18.赤いネズミ
ざく。ざく。ざく。ざく。
トモカのパンプスが足元の枯葉を踏み、小気味よい音を立てる。
このパンプスで森の中を歩くのもだいぶ慣れたが、それでも遠いと感じるのは贅沢なのだろうか。
時間は分からないが、体感としてはもう1時間くらい歩いている気がする。
幸いなことに、途中の木々には食べられそうな木の実がたくさん生っていたため、朝食には事欠かなかったのだが。
栄養は摂れても多少疲れはする。
先導して歩くウーが、やや歩く速度の落ちたトモカを振り返って心配そうにする。
(トモカ、ダイジョーブ?体調ワルイ?)
ウーにとっては大した距離ではないらしく、やや見当違いな方向に心配されてしまった。
「ううん、大丈夫。ねぇウーさん、あとどのくらいかかりそう?」
(もうすぐ着くヨ!もう見えテル)
「えっほんと?どこ?」
周りを見回しても、今までと同じ森の中にしか見えない。
ウーがピョンピョンと先に進む。
(コッチコッチー!)
「ま、待ってウーさん……」
ウーは少し速度を上げて走る。
トモカは早歩きで必死に着いて行った。
そして代わり映えのしない景色の中、ウーがピタリと止まる。
(ココ!)
「ここ?……何にもいないけど」
トモカはキョロキョロと周りを見回した。
上の方かと思い、木の上の方も探す。
何もない。小屋の周りと似たような、森の中。
(トモカ、ココに立っテ)
促されるままに、ウーが立ち止まった場所まで歩いてゆき、ウーのすぐ横に立つ。
「こう?」
(ソウ。その場所に立ったママ、真後ろを見てミテヨ)
トモカは回れ右の要領で、右足を軸にくるっと反対を向いた。
「あっ!!!」
(見えタ?)
「見えた!」
トモカが後ろを見ると、今トモカが立っている場所から、さっきまでトモカが立っていた場所の真横あたりに向かって、地面が緩やかな細い下り坂になっており、その先にポッカリと黒い穴が空いていた。
地面の下に続く洞穴だ。
正面から見るとすぐに分かるが、横や後ろから見ると落ちた木の枝やそこに被さる枯葉などで周囲の景色と同化し、ほとんど分からなくなっている。
どうりで気づかなかった訳だ。
「あの穴に入るの?」
(そうダヨ)
「……中にネズミがいるんだよね?」
(ウン、たくさんいるヨ!捕りホーダイ!)
ウーは嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。
(暗い洞穴いっぱいのネズミ……。うーん。さすがにイヤかも……)
しかしウーはやる気マンマンだ。
(あのネ、今日やるのは、昨日やった魔法の実践練習ナノ!)
「えっ」
(昨日は、魔力量を調節しテ、丁度イイ量で放出する練習したデショ?今日はその魔力を丸くシテ、少し離れた動く的にぶつける練習!)
なんと、今日はただの狩りではなく、実はトモカのスパルタ式魔法練習の一環だったらしい。
(単にウーさんがネズミを食べたいだけかと思ってた、ゴメン)
しかしそうなると、トモカもネズミが嫌だとか言っていられない。
こんなカリキュラム組んでまで、このモフモフ師匠が教えてくれようとしているのだ。その熱意に応えなくては。
「ウー先生、ひとつ質問いいですか」
(ナニナニ?)
「魔力を丸くするってどうやるの?」
ウーはトモカの顔を紫の丸い瞳でじっと見つめ、尻尾をぴょこぴょこと動かした。
何やら考えているらしい。
(そうだネ、先にちょっとココで練習しよっカ)
「うん、よろしくお願いします」
やり方が分からないままいきなり洞穴に突入するよりは、ある程度使えるようになっておきたい。
(ボクがやるの、見てテ。あっちの木にぶつけるヨ)
ウーはそう言うと、両方の角に魔力を溜めはじめた。バチバチと火花が散っている。
そしてその火花の威力がだんだん大きくなり、それぞれの角の先端に小さな光の風船が付いたようにジワジワと膨らんでいく。
そして、その光の風船がクルミ程の大きさになった時、ウーが前脚を少し上げ、勢いをつけてびゅんっと頭を前に振る。
すると左右の角から、2つの光の球がそれぞれ物凄いスピードで飛んでいった!
ヒュッ
ドン!ドン!バチバチバチバチバチ!
光の球は少し離れた所にある木の幹にぶつかって衝撃音を出し、周囲に火花を散らす。
ぶつけられた木の幹には、クルミ大の強い焦げ跡がしっかり2つ付き、焦げ跡の中央部は完全に灰になってしまったため、表面が深く抉れていた。
「す……すっご」
トモカは目を見開いた。
威力はまるでライフルだ。
(こんなカンジ!トモカもやってミヨー!)
ウーはクルっと振り返ってトモカを促す。
(やってみようって簡単に言われても)
しかし、昨日何度も指先に魔力を集める練習をしたせいか、見ていたらなんとなくやり方のイメージは沸いた。
昨日は指先に適度の魔力を溜め、それを水道の蛇口をそっと開くように細く出したが、今日は水道の蛇口の先につけた水風船に魔力を溜め、それを目標に向かって投げつける感じだろうか。
「やってみるけど……2つ作るの難しそうだから、まずは1個ずつでいい?」
(もちろんイイヨ!)
魔力を溜めるのに意識を集中しないといけないが、両方の指にそれぞれ意識を集中させて魔力を溜めるのは難しそうだ。ウーは難なくやっていたようだが。
トモカは足元に持っていたバケツを置いた。
ウーの指導はスパルタだが、魔法の練習自体は意外と楽しい。
やればやるだけ上達していくのが分かるからかもしれない。
トモカは昨日と同じように、指先に向けて全身から電流が流れるようにイメージしながら、魔力を集める。昨日散々やったので、ここまでは簡単だ。
そこから、昨日やったよりも多めに魔力を溜める。
溢れて放出してしまわないように、慎重に……。
指の周りにバチバチと火花が発生し、それが集まり、次第に指先がボゥっと光る。
それを見ながら更にゆっくり魔力を送ると、指先の光が次第に膨らんできた。
(よし、いい感じ)
ウーが作った物よりはやや小さいが、光の球と呼べる程度の塊が指先にできた。後はこれを目標に向かって投げるだけ。のはずだ。
トモカはできた光の球を落とさないように、右腕をそぅっと持ち上げ、先程ウーが撃ったのと同じ木を目標に投げつける!
(えいっ)
ドン!バチバチバチバチ!バキバキッ!ガサッ
大きな衝撃音が森に響き渡る。
「あ、あれ?」
しかし何も変化のない様子にトモカは目を凝らした。
音はしたが、木の幹に付いた焦げ跡は、さっきウーが付けた2つだけ。
魔法の量が少なかったのだろうか。
「なんで?音はしたよね?」
一緒に変な音がしたような気もしたが。
トモカが首を傾げていると、ウーが足元に寄って後肢で立ち上がり、トモカの膝あたりをチョイチョイとつついた。
(トモカ、トモカ。上)
「上?」
トモカが上を見上げると、頭上で1本の太い枝が折れており、それが別の枝に引っかかって、辛うじて落下が防がれていた。
折れた枝の折口は見事に焦げている。
「えっあれ?アレ私がやったの?」
(あんな所に撃つノ、トモカしかいないヨ。トモカ撃つ瞬間、目を閉じてたデショ?投げる直前に手首がクイってなって、アッチに飛んでっタノ)
なるほど。どうやら変なスナップが効いてしまったらしい。
(そうだよね、超絶運動音痴の私が上手く投げられるはずがなかったわ)
トモカは子供の頃から球技が大の苦手だ。
スポーツテストで恒例のソフトボール投げなんて、毎回枠から外れてしまい、いつも失格になっていたのだ。
猫っぽい身体になって多少ジャンプ力や走力が上がったけれど、ボールに対するセンスは一緒だったか。
(そっか。投げるのが苦手なら投げようとしなきゃいいんじゃ?)
トモカはふと思いつき、もう一度指先に魔力を溜める。
そして光の球のできた人差し指を、木の幹に向かって指鉄砲をするように真っ直ぐ伸ばした。
左目を閉じ、右目で照準を合わせ、球の後ろから少量の魔力で弾くように、ピンッと押し出す!
ヒュッ
ドン!バチバチバチ!
「やった、できたー!」
トモカが放った光の球は、ピストルで撃ったかのようにやや回転しながら空中を真っ直ぐ進み、目標の木の幹に突き刺さった。
目指した場所からは少し離れているが、3つ目の焦げ跡がしっかり付いている。
(エラいトモカ!バッチリ!ジャ、穴に入ってみようカ!)
トモカは課題が達成されたことに喜んでいたが、そういえばまだこれで終わりではなかった。今からが本番だった。
ウーの言葉に現実に引き戻される。
「はぁい」
サクサクと洞穴の方に進んで行くウーの後を、恐る恐るついて行く。
洞穴の入口は近くで見ると案外大きく、幅はトモカが両手を広げてもギリギリ届かない程度、高さは少し屈めば入れる程度だった。
(中はもう少し広いヨ)
ウーの言葉通り、入口を入ると天井は同じ高さだが、地面が更に下の方に深く下がっており、数歩入ればトモカが十分に立てるくらいの高さはある。
しかし奥はほぼ完全な真っ暗闇だ。広さもよく分からない。
これで獲物なんか見えるのだろうか。
(トモカ、よく見テ)
ウーの言葉に良く目を凝らすと、暗闇の中に赤くぼんやり弱く光る物があちこちで蠢いている。
上にも、下にも、奥にも。
(アレが赤いネズミダヨ。アイツら神様の水は飲んでないカラ魔法は使えないケド、怒ったら熱いカラ気をつけテ)
「熱い?」
思わずトモカが聞き返すと、その声が洞穴内に反響した。
その瞬間。
「「「キィィィィィーーーーーー!!!」」」
甲高い複数の鳴き声と共に、洞穴内全体にゴゥッと紅蓮の炎が燃え上がった!
「うわっ何!??」
正確には洞穴全体が燃えたように見えただけで、よく見れば多数の生き物が壁に張り付き、胴体の周りに炎を(まと)ってこちらに向かって威嚇していたのだ。
少なくとも50……いや100匹はいるだろうか。
(赤いネズミってこれ!?)
赤いというのでてっきり赤毛のネズミかと思っていたら、まさかの燃えるネズミである。しかも、あれでも別にウーのような力を持つ怪物ではなく、普通の動物らしい。
異世界は恐ろしい。
(じゃあいくヨ!)
ウーは号令と共に、角から光の球をビュンビュンと飛ばしはじめた。
ドン!ドン!
「キィー………」
光の球がぶつかると、壁に張り付いていたネズミは次々と落ち、炎が消えていく。
(トモカもやってミテ)
「う、うん」
トモカは指に魔力を溜め、さっきと同じ要領で赤い炎に向かって光の球を撃ち込んでいく。
ドン!
……ドン!
トモカはまだウーほど絶え間なく連続で発射することはできないし、精度もそこまで高くはない。しかも全てが動く的なので非常に狙いにくい。
最初の10回ほどは全て外れたが、だんだんコツを掴んで、何回かに1回は当たるようになってきた。
「キィ!!!!!」
「うわっ!」
ドン!
「キィー……」
偶に向こうから襲いかかって来るので、炎を避けながら光の球を撃ち込む。
さすがに目の前なら的は外さない。
(あれっウーさんはっ?)
やはりトモカの訓練が主目的なのか、チラッとウーの方を見ると光の球を撃つのをやめて、突進してきたネズミを避けることに専念している。
(もしかして、私が全部倒さないといけないっていうこと!?)
「ああっつ!!」
よそ見をしていたら、天井の方から飛びかかってきたネズミに左腕がぶつかる。とても熱い。慌てて振り落とし、光の球を撃ち込んだ。
(ヤバい、よそ見してる場合じゃない)
トモカは開き直って、次から次にやってくるネズミを無心で倒し続けた。




