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召喚獣のお医者さん  作者: 梶木 聖
⑶ 王都ローレリア
48/62

48.鑑定

 薄暗い部屋の中央に照らされた寝台の上にトモカが寝ている。

 先程までは目を開いて起きていたようだが、レオと手を繋ぎ、深呼吸を繰り返すうちに眠ってしまったようだ。


 鑑定術士のサーロスは、トモカの額に乗せられた小さな魔石を繋ぎ合わせた装置に手を触れ、鑑定術を行っていく。少しずつ情報を読み取っていくため、少々時間のかかる作業だった。

 ピーターは仕事が残っているからと早々に部屋を出てしまった。


 この部屋は、鑑定だけでなく様々な術をかけやすくするための部屋だ。

 円形の部屋の天井には特殊な紋様の加工が施してあり、心を落ち着けてそれをじっと見つめることでやがて催眠状態に陥る。その状態になると身体の防御反応が一時的に解除され、鑑定などの術の効果を発揮しやすい状態になるのだ。


 感情のない、もしくは乏しい物品や植物の鑑定に比べると、生物の鑑定は生物自身が自然に持つ防御反応に(はば)まれることが多く、非常に難しい。また、催眠によって防御反応が解除されていても、その鑑定には相当に高い鑑定術のレベルも要求される。

 従って、生物の鑑定ができる人物は王国内でも非常に限られるのである。


 レオは寝台横の設置された木製の踏み台に行儀悪く片膝を立てて座り、トモカの手を優しく握りながら、その寝顔をじっと見つめた。


(きれいだな)


 トモカが着ているくすんだ茶色のローブは、ドムチャ村の衣料品店で1番男受けしないものを、とレオが望んだ物だったが、トモカが着ていると(まさ)しく聖女の衣装のように見えてくるから不思議だ。

 レオはトモカの手を自分の頬に愛しげに擦り寄せた。


(トモカの手、気持ちいい)


 トモカは完全に眠っているため目覚める気配はない。レオはトモカの手の甲に軽く口づけ、その寝顔を穴が開くほど見つめる。


 鑑定作業を行っているサーロスが、そんなレオをチラリと見て(かす)かに目を細めた。


「殿下が女性1人にそこまで御執心なのは珍しいですね」

「うん、オレもビックリだよ。でも好きすぎて辛くてさ。トモカをずっと見ていたいけど、見てると苦しくなる」

「おやおや、初恋ですか」


 サーロスは用紙を止めた板に慣れた様子でペンを走らせる。レオは心外だと言うように首を振った。


「初恋って。オレもう27だよ。しかも恋の回数ならその辺の奴には負けない自信あるけど」

「確かに今まで殿下の周りには美しい女性がたくさんいらっしゃいましたが、殿下がそんな様子で女性を見つめておられるのは初めてみましたよ。今までの女性達とは本当に恋だったんですか」


 サーロスはトモカの額に置いた装置に再び手を当て、鑑定術を続ける。

 トモカのスーッ、スーッという規則的で静かな寝息が聞こえていた。


 聞かれたレオは視線を泳がせて考え始めた。改めて聞かれると困る。


(本当にって? 女の子に対して好きだと思ったらそれが恋なんじゃないのか?)


「オレは女の子と遊んでる時はいつでも恋をしてるつもりではあったよ、一応。会ってるその日はね。恋ってそういうもんなんだと思ってた。一夜の恋ってよく言うじゃん」

「なるほど、最低ですね」


 サーロスはレオの言葉を一言で切り捨てた。

 トモカの額からそっと手を離し、手元の紙に素早くペンを走らせる。その音が先ほどよりも少し荒い。いつも冷静なサーロスの目が少し興奮気味に熱を帯びていた。

 切り捨てられたレオはやや項垂れてトモカを見つめる。


「でもトモカに関しては、今までの子たちと全然違うのは分かるよ。今までは好きだと思う子とは一緒に遊ぶだけでただただ楽しかった。でもトモカは……、例えばこうやって手を繋いでるだけでも、この手がひとつに溶け合ってしまわない(・・・・・・・・・・)ことが苦しくてたまらない。手を離せばオレとトモカはもう別々の存在になってしまうだろ。それが辛いんだ」


 レオはトモカの手を握ったまま、自分の額に押し当てた。まるで祈りを伝えるように。


「好きになることがこんなに苦しいとは思わなかった。恋人にして毎日でも一緒にいたいと思ったのはトモカだけだ。この気持ちこそが恋だっていうなら、確かに初恋かもしれないね。本当は誰の目にも触れさせずに本物の(・・・)鎖に繋いで王城に閉じ込めたいくらいだよ」

「……それはトモカ様には仰らない方が良いでしょうね」

「分かってる。言わないし、やらないさ。嫌われたくはない」


 サーロスが用紙を止めた板を小脇に抱え、トモカの額に置いた装置をそっと外した。

 そしてひとつ、大きなため息をつく。


「殿下が本気でトモカ様をお好きなのはよく分かりました。ピーター様に伺いましたが、殿下がトモカ様の血の鎖になられるのでしょう?」

「あれ、サーロスも血の鎖について知ってたんだ?」


 レオは歴史書を読むまでは聖女のことなど何も知らなかった。幼少時から王族として王国の事柄については細かく教育を受けてきたにもかかわらず、である。

 しかし、サーロスが知っているということは、実は一般常識だったのだろうか。


「いえ、私は今回の聖女鑑定のためにピーター様より内密に依頼を受けておりまして、その場で初めて聖女についての詳細を伺いました。聖女捜索を冒険者ギルドに依頼しているので、見つかったらそれが聖女かどうかを判定して欲しいと。まぁ捜索に当たった冒険者というのが殿下と知って驚きましたが。嫁探しですか」

「違うよ! ……まぁ結果はそうなったけど。トモカを好きになったのはたまたま。依頼を受けた時は血の鎖なんて知らなかったし。単にギルドで仕事を紹介されたから受けただけだよ」


 レオはばつが悪そうに目を逸らした。冒険者ギルドのアイドル・ルーミー嬢のご機嫌を取ろうと、勧められるままに依頼を受けたとは今さら言い出しにくい。少なくともトモカにはバレたくない。


「そうですか。まぁせいぜい聖女様のために頑張ってくださいませ」

「あれ、鑑定終わり? もしかして聖女って確定した?」

「ええ。トモカ様が聖女であるのは間違いないでしょう。それに興味深い結果も出ています」

「興味深い結果?」


 レオが耳聡く聞き返した。

 サーロスは木の板に止めた用紙を何枚か捲り、ふむと考え込む。


「後ほど正式な書類にしてピーター様にお届けしますが、血の鎖になられる殿下にはお伝えしても大丈夫でしょう。……まずはキャリア値ですが、聖女の職に最も高いピークがあります。しかし、同時に狩人、酪農家、掃除婦、治癒師、指導者といった様々な職にもやや高いピークが見られます」

「それ……何となく思い当たる節はあるんだけど。トモカ、ドムチャ村の農場で色々やってたからさ」


 ギロの農場で掃除や治療や牛の世話をしていたこととかなり関連がありそうだ。しかし、サーロスはゆっくりと首を横に振る。


「確かに経験に従ってキャリア値のピークの数や高さが増えることはありますが、ほとんどの場合はメインとなるキャリアと、多くとももう一種類くらいです。このように多数の職に出ることは稀です」

「オレ4つだけど」

「殿下も充分多い方なのですよ。殿下にしろトモカ様にしろ、元々その職について伸びる素質を持っていたのか、さもなくば経験したあらゆることを効率的に自分の力に変えることができる素質をお持ちのようです。もし、今後も職が増えていくようなら後者でしょうね」

「トモカの場合は転生者の特殊技能とか?」


 ガイアの地からの転生者は何らかの特殊技能を持っていることが多いと聞く。

 ならばそのようにキャリア値を上げていく技能があるのではないだろうか。


「どうでしょうか。あまりそのような特殊技能は聞いたことがありませんが。どちらかと言えば生まれ持ってのご本人の能力や性格などによるのかもしれません。……ああ、特殊技能と言えばトモカ様は聖核精製という特殊技能をお持ちのようです。おそらくこれが転生者の特殊技能なのではないかと」

「何それ?」

「私も詳しくは存じません。古い文献にその名前だけ記載があるのを見たことがありますが、内容については特に記述されておりませんでしたので何とも。鑑定術士の私が分からないということは他に分かる者もいないでしょうから、そのうちトモカ様がご自分で理解されるのを待った方が良さそうです」

「そっか、それなら仕方ないな」


 分からないのならば仕方がない。トモカにも特殊技能があると分かっただけでも充分だ。

 どうしても気になるなら2人で一緒に確かめていけばいいのだ。

 サーロスは更に手元の紙を捲る。


「後は魔力の値がずば抜けています。これまで色々な方を鑑定してまいりましたが、ここまでの方を鑑定したのは初めてです」

「確か3万くらいあるって言ってたもんな」

「はい、ちょうど3万です」


 トモカが言っていたことはやはり正しいようだ。決して信用していなかった訳ではないが、3万という数値はあまりにも異常すぎた。

 サーロスはレオを見て小さな懸念を告げる。


「しかし、その強大な魔力に比して体力は標準か標準よりやや少なめです。この不均衡はやはり危惧すべきことかと」

「そうか? 魔法専門だと体力が少ないのは割とよく聞くけど」


 いわゆる魔導師と呼ばれる存在がそれだ。

 獣人の多くは生まれつき魔法が使えるが、中でも魔力が突出して多く、その使い方にも精通している代わりに、武術や剣術などの戦闘能力はかなり低いのが魔導師の特徴だ。そしてそれに付随して体力も少なめなことが多い。


「そうですね。しかし魔導師であっても通常ここまで大量の魔力を体内に抱えることなどありません。体力が少ない身体でこれだけの魔力を維持するリスクというのが、これまでに例がありませんので何とも」

「でも今のところ、トモカは魔法使っても割と平気そうにしてるんだよなぁ」

「そこが謎です。過去の例を見ても、トモカ様は既に聖女として"覚醒済み"と考えて良いかと思います。しかし、まだ(・・)血の鎖で繋がれていない状態にあるにもかかわらず、その強大な魔力は現在のところ非常に安定しているようなのです。魔力の熟練度も高い」


 つまりトモカにとっては血の鎖は不要だと言うことだろうか。

 もちろん血の鎖などがなくとも聖女の力が安定して発揮できるのであれば、それはそれで喜ばしい事なのだが、レオとしてはやや寂しい気持ちになった。

 そして、ふと気づく。


(あれ?)


「オレさ、まだ(・・)ってサーロスに言ったっけ?」


 するとサーロスは片方の眉を少し上げて不敵な笑みを浮かべる。


「王城専属鑑定術士を舐めないでいただきたい」

「えっ! 何、そんな事まで分かんの!?」

「少なくともトモカ様が純潔であることは分かります」


 レオが露骨に嫌そうな顔をする。

 なぜ自分の恋人が処女であるかどうかまで他の男に調べられねばならないのか。

 サーロスのやたら気品のある顔が余計に恐ろしい。


「サーロス……マジか。お前の能力、一歩間違えるとアレだな」

「殿下ほど無節操な訳ではありません」

「ってことは外で能力使ったことあるな、お前……」

「さて、何のことでしょうか」


 サーロスは飄々(ひょうひょう)とした顔で(うそぶ)く。


(コイツ実はオレより危ないだろ)


「まぁ生まれ持って決まっている魔力量はともかく、体力量の方はある程度訓練などで身につきますので、体力の強化はしておくにこしたことはないでしょう」

「それで話題を変えたつもりか」


 レオは恨みがましい表情でサーロスを睨んだ。

 サーロスはそれに気づかない振りで装置や書類を鞄に詰め、帰り支度を始める。


「さて、私はそろそろ城に戻ります。ピーター様にはご報告してから帰りますので、そのうちこちらにも来られるでしょう」

「……」

「トモカ様はまだお目覚めにならないようですが、後は殿下にお任せした方が良さそうですからね。ゆっくりと仲良くなさってくださいね」

「……」


 レオは口を尖らせ、返事をしない。鑑定に必要なことだったのだと頭では分かっていても、そう簡単に納得はできないのだ。

 そんなレオを見てクスッと微笑んだサーロスは、扉から出る直前に振り返った。


「殿下、城にはいつお戻りで?」

「……明日には1回戻る。ここにオレがいた事は黙っておいてくれ」

「畏まりました」


 バタン、と扉が閉まると、部屋の中には寝台に横たわるトモカと、踏み台に座るレオだけが残された。

 レオはトモカの手を握ったままその寝顔を見つめる。

 トモカはまだ規則正しい寝息を立てている。王都に入るまでそこそこの距離を歩き、王都に入ってからもいきなり襲撃されるなどしたため、少し疲れたのかもしれない。


(トモカ……)

「ん……」


 トモカの手を思わずぎゅうっと強く握りすぎていたのか、トモカが少し身じろぎした。

 レオは迷いに迷ったが、結局声をかける。


「トモカ。終わったよ」

「ん……。ん、えっ!?」


 トモカは目を開くなり、ガバッと飛び起きた。

 寝台が高いため、落ちないようにレオがそっと肩を支える。

 トモカはレオの方を向いて物凄い勢いで謝りはじめた。


「ごっごめんなさい! 完っ全に寝てた! ……あれ、サーロスさんは?」

「もう帰ったよ。ってかあんな変態野郎に気なんて遣わなくていい」

「……どうしたの? ケンカ? 何かあった?」

「いいや、何でも」


 レオはやや不機嫌そうに吐き捨てる。

 先ほどの親しげな様子と全く違うため、トモカが驚いている。


 しかし、何に不機嫌になっているのかをどうしても言いたくないレオは、結局ピーターが部屋の扉を開くまで知らぬ存ぜぬを突き通したのだった。

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