19.狩りの成果
太陽は既に高く上がっている。
頬に当たる枯葉の感触が気持ち良い。
(トモカおつかれサマー)
「……」
返事がない。ただの屍……というわけではないようだ。
トモカは枯葉が積もる地面に突っ伏していたが、呼びかけるウーに右手の先だけを僅かに上げて応えた。
(トモカすごいヨ、今日が初めてなのに最後の方は全部当たってたシ!)
「……おかげ、さまで」
辛うじて声を絞り出し、返事をする。
結局、残りはほとんど全てをトモカが倒した。
ウーは最初の数匹の後はネズミを避けることに専念し、1度だけトモカの背中に乗ってしまったネズミを体当たりで跳ね飛ばし、即座に雷撃を撃ち込んで倒したが、他は完全にトモカに任せていた。
相変わらずのスパルタ方式である。
全てのネズミがいなくなった後、トモカは外に置きっぱなしだったバケツを持って洞穴に戻った。ウーが角の先に光の球を作って洞穴内を明るく照らし、トモカがそれを頼りにネズミの死体を集めていく。
ネズミは前の世界で言うラットくらいの、揃えた両手の上に丁度乗る程度の大きさだった。思っていたより大きい。
ネズミは完全に全滅した訳ではなく、洞穴の奥の方にあった小さな穴から1割くらいは逃げて行ったようだ。
ウーによると、その小さな穴の奥に更に広いネズミ穴の迷宮があり、そちらがネズミの家の本体で、あの洞穴にいたのはそこから溢れて出てきた個体なのだそうだ。
ネズミは繁殖力が高いため、しばらくするとまた増えて、あの洞穴がネズミでいっぱいになるらしい。
量が多すぎて一部しか集められなかったが、バケツ山盛り一杯にネズミの死体を詰め込む。ざっと20匹分くらいあるだろうか。
そしてずっしりと重くなったそのバケツを抱え、地上に戻った所で力尽き、バケツを置いて突っ伏してしまったのだった。
(トモカ疲れタ?)
「そりゃあもう……」
魔力を撃ち込むことには慣れたのだが、長時間、四方八方から襲いかかってくる炎の塊を、避けたり払い落としたりしていたせいで、ついに全身の筋肉が悲鳴を上げたのである。
太腿が痛い。背中が痛い。腰が痛い。
(魔力なくなっちゃッタ?)
「うーん、どうだろ……。"ステータス"」
ステータスを開いてみる。
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トモカ (獣人[猫]・聖女・狩人) 16歳 メス
HP 28/150 MP 29440/30000
魔法属性:聖、風、雷
肉体操作:Lv3
精神操作:Lv6
魔法操作:Lv15
特殊技能:ステータス、マップ、聖核精製
聖核練度:1
召喚契約:デンキウサギ1(個体名「ウー」)
追加技能:狩猟
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MPは確かに減ってはいるが問題なさそうだ。
ただし、HPの残りがかなり少ないようではある。
それにしても、魔法操作レベルが跳ね上がっている。
確か昨日、魔法練習後に見た時は、Lv8だったはず。
それに追加スキルという項目が追加されたようだ。
よく見れば「聖女」の隣にも「狩人」と書いてある。
しかしトモカには、それについて現在深く考えるような余裕はなかった。
「MPは問題ないみたい。それよりHPが……」
(赤いネズミ食べタラ、元気出るヨ!)
「ごめん、ちょっと……今は食べる元気もないです……」
(そっかァ)
ウーの残念そうな声が脳内に響く。
それを最後に、トモカは枯葉の上に突っ伏したまま、眠りに落ちた。
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(美味しそうな匂いがする)
トモカはパチッと目を開け、顔を上げてキョロキョロと見回した。
長いこと眠ってしまった気がしたが、周囲は明るい。
両腕を支えに起き上がる。
まだ全身は気怠いし、筋肉も痛いが、思ったよりは動けそうだ。
少し眠ったおかげだろうか。
見れば太陽は真上にあった。そんなに長時間は寝ていなかったらしい。
ウーが起きたトモカに気づき、ピョコピョコと走ってきた。
(トモカ起きたノ?)
「うん。せっかく私のために連れてきてくれたのに、寝ちゃってゴメンね」
(トモカにとってはコッチに来て初めての狩りデショ?疲れて当たり前ダヨ)
ウーに励まされている。
(練習はスパルタだけど、良い先生だなぁ)
確かに練習はキツいけれど、実際トモカの魔法のレベルは凄い勢いでどんどん上がっているし、ちゃんと最初に手本を見せて順を追って教えてくれるし、良く出来たらちゃんと褒めてくれるし、更に凹んでいる時のメンタルケアまでもしてくれるとは。
「ねぇなんかお肉が焼けた匂いがしない?」
(今ボクが焼いてたんダヨ!トモカ、昨日サカナも生で食べるの嫌がってたカラ、焼いた方が良いと思ッテ!)
ウーは何かをズルズルと引っ張ってきた。
それは、皮を剥かれて丸焼きされたネズミだった。
背中の皮に何本か切れ込みが入って、蜜柑の皮を剥くようにキレイに剥がれている。
剥かれた皮がお腹周りに広がって、まるで星型のお皿のように見えた。
「これ、ウーさんがやったの?」
(ウン!美味しいカラ食べテ食べテ)
「皮もウーさんが自分で剥いたの?」
焼くのは昨日の魚と同じように焼いたのだとしても、こんなにキレイに皮を剥ぐのはどうやったのだろう?
トモカの腰には確かにナイフを着けているが、どう見てもウーがナイフを持てるようには見えない。
鋭い牙を持っているから、牙で裂いたのだろうか。
(赤いネズミの皮は火の熱には強いんだケド、ボクたちみたいな雷魔法の熱は火よりももっと熱くなるカラ、カンタンに切れるヨ)
「雷で切るの?」
(そうダヨ。もう一匹剥こうカ?)
ウーはネズミの死体が山盛りに入ったバケツから、もう一匹咥えて持ってきた。
そして、ネズミを地面に俯せに置くと、自分の尻尾を前に出し、先端に魔力を溜め始める。尻尾の先が少量の火花を纏って光りはじめた。
「しっぽ?」
(ボクは強い魔力を溜めるのは角の方が得意なんだケド、尻尾の方が細かい作業ができるノ)
「へぇ」
光を帯びた尾の先端の毛をネズミの背中に少し当て、そこから強い光を放出しながらゆっくり移動していく。火花は出ない。
すると、尻尾の先が通り過ぎた所の皮だけがすっぱりと切れた。
背中の皮に何本か切れ込みを入れ、やはり蜜柑のように剥いていくと、先ほどと同じ、腹部にだけ皮が残った丸裸ネズミが出来上がる。
まるでレーザーメスだ。
「凄い!そんなこともできるんだ!」
(ちょっと最初の調整が難しいケド、トモカも練習しタラ、できるようになるヨ!)
雷魔法は下手をすると大惨事になりそうで、最初はなかなか手を出せなかったが、上手く調整できるようになればなかなか使い勝手の良い魔法のようだ。
(赤いネズミ、美味しいから食べてミテ?)
ウーがしきりに勧めてくる。好物のひとつに上げていたくらいだから、本当に美味しいのだろう。
トモカも狩りで散々ネズミを倒すうちに、ネズミを食べることへの抵抗感はだいぶ麻痺してきたため、遠慮なく焼いた方のネズミをいただくことにした。
「いただきます」
大きめのネズミとは言っても、肩、背中、腰、大腿くらいしか食べられそうな所はない。
トモカは持ってきた水で軽く手を洗い、指でほぐして食べることにした。
肉の見た目は白っぽく、茹でたササミのように見える。
背中の肉を少しつまんで裂き、口に入れる。
「……!ほんとだ、美味しい!」
肉は少し硬いが、その分噛みごたえがあり、程よく脂が乗っていて、特に臭みもなく、しかし濃厚な旨みがあった。
しっかり焼いてあるのに、噛めば噛むほど肉汁が出てくる。
(ネ、美味しいでショ?しかもこれ食べるト体力回復の効果があるカラ、減ったHPも回復するヨ!)
「そうなの!?じゃあしっかり食べなきゃ」
トモカは食べられそうな部分を探し、次々につまんでは食べた。
その体力回復の効果のおかげだろうか、気怠かった身体が少しずつ楽になっていくのを感じる。
ウーもその横で生のネズミを美味しそうにムシャムシャ食べている。
ネズミを食べるウサギ。
ウサギといえば草食のウサギしか知らなかったため、見た目は非常にシュールに感じる。
しかし、ここは異世界なのだ。
深くは考えないことにしてトモカは自分の目の前の食事に集中したのだった。
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レオは森の入口に入って、しばし考えていた。
ドムチャ村の国境側の門から真っ直ぐ道なりに進むと、すぐに西の森の入口に着くのだが、西の森はテナン大陸最大の森林地帯である。
入口から真っ直ぐ進んでも、右に行っても、左に行っても、どこまで行っても森だ。
西の森を南西に抜けた先に、トリアネという小さな商業国家があり、西の森を通る商人たちは皆そこを目指す。
入口からそのトリアネに向かって、魔獣の最も多い南東エリアを避けたやや北寄りのコースに、商人などが通行できるような土の道と、道沿いに所々休憩用の小屋などが一応整備されてはいる。
それでもその道を使って森を通り過ぎるだけで、大人の足で4~5日はかかる道程なのだ。
しかしレオがやらねばならないのは、ただ森を通り過ぎることではなく、森のどこかにいる(かもしれない)聖女を探し出すことだ。真っ直ぐ進めば良いというものではない。
かといって、森全体を虱潰しに歩き回るというのも非効率だろう。
大勢の軍隊で探すならともかく、どれだけ時間があっても足りない。
(なるべく無駄な手間はかけたくないんだよな)
道沿いは、パーティを全滅させるような強力な魔獣はあまり出ないが、たとえ弱くとも集団で魔獣が出ると商業に支障が出るため、魔獣討伐の依頼が比較的多く、冒険者もそこそこ多い。
また、その道よりも更に北側のエリアも、時々その辺りに薬草採取などの依頼が出ることがあるため、道沿いよりは少ないが、多少冒険者の姿も見る。
もし、聖女が道沿いや北側のエリアにいるならば、商人や冒険者に見つかって、保護されるか、不審者として捕まる可能性が高い。もしかしたら既に保護されているかもしれない。
そうなればレオの出る幕はない。
一方、道よりも南東にあるエリアは非常に魔獣の数が多く、厄介な強い魔獣も数多く出るということもあって、商人は絶対に立ち入らないし、冒険者も余程ランクの高い者でなければ滅多に近寄らない。
しかし、聖女が誕生したと思われる直後からドムチャ村など森に近い村への魔獣の襲撃の報告がほとんどなくなったという。
つまり普段魔獣が多いその南東エリアに「何かがあった」という事ではないか。
もちろん、誕生してから移動している可能性もあるが、まずは手がかりを探すためにも南東のエリアで何があったのかを調べるのが得策と思われる。
「よし、じゃあそっちを目指しますかね」
方針が決まったため、レオは道を外れる。
ここからは魔獣が出るかもしれないため、用心が必要だ。
レオは腰に佩く剣の状態を確認し、西の森の南東エリアに向かって歩き始めた。
レオが立ち去ったその場所の近くで、その姿を太い木陰からじっと見つめる目があった。
レオの姿が見えなくなると、やがてその気配も動き始める。
西の森の暗い木立の間を、冷たい風が通り過ぎていった。




