12.魔法で調理
太陽が頂点を過ぎ、すでに降り始めている。もう昼過ぎだ。
トモカは何度も失敗を繰り返しつつ、ウーから出された枯葉30枚を焦がす課題をなんとか終わらせた。
最後の10枚ほどはだいぶコツが掴めてきて、全て一回で成功させることができた。
最初は魔力を指先に貯める量を調節しようとしていたが、そうすると少しタイミングを間違えるとたくさん出てしまったり、早すぎると発動しなかったりしてムラが大きい。
貯める量は少し多めでも、放出する時に細い管を通すようなイメージで放出すれば、安定して一定の魔力を出せるようになるようだ。
やり方が分かってくれば、痛い思いもあまりしないのでなかなか楽しい。
「先生、30枚終わったし、ちょっと休憩していい?」
(いいよ、休憩しよッカ♪)
モコモコしたウーがピョンピョン飛び跳ねてやってくる。
(さっきの魚食べル?)
最初にウーが捕り方を見せてくれた時の魚は、まだそこに転がっていた。
「うーん、ありがたいけど……生で食べるのはちょっと怖いかな」
この世界に来てから食べたのは、調理の要らない木の実だけだ。
タンパク質は摂っていないので、魚が食べられるのならありがたい話ではあるのだが。
ただ淡水に棲む魚はどうしても寄生虫が大量に付く。この世界ではどうなのか分からないが、トモカにはそのイメージが強いので、なかなか生で食べる勇気は出ない。
(フーン?ナマがイヤなら焼けばいいんジャナイ!)
ウーが簡単に言う。
(火打石もないのにどうやって……)
と文句を言いそうになったが、ふと思い出す。
(……ん?火打石?そういえば私、さっきからずっと指から火花出してなかった?枯葉も焦がしてたわけだし。ていうかそもそも最初に燃えたよね、枯葉)
「そっか!枯葉に雷魔法で火をつけて燃やせばいんだ!」
トモカが叫ぶと、呆れたようなウーの声が聞こえた。
(トモカ、ワザワザ枯葉に火をつけなくてモ、サカナに直接雷魔法を当てれば良くナイ?)
「……そっか。そうでした。」
何故思いつかなかったのか。
魚を焼くといえば、火!炎!という固定概念があったようだ。
「ね、ウーさんもう一匹捕れる?一緒に食べよ。その間に準備するから」
(イイヨ!待ってテ!)
ウーは湖に向かい、トモカは小屋に戻った。
トモカが小屋の中の戸棚から金属の串を2本と1本のナイフを持ってくると、地面にはすでに2匹の魚が並んでいた。
「さすがウーさん、はっや」
(デショデショ!)
ウーはモフモフの胸毛を突き出して自慢気にしている。
トモカは2匹の魚を湖で洗い、串に刺してナイフの背で鱗を落とした。
「よし、これを地面に差して……」
トモカは2本の串を地面に差し、枯葉を焦がした時と同じように右手の指先をかざし、魔力の放出量を調整して片方の魚に当てた。
今度は一瞬ではなく、焼き加減を見ながら細く長く放出する。
魚の周りでパチパチと加熱された脂が散った。
トモカはその光景に既視感を覚える。なんだっただろうか。
「そっかー、電子レンジだ」
厳密には仕組みは違うが、レンジアップのようなことはできると知れたのは収穫だ。
隣ではウーが真剣な表情をして、もう一本の串に角から雷魔法を当てている。
ウーも焼いて食べることにしたらしい。
数十秒ほど当てていると、じきに魚の皮に焦げ目がつき、目が白く変色した。
「よし、良いかな」
普通に焼くよりかなり早い。
焼きあがった魚はホクホクとして、とても美味しかった。
やはり温かい食事は良いものだ。
調味料はないので味は素材のままだが、それでも十分に美味しさがわかる。
隣では、ウーがちょいちょいと前足で串から外した魚をつついている。
「ウーさんなにやってるの?」
(熱いんだヨ!トモカよくこんな熱いの食べられるネ!)
どうやら猫舌らしい。ウサギだから兎舌か。
「ウーさん、ちょっと魚から離れてて」
(何するノ?)
「そよ風よ、この魚を冷ましてあげて」
途端にウーがつついていた魚に向かって風が吹いた。
しばらくして触ってみると、ほんのり温かい程度まで冷めている。
「これで食べられるんじゃない?」
ウーは恐る恐る齧り、パッと顔を上げた。
(ホントだ!美味しい!トモカありがとう!)
余っていた木の実もあったため、その日の昼食は今までで1番豪華な食事となった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
辺境にあるドムチャ村は王都から遠い。
レオがドムチャ村に着くとすでに夕方になっていた。
ここもクレムポルテ王国内ではあるが、王都を離れると本来あまり安全ではない。
王都ローレリアは街全体がぐるっと高い壁で囲まれており、各門に兵士が詰めているため、召喚獣以外の魔獣の侵入はまずないが、壁の外の草原では度々野生の魔獣に出くわすことがある。
通常なら道中、魔獣が数匹出てきてもおかしくはないのだが、今回は1度も出会わなかった。
なんという平和な旅だ。
レオは柵に囲まれた村に足を踏み入れる。
村内ではあちらこちらで宴会が行われていた。
男達の陽気な笑い声や、妙齢の女性の歌う声などが聴こえる。
レオはドムチャ村に来たのは初めてではないが、いつもは静かでのどかな酪農と畜産の村だ。このように賑やかな光景を見たのは初めてだった。
近くを歩いていた犬型の獣人の男に声をかける。
「なぁ、ちょっと聞くんだけど、今日は村のお祭りか何かあるのかい?」
「お、冒険者の人か。いつもありがとな!ただ今日は仕事はないぜ!祭りじゃないが、2日前から魔獣が出なくなったのが嬉しくてさ、数人が飲み始めたら、だんだん村中がお祭り騒ぎになっちゃったのさ。お前さんも良かったら飲んでってくれ」
男はそう言って、茶色い尻尾を揺さぶりながら、自分が持っていた飲みかけの木製のジョッキをレオに押し付けてきた。
「おおありがとな」
レオは思わず受け取る。
中身はエールなどではない。ドロリと白く濁っていて、発酵乳のような甘酸っぱい香りと共に強烈な酒の臭いがする。
おそらくドムチャ村名産の山羊乳を発酵させた酒、ディム酒だろう。
それにしては濃い気がするのだが……。
レオは少し迷った後、ひと口飲んでみた。
「……!!」
レオは思わず片目を閉じて絶句した。強い。喉が焼けるようだ。
酒気が一気に全身を巡り、視界がくらりと揺れる。
レオは決して酒に弱い方ではなく、むしろ好んで嗜む方ではあるが、ここまで強い酒を飲んだのは久々だった。
「ハッハ!お前さんディムの原酒は慣れてないか!最初はキツいが飲んでるうちにすぐに慣れるさ。今年の酒は特に旨いぞ」
豪快な男の手がバンバンとレオの肩を叩く。
周りを歩いている人々もジョッキを片手に悶絶するレオの姿を愉快そうに眺めていた。
なるほど、薄める前の原酒か。濃いはずだ。
しばらく待つと喉にあった灼熱が少し引き、酒の持つ豊かな芳香と酸味と甘みと苦みの混じった清々(すがすが)しさが舌に残った。
確かに美味しい酒ではある。
「……ハァ!うん、アンタの言う通り、キツいが旨い!こりゃ良い酒だ!飲ませてくれてありがとな!」
レオはにこやかな笑顔でジョッキを男に返し、礼を言って立ち去る。
男も1度飲ませて満足したのか、陽気な笑顔で受け取ったジョッキを高く掲げ、レオを見送った。
徹夜をしてしまった身に、あれほど強烈な酒は辛い。
これ以上この場にいると更に飲まされそうだ。
とりあえず、宿を取って一度休もう。
レオはそう考え、宿を探す。
ドムチャ村は農民がほとんどの村であるが、魔獣の襲撃が多く冒険者ギルドに討伐を依頼することが多いため、冒険者が拠点として利用する宿などもいくつか点在するのだ。
宿を探して歩いていると、途中に屋台のような小さな店があり、何か食べ物を売っているようだった。
焼けた肉と小麦粉の匂いが混じって漂い、レオの空腹を刺激する。
(そういや朝からメシ食ってないな)
店頭に並べられているのは、白いパンに煮込んだ肉のようなものが挟まれた軽食だった。
10歳くらいの黄色っぽい毛の尖った耳の痩せた少年が店番をしている。
キツネの獣人の子供だろう。
「坊主、1人で店番か、偉いな」
レオが声をかけると、少年はビックリした表情でレオを見上げた。
「普段は羊の番をしてるんだけど、父ちゃんが……今日は売れるから店開けとけって」
「ほぅ。それで父ちゃんはどこにいるんだ?」
「あそこ」
少年が指さす方を見ると、少し離れた所で様々な種類の獣人達がテーブルを囲んで酒盛りをしていた。
なるほど、子供に店番を任せて自分は宴会に参加しているのか。
確かにこんなにたくさん村中に酔っ払いがいれば、食べ物はよく売れるだろうが。
レオは店番の子供に言った。
「それを2つ包んでくれないかな。いくら?」
「オジさん、ありがとう!ひとつ銅貨1枚!」
子供はパァっと明るい笑顔になり、慣れた手つきで肉入りパンを2つ紙に包んだ。
レオは「オジさん」と呼ばれたことに少々傷つきつつ、パンと交換に少年に銅貨2枚を渡し、礼を言う。
「ありがとな、坊主。店番頑張れよ。父ちゃんが戻ってきたら、あんまり飲みすぎるなよって『カッコいいお兄さん』が言ってたって伝えてくれ」
「うん?……うん、分かった!」
少年は首を傾げつつも、元気に答えた。
そこから少し進んだところに、目当ての宿を見つけた。
レオもかつて何度か利用したことがある宿だ。建物は古く、経営している老婆はいつも無口で全く愛想はないが、下手に深入りされない方がレオとしては都合が良かった。
「ちわッス、部屋は空いてる?」
遠慮なく入口を入ると、カウンターに座る老婆がいつも通り無愛想に視線を寄越した。
「……今日はまだ誰もいね。好きな寝床使え。1晩銅貨7枚だ」
「助かるよ。じゃ銅貨7枚ね!」
レオはカウンターに銅貨を7枚置くと、勝手知ったる何とやらで、カウンター横から奥に続く廊下を通り、手前の男性用の大部屋に入った。
この宿は大部屋が男女ひとつずつの2部屋しかない。
ひとつの部屋の中に簡素なベッドが左右に4床ずつ計8床。各々少しスペースを空けて設置されており、それぞれのベッドはレオの身長と同じくらいの高さの木の板の仕切りで区切られているだけだ。
荷物はベッドの横に置かれた大きめの籠にまとめて入れられるようになっていた。
レオは少し感動した。
(2、3年前に泊まった時は、確か荷物とか服は床に直接置いてたけど、ちょっと良くなってるのか)
あの愛想の悪い老婆でも、多少サービスを改善しようという気があるらしい。素晴らしい。
枕元の壁には油の入った燭台が取り付けられており、油がなくなっても老婆に頼めば無料で追加して貰える。
トイレは男女共通で男性用の大部屋と女性用の大部屋の間にある。
風呂はないので、身体が汚れたら村の中央を流れる川で村人に混じって水浴びをするのが普通だ。
好きな所を使って良いと言われたため、レオは一番左奥のベッドを使うことにした。
剣を腰から外し壁に立てかける。鞄は床へ。
帽子や防具類を全て脱ぎ、篭手や手袋も外して、まとめて籠の中に突っ込んだ。
防具の重さが取れると、一気に解放されたような心地になる。
床に置いた鞄から、先程キツネの獣人の少年から買った肉入りパンの包みを取り出す。
ゴソゴソと開くと、何かのソースなのか香ばしい匂いがした。
レオは大きく口を開け、ガブッとかぶりつく。
「!!!なんだこれ、旨いな!」
何の肉か分からないが、肉は果実系の甘めのソースでとろとろに柔らかく煮込んであり、パンはやや塩気が効いて程よく硬く、味付けはちょうど良い。
想像以上に美味しかった。
こんな田舎の村の片隅で売ってる食べ物とは思えない。
(この味なら王都でも売れるんじゃないか?)
そんなことを考えながらレオは2つのパンをあっという間にペロリと平らげ、食べ終わった紙の包みをベッドの横にいてある小さなくずかごに放り込んだ。
お腹が満たされると眠くなる。
しかも徹夜明けだ。酒も少し飲んでいる。
レオは、聖女捜索は翌日の早朝から始めることにして、ベッドに突っ伏した。
大部屋の窓から入る夕陽が赤みを帯び、次第に暗くなる。
遠くでは村人達の飲み騒ぐ声がまだ聞こえていたが、もう気にならない。
辺境の村の黄昏は、レオをゆっくりと静かな眠りの世界へと包み込んでいった。




