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召喚獣のお医者さん  作者: 梶木 聖
⑴ 西の森
13/62

13.魔力回復

 気づくとレオはだだっ広い草原に立っていた。

 いつもの冒険者装備を身につけている。


 空はどんよりと赤黒く、辺りは夕闇(ゆうやみ)

 かすかに物陰が分かる程度だ。


 目を凝らすと、(はる)か遠くに人影が見えた。

 こんなに遠いのに、その人影だけはハッキリと浮かび上がって見える。

 やたら真っ白で長い、ローブのような物を羽織(はお)っているせいだ。


(あれは聖女だ)


 レオは理由もなく確信した。

 何故なら。

 ……何故?分からない。

 とにかく聖女を捕まえなければ。


 レオは聖女に向かって走った。

 泥の中を走っているように足は重い。

 聖女との距離はなかなか縮まらない。


(早く、早く捕まえないと大変なことに)

 大変なこと?

 何だっただろうか。


 足が重い。

(そうだ、こんなものを着けているからだ)

 レオは走りながら、少しずつ装備を外していく。

 マント。防具。剣。靴。

 外してはその場に投げ捨てる。

 ひとつ外すごとにフワッと身が軽くなった。

 ぐんぐん速度が上がる。


 ほとんど身一つの状態で、レオはなおも走る。

 人影との距離が縮まってきた。

 ローブの(しわ)までハッキリ見える。

 頭に被っているフードから長い黒髪が見えた。


(そうだ、あれは聖女だ)

 何故なら。

 何故なら。


 人影が、ぼとりと手に持った何かを落とした。

 レオは思わずそちらを見る。

 何か、生物であったモノの、頭だ。

 よく見ると人影の足元に、無数の死体が転がっている。

 人間、獣人、動物……。

 どれも無残に喉や腕をかき切られて。


 人影が振り返る。顔が見えた。

 しかし、見えているはずなのに、はっきりとした顔かたちは分からない。

 走るレオを面白そうに見つめる。

 雪のような真っ白い肌に、真紅(しんく)の唇だけがやけに毒々しい。


 そしてレオは気づいた。

 人影の足元だけじゃない。

 レオの足元も。

 いや、見渡す限りの地表が、何かの死体で埋め尽くされている。


 そうだ、聖女の力を維持するのには何かが必要だったはず……。

 確か、血の────


 人影がニヤリと微笑んだ。

 唇の右端から(したた)り落ちる、一筋(ひじすじ)の、鮮やかな血液。

 そしてレオをまっすぐ指さして、呟いた。


 ────見ィつけた。私の、血の鎖。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「!!!……ッハァッ!!」


 レオは目を見開き、ガバリと勢いよく起き上がった。

 呼吸が荒い。額にはベッタリと脂汗(あぶらあせ)(にじ)んでいた。


(……夢、だよな。くっそ、とんでもない悪夢を見ちまったぜ)


 辺りを見回すと、部屋の中は真っ暗だった。

 遠くから人々の酒盛(さかも)りの声が聞こえてくるので、まだ深夜にはなっていないと思われる。

 誰かが別のベッドで寝ているのか、(かす)かにいびきが聞こえる。


 やけに腹がスースーするなと思ったら、着ていた服を全て脱ぎ捨てていた。

 いつの間にか下着だけになっている。

 どうやら一口とはいえキツい酒を飲んだせいで、身体が熱くなり、寝ている間に脱いでしまったようだ。


(そういえば夢の中でも脱いでたな、オレ)

 どうやらこれのせいらしい。


 さすがに酔いが覚めると肌寒い。

 レオは指先に魔法で小さな炎を灯し、その火を枕元の壁に取り付けられた燭台(しょくだい)に移した。

 枕元にある細い台には火打石(ひうちいし)も置いてあるが、こちらの方が早いし、誰か寝ている人がいる様子なのに火打石(ひうちいし)を鳴らすなど迷惑もいい所だろう。

 ベッドの周りがボゥっと明るくなる。


 脱いだ服を探すとベッドの足元の床に落ちていた。

 気怠(けだる)い体を動かし、落ちている服を拾って身に着ける。

 ついでに床に置いた(かばん)の中から水筒を取り出し、中の水をごくごく飲んだ。

 カラカラになっていた口の中が(うるお)っていく。


 寝起きなので少し身体はだるいが、熟睡出来たおかげだろうか、頭はクリアだ。

(まだ夜は長いよなぁ)


 聖女探しをするにしても、こんな真っ暗闇では見つかるものも見つからないし、さしもの聖女サマも寝ているのではないだろうか。

 朝までもう一度寝直すか、明るくなるまで起きておくか。


(変な夢を見たついでだ、持ってきた本でも読んでおくかな)

 レオは再び(かばん)をガサゴソと(あさ)り、持ってきた2冊の本を取り出した。

 100年ほど前に書かれた聖女に関する歴史書と、同じく100年ほど前の、聖女の世話係の日記だ。

 どちらもそう厚い本ではない。


 あんな悪夢を見たのは、元はと言えばこの歴史書が原因だろう。


 "────聖女の大量の魔力を支えるためには、この国とガイアの地を結びつける強い血の鎖が必要────"


 教会でさらっと目を通した際、ふと目に付いたその一文が妙に心に引っかかり、恐ろしい想像をしてしまったのだ。

 そしてこの悪夢だ。


 生贄(いけにえ)の血を(すす)る不気味な聖女サマ。

 しかもなぜかレオがメイン生贄(いけにえ)設定である。

 どうかご遠慮願いたい。


 そもそも聖女に生贄(いけにえ)が必要だなど、今まで聞いたことがない。

 悪魔ならともかく。

 中途半端に流し読みをするからこういうことになる。

 しっかり読み込んで、正しい知識を身につけなければ。


 燭台(しょくだい)の明かりは決して明るくはないが、燭台(しょくだい)の近くにいれば読めなくもない。

 夜は長いのだ。

 あせらずゆっくり読んでいこう。


 そう心に誓って、レオはゆっくりと歴史書の表紙を開いた。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 薄暗くなったため、トモカは小屋の中に枯葉(かれは)を運び、寝床(ねどこ)を作る。

 いい加減枯葉(かれは)以外の寝具が欲しい。


 丸く広げた枯葉(かれは)の上にペタンと座り、確認のためにステータスを開いた。

 今日は一日中ウー先生からのスパルタ教育を受けていたし、魚を焼くのにも魔法を使ったため、MPがかなり減っているかもしれない。

 今日ぐらいの負荷でどの程度MPが減るのか確認しておかないと、今後使う時に困るだろう。


「ステータス」


 トモカが呟くと、ぴょこんと目の前にステータス画面が現れた。

 ────────────────────

 トモカ (獣人[猫]・聖女) 16歳 メス

 HP 87/150 MP 29728/30000


 魔法属性:聖、風、雷

 肉体操作:Lv2

 精神操作:Lv6

 魔法操作:Lv8


 特殊技能:ステータス、マップ、聖核精製(せいかくせいせい)

 聖核練度(せいかくれんど):1


 召喚契約:デンキウサギ1(個体名「ウー」)

 ────────────────────


「おー、レベル上がった」

 魔法操作のレベルが一気に上がっている。

 今朝見た時はまだLv2だったが、一気に6レベルアップ。

 ウーのスパルタ教育に耐えただけはある。

 ウーの教育方針が正しかった証でもある。

(ありがとう、ウー先生。辛かったけど)


 当然だが、疲れるとHPも下がるようだ。


(ん?なんか午前中に見た時よりMP増えてない?)

 トモカは首を捻った。


 確か今朝、湖に向かって大きな稲妻(いなずま)を出した直後にステータスを確認したら、29300弱だったはず。

 そこからウーのスパルタ教育が始まって、雷魔法(かみなりまほう)聖魔法(せいまほう)駆使(くし)して特訓を行い、お昼に魔法で魚も焼いて、更に午後には少し使う魔力量を増やして、自由自在に魔力量を調節するための訓練をしていた。

 なのに増えているのは、どういう事なのだろうか。


「ねぇウーさん、今日ずっと魔法使ってたのにMPが朝より増えてるんだけど……」

 呼ばれたウーは、トモカの(ひざ)の上にピョンと飛び乗る。


(使ってるノニ増えるノハ、使った量より回復した量の方が多いからダヨ)

「え、でも今日朝から結構使ったよね?」

 トモカはウーの身体が(ひざ)から滑り落ちないように手で軽く支える。

(今日練習したノハ、魔力量の調節だったでショ?アレは最小の魔力を出す練習ナノ。枯葉(かれは)を少し焦がすくらいなラ、やっとMPを1使うかどうかってトコ。それくらいならボクでもすぐに回復するヨ。午後は魔力量増やす練習もしたカラ、もう少したくさん使ったかもしれないケド)

「じゃあ魚を焼いたのも、そんなに魔力は消費してないってこと?」


 およそ1分くらいは魔力を出しっぱなしだったように思う。


(そうだネ、一瞬で炭になるような出力量ジャナかったシ、あの程度の魔力であの時間ナラせいぜい30MPってトコ?魔力の低い人はそれでも大変なんだケド、トモカの魔力量なら全然問題ないヨ。トモカは魔力量が多いカラ、キット回復も早いヨ)

「えっ、回復速度と魔力量って関係があるの?」


 みんな一緒かと思っていたが。

 ウーはトモカの腕に自分のフワフワの頭を()り寄せて答えた。


(もちろん関係あるヨ)


 どうやら頭を撫でて欲しいらしい。

 (つの)(つの)の間を中指でコチョコチョとくすぐる様に撫でてやる。


(どんな動物デモネ、MPがゼロになった時に丸一日眠っタラ全回復するような回復速度になってるンダ。起きてる時は寝ている時の5分の1の速度になるんだケド)

「なるほど寝ている時は速いのね」


 トモカは頭の中で計算をした。


 丸一日というのがこの世界で何時間か分からないが、体感的には前の世界とそう変わらないように思う。

 ということは、1日24時間と仮定して。

 最大MPが30000だから、30000を24時間で割って1250。つまり寝てたら1時間あたり1250回復するということだろう。

 起きていたら回復速度は1/5だから、1時間あたり250。

(結構回復するなぁ)


 魔力量の調整を覚えた今、普通に生活をする分には困らなさそうだ。


(それヨリ、魚を冷ましてくれた時の魔法は風魔法(かぜまほう)ナノ?あんな魔法の使い方初めて見タ!トモカはなんにもしてないみたいに見えたノニ。うワワ)


 ウーがトモカの(ひざ)の上でじたばたしている。

 どうも座り心地が安定しないらしい。


「そうなの?私もよく分からないんだけど、頼んだら風が勝手にやってくれるの。あれも一応魔法なんだと思ってたけど、違うの?」

(うーん、どうなんダロ?)


 トモカよりは断然魔法に詳しそうなウーでも分からないらしい。

 トモカはウーを膝から降ろし、ゴロンと横になった。

 ウーはすかさず腕の中に飛び込んでくる。


「明日はどうしようかなぁ」

(やることないの?)


 ウーが尋ねる。


「私ね、実はいつの間にか森にいて、帰る家がないの」

(ここが家じゃないノ?)

「ふふ。ここは誰か別の人の家だったみたい。空いてたから勝手に使わせてもらってるだけよ」

(トモカはどこから来たか覚えてないンダ?)

「うーん、そうだね。ウーさんとは契約結んだんだし、ちゃんと話しておこうかな」


 部屋の中は暗くなり、もうほとんど何も見えない。

 トモカは目を閉じ、フワフワした毛玉を手のひらで優しく撫でてながら、今まであったことを語り始めた。


 前の世界のこと。

 仕事のこと。

 仕事の途中に倒れていつの間にかここに来ていたこと。


 ウーは気持ちよさそうにして聞いている。

 時々質問したり、相槌(あいづち)を打ちながら。


 次第に眠くなり、お互いに口数が少なくなる。

 そして、やがて沈黙が落ちる。


 湖畔の夜は穏やかに更けていった。

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