11.いざ出発
ガタンガタン。カンカンカンカン!カンカン!ドン!ドン!
荷馬車の車輪が石畳を踏む音や、工具で何かを打つ音などが、閑散とした通りに一日中響き渡る。
他の通りに比べると最も人通りの少ない11月通りには、武器や防具、銀食器、陶器、木工家具などの職人達の小さな工房が建ち並んでいた。
ここに住むのは一人暮らしの年老いた職人がほとんどなので、昼の食事時と夜に飲みに出かける時以外は皆あまり出歩かず、だいたい工房に篭っている。
通行人よりも、出来上がった品を市場や商店に届ける荷馬車の方が多いくらいなのだ。
レオはその11月通り沿いに1つ、数年前から空き家になった工房の2階に偽名で小さな部屋を借りていた。
本名で借りると、冒険者稼業になかなか良い顔をしない家族、特に何よりも恐ろしい母親に居場所がバレる可能性があるからだ。
年に1~2回、あるかないかのたまの長期休暇くらい好きにさせて欲しいものだと、レオは酒屋の店主にいつもこぼしている。
その部屋には冒険者として依頼をこなすために必要な私物が細々(こまごま)と置いてあった。
野営用の寝具や鞄、荒地を進むための靴、いくつかの魔石、防具、保存用携行食まで。
11月通り沿いに居を構えていると、人目に付きにくいというのもあるが、何か足りなくなったり修理が必要になった場合、近くの腕の良い職人に依頼しやすいという利点がある。
こういった物は母の目が光っている自分の私室にはなかなか置けない。
したがって、長期の休暇になると「友人と旅行に行ってくる」と嘘の置き手紙を残して、いつもこの貸部屋に寝泊まりをしているのだ。
「たっだいまー」
誰もいない部屋に声をかける。当然返事はない。
教会を出たレオは、ひとまず西門に比較的近いこの貸部屋に戻り、聖女探しの準備をすることにした。
上衣の胸ポケットから少しくしゃくしゃになった小さな紙袋を取り出す。
紙袋の中身は、美少年魔導具師ケミックから受け取った聖魔力センサーだ。
不透明な青い石のついた太めの指輪型になっている。
聖魔力を近くで感知すると、ふた呼吸分ほどの間、装置全体がブルブルと震え、ぼんやりと青い光が点滅するという。
先程、貴重な聖魔法の使い手である司祭ピーターが近くに来てくれため、センサーが正常に動くことが確認できたのは幸いである。紙袋に入れたままだったので発光機能は確認できなかったが、そこは天才ケミックの腕を信用するしかない。
しかし、どちらかと言うと振動機能の方が大事なのだ。
指輪を右手の中指に嵌め、その上から革手袋と金属製の篭手をつける。
そう、上に防具を着用するため、光ったところであまり意味がないのである。
もちろん天使のような美少年ケミックにもそう伝えたが、
「こういうのって光った方がカッコいいでしょ!」
という実に少年らしい理由で、予定通り発光機能も組み込まれることになった。
あの天使の笑顔に逆らえるものがいるだろうか。いやいない。
後は、セントラル教会から借りた聖女に関する歴史書と日記。これはまださわりしか読めていないが、聖女探しの合間にでも暇潰しに読むことにした。今のところ決定的な手がかりはないが、読み物としてなかなか面白そうではあったし、読んでおけばいずれ役に立つかもしれない。
「フンフーンフフフーン♪」
ご機嫌なレオは自分の部屋の中なので、自重せず鼻歌を歌い始めた。
誰かが見ていたら遊びに行く準備でもしているのかと思っただろう。
魔獣だらけの西の森を歩くので、もちろん武器も必須だ。
レオは近所の鍛冶屋・シグから引き取った剣を鞘から出す。
レオの冒険者稼業は年に1~2度あるかないかで、その間武器を放ったらかす訳にはいかないため、普段は腕の良いシグに預け、まとまったお金を渡して武器の保管と手入れを頼んでいるのだ。
刃の状態は問題ない。丁寧に手入れされている。
「さっすがシグ爺、良い仕事してるわ」
満足そうに刀を眺め、再び鞘に収めた。
その他にも、携行食や薬、水筒、折りたたみの野営シートなど必要な物を鞄に詰めた。
薄手の鎖布と革でできた防具を上下身につけ、鎖のフードで補強された革帽子を被り、ベルト付きの鞘に入った剣を左腰に佩く。
剣の反対側には荷物を詰めた鞄を提げ、肩からは丈夫な布でできた若草色の日除けのマントを纏う。
普段着であればただの優男、せいぜいが遊び人くらいにしか見えないが、身支度を済ませるといかにも冒険者といった風情になった。
見た目は大事だ。
「うぉ、いい天気だな」
レオは眩しい外の景色に目を細めた。
時間はまだ午前中だが、空には雲ひとつない。
昨夜ケミックとの「密会」のために徹夜したせいか、太陽の光の刺激が脳天に刺さるほど痛い。
ほとんど人通りのない11月通りを城とは反対の外側に向かって抜け、賑やかな外通りを左回りに少し進んで、王都ローレリアの西門を出る。
西門を出ると、あたり一面は明るい草原で、更に西に続く石畳の道が続いている。道行く人は多くはない。
(まずは国を出ないとなぁ)
セントラル教会の裏庭でピーターに見せられたユーヒメ像の右手の石は、確かに紅く輝いていた。この紅い光が国外に聖女がいる証拠なのだそうだ。
ピーターに促されて歴史書の中ほどのページを捲ると、確かにそのような記述があった。
これが本当ならば、つまり聖女は国内にはいないということだ。
ならばまずは国の境界線を越えねばならない。
西門を出て更に西に進んだ先に、酪農と畜産が盛んなドムチャ村があり、その広大な農場の外側がクレムポルタ王国の国境線となっている。
国境線より向こう側は、クレムポルタ王国の人々が"西の森"と呼ぶ、深い深い森林地帯。
ここは国境の外側ではあるが隣の国ではなく、「自由区」と呼ばれるどこの国にも属さないエリアだ。
司祭ピーターの話によると、聖女の反応があった直後から、急に西の森からドムチャ村への魔獣の襲撃の報告がなくなったらしい。それまでは毎日のように襲撃があり、人的被害はないものの、家畜が殺されたり農場の設備が壊されたりと、様々な被害報告があったそうだ。
歴史書には、聖女の聖なる光で魔獣の力が失われたという記載があった。魔獣は聖女の力を恐れているのではないか。
依頼書にあった捜索範囲はとてつもなく広かったが、状況から考えると西の森付近に聖女がいる可能性が最も高いと思われる。
すでに移動している可能性もあるが、まずは西の森とその周辺を捜索。
手がかりもないので虱潰しに探すしかないが、あまり悠長にやっている時間もない。
最初の2週間で手がかりすら見つからないようならば、レオは依頼を降りるつもりでいた。
それ以上の捜索をするとなると、20日間の長期休暇が終わってしまうためだ。
依頼の期限は100日だが、本業を疎かにすることはしたくない。
「さて、行きますか」
石畳の街道を踏みしめ、レオはドムチャ村、そしてその向こうに待つ西の森を目指し、歩き始めた。
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「いたっ!」
トモカは叫んだ。
また失敗だ。
もう5回目だ。
左手に持つ枯葉は全体が真っ黒に焦げ、ビリッと一瞬雷の刺激が伝わってトモカは手を離した。
だいぶいい感じになってきたと思ったんだけど。
ウーが課した魔力量調節の練習は、見た目は地味だが思っていたより過酷だった。
やり方は単純で、左手に持った枯葉に右手で雷魔法を当て、枯葉の先端だけを焦がしつつ、左手には雷が伝わらないくらいの強さに調節するというもの。
魔力量を間違えれば即座に自分がビリッとする恐怖の訓練だ。
さすがに乱暴なやり方に怖くなって
「コレってひとつ間違えたら私ショック死するんじゃないの?」
と聞いたが、
(トモカもそこまでバカじゃないデショ。ダイジョーブダイジョーブ)
と一蹴された。
つまり死んだらバカだということか。
(ウー先生ひどい)
最初の一回目はかなり指に魔力を溜める量を抑えたつもりだったのに、それでも一瞬で枯葉は燃え上がり、枯葉を持っていた左手の指が火傷した。
慌てて湖の水に指をつける。
(トモカ、聖魔法の出番だヨ!これも魔力量の調節を意識して)
と足元の白黒のモフモフに何故かワクワクした目で見られ、トモカは恐る恐る自分の左手の指に右手の指で聖魔法をかける。
これはウーの脚を治した時と同じで良いはずだ。
火傷が治るように念じながら右手の指先に熱を集め、左手に塗りつける。
少量の粘り気のある液体状の緑色の光が、細い糸を引いて左手の指に落ちていく。
魔力量を抑えるように意識しているせいか、昨日ほど光は多くない。
「痛いの痛いの飛んでいけ」
呟いた瞬間、左手の指がカッと強く光り、その光が消えた頃にはすっかり火傷の痛みはなくなっていた。
「これくらいの魔力でも治るんだ。すごい。聖魔法便利!」
トモカは初めて自分の身体に聖魔法を使い、その効果に感動していた。
(うん、治ったネ!じゃあ次やってミヨー)
容赦なく次を促すウーの声がトモカの脳内に響く。
もしかして、さっきの「ダイジョーブ!」はトモカが怪我しても聖魔法があるから大丈夫、という意味だったんだろうか。
(私が死んだら聖魔法使えないと思うんだけど)
「はぁい」
しかし、口応えする気にはならず、トモカは返事をして次の枯葉を焦がす作業に移った。
そんな感じで雷魔法と聖魔法を繰り返し、すでに8回目が終わった。
まだ少しビリッとするが、だいぶ魔力を抑えながら放出することができるようになっている気がする。
あまり抑えすぎると何も発動しない、というのも分かった。
トモカが枯葉を片手に奮闘している横で、ウーも口に枯葉を咥えて長い尻尾の先端から雷を放出し、その先を焦がしている。
ウーは慣れたもので、もう20枚は終わっているようだ。
(先生すっごい)
そして9回目。
トモカは真剣な表情で慎重に魔力を放出する。
痛いのはイヤだ。
(えいっ)
バチッと枯葉の先から火花が出て焦げた。
しかし、左手には何の衝撃もない。
「やった!出来た!ウー先生、できたよ!」
嬉しくなってトモカはウーに先だけ焦げた枯葉を見せた。
(トモカすごい!頑張ったネ!)
ウーは枯葉を見てその場でグルグル回り、喜んだ。
(良かったやっとこの練習終われる!)
とトモカが思った直後、脳内に無慈悲なウーの言葉が響いた。
(よし、じゃあそれ30枚作ってみよッカ)
「……」
────このウサギ、可愛いくせに鬼だ。
トモカはこの獣に魔法を習おうとしたことを少し……いやかなり後悔した。




