5.冒険者ギルド
※ご注意※
後半の...................で区切られた部分以降に、虫系及び医療系のややグロテスクな描写があります。
そのような表現が苦手な方やお食事前の方は、後半部分を読むのをお控えいただいた方が良いかもしれません。
動物医療のリアルさを出すために、あえてあまりボカさない表現をしています。ご了承ください。
クレムポルテ王国の王都ローレリアは、クモの巣状に作られた巨大な円形の街である。
まず街の中央に広大な円形の王城広場があり、そのさらに中央に高台が造られ、巨大な王城が建っている。
その王城広場から12本の通りが放射状に延びていて、それぞれの通りは各月になぞらえて名づけられていた。
例えば王城から北北東に延びる通りが「1月通り」、東北東に延びる通りが「2月通り」、南に延びる通りは「6月通り」といったように。
そしてそれぞれの通りの最も外側の頂点を繋ぐ大きな正12角形の通りが「外通り」、王城広場と外通りの中間地点を繋ぐひと回り小さな正12角形の通りが「中通り」。
それ以外の細い路地などは多少入り組んだ作りをしているが、道に迷っても大きな交差点に行きさえすれば、最低限城のある方向は分かるようになっているのだ。
外通りの外側は、円周状にグルッと街を取り囲む分厚い外壁により護られている。
外壁の上は街を見下ろす展望通路となっていて、非常時以外は見晴らしの良い国民の憩いの場として誰でも自由に歩くことができるようになっているのだ。
東西南北に延びる、3月通り、6月通り、9月通り、12月通りの終着点にはそれぞれ、東門、南門、西門、北門という街の外へ繋がる門がある。
門とは言っても、こちらも非常時以外は広く開放されており、特に怪しい者でなければ自由に行き来できる。
クレムポルテ王国はもう100年以上近隣諸国との戦争が起きていないので、国民にこの門が完全に閉じられた所を見たものはいない。年に1度門扉を洗うために、半分ずつ閉じられることはあるのだが。
クレムポルテ王国の冒険者ギルドは、そんな9月通り沿いの最も西門に近いところに位置している。
「フンフンフーンフッフーン♪」
冒険者ギルドの受付所に、陽気に大声で鼻歌を歌いながら入ってくる若い男がひとり。
音程がズレすぎて鼻歌の元の歌が何なのか誰にも分からないが、本人はそんな細かいことは気にも止めない。
着ている服はシンプルながらもなかなかに趣味が良く、風貌も彫りが深く造形が整っているのだが、そこから発せられる鼻歌が残念すぎて全く色男に見えない。
黒く長い尻尾を揺らしながら、窓口の真ん前に辿り着くまで歌い続ける。
そして窓口前に着くと、芝居がかったオーバーな仕草とともに口を開いた。
「やぁルーミー、ごっ無沙汰ぁ!今日も天使みたいに可愛いね!君が笑いかけてくれるだけで眩しすぎて天まで登っちゃいそうだよぉ!ところでさ、なーんかオレにピッタリなエグゼクティヴなお仕事依頼は届いてなーい?」
軽い。
そしてウザい。
(絶対こいつエグゼクティヴ言いたいだけだろ)
と受付所にいた他の冒険者達は白い目で男を眺めるが、冒険者たちのアイドル・受付嬢のルーミーは手慣れた風情で極上の笑顔と共に男に仕事を紹介する。
「あら、レオさんいらっしゃーい!久しぶりね、待ってたのよー!ちょうど良かった、エッッグゼクティヴなレオさんにしか頼めない超・超・ピッタリなお仕事が昨日来たんだけど、どう?見てみる?」
「お、マージでー?可愛いルーミーを待たせちゃったなんてオレも罪作りだね、こりゃ。見る見るー!」
妖艶なキツネ型の獣人ルーミー嬢は、満面の笑みですかさず厚手の上質紙に印字された依頼用紙を差し出す。
何故か異常に手早い。あのうるさい鼻歌が聞こえた瞬間に用意したとしか思えない。
レオと呼ばれた男は、ゴキゲンな様子でびっしりと依頼内容と条件が書き込まれた依頼用紙を覗き込んだ。
うるさい男が黙ったので受付所は一気に静かになる。
(ルーミーちゃんすげぇ)
周りで見ていた冒険者達は、あまりにもウザすぎる男を一瞬で黙らせたルーミーの鮮やかな手腕に舌を巻く。
さすが年がら年中個性溢れる冒険者どもを相手にしているだけはある。
(てかアイツ、ヒョロっちぃけど仕事出来んのかよホントに)
レオと呼ばれた冒険者は、チャラい外見はともかく、周りで見ている屈強な男達と比べると明らかに細く、冒険者なんて腕っぷしが物を言う職業が務まるようには見えない。
(せいぜいが逃げたペット探しとか、よくある薬草の採取くらいしかできないんじゃね?)
(だけどよ、受付で直接紹介されるのはランクC以上の依頼ばかりのはずだよな)
(きっとアレだ、ああいう勘違い野郎対策に、ルーミーちゃんが別で準備してたランクの低い簡単な依頼なんだろ)
と小声で納得し合う。
その時、やたら恰幅の良い男が乱暴に扉を蹴り飛ばしながら入ってきた。
横幅も大きいが、縦にもデカい。2mは優に超えているだろう。
王都では有名なBランク冒険者の"鬼殺し"ジョス。
クロサイの獣人であるが、斧1本でモンスター討伐から盗賊の殲滅まであらゆる仕事をこなし、「生死問わず」の依頼でも全て殺してしまうという荒れくれ者である。
なお、対象を生きたまま捕縛せよという依頼は一切受けないことでも有名だ。
受付所内に緊張が走る。
受付窓口前に立って依頼書を読んでいたレオは、チラッとそちらを見やると、依頼書を持ったままジョスの邪魔にならないようにそーっと横に移動する。
依頼掲示板を物色しつつ横目でその様子を見ていた男達は、クッと肩を震わせて笑いをかみ殺す。
「おう、ルーミー!」
「あら、ジョスさんこんにちは!」
「殺してもいいっつぅランクBの依頼はねーか」
「うーん、そうねぇ。後ろの掲示板に貼ってあるランクDの依頼ならあるけど。東の砂地に出るショットボア2匹の退治。受ける人がいなくて困ってるから、そっちをやってくれるならギルドとしては大歓迎なんだけどね。残念ながらご希望に沿えるB、Cの依頼は今のところないわ」
ジョスは派手に舌打ちする。
「チッ、ヘビかよ。手応えねぇなぁ」
ヘビとは言ってもショットボアは1匹で商隊ひとつを全滅させることも多々ある、広範囲に火を噴き、空も飛ぶ、大変危険な大きめのヘビ型魔獣である。
それが2匹。
他の冒険者からすると、手応えがないなどとんでもない話だ。
確かにDランク以下の掲示板に貼られてはいるが、危険なため見なかったことにしていた男達は青くなる。
その時、ジョスは初めて気づいたかのように、レオの方を見る。
「なぁ、そこのヒョロい兄ちゃんよぅ、お前が持ってんのここの依頼書だよなぁ?」
レオはチラッとジョスを見上げる。
「そうだけど?アンタに似合う仕事じゃねーぞ。人探しだ。」
(なんだやっぱ人探し程度の仕事じゃねーかよ)
掲示板の前に立ってはいるものの、すでに全神経は後ろで行われるやり取りにのみ集中させている男達が拍子抜けする。
しかし、ジョスは目を細めた。
「その紙はランクB以上の依頼にしか使わねぇ上等な紙だ。んな簡単な仕事にB以上を要求するとは、ご大層な依頼主サマだな、おい。」
「おぉ、ちゃんと見てんだな。さすがかの有名な"鬼殺し"だ、後ろの低レベルなヤツらとは違うな、エラいぞー」
「ッ!てめぇ、おちょくってんのか!」
飄々とした態度のレオにジョスが激昂する。
レオは困ったように肩を竦めた。
「まぁまぁ。可愛いルーミーちゃんの前でそんな乱暴な態度取ったら嫌われちゃうよー」
「ヒョロっちい奴がゴチャゴチャうるせぇんだよ!!サッサと依頼書を見せろや!」
頭に血が上ったジョスは、こうなると誰にも手がつけられない状態になる。
背中に背負った大きな斧を手に取り、レオに向かって勢いよく振り下ろす!
その場に居たもののほとんどは、"鬼殺し"の新たな犠牲となるレオの死を覚悟した。
ドスン!と大きな音が響く。
しかし次の光景に誰もが度肝を抜かれた。
ジョスの巨体は床に引き倒され、レオがその巨体の上に片胡座をかいている。
振り下ろされたはずの重厚な斧は、何故かレオが奪ってジョスの首元に当てていた。
「アンタに似合う仕事じゃないって言ったろ?"鬼殺し"くん。ついでに言うとコレはAランクの依頼だから君には受けられないゾ☆」
ジョスは自らの武器が初めて自分の命を危機に晒していることに愕然とし、その場に居た他の誰もが呆然として口を開けていた。
1人を除いて。
一瞬でシーンと静寂が訪れる。
そして。
パチパチパチパチ!
「いやーん!レオさんやっぱ超カッコいいー!!」
最初からレオの強さを知っていたルーミーの脳天気な声と拍手の音だけが、静寂を切り裂いて冒険者ギルド内に響き渡った。
......................................................
(まずいな、体温も下がってる)
トモカは小屋に連れ帰った小動物を、床に広げた布きれの上に寝かせた。
数秒おきにブルブルと弱々しく震えている。
やはり相当体力が落ちているようで、既に起き上がる気配もない。
それ以上の体温低下を防ぐため、もう1枚布を出し、傷以外の部分に被せる。
この子の身に何が起きたのか、傷は酷い有様だった。
後肢のお尻に近いところから足先の辺りまで、皮膚が大きく裂けて捲れている。捲れた部分の皮膚は、2/3程度が既に壊死を起こして腐っている状態だ。
壊死した皮膚と露出した筋肉部分には大量のウジのような虫が湧いている。
壊死した組織を少し触るだけで、肉の腐った臭いが小屋に充満した。
トモカが持っているらしい聖魔法でどうにかできないかと、一縷の望みをかけて「傷を治して」と呟いてみたが、何も起こらない。
(これじゃ縫合しても無駄ね)
壊死した部分を全て切り取って除き、残った部分をきれいに洗浄して再生を待つのがベターだろう。
しかし、切り取らねばならない範囲が広すぎる。完治までに数ヶ月はかかりそうだ。
全身麻酔ができれば、皮膚に余裕がある他の部分からの自己皮膚移植手術などをして治療期間を短縮することも可能なのだが……。
全身麻酔か。
しかし、たとえ麻酔がこの場にあったとしても、この限界まで弱った状態の小動物が麻酔に耐えられるかどうか……。
(そうだ!もしかしてアレなら)
トモカは立ち上がって、造り付けの戸棚から今朝見つけたばかりのガラス瓶を両方取り出した。
中身が入っている方の瓶の栓を開け、匂いを嗅ぐ。
(うん、多分お酒だ。度数も高そうだし、コレならイケそうな気がする)
トモカは再度栓をし、作業台の上に置いた。
空の方のガラス瓶とバケツを持ち、一旦外に出て、ガラス瓶を洗い、ガラス瓶とバケツ、それぞれに水を汲む。
さらに腰につけたナイフを、湖の水と水底にあった平たい石を使って丁寧に研いだ。
小屋に戻って、今度は新しい布きれ1枚と別のナイフを1本取り出し、指2本分くらいの幅の帯状に裂いていく。
簡易的な包帯だが、何本くらい必要になるか分からない。
念のため何本も何本も作成した。
(あとは……何か良いものないかな)
ガサゴソとなおも戸棚を探る。
……金属製のスプーンを手に取り、一瞬止まる。
迷う。
迷う。
1回元に戻しかけて、……また手に取る。
ええい、背に腹は変えられぬ。
スプーンも3本あるし!1本くらい違う用途で使っても許される……よね?
トモカは作業台の上に広げた布を敷き、準備した全ての道具を並べた。
そして弱った小動物を抱え上げて、その横に寝かせる。
作業台に移されても、目を閉じたまま既に何も抵抗しない。
細く裂いた布の1枚を取り、瓶の中の酒をやや多めに含ませ、スプーンや研いだナイフをキレイに拭き取る。
ついでに自分の手にも軽く絞って数滴垂らし、よく擦り込む。
……そして、拭き取った後の布を畳んで小動物の鼻先に置いた。
弱っているからこそ効くかもしれない方法である。
全身麻酔でなくとも、つまりは痛みを感じなければいいのだ。
酒のアルコールには麻酔薬ほどではないが、酩酊させ痛みを鈍らせる効果がある。
何より下がっている体温を少し上げる効果も期待できる。
元気であれば多少アルコールを嗅がせたところで、凶暴性が増して終わりかもしれないが、ここまで弱っている状態ならば何もしなくてもそもそも動けないし、少量のアルコールを吸引するだけで痛みの感覚は鈍るだろう。
しばらくアルコールを嗅がせ、意識が混濁しているのを確認して、トモカは処置を始める。
まずは傷口に集る虫をどうにかしなければいけない。
白く米粒ほどの大きさのツブツブした小さな虫が、露出した筋肉の表面をビッシリと覆い、もぞもぞと不気味に蠢いている。
本来ならばピンセットなどで一匹ずつ取り除くのだが...…そんな都合の良いものはここにはないし、虫の数も多いので、酒で消毒したスプーンの出番だ。
壊死した組織を虫ごとスプーンでギョリっと掬って、バケツの底に少量張った水にポチャンと落とす。
こうすることで虫は水に溺れ、逃げ出しにくくなる。
それを虫がいなくなるまでただ延々と繰り返すだけの作業だが、……これがまたなんというか、視覚的にも、感触的にも、非常にメンタルを削られる作業なのである。
(うへぇ……)
手術等で血みどろな光景には割と慣れっこなトモカだが、大量の虫となると話は別だ。
しかも、使っているのが食事用のスプーン。
(しばらく米は食べたくないわ……)
トモカはできるだけ心を無にして、虫を取り除く作業に没頭するのだった。