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召喚獣のお医者さん  作者: 梶木 聖
⑵ ドムチャ村
39/62

39.病気の原因

 牛を連れて牛舎に入ると、最初に入った時とは違い、清々しい乾いた草の匂いが充満していた。

 トモカは気持ちの良い匂いに、スーっと深く息を吸い込む。


「トモカちゃん!レオくん!」


 牛舎の奥で餌入れに干し草を入れる作業をしていたアイラが、笑顔で手を振った。


「すっごくきれいにしてくれたのね! ここまできれいになったの、ここ建てて以来よォ。普段はなかなか人手が足りなくて、しっかりした掃除までは手が回らないのよねぇ」

「そうだなぁ、嬢ちゃんたちありがとうな。兄ちゃんも。二人ともヒョロっちいからそこまで期待はしてなかったんだが、なかなか良い仕事すんじゃねぇか!」


 飲み水の容器を運んでいたギロも、豪快な笑顔でこちらに声をかけてくる。


「良かったです。もしかして、普段のお仕事はご家族だけなんですか?」

「そうね、基本的には私と主人の2人。娘のマールもいる時は3人でやってるわ。ここだけじゃなくて雄牛と出産前の雌牛と子牛の牛舎もあるし」

「それは大変ですね……」


 トモカは考え込んだ。ギロが人手が足りないと言っていた意味がよく分かる。これだけの農場を3人で世話をするとなると大変だ。

 ふと隣を見ると、レオも何事か考え込んでいるようだった。

 レオにとっても何か気になることがあったのだろうか。


「あの、1頭治療をしてみたので、餌を食べるかどうか確認したいんですが、入れてもいいですか?」


 トモカが聞くと、アイラは今自分が草を入れていた枠を指さした。


「ここ、もういいわよ。言われた通り、干し草も水も新しいの入れてあるわ」

「ありがとうございます」


 少し元気になった牛の綱を引っ張ってゆき、その木枠に繋ぐ。

 牛は牛舎が変わった様子に少し戸惑っているのか、自分の周りをキョロキョロと確認し始めた。

 トモカとレオとアイラがその様子を心配そうにじっと見守る。


 やがて、餌入れにいっぱいにされた新しい干し草と飲み水を見つけた牛は、ガブガブと物凄い勢いで水を飲み始めた。


(やっぱり。かなり脱水してたもんねぇ)


トモカはその様子を静かに見守る。しかし、これはアイラには信じられない光景だったようだ。


「すごい、ちゃんと自分で水飲んでるわ!今まで水も無理やり口に入れなきゃ飲んでくれなかったのよ」


 アイラは驚いて目を見開いている。


 そして、大量の水を飲み終わった後。

 牛は少し周りを見回し、もう一度頭を下げて草入れに口を突っ込んだ。きれいな干し草をグイッと口で引っ張り、いくつかの束をモグモグと噛み締め始めた。


「やった!食べた!」


 何故かレオが真っ先に声を上げた。先ほどずっとエサやりに奮闘していたため、彼なりに少し情が湧いて来たのかもしれない。

 トモカもアイラも小さく手を叩いて喜ぶ。


「やったぁ! 食べましたよ、アイラさん!」

「……ほんとに……良かった! もう何をやっても食べてくれないし、このまま弱って死ぬか、可哀想だけど処分するしかないかと思ってたの……」


 トモカが振り返ると、アイラは目にうっすらと涙を浮かべていた。


「ねぇ、ギロ、来てよ! 餌を自分で食べたわよ!」


 ギロは少し離れた別の木枠で水を汲む仕事をしていたが、気になるのかこちらの様子をチラチラと伺っていた。アイラに呼ばれ、しぶしぶといった(てい)でのそのそ歩み寄ってくる。

 ギロは牛の(そば)に来て、美味しそうに干し草をモグモグ咀嚼(そしゃく)する牛の様子をじっと確認すると、黙ってトモカの肩をポンと叩き、そのままちらりとも振り返らず元の作業に戻っていった。


「……そ、そういえばまだ餌を食べただけですもんね、乳がちゃんと出ないと治ったことにはならないですよね」


 牛が餌を食べる様子を見ても言葉のなかったギロに、トモカが少し肩を落とすと、アイラは可笑(おか)しそうな表情でトモカの頭を撫で、小声で話しかける。


「あれは違うのよ、嬉しいの。あの人が……1番辛かったから。見て」


 トモカがアイラに指を指された方を見ると、ギロが黙って(うつむ)き、飲み水の容器の位置を調整している。しかしよく見ると、ギロの頬は大量の涙で濡れていた。それでもそれ以上涙が出ないよう、ギリギリと歯を食いしばっている。


「あ……」

「もちろん、乳が出ればそれが1番嬉しいわ。でも、ここにいる牛たちはみんな可愛い私たちの子供なの。当然仕事でやってることだから、病気になって採算が取れなくなれば処分をすることもある。だから絶対に名前をつけたりはしないけど、でも精一杯愛してるのよ。1頭でも、元気になってくれればそれだけでも嬉しい」


 アイラはトモカの頭を撫で、軽く抱きしめた。


「トモカちゃんありがとね。ここ数日どんどん牛が弱っていって、全ての雌牛が餌を食べなくなって、もう私たち絶望するしかなかったけど、少し希望が持てたわ」

「……良かった」


 トモカはじんわりと暖かい気持ちになる。

 ギロとアイラの2人はトモカたちの前ではずっと明るく陽気に振舞っていたけれど、本当は辛く苦しい気持ちに背を向けて、必死に耐えていたのかもしれない。


「じゃあ、他の子たちもどんどん治療していくので、連れてきてもいいですか?」

「お願いするわ。私たちも急いで準備するわね!」


 アイラも元の調子を取り戻し、優しく背中を叩いてトモカとレオを送り出す。

 トモカはレオと顔を見合わせて微笑み、少しウキウキと歩き出した。


 トモカは先ほどと同じように、レオに協力してもらいながら外に並んで繋がれている牛にどんどん聖魔法をかけていった。近くの農場から集められた人々もやはり興味があるのか、トモカがやることをジロジロと眺めている。


 トモカと最後の18頭目を牛舎に戻した時、そこでは牛たちがガサガサと干し草を漁る音と、ゴリゴリムシャムシャと草を咀嚼(そしゃく)する音だけが響いていた。

 もう床に(うずくま)っている個体は一頭もいない。

 どの牛もしばらく食べていなかったせいでお腹が空いているのか、一心不乱に食べている。たまに食べるのを止めるのは水をがぶがぶと飲む時だけだった。


 牛舎の奥に目をやると、ギロとアイラがその光景を(ほう)けたような顔で眺めていた。二人とも目が潤んでいる。


 トモカは少し声をかけるのを迷ったが、そっと2人に近づき、お願いをした。


「ギロさん、アイラさん。全ての牛の治療が終わりました。今から病気についての説明と今後の病気の予防についてお話したいんです。できればご近所の農家さんたちにも聞いていただきたいので、皆さんと一緒にどこか広い場所に集まっていただけませんか?」


 ......................................................


 結局先ほど牛を洗って搾乳(さくにゅう)するのに使った、木の柵のある広場に集まってもらった。


 トモカはその中に立って顔を上げ、緊張しながらも集まった人々を見る。

 全員何かの獣人であるようだった。

 知らない大勢の人の前で話をするのはやや苦手だが、そんなことは言っていられない。


「あの、改めてはじめまして、動物専門の医者をしているトモカという者です。昨日ちょっとギロさんたちとご縁があって、牛たちの様子を見させていただけることになって、ここに(うかが)いました」


 医者と名乗った瞬間、何人かが顔を見合わせ、苦い表情を浮かべた。

 トモカとしても「動物の医者」をしていたのは厳密には前の世界でのことだ。しかし、ここで転生のことなどをいちいち説明しても面倒くさくなりそうなので、この際そういう事にしてしまえと、気にせず先を続ける。


「今回の病気についてご説明します。まだここの牛たちしか診ておりませんが、今回この村に大規模に起こった病気は乳房炎(にゅうぼうえん)だと思っています」


 トモカはゆっくりと説明しながら周りを見回す。人見知りのトモカにとっては本当は緊張で逃げ出したいくらいなのだが、気力で踏みとどまる。


「なぁお嬢さん、そのニューボーエンってのつまり乳房(にゅうぼう)の病気だろ。確かに今までも(ちち)が黄色くなる病気はたまに起きてたけどよ、だいたい(ちち)を搾って休ませりゃすぐに治ったし、それで餌が食えなくなるなんてこたぁなかった。今までこんなに酷いのはうちの村じゃ見たことがねぇんだ。ここまで大量の牛に出たのも初めてだ。なんかもっと別の悪い疫病(えきびょう)かなんかじゃないのかい?」


 集まった農民たちの中から、比較的年長と思われる壮年の男性が代表で聞いてきた。象の獣人なのだろうか、灰色の大きな耳を顔の左右でパタパタさせている。トモカはそちらを見つめた。


「いいえ。少なくとも今回ギロさんの農場で起きているのは乳房炎(にゅうぼうえん)です。今まで(まれ)にしか起きていなかったのに、今回突然大量発症したこと、そして通常よりも重症になってしまったことには、いくつかの要因が不運にも重なってしまったことが原因だと思うんです」

「要因?」


 ギロの幼馴染(おさななじみ)である、犬の獣人グリースがもじゃもじゃと生えた髭を撫でながら首を(ひね)る。


「要因のひとつは品種です」

「ヒバーズ種のことか?」

「そうです。このヒバーズ種って、比較的最近開発された品種なのではないですか?」


 先ほど声を上げた象の獣人が、大きな耳をパタパタさせながら腕組みをして答えた。


「そうだなぁ。うちんとこで品種を掛け合わせて作ったのは5年くらい前だったかな。身体(からだ)のサイズが小さい割に(ちち)の出はめちゃくちゃ良いし、味も良いってんで村全体に流行したんだ」


 どうやらこの男性がヒバーズ種を創り出した本人のようだ。

 グリースが補足する。


「村長の方針でよォ、ヒバーズ種の乳をドムチャ村の名物にしたいってことで、農家全部がヒバーズ種に切り替えるのを奨励していったのよ。全部の農家が切り替わったのは一昨年くらいじゃねぇか?」

「そうねぇ。うちも一昨年切り替えたもの」

「ヒバーズ種はこの病気になりやすいってことか」


 農民たちが口々に話に参加してくる。どうやらトモカの話に興味を持ったようだ。

(良かった、皆ちゃんと話を聞いてくれてる)

 見た目が少女なので、トモカの話など誰も聞いてくれないかもしれないと不安に思っていたのだ。


「そうですね。確かに乳房炎(にゅうぼうえん)(ちち)の出が良い品種ほど出やすくなる病気です。そして年齢が上がるとその危険性が高くなります。今までの数年間あまり病気が出なかったのは若かったのと、他の要因があまりなかったからでしょう」


 トモカはそこで一旦言葉を切り、品種の作成者である象の獣人を見て微笑む。

 そして、周りの人々にもしっかり聞こえるように大きめの声で続けた。


「でもこのヒバーズ種は大変素晴らしい牛だと思いますし、おそらく正しく管理して他の要因を排除すれば、ある程度この病気は予防できると思います」


 象の獣人はあからさまにほっとした様子だった。


「正しい管理ってなんだ?」

「その管理のうちのひとつが、2つ目の要因である、餌です」

「餌?」

「美味しい乳が出ると評判の穀物型の飼料があると、ギロさんに見せていただいたのですが」


 グリースがポンと手を叩く。


「ああそれな、俺の友達の畜産の連中が肉の質が良くなるからって干し草に混ぜてたんだ。試しに分けてもらって乳牛に食わせたら乳量(にゅうりょう)も増えたし(ちち)の味も濃くなったから、2ヶ月くらい前に本格的に導入して、周りの奴らにも勧めて……あれ? その餌が原因なのか?」

「いえ、餌自体は原因じゃありません。その飼料も適切に使えばおそらく問題なく肉や(ちち)の質を上げてくれると思います。問題はその配合量と導入の仕方です」


 心配そうなグリースを落ち着かせるようにして話を続ける。


「こういった濃厚飼料は味が良く、牛もよく食べてくれますが、通常タンパク質が干し草などより多いんです」

「タンパク質ってなんだ?」


(やっぱりタンパク質は通じないかー)


 魔法などの分野は盛んだが、栄養学的な学問はあまりこの世界では一般的ではないのかもしれない。トモカはなるべく分かりやすい言葉を選びつつ続けていく。


「タンパク質というのは、食べ物に含まれるお肉に近い成分だと思ってください。(ちち)を作る材料にもなります。だから牛に食べさせるとお肉はよくつくし、(ちち)もたくさん精製されます。しかし、牛は本来草食なのに、今まで食べていなかった肉に近い成分が急激に大量に体内に入ってくれば、身体(からだ)には負担になります」


 ふむふむと頷きながらギロが1番熱心に聴いてくれている。トモカが少なくとも食欲は回復させてみせたため、信用する気になっているのだろう。


「タンパク質が過剰に入ってきた時、1番負担がかかるのが身体(からだ)の真ん中にある肝臓(かんぞう)という臓器です。ここを働かせ過ぎると、疲れやすくなり、病気に対する抵抗力が落ちます。お酒を飲みすぎると最初に弱るのもここです」


 そう言ってトモカが自分の上腹部を指し示すと、つられたかのように何人かの人々が自分のお腹に手を当てて見つめている。「カンゾウ」「カンゾー……」という小さい声が聞こえた。


「その段階で次に関わってくるのが、要因の3つ目。環境です」


 トモカは指で3を作り、見回す。人々の目が一斉にこちらを向くため、トモカは大道芸人にでもなってしまったような気分になったが、しっかり聞いてもらえているのはありがたい。


「ヒバーズ種になって乳量が増えたということは、それだけの(ちち)搾乳(さくにゅう)しないといけませんし、増えた分の(ちち)の管理にも気を配らないといけない。もしかしてお仕事の量も増えたんじゃないですか?」

「 そうね、確かに収入は増えたけど、仕事にかかる時間もその分すごく増えたわねぇ」


 アイラがポツリと呟くと、周りの人々もウンウンと頷いている。どこも同じような状況なのだろう。


「ご家族だけで経営されてる方が多いようなので、全体的に人手不足で手が回っていないのではないかな、と。手が回らないと、牛舎内の環境は自然と悪化します。どうしてもこまめな掃除が難しくなり、菌が増えてしまうんです」

「キン?」


 通じるかどうかは賭けだったが、やはり通じなかったようで、(あん)(じょう)聞き返される。


「菌というのは目に見えないくらい小さな生物のことです。この菌こそが病気の本当の原因ですが、乳房炎(にゅうぼうえん)を起こすような菌は比較的どこにでもいるようなものが多いのです。それでも普通にいる程度の数なら普段はあまり悪さをしません。しかしその数が増えすぎると、座ったりした時に乳頭にくっついて、乳房内にその菌が入り込んでしまいます」


 目に見えないほどの小さな生物、という部分には納得できない者もいたようだが、大半はトモカの説明に真剣に頷いた。

 頷いている彼らも、本当の意味では理解していないのかもしれない。

 けれど何とかトモカの言葉を想像で補って理解しようとはしてくれていた。


(見せられたらいいんだろうけど、今ここに顕微鏡(けんびきょう)なんてなさそうだしねぇ)


 トモカ自身も、この世界に元の世界と同じような菌がいるのかは分かっていない。

 しかし、酒が存在しているということは、ここにも菌自体はいる。それだけは確信していた。


「抵抗力がちゃんとあれば、菌が入り込んでも体内の成分が菌をやっつけてしまうので問題ないのですが、肝臓が弱っていて抵抗力が低くなっている状態だと、菌をやっつけることができずに乳房炎を引き起こしてしまうんです」


 トモカは人々の目を真っ直ぐに見つめながら告げた。


「おそらくこの品種、餌、環境というこの3つの要因が運悪く重なってしまったことが、今回、集団的に重い乳房炎が発生してしまった原因だと思います」

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