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召喚獣のお医者さん  作者: 梶木 聖
⑴ 西の森
30/62

30.風魔法の結界

 小屋を追い出されやることのなくなったレオは、少し伸びをして湖を眺める。


 トモカをちょっとからかったら、剣や防具も、鞄すら置いたまま小屋を追い出されてしまった。

 しかし反応が可愛かったので良しとする。


(時間かければいける感じなんだけどな)


 ある一線以上の接触はなかなか許してくれないが、そこそこ好意は持たれているのか、接近時の反応は悪くない。

 ガイアの地では30歳を超えていたと聞いたが、それにしてはどうも男からのアプローチ自体にあまり慣れていないように見える。

 レオの周りには今まで比較的男慣れしたタイプが多かったため、それはそれでお互いに駆け引きを楽しめたのだが、トモカのような生真面目なタイプも新鮮だ。野生動物を少しずつ手懐(てなづ)けていくあの感覚に似ている。


(ああ可愛い。王都で他の奴に取られる前に、振り向かせたいなぁ)


 外見はバッチリ好みなのだ。

 頭の回転が速いのか会話もスムーズに返ってくるし、こんな何もない森の中で1人で生活できていた所を見ると、それなりに生きていく知恵もあり、かなりしっかりしていそうだ。それなのに男慣れだけはしていないというギャップがまた(そそ)る。


 レオは長期休暇の残り日数を数えながら、湖の(ほとり)を散策し始めた。

 そういえば、ジーニーもどこかに行ってしまっているのか、見渡しても姿が見えない。


「ジーニー!」

(おはようございます、レオ様)


 レオが呼び出すと、近くの空気が(ゆが)み、スッと直ぐに茶色の巨大豹(きょだいひょう)が横に控えた。


「お前、朝まで結局ずっとそこで寝てたの?」

(ええ。レオ様があの少女にご執心(しゅうしん)のようでしたから、(わたくし)たちはお邪魔にならないように)

「"たち"? あの"森の妖精"と仲良くなったのか?」

(ウー様とは少しお話をさせていただきました。お優しくて大変有能な方ですわ)

「なんだ、お前が他の召喚獣を素直に褒めるなんて珍しいな」

(あら、珍しいだなんて心外ですわ。(わたくし)はいつでも公平な眼で判断しておりますもの)


 ほとんどの聖獣や魔獣(モンスター)は獣人の言葉を(かい)するが、聖獣や魔獣(モンスター)の多くは声帯(せいたい)が未熟なためその言葉を理解できる獣人は非常に少ない。

 しかし、召喚契約を結べば契約を結んだ相手に対しては互いに(・・・)思念通話(しねんつうわ)を行うことができる。


 しかしその一方で聖獣や魔獣(モンスター)同士は、言語を介さない、より優れた別の方法で情報のやり取りや思念の伝達を行うとされている。その仕組みは解明されていない。


「なるほど、ということはあの"森の妖精"はお前より格上か」

(当然ですわ。あのお方はこの森を統べる(ヌシ)の一族。まだお若いようですが、あの小さなお身体に秘める魔力量もお持ちになっている知識も、(わたくし)などよりずっと上です)

「そうなのか。お前より上とはすごいな」


 ジーニーは彼女自身が相当上位の聖獣であるため、普段は他の者が連れている召喚獣を見ても、取るに足らない者としてあまり相手にしない悪癖(あくへき)がある。

 しかし、そのジーニーにここまで言わせるというのは余程のことだ。

 しかも話しぶりからしてかなり心酔している。


 召喚契約は、基本的に獣人と聖獣、あるいは獣人と魔獣(モンスター)との間で成される契約である。

 名付けると、獣人の身体から聖獣、魔獣(モンスター)側の魔力量に見合った魔力が渡され、その魔力の味を聖獣や魔獣(モンスター)が気に入って全て呑み込めば契約成立となる。従って、元の魔力量がある程度高くなければそもそも契約は生じない。

 たとえ魔力量の低い者が仲良くなった聖獣相手に名前をつけても、魔力が足りずただの愛玩動物となるだけで、召喚獣にすることはできないのだ。


 人間や竜人も召喚獣を持つことがあるが、人間は魔力よりも知力、竜人は魔力よりも体力が優れていることが多く、召喚契約ができるほどの魔力を持つ者は多くはない。


 ジーニーが褒め讃えるほどの魔力を持つウーと契約できたということは、トモカも相当の魔力を抱えていると見て間違いない。


(さすが聖女サマといったとこだな)


 しかし、歴史書に書いてあることを信用すれば、聖女が大量の魔力を得るためには聖女としての覚醒が必要なのではなかったか?

 そして覚醒した聖女はその大きな魔力に耐えきれず暴走する、それを支えるために血の鎖が必要だ、というようなことが書いてあったような……。


 しかし、トモカの様子を観察する限りは暴走している様子もなく、むしろうまく魔法を制御しているように見える。


(もしかして"血の鎖"なんて要らないんじゃね?)


 レオがそんなことを考えていると、小屋の扉が勢いよく開いた。

 レオは振り返る。


「あ、レオさん、荷造りできました!あの、追い出しちゃってごめんなさい!」


 トモカが扉から叫んだ。それを聞き、レオはわざと怒ったような顔をしてみせる。


「……言葉遣いが戻ってるから許さない」

「えっ?」


 レオはスタスタと早歩きで扉の所へ歩いて行くと、突然怒られて固まっているトモカの横髪をひと房、指で(すく)いとって(から)め、そこに顔を近づけた。


「はい、トモカ、もう一回」


 上目遣いでトモカのグリーンの瞳をわざとキツく(にら)みつける。

 髪を取られているため逃げ出すことができないトモカは、困ったような顔で、一言一言考えながら言葉を(つむ)ぐ。


「あ、えっと、レオ……、荷造り終わ……ったよ?追い出しちゃってごめん、ね?」

「うーん、疑問形なのが物足りないけど、まぁ合格!」


 レオはニッと微笑み、指に巻いたトモカの横髪に口づけを落とした。

 そしてパッと手を離すと、トモカの頭をポンと軽く1回叩いてトモカの横をすり抜け小屋に入る。


「オレもすぐ支度するね」


 ひらひらと片手を振ってチラッと背後を振り返ると、トモカが真っ赤な顔で横髪を掴んでいた。


 レオは小屋の床に置いていた防具や剣を素早く身につけて革帽子を被り、鞄を腰に掛け、マントを(まと)う。

 最後に野営シートを畳んで鞄に詰めた。


「よし、じゃあ行こうか。もうこの部屋に用事はない?」

「はい、大丈夫です」

「……」

「……あ!うん、大丈夫!」


 トモカは慌てて言い直す。まだ少し慣れが必要なようだ。


「ジーニー荷物乗せるぞ」

(どうぞ)


 ジーニーはそっと首を下げる。

 トモカの足元にある2つの袋をひょいと(かつ)ぐと、袋の口の部分をそれぞれの(ひも)で繋いでジーニーの首に掛けた。


「トモカ、ジーニーに乗せるから森の妖精を抱き上げて」

「はい。ウーさん、おいで」


 トモカが手を差し伸べると、小屋の奥に座っていたウーがピョンとトモカの腕の中に飛び込む。

 トモカは片腕でウーを抱えたまま、名残惜しそうに、小屋の扉を静かに閉めた。


 レオはそれを確認すると、トモカのお腹の部分をガシッと左腕で抱え、そのままジーニーに飛び乗る。

 レオはジーニーの背中に(またが)り、トモカをその前で横座りさせるような体勢になった。


「ひゃああ、た、高い」

「大丈夫。ジーニーの背中は全速力で走ってもほとんど揺れない。でも一応落ちないようにちゃんと掴まっててね」

「掴まるって、どこを掴んだら」

「この状態なら、掴まるのはここに決まってるでしょ」


 レオはそう言って、左向きに座っているトモカの右腕を、自分の左肩に掴まらせる。軽く抱きつくような体勢にトモカは赤くなった。

 トモカの胸とレオの胸の間に挟まれたウーが、少し居心地が悪そうにゴソゴソしている。


 レオは左腕でジーニーの背中の皮を掴み、反対の腕でトモカの肩をしっかりと抱いた。


「風結界」


 一言呟き、全身から放出した風魔法で周囲の空気を安定させる。


「いいよ、ジーニー。入口まで向かって」

(畏まりました)


 その瞬間、ヒュッと周りの景色が猛スピードで後方に飛んでいった。

 風結界のおかげで空気抵抗はないが、かなり速いスピードなのでトモカは声も出せないほど青ざめてレオにしがみついている。


 それでもしばらく進むと、揺れもないせいかトモカの力が緩んできた。

 少し余裕が出てきて、流れていく景色をキョロキョロと眺めている。

 レオはクスッと笑い、腕の中のトモカに話しかける。


「どう?少しは慣れてきた?」

「は……うん、大丈夫。すごく速いんだね。それに速いのに、静か」

「風魔法で結界張ってるからね。結界がないと荷物は飛んでいくし、こんな感じでお喋りもできない」

「風魔法ってそんなこともできるの!?」


 トモカ目の色が変わった。どうやら魔法にとても興味があるらしい。


「うん、ジーニーに乗せてもらう時はだいたい使ってるよ」

「か、風魔法の結界ってどうやってやるの?」

「教えて欲しい?」

「えっ、いいのっ!?」


 トモカは瞳を輝かせてレオを見上げた。

 レオは頼られて喜んだが、おやっと考える。


「あれ?でもトモカの魔法は雷属性だよね、あと聖魔法」

「かっ風魔法も使えるみたい。どれもまだ初心者だけど!」

「へぇ属性3つか、珍しいね」


 獣人は生まれつき魔法を使えることがほとんどだが、通常1つか2つの属性に限られる。3つ以上の属性を持つことは珍しい。

 歴史書で読んだ聖女アメリアは聖属性の1種類しか使えなかったようだから、聖女だから3つ使えるという訳でもないようだ。


「そうなの?」

「普通は2つまでなんだ。3つ以上の人も時々いるけど、魔力が分散してしまうから、他の人よりそれぞれに使える量が少ないことが多くてね。結局どの属性もろくに訓練できずにうまく使えなかったりするんだ」

「そっかー。あ!でも、私魔力量多いってウーさんに言われたから、訓練たくさんしても大丈夫かも?」

「多い?えっと、どのくらいか聞いていい?」


 ジーニーが褒めるほどのウーが多いと言うのなら、相当多いのかもしれない。

 レオは恐る恐る聞いてみる。


「MPは最大が3万って」

「3……まん!?そりゃすげぇ」


 "疾風の大牙"の異名を持つレオは約1200だ。これでも国では最高クラスに多い数値なのだ。

 もう1人、クレムポルテの大賢者と呼ばれる人物が王城にいるが、その人物のMPが1500ほどと言われている。これが国内に現存する獣人の最高値だ。


 30000といえばその20倍である。


「でもHPは少なくて……150って」

「ああ、そっちはまぁ特に少なくはないけど、ちょっと多めの普通の人くらいだね」

「そうなんだ、良かった。MPに比べてすごく少なかったから、少なすぎるのかと思ってた」

「ごく普通の大人の獣人はHPもMPも100から150くらいだよ。多い人で300から1500。だから30000ってのは相当多い。多分国で1番多いと思う」

「えっそんなに!?」


 トモカは目を丸くする。


「そういえば、レオ……は獣人だよね?尻尾(しっぽ)と猫耳みたいなのあるし」

「そうだよ。トモカも獣人だろ?クレムポルテ王国は獣人がほとんどだから安心していいよ」

「私は今は獣人になってるけど、前の世界では普通の人間だったの」

「普通の?ああ、そうか、ガイアの地では人間が多いんだっけ?こっちにも人間はいるけど、少数だね。東の砂漠を越えた先の海岸沿いに人間の作った小さな国がある。クレムポルテ王国とは一応友好国だけど基本的に彼らはあまり俺たち獣人とは接触したがらないんだ」

「そっか、そうなんだ……」


 トモカは悲しそうにしている。

 やはり元いたコミュニティに入れないというのは寂しいのかもしれない。


「ガイアの地では人型の生き物は人間が大多数だって聞いたことがあるけど、獣人は差別されたりしてるのかい?」

「差別……というかそもそも獣人っていうのを見たことがなかったし、いるっていう話もあんまり。たまに物語とか、地方の伝説みたいなのに出てくるかな?でも実際に見たことがある人はいないと思う」

「なるほど、少ないんじゃなくていないのか。じゃあこっちに来て自分の姿知ってビックリした?」

「それはもう。なんで尻尾(しっぽ)が生えてるのか分からなくて混乱してた。もう毎日見てるから慣れたけどね。ちょっとだけなら動かせるようにもなったし」


 トモカはレオにしがみついたまま、いたずらっぽく笑った。

 トモカの白い耳がピクピクっと動く。


(ジーニーの上じゃなかったらキスして押し倒してるな、この状況)


 レオは必死に理性と戦っていたが、それを押さえた後、少し悪いことを思いついた。


「そういえばトモカ、さっき風魔法の結界のやり方教えて欲しいって言ってたろ?」

「うん!もし良かったら教えて欲しいです」

「じゃあさ、オレが教えたくなるように可愛くおねだりしてみてよ」

「えっ!?」

「今すぐじゃなくていいよ、いつでも待ってるからさ。何回失敗してもいいよ。うまくおねだり出来たらちゃんと丁寧に教えてあげる」

「お、おねだり……」


 トモカが引き()った表情で目を泳がせている。

 これは相当迷っている顔だ。もうひと押し。


「できなかったら魔法は教えない。それだけだよ」


 レオはわざとトモカの耳元で熱っぽく(ささや)く。こうすると弱いのをレオはもう知っていた。

 トモカは耳の粘膜まで赤くして(うつむ)き、しばらくして覚悟を決めたように顔をあげた。


「わかりました!!頑張ってみる!」


 トモカの顔は赤いがやる気に満ちている。どうやら魔法を教えて貰えるというエサにうまく釣られてくれたようだ。

 レオはクスッと微笑み、トモカの頭に軽い口づけを落とした。


「楽しみにしてるね」




今までの投稿を見直していたら、あとがきの内容が新しく読みはじめてくださっている方には不要な連絡ばかりだったので、邪魔かなーと思い、必要最低限だけ残して全て消しました。

更新時には毎回必ず活動報告も書いているので、今後はあとがき的要素は全て活動報告にのみ書くことにしました。

次回の更新時間が大きく遅れそうな時だけここに書きます。

ご了承ください。

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