49.転生者と解放者
リィィン。
トモカとレオが待つ部屋に、リィィンと柔らかな鈴のような音が響いた。
その音が呼び鈴なのか、レオが腰掛けていた踏み台から立ち上がったため、トモカもその踏み台を使い慎重に寝台から降りる。
静かに扉が開きゆっくりと入ってきたのは、灰色の耳と尻尾を持つ小さな老司祭ピーターだった。
「お疲れ様でございました」
ピーターが穏やかな笑みを浮かべてトモカを見る。
「サーロスどのより簡単にですが鑑定結果の要点は伺っております。少なくともトモカ様が聖女であることは確定しましたので、一旦"疾風の大牙"どのへの依頼も完了とさせていただきます」
「じゃあこれでオレの仕事終わり?」
レオが確認すると、ピーターは神妙な表情を作って大袈裟に頷く。
「"疾風の大牙"どのに対しての依頼は終了ですな。今後はレオナルド=クレムポルテ様としての役割をお願いしたく存じます」
「……それはつまり、聖女の血の鎖としてって事だよね?」
「左様」
レオの表情が少し暗くなり、何故かやや不貞腐れたような顔になっている。トモカはチラリとそれを見て申し訳ない気持ちになった。
(もしかして血の鎖っていうの、結構めんどくさい仕事なのかな……)
「な、なんだかお手数かけてごめんなさい」
「あーいや、ってかなんでトモカが謝るの。オレは希望して聖女の血の鎖に立候補したんだよ。他の奴らには死んでも譲らない」
「そ、そう」
そう言う割にはあまり浮かない表情をしているのが気になったが、レオにそう言われては黙るしかない。
レオはスッとトモカから視線を逸らし、ピーターに話しかける。
「とりあえず仕事完了を冒険者ギルドに報告してきたいんだけど、良いかな?」
「おお、そうでしたな。依頼書はお持ちですか」
「これ。よろしく」
レオが腰に提げた鞄から何やら折りたたんだ紙を取り出して、ピーターに差し出した。
ピーターはその紙を受け取ると、開いて内容を確認し、紙の下の方に指を当てる。トモカが立つ場所からはピーターが何をしているのか見えなかったが、うっすらと紙の下半分が光ったようにも見えた。
(紙に魔力を送り込んでる?)
ピーターはその後再び紙を折りたたみ、レオに返す。
「助かる。それと外壁の外にジーニーを待たせてあるんだ。トモカの召喚獣も一緒に。ギルドに行く間だけでも、ここに置かせてもらえる?」
レオが尋ねると、ピーターは驚いたようにトモカをまじまじと見つめた。
「ほぅ。トモカ様も既に召喚獣をお持ちでございましたか。素晴らしい。ええ、それでしたら今ちょうど裏庭の立ち入りを制限しておりますので、そちらをお使いくだされ。ご案内しましょう」
そう言うや否や、くるりと背を向けてピーターが歩き出した。トモカとレオは慌ててそのあとをついて行く。
ピーターは老人のように見えるのに動きがスムースで素早いため、なかなか油断ができない。
「うわぁ、綺麗」
複雑に入り組む廊下を通って案内された裏庭に出ると、トモカは思わず感嘆の声を上げた。
裏庭は、先ほどまでトモカ達がいた建物とは別の建物に向かう渡り廊下の途中にあった。
既にかなり日は落ち、裏庭から見える教会のシルエットは黒く縁取られ、背後の空が薄暗く紫と橙の入り交じった美しいグラデーションを見せている。
裏庭の中央には澄んだ水を湛えた泉があり、その脇に一体の優雅な長い髪の女性の石像が建っていた。左手には水差しのような形状の容器を抱え、そこから泉に絶えず透明な水が送り出されている。そしてその右手には、美しく緑色に輝く球状の石が掲げられていた。
「へぇ。やっぱりちゃんと色変わるんだなー」
「はい、私も初めて見ましたので本当に変わるのか心配しておりましたが……一昨日のうちに」
「やっぱり一昨日着いたってバレてたんだ」
レオとピーターが納得し合っているが、トモカには何のことだか分からない。困惑しているとレオがトモカを見てニッと笑った。
「これさ、トモカの力で光ってるんだってさ」
「えっ?」
「正確に言うと、聖女の波動を読み取って光るように設計されてるらしいよ。で、聖女が国内にいれば緑色に、国外にいれば赤色に光る。オレがトモカを探しに行く前に見た時は赤だったんだ」
「な、なるほど……」
トモカは像と自分の手を交互に見つめた。
(聖女の波動……)
そう言われてもピンと来ないが、現実に光っているのだからおそらくトモカの身体から何かそういった物が出ているのだろう。
「じゃあジーニー喚ぶよ。トモカも喚んであげて」
「分かった」
2人がそれぞれウーとジーニーの名を呼ぶと、いつも通り空気の歪みが出来た。
少し間があり、その後ジーニーとウーが飛び出してくる。
ウーはトモカの腕の中にぴょんと飛び込んだ。
「ウーさん、長い時間外で待たせてゴメンね」
(ウウン!この辺来るノ初めてだったカラ、ジーニーに案内してもらっテタ)
「そっか、仲良くしてたんだね、良かった」
ふわふわしたウーの身体を抱きしめると、ウーが嬉しそうにスピスピと鼻を鳴らした。
レオがジーニーから外した荷物をトモカの足元に置いて声をかける。
「トモカ、悪いけどちょっと離れる。ピーターさんがいるから大丈夫だと思うけど、何かあったらあの魔石使って」
「あの魔石?」
「これ。持ってきてるよね?」
そう言ってレオが取り出したのは、湖畔の小屋に置いてあったクルミほどの大きさの灰色の丸い石だった。
確か本来は通信用でトランシーバーのように使えると聞いていたが、まだ光源としてしか使ったことがない。
「あ、それ! 荷物に入ってる」
「できればオレと離れてる時は魔力を注入しておいて。通信の時に必要な魔力はただの信号だから属性は何でも大丈夫」
「うん、分かった」
レオは頷いたトモカの頬を名残惜しそうに親指でそっと撫でると、直ぐにピーターに向き直った。
「ピーターさん、少し遅くなるかもしれないけど後でもう一度来るよ。トモカとジーニーをそれまでよろしく」
「ほっほっ構いませんよ。こちらもこれからトモカ様と少々お話がございます。表はもう閉めておりますので、出入りは裏口をお使いください」
「了解」
そう言ってレオは慣れた様子で裏庭から出ていった。
レオがいなくなると、途端に裏庭にシーンと静寂が訪れる。
トモカは、湖畔の小屋を出てからここに来るまで、レオとほとんど離れることがなかったのを今更ながらに実感し、少し寂しく感じた。
そんなトモカに、ピーターの静かな声がかけられる。
「トモカ様、それではレオナルド様がお戻りになるまで、少し私の話を聞いてくださいますか」
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ウーたちを裏庭に残し、ピーターに連れて来られたのは、もう誰もいなくなった主礼拝堂だった。
祭壇の中央に祀られた屈強そうな男性の石像が礼拝堂全体を鋭く見下ろしている。
来た時の騒々しい状態とは異なり、今はがらんと冷たい印象の空間だ。
「この教会にはこの国で信仰されているガイア教という宗教の神々が祀られております。ガイア教についてはレオナルド様から何かお聞きになりましたか?」
トモカが首を横に振ると、ピーターは灰色の耳を少し寝かせ、穏やかに微笑んで先を続けた。
「このガイア教というのは、私たちが以前住んでいた地球を理想郷として崇める多神教です。地球のことをこの世界の人々はガイアの地と呼んでいます」
「……地球ということは、やっぱりここは別の惑星なんですか?」
「私もよくは分かっておらんのでございます。時間や物理現象などは我々が住んでいた地球とだいたい同じですが、魔法という極めて異質な力がこの世界を支配している。ただ単に別の惑星と言うよりは、別の時空に存在する地球の並行世界と言った方が良いのかもしれません」
並行世界。それは確かにそうなのかもしれない。
地球を飛び出して別の惑星に行ったからといって、当たり前のように魔法が使えるようになったり、ステータスのようなものが見えるようになるとは思えないからだ。
「そして、我々の住んでいた地球とこの世界との間で、時々死後にその時空を飛び超えて転生する者がおります」
「私たちのように、ですか」
トモカが尋ねると、ピーターはゆっくりと頷いた。
「左様。我々のような者は転生者と呼ばれます。転生者の中にはたまたまこちらに迷い込んでしまった例もあるようでございますが、それ以外のほとんどが解放者と呼ばれる者の力によって引き起こされることが分かっております」
「解放者?」
「転生者の反対です。強い信仰によって魔力のエネルギーを転生する力に振り分け、自身の死後、理想郷である地球へと生まれ変わるのです。魔力に縛られた法則から解放されるため、解放者と呼ばれます」
信仰によって魔力が振り分けられる、という仕組みはよく分からないが、つまり頑張れば自分の意思で地球に転生することが可能になる、という事だろう。
「解放者はほとんどがその獣人の基本形と近い種族に転生します。イヌ科の獣人であれば犬に。ネコ科の獣人であれば猫に」
「人間になることはないんですか」
「ごくごく稀にありますが、人間ほどの大きさの生物に生まれ変わるためには転生時にかなりの魔力を消費しますので、通常その1回か2回の転生で終わりです。なので人間を選ぶものはほとんどおりません」
1回か2回の転生でも充分ではないか、とトモカは思うのだが、そういう話でもないらしい。
「一方、比較的小さめの獣への転生はそこまで魔力を消費しませんので、その者は魔力の続く限り何十回と地球で転生を繰り返すことができます。従って永きにわたって転生を希望する際には、好みもありますが、同じ系統の中でもなるべく小さな種類が選ばれることが多いようです」
つまり元が虎の獣人でも転生時には猫を選んだり、狼の獣人でも転生時には小型の犬を選んだりする、という事だろう。自分の意思である程度自由に選べるようだ。
「そして獣に転生した解放者の特徴として、地球では不要な余った魔力を使い、亡くなったばかりの他者の魂をこちらに繋がる門へ送ることができるという点です」
「ゲート?」
「門というのは、地球の存在するあちらの世界とこちらの世界とを結ぶ、細い細い通路の出入口です。ここに魂を送ればそこに住む神々が魂を選定して、何がしかの祝福を与え、こちらの世界に転生させるのです」
トモカはピーターの説明を聞き、砂時計のような形状の世界を思い浮かべた。上下の空洞を結ぶ、細い管の部分。おそらくそれがゲートという場所なのだろう。
「私もその解放者の誰かにこっちに送られたということですか?」
「トモカ様の場合は、送った方は既に判明しております」
「えっ判ってるんですか」
ピーターはそれには答えず、礼拝堂を出て入口のホールへとトモカを促す。
「どうぞこちらへ」
入口のホールには、鎧と剣に身を固め、気高く勇ましい風貌をした美しい女性の石像が設置されていた。
「こちらがこのクレムポルテ王国を建国された初代女王、ミザリア=クレムポルテ様の神像です」
「はぁ」
トモカは突然の神様紹介に訳が分からず、少し気の抜けた返事をしてしまった。
(クレムポルテ……ってことはレオのご先祖さま?)
しかし、それが今それが何に関係があるのだろうか。
「実は、このミザリア様がトモカ様をこちらに転生させたと仰っています」
「えっ、『仰って』?」
トモカはギョッとした。
初代女王と言われるくらいなので、てっきり既に亡くなってかなり経つ人物なのかと思ったが、もしや存命中なのだろうか。しかしそれでは死後に地球に転生する、という先ほどの解放者の条件に当てはまらない。
トモカが混乱していると、ピーターがふふふと笑みを零した。
「私は神々として祀られた魂と直接会話できる"神託"という特殊技能を賜っておるのですよ。転生者に贈られる祝福の一種でございます。これは神であるミザリア様から直接お聞きしました」
「でも、神様がなんでわざわざ私を?」
「ミザリア様は、トモカ様に命を救われたと仰っていました」
「命……?」
トモカは生前獣医師だったため、命を救ったといえばたくさんの動物の命を救ってきた心当たりはある。しかし、そんな特殊な能力を持っているような動物がその中にいたのだろうか。
「転生者が解放者の力によって転生する場合、死亡時に解放者の近くにいることが大事です。また、転生にはその解放者の魔力に大きく影響を受けるため、その種族とその時点での年齢の獣人に転生することが多いのです。例外もありますが。トモカ様は16歳の猫型の獣人に転生されていますので……」
「私を送ったのは16歳の猫ってこと……?」
トモカの死亡時に、近くにいた、16歳の、猫。
ハッと気づき、トモカは目を見開いた。
「……あ! もしかして、サクラちゃん!?」
トモカが死の直前に腫瘍の手術をしていた、美しい黒い16歳の猫だ。
優しそうな老夫婦に飼育されていた、妙に気品のある猫。
確かに女王と言われれば、そう言った威厳も感じられたような気がする。
「ミザリア様の現世のお名前や年齢は存じ上げませんが、思い当たることがございますなら間違いないかと」
「そっか。私が命を救ったってことは、サクラちゃん助かったんだ。良かった……」
トモカは安堵して顔を両手で覆った。ずっと心のどこかで気になっていたのだ。自分が手術をしたのにちゃんと目が覚める所を見届けることができなかったのだから。
ピーターはそれを聞き、ほほほと声を上げて笑った。
「ミザリア様のお言葉通りですな。心からミザリア様と周囲の方々の幸せを願ってくれていた、優しい方だったと」
トモカはそのように伝えられていたのかと急に恥ずかしくなる。トモカとて、決して優しいだけではない。サクラの無事が気になっていたのも、半分は仕事に対する責任感に拠るところが大きいのだ。
しかし、ピーターはそんなトモカの様子に構わず続けた。
「神々の中でも重要な地位を占めるミザリア様のお命を救ったという事実は、門の神々にとって非常に大きな善行と判断されます。それがおそらくトモカ様が聖女としての祝福を与えられ、転生された理由でございましょう」
「そうですか……」
トモカはなんとなく緊張した。聖女というのはただの肩書きの一種程度に考えていたが、思っていたよりも重要な役目なのかもしれない。
「さて。ミザリア様の件についてだけはできるだけ早くお伝えしておきたかったのでお話させていただきましたが、本日はここまでにしておきましょう。長旅をされてお疲れでしょうし。これから滞在していただく宿舎にご案内いたします。レオ様がお戻りになるまでそちらでご休憩ください」
ピーターがゆっくりと踵を返し、腕を広げて芝居がかった仕草でトモカを案内する。
「は、はい」
やはりピーターは動きが早い。
トモカは荷物を抱え、慌ててピーターの後をついて行った。




