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召喚獣のお医者さん  作者: 梶木 聖
⑴ 西の森
27/62

27.観察

 バタン!


 古い木の扉を閉めた時に思ったより力が入ってしまったらしく、大きな音が鳴る。

 トモカは真っ暗な小屋に入ると扉の前でしゃがみこみ、両手で顔を覆った。

 顔が熱い。心臓の音もうるさい。


(何なの、あの人。こっちは慣れてないんだから変なこと言わないで欲しいわ)


 お茶にでも誘うような気軽さで同衾(どうきん)を誘われてしまった。

 トモカは前の世界を含めても恋愛経験が少なく、特にああいうグイグイ来るタイプは周囲にいなかったので、どう反応して良いのか分からない。


(気さくで優しい人、だと思ったんだけどな)


 獣と戦っている時に突然乱入された時は驚いたけれど、結局助けてもらえたし、その後トモカが勝手に小屋を使っていることを知っても優しかったし、その後色々と聞かれて話をしたけれど、軽い口調の裏に不安そうなトモカを安心させようと気遣ってくれているのが分かって嬉しかった。

 しかも他に何か用事があるようなのに、トモカと同じように転生してきた人へ紹介するために、わざわざ同行してくれるらしい。


 しかし。

 ただ親切で優しい人なのだと思っていたが、会って1時間も経ってないような女を突然口説いて一緒に寝ようとするなんて、トモカの中の常識からすると有り得なかった。それともこの世界の人はみんなこんな感じなのだろうか。


(軽い。軽すぎる)


 トモカは(ひたい)を押さえる。今からあの軽そうな男と同じ部屋で休まねばならないのだ。気をつけなければ。

 ただ、相当な女好きではありそうだったが、嫌がる相手に無理強いするようなタイプにも見えなかった。きっと彼にとっては共寝(ともね)に誘うのも挨拶のようなものなのだろう。


 トモカは熱くなった頬をパンっと両手ではたいて立ち上がり、気持ちを切り替える。

 右手の指に魔法で光を(とも)しつつ、扉の所から蹴り飛ばしたままだった作業台などを部屋の中央に戻す。扉から向かって左側にトモカが寝ていた枯葉のベッドがあるので、レオには作業台を挟んで反対側を使ってもらえば良いだろう。


「レオさん、片付きましたよ」


 トモカが外を覗き、焚き火の横で座って待っているレオの背中に声をかけた。

 しかし返事はない。

 背後からそうっと右側へ回り込むと、胡座(あぐら)をかいた膝に右腕で片肘(かたひじ)をつき、その手に頭を乗せてうたた寝しているようだ。


「レオさん……?」


 小さく声をかけるが、レオは目を閉じたまま動かない。

 無理に起こすのも忍びなく、トモカはしばしレオの姿を眺めた。

 話している時はその強い視線に負けてあまり顔を見ることができなかったため、目を閉じている今、ここぞとばかりにじっくりと観察する。


(きれいな人だなぁ)


 男性に綺麗(きれい)だという表現は良くないのかもしれないが、(まぶた)を閉じたレオの横顔が焚き火の炎でゆらゆらと照らされる(さま)は、美術彫刻のようで非常に美しかった。

 革帽子から出た、少し硬そうな漆黒の髪。

 意思の強そうな真っ黒く太めの眉。

 形の良い(まぶた)を飾る長い睫毛。

 スっと通った鼻。

 品よく結ばれた程よい厚さの唇。

 顎から首にかけてのラインは男性的だが、ゴツゴツしすぎず繊細で、整っている。


 どれも作り物のように完璧な造形だった。


(コレであの軽さがなければ良いのに)


 ふと見ると、革帽子の(つば)の下から長めの前髪がひと房飛び出し、(まぶた)にかかっている。

 目に入ってしまいそうで、トモカはそれをそっと()けようと思わず手を伸ばした。


 と、その時。


 (ひじ)をついていない方のレオの左腕が素早く動き、前髪に触れようとしていたトモカの右手首をガシッと(つか)んだ。


「ぎゃあっ」

「捕まえた」


 レオはトモカの手首を(つか)んだまま目を開く。

 (まぶた)の下から現れた深いカーキイエローの瞳が間近からトモカを射抜き、トモカは頭が真っ白になった。

 レオは柔らかい笑みを含んだ瞳でトモカの目を真っ直ぐに覗き込む。


「オレの顔、なんかついてた?」

「あの、ま、前髪が目に入りそうで……」

「そう?じゃあ()けてくれる?」


 いつものトモカなら、目が覚めたなら自分で()ければいいじゃないかと抗議してすぐに身を離したかもしれない。しかし、間近でレオの瞳に見つめられたトモカは、抵抗する意志を完全に奪われていた。優しい口調ではあるが、レオにはどこか有無を言わせない迫力がある。

 手首を掴まれたまま、レオの前髪にこわごわと手を伸ばす。


 レオはその間も目を開いてトモカの顔をじっと見つめたままだ。

 その瞳は妙に甘い熱を帯びていて、トモカは落ち着かない気分になる。

 やりにくい。目を閉じていて欲しい。


「あの、目を閉じててもらえませんか」

「えー何で? キスでもしてくれるの?」

「しません!」


 レオはクックッと(のど)で笑うと、手首を(つか)んでいるのとは反対の、(ひじ)をついていた方の右腕をトモカの腰に回した。


「キスしてくれないなら、目は閉じないよ。目に入らないようにほら早く」

「……! わかりました!」


 意地でも目を閉じようとしないレオにさらに腰まで捕まえられ、逃げ場を失ったトモカは、サッと急いでレオの前髪を横に払う。しかし少し硬めのレオの髪はすぐに元の位置に戻ってしまった。何度か前髪を撫でつけてようやく目に入らない位置に移動させた。

 レオの舐めるような熱っぽい視線を間近で受け、息苦しい。


「終わりましたよ!手を離してください」

「おや残念。ありがとね」


 レオは名残(なごり)()しそうに(つか)んでいたトモカの手首を離す。

 トモカの腰に回されていた反対の腕も力が緩んだため、トモカはホッとして身体を離した。しかし、完全に離れる前に再びグッと背中を抱き寄せられ、耳元でレオの低い声に(ささや)かれる。


「さっきオレの顔すごい見てたでしょ?実は結構気になってる?」

(うわ、バレてた!)


 トモカは焦り、カッと顔に血がのぼった。逃げたいが、半ば抱きしめられるような格好になっているため離れられない。

 気づけばさっきまでトモカの手首を(つか)んでいた左腕も、背中に軽く回されている。


「この世界の人を初めて見たので! 観察してただけです!」

「そうなの? で、オレは? 合格点?」

「合格とか不合格とかありません!」

「なんだー、恋人として合格かどうかを見極めてんのかと思って期待してたのに」

「こっこい……」


 何なんだろうこの男は。さっき出会ったばかりだというのに。いつでもこんなノリなんだろうか。

 トモカは頭痛がして頭を振った。


「レオさんみたいに軽い人はちょっと苦手なんです」

「でも、オレの顔は好きでしょ?」

「……嫌いではないですが、今はそんなこと考えてる余裕ないです」

「嫌いじゃないなら今はそれでいいや。オレはトモカちゃんの顔とか雰囲気、すごく好きだよ」


 ストレートに好意を伝えてくるレオを少し(うらや)ましく思いながらも、トモカは(つと)めて素っ気なく返す。こういう男の言葉を本気にしてはダメだ。


「それはどうも」

「あれ? さっきと違って反応薄いね?」

「レオさんの軽さにやっと慣れてきました」

「そっか、じゃあ苦手を克服するのもあともうちょっとってことだね!」


 どこまで前向きなのか。

 トモカは少し呆れ、レオの腕から逃れようとジタバタもがいた。

 意外にもレオはあっさりと両腕を離す。

 レオの高い体温から離れると、少し夜風がひんやりと冷たい。


「部屋の準備できてますよ。ベッドとかはないですけど」

「オレは普段野営するからベッドなんかなくても平気。トモカちゃんは今までどうやって寝てたの?」

「落ち葉をマット替わりにして寝てました」

「へぇ、たくましいね!」


 レオが感心したように頷く。


「明日は辺境の村で一旦休む。そこで宿を取るつもりだから一応ベッドで寝られるはずだよ。ここから普通の人が歩くと3、4日かかるくらい遠いんだけど、ジーニーに乗せてもらうから遅くても夕方には着くはずだ」

「ウーさんを連れて行っても大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。このサイズの召喚獣なら許可なしでも国に入るのは問題ないよ。オレのジーニーぐらいデカいと門のところで申請が要るんだけどね。というか、転生したばっかりでよく召喚契約なんてできたね?しかも滅多にお目にかかれない"森の妖精"と」


 ウーを見ると、いつの間にかうつ伏せのジーニーのお腹に体重を預けて寝ている。

 ジーニーもそれを気にせず目を閉じていた。

 この2頭に面識はなかったはずだが、すっかり打ち解けている。

 熟睡してしまったようだし、この獣たちはここで寝かせておこう。


「えっと、色々あって仲良くなったので、一人で寂しかったし一緒に住もうと思って、契約とか知らずに名前つけちゃったんです。その後でウーさんに教わりました。魔法のこととかも」

「そういえばさっき魔法も使えてたね。オレたちは子供の頃から普通に魔法使うけど、転生人が転生したばかりで魔法使えるのは珍しいらしいよ」

「せ、先生が厳しいので」


 トモカはジーニーにもたれかかって寝ているウーを眺めた。


「ウーさんは話してる感じでは幼そうなんですけど、結構色んなことに詳しくて、教え方も上手なんです。実際は何歳か知らないですけど」

「ふーん? そういえばトモカちゃんは何歳なの?」

「……今は16歳?らしいです。ただ数日前に死ぬまでは33歳でした」

「未成年だけど中身は歳上なのか!なるほどなるほど、どうりで」


 レオは何かに納得したようにブツブツと呟いている。


「レオさんはおいくつなんですか?」

「オレは27。本業は別なんだけど、趣味で冒険者もやっててね。その関連で人を探しに来てるんだ」

「冒険者、ですか」

「そ。依頼を受けて、魔獣(モンスター)退治したり薬草採ったりね。仕事内容は何でもアリ。こうやって何かを探すこともある」

「何でもアリ……それは大変ですね」


 トモカは前の世界での便利屋さんや探偵業などを想像して相槌を打つ。

 ジャンルを問わないということは、幅広い能力が必要になりそうだ。

 きっと相当な努力や勉強も必要なのだろう。


「そうでもないさ。依頼される仕事は色々あるけど、基本的には受け手が選べるしね。結構本業よりこっちの方がオレの性には合うんだよ。だから冒険者続けてるのはただの息抜き」

「こちらを本業にはしないんですか?」

「本業は家族ぐるみだからね、逃げられないんだ。逃げようとして家出したこともあるんだけど、母親がおっかなくてさ、結局見つかっちゃうんだよ」

「ええと、母の愛ですかね」

「いや、絶対違うと思う……」


 レオはうんざりとした顔で空を見上げた。


「さ、彼氏候補のオレのことをもっと知りたいなら明日たくさん話してあげるからさ、今夜はそろそろ寝ようか」

「か、彼氏候補って」

「ん? 旦那候補にしとく?」


 どこまで本気なのか全く分からない。

 嫌われてはいないのだろうが、ここまでしつこいと多少嫌がらせのようにも感じる。

 トモカは無表情を貫き、小屋に向かいながら返事をする。


「……それは遠慮しておきます」

「彼氏候補ではあるってことだね、やった!」


 後ろから首にぎゅうっと抱きつかれる。防具の金属部分や剣の(つか)が背中にゴツゴツ当たって正直痛い。

 もう何を言っていいのか分からなくなり、トモカはしがみつくレオを無言で引きずりながら小屋に入った。

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