか」
レオが胡乱な目つきで国王を眺めている。国王ガルドはニヤニヤと笑みを浮かべてそんな息子を見やった。
「こんな所でサボって好きな女とよろしくやってるお前に言われたくはないな」
「私はちゃんとした休暇中です。上司にも許可を得ています。それに不本意ながらまだそんなによろしくはできてません」
「おいおい、俺に休暇はないんだぞ?」
「知りませんよ。そんなに王様業を休みたいなら兄上に代わって貰えばいいじゃないですか。私だって休暇と言っても別の仕事を済ませたばかりです」
「趣味の仕事で恋人捜しか。気楽な三男坊は羨ましいね」
「仕事は真面目にしてましたよ。結果的にそうなっただけです」
トモカは隣でぽんぽんと飛び交う2人のやり取りを、不思議な気持ちで聞いていた。
(なんだか……王妃様の時よりもリラックスしてる?)
レオは国王ガルドに対して一応丁寧語を使っているが、ほとんど対等のようなやり取りだ。
先ほど王妃グレイスと会話していた時のような緊張感、緊迫感はまるで無い。
(しかも、良く似てるし……)
もちろん威厳のある口髭を生やした壮年のガルドと髭は全て綺麗に剃っている青年レオとでは見た目の印象は違うが、じっくり見ると容姿は良く似ている。頭に生えた尖った黒い耳、白髪混じりではあるが黒く少し硬そうな髪、金色に近いカーキイエローの瞳、人懐っこそうな眼差し、スッときれいに通った鼻筋。
外見だけでなく、話す言葉の軽妙さもかなり近い雰囲気がある。どう見ても親子だ。
「トモカと言ったかな?」
「は、はいっ」
突然話を振られ、ボーッと2人のやり取りを眺めていたトモカは慌てて居住まいを正した。
ガルドはニコニコと優しそうな笑みを浮かべてトモカを見つめている。
「息子に酷いことはされてないかい?」
「いえっ、そんなことは全く。とても優しくしていただいてます」
「そうか、それならいい。でも、息子に不満があったらいつでも私に言いなさいよ」
ガルドからなぜか妙に色っぽい流し目を送られる。しかし、それにいち早く反応したレオがトモカの両目を片方の手の平で覆い、もう片方の腕で肩を抱き寄せた。
「父上、息子の恋人にまで色目を使うのはやめてください」
「いざとなれば私の側室に加えようと思っていたのに、お前に先に取られたんでな。ちょっとした仕返しだ」
「そんな事だろうと思ったので先に手を打ったんですよ。兄上達よりも陛下が1番危険ですからね。なんなら今のお言葉、母上にもご報告しますが」
「なっ、グレイスか!? 頼むからそれはやめろ! 政務室が血の海になる」
ガルドが一気に蒼白になり慌てる。
その様子を見たレオはトモカの身体をゆっくりと離し、見せつけるようにその手を取った。親密さをアピールするかのように指先を絡める。
「つい先ほど母上にトモカを"婚約者候補"として紹介したばかりです。母上もトモカのことはいたく気に入られたご様子。トモカに何かあればすぐさま味方になってくださるでしょう。相手が父上だとしても」
「……レオナルド、相変わらず根回しが早いな」
ガルドは苦虫を噛み潰したような顔で息子を眺めている。レオは飄々と続けた。
「陛下には最近お気に入りの侍女が数名いらっしゃるんでしょう。どなたを側室に上げようか迷っておられるとか? 火遊びはそちらで我慢なさってください」
「おい、何でお前が知ってるんだ」
「秘密です」
「側室に上げると決まってるわけじゃない。グレイスにはまだ黙っておいてくれよ……」
「父上がトモカに今後指1本触れないとお約束いただければ、考えます」
完全に後手に回った王が参ったと言うように項垂れた。
しかし、この息子にしてこの親である。
トモカはレオの女好きの根源を見た気がして軽く頭を抱えた。
(ダメだこの人たち……。血縁って怖い)
「陛下、いいから用事だけちゃっちゃと済ませて帰ってください。ああ、汚れるのでトモカには触らないで」
「お前、日に日に俺への態度が雑になっていくな? 昔は可愛かったのに」
「三十手前の男に向かって何言ってんです。私は次期国王の座にも全く興味はないですから、陛下にわざわざ媚びを売る必要もないですし」
「可愛くねぇな。お前は能力だけで見りゃ兄弟の中でも1番優秀なんだが、その性格さえなければな。国王なんつぅ職業は全く似合わん奴だからなぁ」
「おや自己紹介ですか」
レオが珍しく辛辣な態度を貫き通している。他人には常に優しく人懐っこいレオばかり見ていたトモカにとっては、意外な一面でもあった。
ガルドはそんな息子にやり込められ、楽しそうに笑う。レオの方も辛辣な言葉を吐きながらも、表情にはあまり棘はない。
彼らなりにこの人目の少ない場所での遠慮のない会話を楽しんでいるのかもしれない、とトモカは思った。
ガルドは少し表情を引き締め、床に置いた商人用の籠から折りたたまれた1枚の紙を取り出した。
それを開いて長テーブルの上にスッと置く。
「じゃあ用件を済ませよう。トモカ、貴女に本日付でクレムポルテ王国の市民権及び身分証明書を発行する。転生者としての身分になるため記載内容はやや特殊だが、ほとんどの権利は一般市民と変わらない。後見人は私だ」
「はい、ありがとうございます」
トモカはその紙を受け取り目を通すが、やはり全く読めない。出来るだけ早く文字を学んでおかなければとトモカは焦った。
「国内であれば住む場所も職業も自由だ。王都でなくてもいい。その代わり、但書きとして『国からの招集要請には速やかに応じること』という一文を入れさせてもらった。聖女として儀式に参加してもらう可能性があるからな。それに、その魔力の多さを見込んで協力を頼むこともあるかもしれない。構わないかな?」
「はい、問題ありません」
トモカは完全な一文無しの状態から保護してもらう立場なのだ。それくらいの協力を惜しむ訳にはいかない。素直に頷く。
国王は髭の生えた口元をニッと歪めた。
「助かる。その証明書を持っていれば国内の公共施設は自由に使える。城の窓口に提示すれば毎月の報酬も受け取れるようになっている。暮らすにあたって分からないことがあればピーターに聞くといい」
「ほっほっ何でもお聞きくだされ」
「お願いします」
トモカはピーターに深々と頭を下げる。
「それと、国外に出るのも明確に禁じはしないが、できるだけ避けて欲しい。聖女の存在を知る術は今のところこのクレムポルテ王国にしかないと思っているが、実際は分からない。どの国も聖女についての情報は隠すからな。万が一国外で聖女とバレた場合、まともな対応をする国なら良いが、そうでなければ誘拐され一生監禁される可能性もある。貴女の安全と自由を保証する為にもできるだけ国内で過ごしていただきたい」
「わ、分かりました」
(聖女の監禁とかあるんだ……。怖すぎる)
この世界の一般的な寿命が何歳くらいなのか分からないが、さすがに一生監禁はつらい。トモカは最初に見つけてくれたのがレオで良かったと改めて実感する。
「それから、ピーターやレオナルドから血の鎖の話を聞いているかもしれないが」
ガルドがそう切り出すと、トモカの指を握ったレオの手が僅かにビクリと震えた。ぎゅっと優しく握りなおされる。
「それも選択はトモカに任せる。本来聖女のための血の鎖というのは、聖女が覚醒した際に生じる魔力の暴走を抑える目的のもの。しかし、サーロスの鑑定の結果、貴女は既に聖女としての覚醒は完了していると判断された。しかも暴走は起きていない。なので無理に血の鎖で繋ぐ必要は無いのではないか、というのが私とピーターの見解だ」
緊張しているのか、レオの手が少し汗ばんでいるのを感じた。トモカは安心させるようにレオの指を親指でそっと撫でる。それに気づいたレオも、トモカの指をゆっくりと撫で返した。
「もちろん、今までこんな例があったのかどうかは分からないし、いつ暴走が起こるか分からないので用意は必要だろう。ちょうどそこの馬鹿が立候補しているので、一応第一候補としてはレオナルドを置く。しかし、魔力の暴走が起きない限りは結ばれることを義務だと思わなくていい。なので恋愛や結婚も自由だ。それに万が一王家の男と結ばれなくとも、血の鎖を聖女に繋ぐ方法は他にもある」
「えっ」
レオが上ずった声を上げる。それを聞いてガルドは意外そうに片眉を上げた。
「なんだ、レオナルド。お前も歴史書を読んだんじゃないのか?」
「前半だけは……」
「そうか。ならば最後まで読んでおけ。あまり気持ちの良い話ではないがな。お前自身にも関わる話だ」
「……はい」
トモカがチラリと横目で窺うと、レオは硬い表情でテーブルを見つめていた。トモカの指を握る手が少し冷たい。
「用件は以上だ」
ガルドはテーブルの上の飲み物を豪快にガブリと飲み干すと、立ち上がった。
「俺の用件は終わった。城に戻る。トモカ、手間をかけるがその息子をよろしくな」
「は、はい。こちらこそ……?」
トモカはその意味を測りかねたまま曖昧に返事をする。
床に置いた籠を背負い、またいかにも商人風な気楽な態度で出ていく王を、ピーターが見送りのために慌てて追った。
しかし、トモカは立ち上がれないでいた。
レオがトモカの手を強く握ったまま、真っ直ぐ前方を向き、微動だにしないのである。
(よろしくって、これのことか……)
「レオ?」
小声で呼びかけるが、レオは壁の一点を見つめたまま動かない。何かを必死に考えている表情だ。
(血の鎖が要らないかもっていう話がショックだったのかな)
トモカは自惚れでなければかなりレオに好意を持たれているのはもう理解している。
しかしお試しとはいえ、一応既に恋人としてレオの隣にいるのだから、今さら血の鎖の必要性の有無などどうでもいいのではないか、とトモカは感じてしまうのだ。
「もしもし?」
もう一度呼びかける。しかし反応はない。
トモカはそんなレオを見ているとだんだんと悪戯をしてみたい気分になった。
トモカは扉の方を見てまだピーターが帰ってこないことを確認すると、そっと首を伸ばし、レオの頬に少し大きめの音を立てて一瞬だけ口付けた。
「うわっ」
レオが驚いた表情でトモカの方を向く。思ったより近くにあったトモカの顔を見て、目を見開いた。
唇の感触が残る頬を手の平で押さえ、レオが慌てて問う。
「ねぇ今、今! もしかしてキスしてくれた!?」
「さぁ? どうでしょう」
トモカはふふっと笑い、身体を離した。
「国王様、帰られたよ」
「……あぁ、そうみたいだね」
レオはボーッとした表情のまま、未だ頬を押さえている。照れているのか目元が少し赤い。
「オレ、悪いクセでさ、実はトモカのこと、信じてなかったのかもしれない」
「えっ?」
「ごめん、ありがとう、ちょっと目が覚めた」
「うん?」
よく分からないが、感謝されたということは悪いことではないのだろう。
「トモカは今からピーターさんと勉強だよね? オレも今日は家に帰って調べ物がある。一旦帰るよ」
「帰るってお城?」
「いや、実は王都内に安い貸部屋を借りてる。そこがオレの休暇中の自宅なんだ。何もない部屋だけど、今度招待するよ」
「う、うん」
レオはテーブルの上の飲み物をガルドと同じようにがぶがぶと飲み干してから立ち上がる。
「じゃあ、また来るよ。できれば夜は通信装置に魔力入れといて」
「はい」
レオは一緒に立ち上がろうとするトモカの肩を押さえて座らせ、トモカの頬にお返しとばかりにチュッと口づけた。
そして見送る隙も与えず、部屋から大股でスタスタと出ていく。
「本当に3人とも台風みたいな良く似た親子よね……」
トモカは頬を手で押さえ、ゆっくり閉まる扉を呆然と見送った。
ウーがその膝にピョンと飛び乗る。ウーのフカフカの毛を撫でながらトモカは小さくため息をついた。
国王があれで、正妃があれで、王子があれだ。
トモカが何となく抱いていた厳粛な王家のイメージがガラガラと崩れていく。
しかしそれは不快な驚きではなかった。
確かに皆変わっているけれど決して悪い人たちではない。
(思ってた以上に面白い国なのかも)
前の世界とは全く違う、魔法を中心とした文明が発達しているこの不思議な世界。
個性的で賑やかな王家の人々。
そして全力で好意を伝えてくれるレオ。
その光景は、生気に溢れている。
「私も、もっとこの国でちゃんと生きてもいいのかもしれないな」
ただ運命に身を委ねるだけでなく。
「キュイ!」
膝の上のウーが賛同するように一声、鳴いた。




