24.ジーニー
レオは、まとわりつくような激しい視線を感じて片目を開けた。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
視線だけで周りの様子をさっと確認する。
近くに焚いた火がもうすぐで消えそうになっている。
結界を形成している時空魔法の魔石に異状はないようだ。
結界の中にも侵入者はいない。
強い視線は結界の外だ。
少し離れた草の茂みの向こうから獣の気配がする。そして強い殺意。
この粘りつくような殺意には覚えがある。
間違いない。
魔獣だ。
この視線はレオを見ているのではない。
結界の外からはどんな生物であってもレオの姿を見ることはできない。
これらはレオの放つ魔力の臭いを感知し、その臭いが発せられている場所だけをただ見ているのだ。
その豊富な魔力を喰らい尽くすために。
魔獣の気配はどんどん近づいて来ている。
レオは横になったまま、地面に置いた手袋と篭手を静かに填めた。
そして魔獣が結界のすぐ近くに到達する瞬間を狙い、素早く起き上がる。
左足で時空魔法の魔石を蹴って結界を解くと同時に、右手から強大な炎の大砲を噴出させた!
ゴゥッッッ!!
「ギャン!!!!」
結界が解け、突然現れたレオから強力な炎をマトモに食らった魔獣たちは一瞬怯み、隙ができる。
(1、2、……3匹か)
その隙にレオは視線を外さぬまま木に立てかけた剣を取り、素早く鞘を外した。
レオの握る剣はレオの魔力を受け、赤く赤く美しい炎を纏う。
体勢を立て直した魔獣達が再び飛びかかって来た。
「グギャァァァ!!」
魔獣たちの魔力を孕んで強化された鋭い爪が、牙が、レオを引き裂こうと襲いかかる。
が、しかし。
「すまんね」
「ギャァァァァァッッッ!」
レオは無表情のまま、目に見えぬほどの素早さで燃える剣を振るい、3体の魔獣たちを次々と斬り捨てた。
レオを切り裂くはずの沢山の爪は、届かず虚しく宙を掻き、その意思と力を失くす。
斬られた獣達は切り口から魔力の炎で身体の内部を灼かれ、あっという間に絶命した。
レオは燃え盛る剣を握ったまま地面にしゃがみ込み、そこに転がった3体の魔獣を確認する。
(ストームウルフが1体とサソリギツネが2体、か……)
いずれもEランクの魔獣であり、そこまで厄介な魔獣ではない。
しかしその時、あることに気づき、目を見開いた。
ストームウルフの口元に付着した、緑色の染み。
(これは……さっきの毒消し薬か!?)
何体もの動物が倒れていたあの泥濘で、レオは1頭の犬のような動物に毒消し薬を飲ませた。毛色もあの時の犬と全く同じだ。
おそらくあの個体と同じと見て間違いないだろう。
(さっき倒れていたやつが起きたのか。毒消しが効いたのか?)
しかし、もう2体のサソリギツネの方も、どうもあの場所に倒れていた仲間のような気がする。この赤茶けた毛色には見覚えがある。
そしてこちらには毒消し薬を飲ませた覚えはない。
たまたま治って目が覚めただけなのだろうか。
レオは周りを見渡して確認するが、他に魔獣の近づく気配はない。
あそこに倒れていた動物たちが皆魔獣だったとすると、全て切り払って来た方が良かっただろうか。
レオは少し考えると、剣を鞘に納め、鞄を素早く身につけ、結界の魔石と野営シートも回収した。
(あの場所にもう一回戻ってみるか)
まだ夜中だが、確認は早い方がいい。
あの泥濘まではそんなに離れてはいなかったはずだ。
レオは既に消えかけていた焚き火を、靴で踏みしめ完全に消した。
周囲は明かりを失い真っ暗闇に包まれる。
しかしレオ自身も驚くほど不思議とはっきりと周囲が見えた。
(もしかしてまだ今朝のヒカリイチゴが効いてんのか)
肉屋で食べた食事が役に立っている。
少し歩くと、夕方立ち寄った泥濘の場所まで戻ってきた。
起きている動物の気配はなく、魔獣の気配もない。
レオはゆっくりと辺りを確認する。
(いない?)
確かに夕方も寝ている動物達の身体には沢山の枯れ葉が被さっており、その姿は非常に見えにくかったが、今は違う。
動物がさっきまで寝ていたような痕跡がいくつもあるのだ。
凹んだ枯れ葉、いくつもの足跡に踏み荒らされた泥濘……。
朝食のおかげである程度夜目は効くが、さすがに枯葉の下までは薄暗くよく見えない。
レオは剣を取り出し、魔力を送り込み強い炎を纏わせた。
辺りが明るく照らされる。
しかし、倒れている動物は1頭も見つからなかった。
(どこに行った?いや、そもそもここに何体いた?)
ストームウルフは覚えている。しかし1頭だけだっただろうか。
(確かあの辺りにも似たような毛色の犬が2頭……)
その他にも落ち葉が降り積もった下に、何体も動物が倒れていたのは見た。
サソリギツネに似た赤茶けた毛色の動物も何体かいた。
2頭では済まなかったはずだ。
レオは必死で夕方見た光景を思い出そうとする。
(4、5、6……7頭か?)
先ほどレオの所に来たのはストームウルフが1頭と、サソリギツネが2頭。
レオの記憶を辿る限りでは、あと少なくとも2頭のストームウルフと、5頭のサソリギツネがいたはずだ。
(他の奴らは何処に行った?)
魔獣は他者の持つ魔力の気配を察知し、その魔力を食べるために襲いかかる。
従って、魔力を持つ者がいる場所へ向かう性質があるのだ。
しかもその察知能力は非常に高く、魔力を求めて遠くへ「狩り」に出ることもある。
ここから行くとすれば獣人の住むドムチャ村だろうか。
しかし、他にもっと美味しそうな餌があった場合はそちらに向かうのではないだろうか。
こんな夜では何処に向かったか予測がつかない。
しかし万が一、奴らが向かった方向に聖女がいたら。
(しょうがないな、アイツに頼むか)
「"ジーニー"!」
レオは燃える剣を掲げたまま泥濘から少し離れ、虚空に向かって名を呼ぶ。
すると途端にレオの正面の空気が大きく歪んだ。
その歪みからスっと音もなく大きな豹が現れ、レオの前に座る。
座った状態にも拘らず、その頭は立っているレオの目線と同じくらいの高さにあった。
美しく艶やかな濃い茶色の体毛に包まれ、金色の瞳を持った聖獣、エアデレオパルド。地属性の魔力を持つ巨大豹である。
レオに従属する唯一の召喚獣だ。
(あら、レオ様。こんな夜中にお喚びだなんて、珍しいコトもありますのね)
「ジーニー、今日は冒険者の方の仕事なんだ。ちょっと頼めるかい?」
(なんなりと)
ジーニーと呼ばれた豹は嬉しそうにレオの肩に鼻先を擦りつける。
「ここらへんに夕方魔獣が何頭も寝ていたんだが、コイツらが何処に向かったかを知りたい。臭いを辿れるかな?」
(問題ありませんわ。全て同じ方向に向かったと?)
「分からない。少なくともここに寝ていたストームウルフはオレが倒した。そうだな、まずはあっちに寝てたストームウルフの行方を追って欲しい」
(はい、畏まりました)
ジーニーは立ち上がってレオに指さされた場所の臭いを嗅ぎ、次いで周囲の地面の臭いを慎重に嗅ぐ。
「ああ、それからジーニー、そこらに溜まってる水は口に入れない様に気をつけてくれな。もしかしたら毒かもしれん」
(え? でもレオ様、これは……いえ、はい、そういたします)
ジーニーは何か言いかけたが、結局レオの言葉を守り、水にできるだけ触れないようにしながら、臭いの元を探った。
(レオ様、ここにいた者は真っ直ぐ南に向かったようですわね)
「南か」
元々、夜が明けたら行こうと思っていた方角だ。
「こんな夜中にすまないけど、オレを乗せて臭いを追ってくれるかい?」
(あら、うふふ、私は夜の活動が1番得意ですのよ。レオ様とお揃いね)
「ジーニー……」
多分に皮肉を含んだ言い方にレオは脱力した。
召喚獣相手に良いように遊ばれている。
「分かった、じゃあ頼むわ」
レオは燃える剣を鞘に納め、ジーニーの背中に飛び乗った。
(相手は魔獣ですので、急いだ方が良いかもしれませんわね。レオ様、私の背中にしっかりお掴まりくださいませ)
「了解」
レオはジーニーの背中の皮の柔らかい部分を握り、しがみつく。
それを確認すると、ジーニーは夜闇に包まれる森の中への捜索を開始した。
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魔獣はあまり寄り道をせず真っ直ぐに南へ進んでいるようだ。
臭いを辿りながら進むため全力疾走とはいかないが、ジーニーも比較的ハイペースで南進する。
(臭いが濃くなって参りました。近づいておりますわね)
ジーニーの報告にレオは眉をひそめた。
嫌な予感がする。
(ここはもしかして……)
臭いを辿ると予想通り、西の森の南東に接するソリュー湖の畔に向かっている。
6年前ほど前までレオが冒険者仲間たちと魔獣退治の拠点にしていた場所だ。
確か作業小屋があったはずなのだが……。
やがて森の木々を抜け、ソリュー湖の畔へ出た。
空には細い三日月が浮かび、湖面へ僅かに光を落としている。
その薄闇の中、左手に小屋の影が見えた。
魔獣たちの臭いはそちらに続いているようだ。
慎重にその小屋へ近づいて行くジーニーとレオ。
小屋の横で何か複数の生き物が争っている!
「アイツらだ!いるぞ!」
レオは叫んだ。
レオはジーニーの背から飛び降り、剣を抜きながら全力で走る。
小屋の前で争っていたのは、複数の魔獣と……
(あれは"森の妖精"か!?)
夕方、魔獣たちが倒れていた場所の近くで遊んでいたフワフワの毛をしたデンキウサギだ。
角から光の球を撃ち込み、次々と魔獣を倒している。
しかし光の球を出しているのは、よく見れば"森の妖精"だけではなかった。
背後に立つのは……1人の獣人の少女だ。
少女は指先から森の妖精と同じように光の球を放って戦っている。
どうも魔獣たちの狙いはそちらの少女にあるようだ。
「おい、オレも手伝う!」
レオは大声で声をかけ、少女の横に飛び込んで立った。
少女は驚いたように一瞬レオの方を向いたが、目を逸らした隙を狙ってサソリギツネが少女へ飛びかかる。
レオは咄嗟に炎を纏う剣を振るい、襲いかかってくる魔獣を斬り捨てた。
「きゃあっ」
「大丈夫か!?」
爪は少女には届かず、燃える剣で斬られた魔獣は力なく地面に落ちる。
「あ、ありがとうございますっ」
「まだあと2頭いるぞ!気をつけろ」
「はいっ!」
残りはストームウルフが2頭。
しかしレオが燃える剣を構えた瞬間、"森の妖精"が強烈な雷撃を片方のストームウルフに撃ち込み、それと同時に、もう片方のストームウルフも横から跳んできた何者かに喉笛を掻き切られて倒れた。
そして静寂が落ちる。
「……おい、一番美味しいところ持っていきやがったな」
(この程度、レオ様のお手を煩わせるまでもありませんわ)
最後のストームウルフの喉を食い破ったジーニーが、薄暗い月明かりの中、口から血を滴らせてグルルルと吠えた。




