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召喚獣のお医者さん  作者: 梶木 聖
⑵ ドムチャ村
45/62

45.恋人

 レオに手を引かれて丘から降りる間、トモカはずっとレオの言葉を頭の中で反芻(はんすう)していた。


『王都に着くまでにもう一回だけでいいからさ、オレと恋人になる所、真剣に想像してみて』

『少しでも"アリ"だと感じたら、王都に入った瞬間から、オレの恋人になってくれませんか』


 普段の軽いレオの態度とは全く違う態度。

 あれは真面目なトモカを信用させるためだろうか。


 でも真っ直ぐにトモカを見つめる瞳は、隠しようもなく熱くて、火傷(やけど)しそうな程だった。

 あの瞳が演技だとは思えない。


(恋人に、なってくれませんか、……か)


 片膝をついてトモカの手を取るレオの姿は確かに必死ではあったけれど、まるでお姫様をエスコートするおとぎ話の騎士様や王子様のように上品で。

 いつものフラフラとした軽い調子からはかけ離れていた。


(どちらが本当のレオなの?)


 もちろん今までのレオの軽妙な態度はとても演技をしているようには見えなかった。しかしさっきの真摯(しんし)で真面目なレオの姿も確かに真実なのだと感じられる。


「……トモカ? 大丈夫?」

「えっ? ああ、うん」


 いつの間にか丘を降り、中心街まで戻ってきていたらしい。トモカは全く気づいていなかった。

 そんなトモカをクスッと見下ろし、レオが優しく声をかける。


「そろそろ王都に出発したいんだけど、いい? 他に見たいところある?」

「ううん、大丈夫」

「ここなら王国内だから、またいつでも来ることはできるよ」

「うん……」


 中心街を真っ直ぐ抜けるとそこはもう村の東の出口だった。

 立派な石の門と警備所が附設(ふせつ)されていた西の国境の門とは違い、こちらは太めの木の棒が両側に立っているだけの簡単な入口だ。


「こっちは国境じゃないから、門っていうより目印なんだよね」


 入口を出るともうそこは何もない草原だった。

 レオはジーニーに積んだ荷物の取り付け具合を確認している。

 トモカはそんなレオをじっと見つめた。いつも通りのレオだ。


「ここからはジーニーに乗るよ。トモカはウーを抱いててね」

「はい。ウーさんおいで」


 ウーが勢い良くトモカの腕に飛び込んでくる。ウーはトモカを見上げ、少し心配そうに聞いてくる。


(トモカ元気ナイ?)

「ううん、そんなことないよ。元気」


 ウーに心配させてしまったとトモカは慌てて首を振った。


「トモカ、オレに掴まって」


 レオはトモカを抱きかかえ、軽々とジーニーの背中に飛び乗った。

 森の中での行程と同じく、レオが(またが)った前にトモカが横座りで座り、レオの肩に抱きつくような形で手を添える。

 トモカは何となく気恥ずかしくなり、レオの胸から視線を逸らして外の景色を眺めた。


「よし。じゃあ行くよ。"風結界"」


 レオがそう唱えると、トモカたちの周りの空気が静かになり、風の音が一切聞こえなくなる。

 ジーニーが背中をチラリと見た。


「良いよ、ジーニー。出て」


 レオがそう声をかけると、ジーニーは音もなく草原を駆け出した。

 森とは違い、平坦な草原のため何も妨害されることなく真っ直ぐに進む。

 トモカはその流れる景色をボーッと眺めていた。しかし、見ているようで何も見ていない。

 トモカの中ではレオの言葉が(いま)だぐるぐると駆け巡っているのだ。


(レオと恋人になるところ、かぁ)


 全く想像しなかったと言えば嘘になる。

 ドムチャ村の中では怪しまれないようにという目的があったとはいえ、恋人ごっこのようなことをしていたのだ。レオの恋人だったらこういう感じなんだろうなと実感するには充分だった。

 レオの作る空気は蜂蜜のように甘くて甘くて、その雰囲気に包まれると恥ずかしくて何とも言えないいたたまれない気持ちになる。しかし、その一方でその甘く優しい空気はトモカをソワソワウキウキとさせるのに充分だった。


 レオは時々意地悪なこともあるが、基本的には優しく、トモカの本当に嫌がることは決してしない。ハグをしたり手を繋いだり頭を撫でたりという細かいスキンシップは油断するとずっとされていたが、トモカが拒むと絶対にそれ以上はしないでいてくれた。


(甘やかされてたなぁ)


 トモカはレオから好意を持たれているということ自体は、もう充分に分かっているつもりだった。最初はただ聖女で異世界人という物珍しさで口説いているだけなのだろうと信じて疑わなかったが、先ほどの様子を見れば、遊びではなくかなり本気で好かれていると多少は自惚(うぬぼ)れてもいいのかもしれない。


 しかし、どことなく感じる不安。

 油断すれば深い穴に突き落とされてしまいそうなこんな気持ちは、一体どこから来ているのだろうか。


 トモカはそっとレオの顔を覗き見た。抱きつくような格好になっているため、目を上げればすぐにレオの美しく整った顔がある。レオはトモカの視線にすぐ気がつき、目を合わせるとニッコリと微笑んでそっと頭を撫でた。

 レオは愛しくてたまらないという表情でトモカを見ていた。

 それに気づき、トモカの顔にバッと血液が上る。顔が熱い。

 サッと視線を外に逸らし、速くなった呼吸を整える。


(何? ずっとこんな顔で見られてたの私)


 今見たばかりのレオの目が脳裏に焼き付き、ドキドキと動悸が止まらない。

 今までは恥ずかしくて、レオがトモカといる時にどんな表情をしているかなど、まじまじと見たことはなかった気がする。先ほどのレオの言葉を聞いて、初めて正面からレオと自分の気持ちに向き直ったのだ。


(ダメだ、本当に穴に落ちてしまいそう)


 そこでやっと気がついた。この恐怖の正体に。


(溺れて周りが見えなくなるのが怖いんだ)


 レオは優しい。全力でトモカに好意を伝えてくれる。

 こんな人に恋をしたら、恋に慣れないトモカはおそらくどこまでもどこまでも好きになってしまいそうな気がする。

 リミットが分からない。どこまで行ってしまうか分からない恐怖。


 前の世界の人生でも、そこまで好きになった人はいなかった。

 学生の頃に友人の紹介でお付き合いを始めた人はいたが、お互いに忙しく、いつの間にか疎遠になって自然消滅していた。

 結局そこまで好きではなかったということだろう。少なくとも、こんなに頭が破裂してしまいそうなドキドキ感を覚えたことは一度もなかった。


 でも、レオは受け止めると言ってくれた。その言葉を信じて大丈夫だろうか。


(重いって、思われないかな)


 トモカは考えるのに疲れ、少しだけ甘えてみたい気持ちになりレオの胸板にそっと頭を預けた。

 防具を着けたその胸は硬く、トモカの頭を預けたくらいではビクともしなかった。レオは遠慮がちに預けられた体重に驚いたのか、1度だけトモカを見下ろし、そして優しくトモカの肩を抱いて更に体重をかけるように促した。レオの手はトモカの後頭部に回り、そっと撫でられる。

 トモカはその安心感に目をつぶった。


(うん。信じてみよう)


 レオは確かに軽い雰囲気がある。しかし、それは単に気安く人懐こいというだけで、重すぎるからとすぐに投げ出すような無責任な人だとは感じない。実際、仕事に関しては用意周到(よういしゅうとう)でとてつもなく真面目なのだ。


 トモカは覚悟を決め、目を開けてレオの顔を見上げた。

 真っ直ぐに前を見据える、端正な顔がそこにある。


 ゆっくりと首を伸ばし、そっとその頬に口づけた。

 ほんの一瞬軽く触れただけだったが、自分から口づけたということが妙に恥ずかしく、トモカはサッと下を向く。


「えっ、えっ!?」


 頬への口づけに気づいたレオが、驚いてトモカを見下ろしたのが分かる。


「い、い、い、今の何!? どういう意味っ?」

「そ……そういう意味です」


 トモカは恥ずかしくて目を合わせることもまともに答えることもできず、(うつむ)くばかりだった。


「そういうって……、いいの? そんなこと言われたら、オレ良い方に解釈しちゃうけど」


 レオが戸惑ったように聞き返す。トモカはこくりと頷くのが精一杯だった。

 レオはそんなトモカの肩をギュッと抱きしめた。

 トモカの腕の中にいるウーがビックリしたように顔を出し、またすぐ腕の中に戻って行く。


「ヤバい、めちゃくちゃ嬉しい。オレ今すぐ死んでもいい」

「いや、それはすごく困るんだけど」

「うん、そうだね。オレもトモカに何もできずに死ぬのは嫌だから、今死ぬのは止める」


 レオは真顔で答える。冗談なのか本気なのか今ひとつよく分からない。


「トモカ、答えを出すの急がせちゃってごめんね。でもオレも余裕なくてさ」

「……どういうこと?」

「王都に着くまでに、どうしてもトモカの気持ちを聞いておきたくて」


 レオは真っ直ぐ前を向いて話し始めた。少し声に緊張の色が混ざる。


(緊張? レオが?)

「今さらこれを話すのはフェアじゃないと思うかもしれないけど、聞いてほしい。本当は答えを出してもらう前に話すべきだったかもしれない。でも、トモカにはフラットな状態でオレを判断して欲しかったんだ」

「う、うん?」


 レオはチラリとトモカを見下ろす。


「トモカは聖女だからね。歴史書の通りなら、王都に着いたらきっとトモカは王家の男と引き合わされるはずだ。(きさき)候補として。多分一番は国王。そうじゃなければ第一王子になると思う」

「……はい?」

「だから引き合わされてからじゃ遅いんだ。正式に引き合わされる前なら何とかなる。いや、何とかする」


 レオは強い意志を持った瞳で言葉を繋ぐ。

 しかしトモカは突然出てきた聞き慣れない単語に困惑した。


「ごめんレオ、全然話が見えないです。聖女ってその国で生活すればいいだけじゃなかったの? 国王とか、王子とか何のこと? ……そもそも妃ってどういうこと?」

「オレも数日前に歴史書で読んだばかりだから詳しいことは知らない。でも、聖女は王家の血筋の男と結ばれることで力が安定するそうだ。実際に前の聖女は国王の妃になってる」


 トモカはちょっと嫌そうな顔をした。


「……そ、それ、強制なの?」

「強制じゃないと思いたいけどね。ただね、王家の血筋の男、って条件ならオレも当てはまるんだ」

「え?」


 トモカはレオの言った言葉の意味がよく分からなかった。顔を上げてレオの顔を見ると、レオは頬を少し赤く染めて続けた。


「オレも王家の血を引いてる。国王や第一王子よりは立場が下だけど、先に聖女がオレを伴侶に決めましたと言っておけば、オレはトモカを手放さずに済むはずだ、と思ってる」

(うわーレオが! 赤くなってる!?)


 その珍しい光景にトモカは目を丸くした。しかし、その前に聞き流してはいけない言葉があった気がする。


「ちょちょちょっと待って。レオって王家の人なの!? 冒険者なのに?」

「うん。冒険者は副業って言ったでしょ。俺の本名はレオナルド=クレムポルテ。現国王の三男」

「国王の三男って、やっぱり本当に王子だったってこと?」


 もしかしてドムチャ村の丘で一瞬気品のある王子様のように見えたのは、ただの錯覚ではなかったのか。


「本当にって何? うん、まぁ身分的にはそうなるね。 本業は王国軍第2部隊の副隊長をやってる」

「え、だって本業は家族ぐるみって……」

「オレの母が国王軍の総司令なんだ。1番上の兄……第一王子は第1部隊の隊長。第二王子は研究所にいるけど、姉が諜報部隊の副隊長。その旦那が第2部隊の隊長。すぐ下の妹は第3部隊の隊長補佐。1番下の妹はまだ傭兵術とか戦闘技術を勉強中」


 なるほど、本当に家族ぐるみだ。

 この王国では王家の人が軍を指揮するのが普通なのだろうか。


「レオのお母さん……ってことは王妃様? 王妃様が王国軍の総司令なの?」

「王妃……しかも正妃だよ。母は昔からめちゃくちゃ強かったらしくてね。元々軍に入ってて、兵士同士の力比べみたいな武闘会が毎年あるんだけど、そこで優勝して表彰される場で親父に惚れられたらしい」

「そ、そう……」


 別に王家だから軍を指揮するという訳でもないようだ。

 純粋に実力主義なのか。


「あれ? でもさっき、聖女に引き合わされる一番の候補が国王様って言ってなかった? 王妃様いるんでしょ?」

「いるよ、3人ね。国王と王位継承権保持者は子孫を確実に残すために伴侶を複数持てる。だからもしトモカが国王の妃になるとしたら、4番目の妃ということになる」

「へ、へぇ……」


 4番目。もちろん王家が一夫多妻というのは古今東西よく聞く話だ。

 しかし、一夫一妻の日本から生まれ変わったトモカからすると、自分がその一員になるかもしれないというのはいまいちピンと来ない。


「トモカ、もしかして王妃になりたい?」

「いや、ありえないです。っていうか王妃なんて無理。可能なら遠慮したいです」

「そう、良かった。あ、でも一応オレも継承権は持ってるんだよね。4番目だからまず継ぐことはないけど」

「えっ。あれ?……ということは、レオもたくさん奥さんがいるの?」


 王位継承権保持者は伴侶を複数持てると言っていた。女好きそうなレオが既に何人も妃を抱えていてもおかしくはない。

 しかしレオは慌てて否定した。


「オレは未婚だよ! というか恋人すらいた事ないよ!」

「そ、そうなの?」

「周りはうるさいけどね。正直な所、今までは女の子と遊ぶのは楽しかったけど、恋人なんて全然作る気はなかったんだ」

「……」


 身も蓋もない言い方にトモカは沈黙する。


「ごめん、トモカに隠してもしょうがないからね。分かってたでしょ?」

「うん、まぁレオが女の子と遊びまくってるんだろうな、っていうのはだいたい分かってた。でも恋人がいなかったのはびっくり。たくさんいるのかと」

「トモカには軽蔑されるかもしれないけど。今まではさ、女の子とは楽しく食事して、デートして、一晩イチャイチャできればそれで満足だったんだよね。わざわざ恋人にするなんてめんどくさいとしか思ったことがなかったんだ」


(イチャイチャ……まぁそういうことよね)

 元々そういうタイプの人だと覚悟をしていたため、特にショックは少なかった。

 恋人を作るのがめんどくさいというのも、トモカが前の世界で死ぬ前は仕事が忙しすぎてそんな考え方だったため、分からなくはない。


「恋人がめんどくさいって気持ちは、まぁ分かるけど」

「えっそう? 分かってくれる?」


 レオは意外そうにトモカを眺めた。


「最初はトモカも、ちょっと遊んでもらえたらいいなって思ってただけなんだよね。でもトモカと一緒にいたらさ、初めてそれじゃ足りないって思うようになったんだ。どんどん好きになる。トモカの明日も明後日も明明後日も、全部オレのものにしたいくらいに」


 レオの瞳に熱がこもった。レオはトモカの頭に革帽子の(つば)が乗ってしまうくらいの距離まで近づき、トモカの目を真っ直ぐ見つめて囁く。


「トモカを誰にも渡したくないんだ。オレの事情を知っても、オレの恋人になってくれる?」


 (すが)るようなその声は迷子の子供のようだった。いつも余裕のある態度を見せていたレオとは違う、真剣な眼差し。

 トモカは安心させるように微笑んで見せた。


「大丈夫。ちょっとビックリはしたけど。もう覚悟を決めたから」


 ジーニーが高速で疾走するその背中の上で。

 レオは深く祈るように静かに、しかし強くトモカの肩を抱きしめた。

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