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8/13

お兄様と英雄。

2か月もかかってしまいました。

更新を待ってくださっている方がいらっしゃいましたら、ごめんなさい。

もう早く書くとかそういう事は言わない事にします。

 「おはようございます。何かが近づいて来ます」


 ノートにそう声をかけられる。


 「・・・そう、か・・・」


 ・・・背中が暖かいのに、やけに肌寒いな・・・どこだ?何か・・・ん?外か?・・・!!


 「セサ・・・」


 「大丈夫だ。いま覚醒した」


 もう一度声をかけようとしたノートを止める。

 安全な状況では無いと自覚すると急に意識が鮮明になってくる。

 ノートが『何か』という事は援軍では無いのだ。

 俺は立ち上がり、状況を確認する。

 一時、いやもう少し寝たか・・・。

 昇り始めた日を見ながらおおよその時間の経過を計る。

 まだ周囲の亥人オルクス達は痺れて地面に横たわっており、イビキをかいている者まで居る。


 脳へ血液を送るため軽く頭と肩を回してより覚醒を促す。

 するとノートが湿らせた布を手渡してくれる。

 礼を言って受け取り、簡単に顔を拭って眠気を飛ばす。


 すると隣からボフッと風を感じた。

 湿った顔に朝の冷たい空気を受けて鳥肌が立つ。

 見てみれば大きく真っ白なフサフサが上下に揺れている。

 その上にヨルズが抱き着きキャッキャッと笑い声まで上げている。

 恐る恐る後ろを振り向くと、真っ白な巨狼が前足を交差させ草の上に横たわっていた。

 犬の様に舌を出したりはしていない。

 そのため牙は見えないが、ジッとこちらを見つめる顔は凛々しく確かな知性を感じさせる。

 取り合えず手を上げて軽くうなずく。

 手の震えを抑えた自分をほめてやりたいが、どうしてもギクシャクした動きになってしまった。

 人間どころか3メートルほどの亥人すら一飲みに出来そうな狼だ、恐ろしくない訳がない。

 そういえば昨夜の黒い巨狼も同じぐらい大きかったんだろうか?

 ノートが呼び出した時には完全に日が落ちていたし、闇に溶け込むような毛の色もあいまって正確な大きさは分からなかった。


 「・・・顔が引きつってますよ」


 「ぐっ・・・」


 ノートが目ざとく指摘してくる。


 「よし、近づいてくるのが何なのか確認しなくては・・・」


 俺は無理やり話を切り替え山の方を見る。


 「反対です。この方向です」


 「・・・そうか」


 てっきり亥人の援軍か山の魔物だと思ったのだが、領内からくるのは予想外だ。

 俺は振り返りノートが指さした方を確認する。

 だが野営地の外は草木が倒されておらず背が高いため遠くまでは見通せない。

 しょうがないので近くで寝ている亥人の上に登る事にする。

 白い巨狼の方が大きいが、無断で昇る勇気は無い。

 黒い方にまたがる時だってノートが先に乗って手を差し伸べてくれたから尻尾から登るという恐ろしいことが出来たのだ。

 決して高すぎて怖いとか騎乗が下手だからとかでは無い、巨大な狼が怖いのだ。

 古人も虎の尾を踏むなと言っていたはずだ。


 ・・・っと思考がそれたな、今はそれどころではない。

 うつ伏せに痺れて寝ている亥人の肩甲骨の辺りに乗り、俺は手をかざして魔法を4つ展開する。

 手の平ほどの大きさの青い魔法陣が現れ、その外側にさらに模様が追加されていき4段の魔法陣になる。


 『四水操作クアッツアクアッセ


 魔法陣が強く輝き青い光が四方に飛んで弾ける。

 弾けた光の粒は草原に降り注ぐ。

 すると草や葉についた朝露あさつゆが俺の頭上に集まり始め、四つの水の塊になる。

 空中に浮かんでいるその塊を一つ一つ手を動かしながら整形してゆく。

 まずは細く板状にして、おうとつを作って・・・。


 「アニィ、何してるの?」


 ヨルズが白い尻尾から飛んで俺の立っている亥人の上、臀部の辺りに飛び降りる。

 といってもダークエルフたちの体重は驚くほど軽いので、ビクともしない。


 「んー?俺はヨルズやノートみたいに目が良くないからな。何が走って来ているのか確認を・・・」


 「えー?あれ見えないの?」


 見えないよ。

 一般的な人間と様々な能力が隔絶しているダークエルフと比べないでくれ。

 心の中で答えながら、成形の終わった四枚のレンズ状の水を一列に並べる。


 「ノートすまないがこの水と水の間を筒状にして闇で覆ってもらえるか?」


 ノートは何も言わずに指を鳴らす。

 すると足場になっている亥人の影が塊となって盛り上がり、黒い大きな手のようになる。

 それがレンズの間を握り込むように覆う。

 そう、魔法で望遠鏡を作ろうとしているのだ。

 俺はレンズの大きさを変えたり奥行きをずらしたりしながら調整するが、いまいち上手くいかない。

 俺の技量ではどうしても水面が波打ってしまうので、光が上手く屈折しないのだ。


 「いけるかと思ったんだが・・・難しいか・・・」


 「・・・アニィ何やりたいの?」


 うるさいな、上手くできるかと思ったんだよ。

 構造は間違ってないはずなんだがな・・・。

 夢の中の知識を必死に思い出す。

 王国には眼鏡はあるが望遠鏡はまだ発明されていない。

 海が無く、しばらく大きな争いも無いためそれ程遠くを見る必要が無いのかも知れない。

 もっとも、硝子ガラスが安価に手に入るようになれば状況は変わる可能性はあるがな。



 「この水に光を曲げさせて、集めた光を拡大する、そしてその像を写すことで・・・、だが水の形を綺麗に維持できなかった」


 「うーん?」


 「・・・なるほど、こうですか?」


 ヨルズが首を傾げ、ノートが横から俺の肩に手を置く。

 するとそこから温かい熱が伝わり、俺の両腕の先へ流れていく。

 周囲の自然魔力マナが集まるのを感じる。

 そして熱が指先から流れた瞬間、今まで曇りガラスの様だった水面が綺麗になり遠くの像が映し出される。


 「わぁ!?へぇー、面白いね!!」


 ヨルズが無邪気に喜ぶ。


 「無駄な自然魔力マナの流れが多すぎます。複数の魔法を同時に扱う時は、余計な事を考えると意識が拡散しやすく効果が乱れる原因になります」


 ノートがそう説明しながら手を離す、肩から流れる熱い感覚は無くなるが像は乱れない。

 自転車に乗るようなもので一度分かってしまえば、後はいちいち考えずとも無意識に行える。


 「あぁ、助かる。・・・でー、どこだ?」


 俺は出来上がった大きな筒状のレンズを左右に振りながら相手の位置を探す。


 「もう少し左です」


 ノートに言われた方向へレンズを向ける。


 「けもの・・・いや、魔物か?」


 映し出されたのは草を巻き上げながら進む茶色い生き物。


 「分かりませんが、人よりは大きそうです」


 「いや、ちょっと待て・・・4足の獣にしては肩に筋肉がつきすぎているよな・・・あれは・・・亥人ではないか?」


 「・・・言われてみればそうかも知れませんね」


 「へぇー、ブタさんってああやって走るんだ」


 「ヨルズ、亥人オルクスだ。彼らとは友好関係を築く予定なので、相手が嫌がる呼び方はしないでくれ」


 ヨルズが「かわいいのに」と言う声が背後から聞こえる。

 おそらくだが頬も膨らませていそうだ。


 どうやら亥人オルクスは全力で走るときには腕を使って四つ脚になるようだ。

 きっとあの太い爪はひづめとしての用途があったのだ。

 だからなのか彼らは軽装で武器も簡単に背負える程度の物しか持っていなかった。

 ・・・しかし、村人とは出会わなかったのか?

 いや、案外ブラーギの歌が熊よけに・・・。

 だがアルタッラの方角ということはアルミニウスの他にも別働隊が居たのだろうか?

 ダークエルフ達が見逃したとは考えにくいが・・・それに見た限り単独だしな・・・。


 「アニィ、また見えなくなっちゃったよ!」


 ヨルズの声で先程のノートの指摘を思い出す。


 「おっと、すまない」


 ノートが何か言う前に魔法に意識を集中する。

 すると、また水面に亥人の姿が映し出される。

 先程よりも近づいたために毛並みまで分かるほど鮮明だ。


 「ん?こいつ、片目なのか?それに体が傷だらけだ・・・まさかカウキスか!?・・・驚いたな。夜通し駆けたのだろうが、アルタッラの兵より早く着くとは・・・亥人の体力をまだ侮っていたか・・・」


 「アニィ、一人でブツブツ言ってる」


 ヨルズがとがめるようにそう言う。


 「ん?あぁ、すまないな・・・ちょっと予想外で驚いたんだ。・・・カウキスがこの場を見たらどうするかな?冷静に俺の話を聞くならば良いが、イングイオスのように逆上するようなら・・・その時は・・・ヨルズ、カウキスと戦ってみたいか?」


 「このブタちゃんと?」


 ヨルズは俺の隣に並び、水面のカウキスを覗き込むように見ながら首を傾げる。


 「亥人オルクスだ。ちゃん付けもダメだ」


 「ぶー」


 「そんな顔してもダメ。相手が嫌がっているのだからその意見を尊重しろ」


 「ふーん」


 ヨルズがまた背後に戻りそっぽ向いたのが分かった。


 「困ったヤツだな。ノート、カウキスの出方を確かめたい。来てくれた狼には申し訳ないがもう少し待ってもらえるか?」


 丁寧な言い方になったのは、巨狼がジッとこちらを見ているからだ。

 その瞳には一連のやり取りを理解していると確信させる何かがある。

 ノートが巨狼の首の辺りを撫でて、彼女たちの言葉で囁くように話しかける。

 すると巨狼は音も無く立ち上がり、一瞬身を屈めたかと思うと消える。

 もちろんホントに消えたわけでは無い、俺の視界から消えたのだ。

 空高く跳び上がった様だが、素早過ぎて追う事は出来なかった。


 「周囲を警戒に行きました。あれ以外に近づくモノが居ないとも限りませんので」


 「そう・・・あ!アルタッラの方から増援が来るかも知れない」


 「説明してあります。見かけても襲ったりはしません」


 「そうか、助かる」


 俺は両手を広げる様な動作でレンズにしていた水を操作し周囲に散らす。

 それに合わせて、覆っていた黒い影は地面へ溶ける様に消える。

 足場にしていた亥人から降りて、服のしわと汚れを落とす。


 「何やってるの。アニィ?」


 さっきまで機嫌悪そうにしていたヨルズが俺の隣に降りてきて顔を覗き込んでくる。


 「一応、上に立つ者としては見た目に気を遣うんだよ。泥だらけで偉そうにしても、しまらないだろ?」


 「そうなの?強ければいんじゃないの?」


 ヨルズが不思議そうに首を傾げる。

 確かに、この世界は弱肉強食じゃくにくきょうしょくだ。

 四の五の言ったって力が無ければ強者に従うより他は無い。

 だが人間の社会はそれだけではない。

 うーん、何と説明していいか分からずノートの方を見る。

 しかし、何か言うつもりは無い様でイングイオスの頭を包んだ布を凍った体の上に置いている。

 ちなみに、彼女の侍女服には皺ひとつ付いていない。


 「う・・・うん。まぁ、確かにそういう種族が多いのかも知れないが。一応な、かっこつける必要があるんだ。人間は少し複雑でな、そういうのを気にする者が多いからな」


 「ふーん?」


 よくわかってない様な声を出しながらも自分の服に汚れが付いていないか確認する。

 だがヨルズは草原を走り回ったのだ。

 草の汁などが着いた洋袴ズボンは軽く払ったところで落ちはしない。


 「あぁ、そういえばイングイオスの頭の近くに青い石が落ちていなかったか?」


 「あ!これ?」


 ノートに聞いたのだが、ヨルズが腰の袋から拳ほどもある青い石を取り出す。

 どうやらもう汚れのことは気にしていないようで、石を見せびらかして満面の笑顔だ。

 先程は濡れていたので触る気がしなかったが、ヨルズが魔法か何かで綺麗にしたようだ。

 一面だけを美しく磨かれた不透明な石が日の光を浴びて輝く。


 「あぁ、それだ。イングイオスが首飾りとして身に着けていた。さほど気にしていなかったんだが、もしかすると亥人にとっては価値のある物かも知れない」


 「お返しになるんですか?」


 ノートがそう聞くと、ヨルズが「えー」っと言いながら石を袋に戻す。

 こらこら、まるで自分の見つけたお宝が横取りされるとでも言いたげだ。


 「後継の証とかだったら面倒だしな」


 「それは魔術的な処理がされたトルコイセと言われる石です。おそらくブラーギの呪歌を防いだのもその石の効果でしょう」


 「トルコイセ・・・そうか原石は初めて見たな。ならばその大きさ・・・かなりの価値だな」


 研磨されたのが一面だけだったため気付かなかったが、トルコイセと言えば青い不透明な宝石として用いられる石だ。

 王国では時間をかけて丸く磨く事が多い。

 所有者の精神の安定を司るとかなんとかで、人気があるそうだ。


 「じゃあ、もらっちゃおうよ。ショウシャのケンリでしょ?」


 ヨルズがそれらしい事を言う。


 「そう言うわけには・・・」


 「これは!?おい!何があった!?」


 話の途中で野営地の端の方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


 「カウキス殿!夜通し駆けたようだな。これほど早く着くとは驚きだよ」


 荒い呼吸を繰り返すカウキスが野営地の端で倒れている亥人の元へ屈み込もうとしたところで声をかける。

 気軽に片手を上げて知人に挨拶をする感じで接する。


 「おまえは!?あの村の・・・何故ここにいる!これはお前らがやったのか?」


 カウキスは肩を揺らして呼吸を整えると、近くに倒れている亥人の武器を取りこちらに歩いてくる。

 彼からすれば小ぶりの手斧を、数回振って感触を確かめる。

 本来はイングイオスが使っていた様な大斧が得意なのだろうが、我々みたいな彼からすれば小さい対象を攻撃するならば小回りの利く武器の方がやり易いという事だろう。

 親しみを込めて接したのだが失敗したようだ。


 「カウキス殿、落ち着いて欲しい。彼らは無事だよ、魔法で眠らせただけだ」


 「・・・魔法で・・・!?」


 カウキスは一度立ち止まり辺りを見回しながらそう呟く。

 表情に変化があったような気がするが、それがどういう思いからかは分からない。


 「フンッ!アルミニウスが言っていたな、森の魔れ・・・」


 カウキスの視線がノートに動いた。


 「カウキス殿!言葉には気を付けて欲しい。いや、気を付けた方がいい。種族によって言葉の受け取り方は大きく変わるモノだ」


 慌てて言葉を遮り警告する。

 ノートが本気で怒れば俺にだって止める手段は無い。


 「なんだと?」


 カウキスが睨み付けてくる。


 「私はこれでもカウキス殿も高く評価している。だからこそ、どの様なことを言われても気にはしていなかった。だが私の配下もそうだとは思わないで欲しい。何かあれば私でも止めるのは難しいのだ」


 「フンッ!脅しか」


 カウキスはまだダークエルフ達の危険性を正しく理解できていないようだ。

 このままではまずい。

 ノートが怒りに任せて殺戮したところは見たことは無いが、感情に任せた行動がなかったわけでは無い。

 それにヨルズはノートに対する侮蔑を決して許さないだろう。


 「事実を言っているだけだ。たとえ猛獣でも噛み付く相手を選ばなくては大ケガをする」


 「フンッ!だ・・・」


 「そう!ここで我々が争ってもお互いのりえ・・・名誉にはならないだろう?だからカウキス殿にはその斧を収めてもらいたいのだ」


 カウキスの言葉を遮りまくし立てる。

 「フンーッ」っとカウキスは鼻から強く息を吐き出し、顎で示す。

 話を続けろという事だろう。

 どうやらいったんは話を聞く気にはなったらしい。


 アルミニウムと話していた時はさほど魅力を感じなかったが、カウキスは亥人を率いる能力に優れていそうだ。

 もし亥人の戦士がイングイオスの様な愚かな将ばかりだったなら、カウキスへの評価は違ったモノになる。

 ぜひ味方に引き入れるべき人材だ。


 「私は、亥人達の我が民を攫うという蛮行を許そうと思う。もちろん、族長殿には何かしらの責任をとってもらう必要はあるだろうがな。だから、カウキス殿がいま眠っている者達を率いてくれるなら・・・」


 「率いる?・・・その白いのはイングイオスか?」


 カウキスはもう一度首を動かして周囲を確認した後、霜が降りた塊を見てそう尋ねてくる。

 イングイオスは大きかったので霜の塊になっても一目瞭然だ。


 「そうだ。私は対話を望んだのだが受け入れられなかった。だから、やむなく手にかけた」


 「・・・フンッ」


 カウキスの反応が気になったが、彼は一度鼻を鳴らしただけだった。

 これだから異種族というのは困る。

 感情の機微が読めない。

 彼の反応を伺っていても分からないので話を続ける。


 「だからこそ、彼らを率いてくれる者が必要だ。私としては領内で危険な者達を放置することは出来ない。だが信頼できる者が手綱を握っているなら話は別だ。そう、いま眠っている者達の処遇はカウキス殿の双肩にかかっていると言ってもいい」


 「低地者ヴァッレよ。ケルキス族の戦士は死など恐れぬ」


 脅しには屈しないと言うことだろうな。

 ・・・あまり感触がよくないな。

 リティルではなくヴァッレと呼び方が変わったが、その意味するところも分からない。

 ・・・イングイオスは愚かだがカウキスからすれば身内だ。

 だから怒るのは当然だが、今の彼の反応はポンティノの時よりも冷静な印象を受ける。

 ・・・だが人間にも強い怒りを覚えた時に冷静になる者は居る。

 カウキスもそうなのか?・・・面倒だな考えてもわからん。

 アルミニウスが居た時は彼の感情が読みやすかった。

 だが今は、あの時とは違い侮る様な態度がなく、こちらを警戒して出方をうかがっているようだ。

 どうやって説得したものか。


 「ここに居る戦士達はそうかも知れん。だが、我々は残りの村人を救出するためにカウキス殿たちの・・・亥人の里へ向かわなくてはならなくなった。そこに居る者達も皆戦士か?見た所ここに居る者の大半は勇敢なオスの様だ。ならば里に残っている者達は?・・・我々としては不要な流血を好まないが、危険な存在を放置するほど愚かではない」


 「女子供を殺すという事か?」


 カウキスの瞳に怒りの色が宿る。

 まずいまずい、話の持って行き方を間違えた。

 修正しなくては・・・。


 「まさか!?我々は危険な存在・・・そう!『勇敢な戦士』を滅ぼすだけだ。しかし、アルミニウスの兵達を含めれば100近い戦力が一度に居なくなり、里は無事なのか?山には危険な生物が多いのだろ?里の安全を確保する事はできるのかな?」


 実際、亥人達の里とやらがどの程度の規模なのかは分からない。

 だが、もしもっと戦力があったのならアルタッラを襲う事も出来たはずだ。

 そうしたなら彼らは今頃大量の食料と奴隷を得られていた可能性だってある。


 「・・・」


 カウキスが黙る。

 お、これは良い反応ではないか?


 「もちろん、協力者となってくれたなら食料については寒季かんきに飢えないだけの量を渡そう。そうすればアルミニウスと二人で里に戻れば良いだろう?」


 イングイオスに持ちかけた話をする。


 「フンッ・・・我が部族は力を尊ぶ、従えたくば力を示せば良い」


 ん?笑ったのか?


 「力・・・と言われてもな・・・」


 「グゥオォオォォー!!」


 突然カウキスが身の毛もよだつ大声で咆哮ほうこうした。


 「なっなんだ!?」


 「立て!ケルキスの戦士達よ!!」


 すると、今まで動かず地面に横たわっていた亥人達がのそりと立ち上がる。


 「な!?」


 「どうやら、先程の咆哮に魔法的な効果を打ち消す能力が有ったようです」


 ノートが冷静に説明してくれるが、それどころではない。

 確かに長く人を指揮する立場に居た者は下の者を鼓舞する能力を身につける事があるというが、魔法を打ち消すなど聞いたことも無いぞ。

 こいつは不味いんじゃないか?

 60人以上の亥人たちは武器を手に、俺達を囲むように立ち上がる。


 「ケルキスの戦士達よ!!同胞よ!!イングイオスが討たれた!!我!カウキスが復讐戦ヴェンデッダを行う!!証人となり見届けよ!!」


 「まっ・・・」


 俺が言葉を発する前にカウキスが投げた手斧が俺のすぐ足元の大地を穿つ。


 「問答無用だ!我を従えたくば力を示せ」


 「アニィやってもいいんだよね?」


 ヨルズが隣に来て地面に刺さった斧を抜きながら俺の方を見る。


 「あっあぁ、だが大丈夫か?」


 急な話の展開に着いていけずそれだけ言うのがやっとだった。

 ヨルズはそんな俺の心配をよそにさっさとカウキスの方を向いてしまう。


 「ぶー、じゃなかった。えっと、おじさん!僕が相手でもいいよね?」


 ヨルズがそう声を張ると、周囲の亥人達からざわめきと笑いが起こる。


 「アルミニウスを倒した者だな。相手にとって不足は無い、名はなんという?我は祖ゲルムのケルキス族が戦士カウキスだ」


 アルミニウスを倒したと聞いて周囲のざわめきが大きくなる。

 笑いが消え、驚きの声がここまで聞こえてくる。


 「僕はヨルズだよ」


 ヨルズは一瞬ノートの方を見た後すぐに答える。


 「・・・そうか、森の魔霊のヨルズだな」


 あっ、と思いノートの方を確認する。


 「・・・何ですか?」


 特に変化は無くいつもの反応に胸をなで下ろす。

 ダークエルフの価値観が分からないのはこういう時だ。

 聞く限り『森の魔霊』なんて良い表現ではないと思うが、特に侮辱にはならないらしい。


 「いや、何でも無い」


 するとノートがヨルズに向かって話しかける。

 彼女たちの言葉なので詳しくは分からないが、魔法をどうとか言っていたようだ。


 「そうだ!おじさん強そうだし、コレを賭けて勝負しようよ」


 ヨルズは腰の袋から先程の青い石を取り出す。


 「それは!?イングイオスが持っていたのか?」


 「そうだよ、勝ったからもらったの。ショウシャのケンリ!」


 お前が倒したわけじゃ無いけどな!!

 俺は心の中だけで念じる。

 言いだしてもややこしくなるだけだし、ならお前が戦えと言われても面倒なので声には出さない。


 「賭けると言うがこちらから出せる物など無いぞ」


 「本気で戦ってくれたら良いよ・・・あ!じゃあ僕が勝ったらアニィに従ってね!」『・・・そしたらいつでも戦えるもんね』


 ヨルズが悪戯っぽく笑う。

 最後の言葉は聞こえなかったが口の動きでなんとなく分かった。


 「いいだろう、同胞よ!これよりイングイオスの復讐戦ヴェンデッダを行う!この戦いには一族の秘宝の行方がかかっている!森の魔霊ヨルズが勝ったなら我々はその者の指揮下に入る。異論ある者は進み出よ!!」


 カウキスは太い指で俺を示しながらそう宣言する。

 ざわついていた亥人達が静かになり、しばしの沈黙の後、ドンッドンッと足を踏み鳴らし始める。

 そして口々に「復讐ヴェンデッダ復讐ヴェンデッダ・・・」と言い始める。

 大きな亥人達の足踏みは地面を揺らし声もだんだんと大きくなり、非常に威圧感がある。


 「じゃあ、アニィこの石あずかっといて」


 そう言ってヨルズが俺に石を投げる。

 投げるなよ、秘宝って言っていただろ。

 そう思いながらも両手で青い石を受け止める。


 「ヨルズ、最後に立っていた者が勝者だ。質問はあるか?」


 カウキスは近くに居た亥人から、彼からすれば小さめの斧を2本の受け取りながらそう尋ねる。


 「ないよ。準備も出来たし、いつ来ても良いよ」


 ヨルズはそう言って先程引き抜いた手斧を肩に担いで腰を落とす。

 人の倍近いカウキスが持てば小さすぎる手斧だが、子供と変わらないヨルズの体からすれば両手でもまともに扱えないような大きさだ。

 今だって両肩に乗せて何とか支えているかのように見える。


 ヨルズとカウキス、2人の間に緊迫した空気が流れる。


 最初に動いたのはカウキスだ。

 両の手に持っていた手斧を片方投げる。

 それは回転しながらヨルズの元へ飛んでいき、足を穿ったかに見えた。

 しかし、ヨルズは跳び上がる事でそれを回避。

 だがそれはカウキスの狙い通りだったようで、彼はすでに駆け出している。

 腕まで使った巨体らしからぬ速度の突進は強烈な攻撃になる。

 跳び上がってしまったヨルズには、これをかわす手段が無い。

 カウキスのかち上げをまともに喰らいヨルズが大きく吹き飛ばされ周囲の亥人を飛び越え草むらに落ちる。

 体格差から考えれば大型車両とぶつかった様な衝撃だろう。


 「ヨルズ!?」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。

 周囲の亥人達のまぁそうだよなとでも言いたげな鼻息が煩わしい。


 「フンッ」


 忌々し気なカウキスの鼻息が聞こえ、亥人の驚きの声が聞こえた。

 振り向けばカウキスはいつの間にか片腕に刺さった斧を引き抜いていた。

 ヨルズが空中でカウキスの攻撃を防ぐために前に構え、それが刺さったのだろう。

 だが軽いヨルズではカウキスに深手を負わせることは難しかったようだ。

 斧を抜いたあとからはさほど出血もしていない。


 「びっくりしちゃった。おじさん速いね」


 ヨルズの緊張感のない声が響く。

 周囲を囲んでいた亥人達の一部が驚きの声と共に割れ、視界が通るとヨルズが草むらから出て来る所だった。


 「・・・近ごろのヨルズは随分と人間くさくなりました」


 「あ、え?」


 後ろに控える様に立っていたノートがいつの間にか隣に来てそんな場違いな事を言う。

 意味が分からず、間抜けに聞き返してしまった。


 「それはどういう意味だ?」


 「あの様に勝敗に賭けをして対価を得るなど・・・」


 ノートはそう言って、ため息交じりに首を振る。

 それに関してはヴァランスでの兵の訓練が影響している可能性が高い。

 彼らが毎日痣を作りながらも今日こそは誰が一撃決めるかなんて話で盛り上がっているのを聞いたことがある。

 

 「それは・・・俺の責任がないでは無いな。すまない・・・だが、ブラーギと先ほど勝負のようなことをしていなかったか?」


 『ガギィッ』っと大きな音にヨルズ達の方を見てみれば、カウキスの斧がヨルズの拳でひしゃげた音だった。

 ヨルズは外見こそ人間の子供の様にも見えるが、中身は確かにダークエルフだ。

 一人で数人の兵士を相手に戦う事だってやってのける。


 「我々(ダークエルフ)は自らの能力を確かめるために戦うという事はよくあります。しかし、そこに何かを賭ける様な事はしませんし、お互いの優劣を知る以上の意味を見出す事もありません」


 「後腐れ無しというやつか?」


 「・・・そうですね。そうなります」


 「そうか、だが・・・」


 その時、『おぉ!』っと周囲の亥人達がざわめく。

 向けば、ヨルズがカウキスの腹の深くに拳を突き込んでいた。

 体格差を考えればあり得ないが、カウキスは体をくの字に折りふらつきながら後退っていている。


 「ふぅ、ふぅ、アルミニウスが、正しかったか・・・」


 「おじさん、楽しくなってきたね!」


 ヨルズは鼻唄でも歌い出しそうなほど上機嫌だ。


 「フンーッ、ふ、ふ、楽しいか・・・ならば、我が全力を持って応えるしかあるまい!グゥオォォー!!」


 カウキスがまた咆哮する。

 びりびりと空気が震える様な大きな音に思わず身がすくむ。

 カウキスが歪んでボロボロの斧を捨て素手でヨルズに襲い掛かる。

 しかし、数度の攻防ですでにヨルズはカウキスの動きを見切ったのか、紙一重でかわし跳び上がって体制の低くなったカウキスのあごを蹴り上げる。

 一瞬カウキスの頭が大きく揺れ、その衝撃は脳まで達し倒れ込むかと思った。

 だがカウキスは動きを止めることなく、空中のヨルズを蚊でも潰す様に両手で捕まえる。

 そしてヨルズの脚を片手に持つとそのまま棒でも振り回すかのように何度も地面に叩きつける。

 ヨルズは両手で必死に頭部を庇っている様だ。


 「どうやら、あのけも・・・亥人オルクスの大声には特殊な効果があるようです」


 ヨルズが窮地だがノートはいつもの様に大した気にしてない風でそんな事を言う。


 「ヨルズがやられているのだぞ。随分と冷静だな?」


 「1対1の勝負だと思っていたのですが、加勢なさいますか?復讐戦とやらの正式な決まりを説明されていないので、そこを指摘して正当性を訴えることも出来ないでは無いですが・・・」


 ノートの方を見るが彼女の視線はヨルズに向けられている。

 感情は伺えないが、冷静で居られるわけは無いよな。

 自分の失言を恥じる。

 ノートが指摘した通り、現状では何も出来ることが無い。

 もちろん彼女からすればここに居る亥人を全て屠る事も力で従わせることも可能だろう。

 だが俺のやり方に合わせるためにそうしないだけなのだ。


 「いや、それでは亥人達が納得しないな・・・すまない」


 「そうですね」


 ノートはいつもの様にそう言っただけだ。

 俺は少し目を瞑り目の前の光景と周囲の亥人達による『ワァーッワァーッ』と沸く声を意識から追い出す。


 「・・・そういえばイングイオスも叫んだ後に痛覚が麻痺した様な攻撃をしてきたな」


 致命傷を与えた後の攻撃はこちらに届きこそしなかったが、苛烈なモノがあった。


 「そうですか・・・なら種族的な特殊能力なのかも知れません」


 「やはり、異種族というのは予想出来ない力を持っているモノだな・・・いずれはその辺りの知識も集めたいが・・・心当たりはあるか?」


 「・・・残念ながら我々は必要以上に外の情報を集めるような事はしてきませんでした」 


 「うん、それもそうか」


 もしダークエルフ達が人間と同じように領地の広さで優劣をつけるような価値観を持っていたなら、今頃はこの周辺国に人間の住める場所は無くなっていただろう・・・いや、彼女達の奴隷として支配されていたかも・・・。


 「アハハハッ」


 突然、思考を掻き消す高い笑い声が響く。

 見れば、カウキスの縛めから逃れたヨルズだ。

 仰向けに倒れたカウキスの腹に馬乗りになり胸に何度も両の拳を振り下ろしている。


 乗られた方は、ヨルズを掴んでいた指があらぬ方を向き、頭部を強打されたのか意識を失っている。

 ただ拳が振り下ろされる度に体が跳ねるだけになっている。

 マズイ、周囲の亥人もあまりの光景に言葉を失っている。


 「ヨルズ!!カウキスは意識を失っている!お前の勝ちだ!それ以上は・・・」


 「うるさいよ、アニィ。やっと楽しくなってきたのに・・・」


 ヨルズが俺の言葉を遮りユラリとこちらを見る。

 その瞳は愉悦をたたえている。


 「邪魔しないでよ」


 戦いに、力に酔っている者の拒絶の声だった。

 これは俺の責任かも知れない。

 本来なら自分より強い者達に囲まれたダークエルフの社会で育ち、己の弱さを知り、心を養うのだろう。

 だが相手になるはずの多くのダークエルフを俺の命令(と言う名のお願い)で森から出してしまった。

 結果あてがわれたのは自分より遙かに劣る人間の兵達だ。

 勝負にならない相手に憤りつつもおごり、慢心を育ててしまったのだろう。


 「それではただのなぶり殺しだ。ヨルズ、殺す必要は無い」


 「うるさいな。ならアニィが相手になってよ」


 ヨルズが視界から消えたかと思った瞬間、俺の前に現れる。

 クソッ俺は内心で舌打ちしながら後に飛び退き魔方陣を展開する。

 手を腰の後ろに向け自分の背で魔方陣を隠すような姿勢だ。


 「落ち着けヨルズ!今はそれどころではないだろ」


 片手を前に出し抑えるような動作をすることで意識をそちらに向けさせる。


 「今だからだよ!いっつもはぐらかして相手にしてくれない!」


 ヨルズがまたかき消える。

 少なくとも目で追えない俺にはそう見える。


 『身体強化コルフォルティ


 背後の魔法陣が輝き効果か発動する。

 また一瞬にして目の前まで距離を詰めたヨルズ。


 「アハッ、そんなコソコソしなくても魔法を唱える間くらい待ってあげるよ。やっとやる気になってくれたんだ?」


 俺の体が一瞬光ったのを見て満面の笑顔でそう言う。

 完全にダークエルフの顔だ。

 ・・・困ったヤツだな。


 「ヨルズ、あまり調子に乗るなよ。オマエが大したことないと今教えてやる」


 俺はそう言って血統魔法を発動させる。



 結果はヨルズがうつ伏せに倒れて、背後から俺が腕を取り、抑えつける格好で勝負がつく。

 ダークエルフの体の構造は人間とさほど変わらないので関節技などは有効だ。

 そしてヨルズの鉄をも穿つ身体能力は『身体強化コルフォルティ』の魔法で何とか対抗することが出来る。

 っと言っても本気で殴られれば一撃で終わりなので、血統魔法で一方的に仕掛ける必要がある。


 そしてヨルズの魔法に対抗する方法は『魔力拡散』と名付けた魔法だ。

 これはノート直伝なため魔法陣の展開はいらない。

 ただし対象に触れる必要があり、効果を持続させる為にはそのまま触れ続けなければいけない等、いくつかの制約がある。

 その効果は、触れている相手の体内魔素マジックポイントを周囲に発散させ、その対象に自然魔力マナ遮断の膜のようなモノを作る事で魔法を使えなくするというモノだ。

 そのため人間にもダークエルフにも魔法を使わせない目的ならばある程度有効な魔法だ。

 しかし、俺とノート程に能力差があれば完全に妨害する事が出来ず嫌がらせ程度の効果しか見込めないが、ヨルズが相手ならば問題はない。


 「少しは落ち着いたか?」


 「むー・・・」


 ヨルズは俺の下から逃げだそうともがくが、暴れたところで腕が痛いだけだ。

 まぁ確かにヨルズからすれば、突然俺に腕を掴まれて地面に抑えつけられている感覚だろうから、納得は出来ないだろうが戦いは結果が全てだ。


 ふとヨルズが大人しくなっていることに気付く、顔を覗いてみれば涙目になっていた。

 しまった、腕を痛めたか?

 俺は慌ててヨルズの手を放す。

 するとヨルズはガバッと立ち上がり、反対の腕で手荒く目元をこする。


 「あのおじ・・・」


 「カウキスだ。ヨルズ」


 全力を出して戦った相手の名前が分からないでは印象が良くない気がするので口を出す。


 「カウキスのおじさんは僕が倒したよ!皆アニィに従ってね!文句があるなら僕が相手になるから!」


 ヨルズは周囲の亥人を見渡しながらそう声を張る。

 今さっきまで反抗してきたのはオマエだけどな!

 っと思わなくも無かったがヨルズが亥人をまとめてくれるならば助かる。


 周囲の様子をうかがえば、亥人達はカウキスを倒したヨルズを俺が抑え込んだ事でおおむね文句は無いようだった。

 ノートが沈黙しているのもこの辺りが理由だろう。

 きっと(俺>ヨルズ>カウキス)みたいな簡単な力関係を分かり易く示すためだ。


 しかし、当然そんな単純な者達ばかりでは無いのが集団というモノだ。

 幾人かはお互いにチラチラと顔を見合いながら何か言いたそうだ。

 決闘の場に踏み込む様な形になってしまったし、その事への反感か、多種族に嫌悪感があるのかまでは分からないが・・・良くないな。

 不平不満を垂れ流されて寝首をかかれても面倒だ。

 やはりカウキスの意識を奪わせてしまったのは失敗だった。

 カウキス自身に敗北を宣言させた方が彼らもすんなりと受け入れられただろう。


 「ヨルズ、これでカウキスの傷を手当てしてやれ」


 そう言ってヨルズに閉じた二枚貝を投げて渡す。

 もちろん中身まで貝な訳では無い。

 中には傷薬の軟膏なんこうが入っている。

 あの貝はポルポス達から友好の証としてもらったモノで、貝殻自体に傷を癒やす特殊な効果が有るらしい。


 最初は砕いて粉末にでもしようかと思ったが、貝殻に溜まった特殊な魔力によって、薬効を高めるという珍しい効果が有ると言うので薬入れとして利用している。


 と言ってもしょせんは元が傷薬なので深い傷には痛みを和らげる程度の効果しか無い。

 しかし、簡単な切り傷はすぐに止血できるし、打ち身なども痛みや腫れをすぐに治すことが出来る。

 カウキスは丈夫そうなので出血を止めさえすれば、自身の治癒力で早く回復することも出来るだろう。


 薬を受け取ったヨルズは一瞬何か言いたげな顔をしたが、その口が意味を紡ぐ前に、俺の背後にストッととても軽そうな音がする。

 それがなんなのか、振り向かなくてもすぐにわかった。

 俺の足元に突如できた大きな日陰と、周囲の亥人達の反応が激的だったためだ。

 亥人達はズザザザッと倒れた草をけって後退り、震える手で武器を構えたり、ブツブツと何かを呟いている者も居る。

 すると数人が口々にげきを飛ばし合い他の亥人を叱咤しったする。

 しかしそうした者達でさえ、その瞳には決死の覚悟を宿している。


 一度横に居るノートの方を振り向くと彼女は軽く肩を竦めた。

 俺はそれを了承と判断し、背筋を伸ばして一歩踏み出す。


 「落ち着け!亥人オルクスの戦士たちよ!このは私が呼び出した!恐れる必要は無い!君たちが私に従うと言うのなら、決して傷つけはしないと約束しよう!」


 これは大嘘だ。

 背後の巨狼はノートが呼び出したのであって俺は関係が無い。

 だが亥人達が恐れる対象を使役していると言うのは彼らを服従させる上で非常に有効だ。

 ポルポス達に対するムンレナがそうであったように交渉の上では決定打にすらなり得る。

 彼らがダークエルフを恐れてではなく、俺に従うようにするためには必要な嘘だ。


 だが・・・唯一問題があるとすれば、知性を感じさせる後ろの生物が俺の嘘を許容できるかと言うことだ。

 恐ろしくて振り返ることは出来ないが気分を害していなければ良い。

 ノートが居れば襲われることは無いと思いたいが・・・。


 「グヒッ」


 そこまで考えたときだった。

 何かが潰されたような音が聞こえた。

 出所は俺の口からだ。

 いきなり襟を引っ張られ、首を絞められたかと思うと浮遊感と共に視界が激しく回る。

 しかし、それも一瞬ですぐにポスッと柔らかな毛の上に着地する。


 ・・・俺は後ろからえりを咥えられ空中に放り投げられたようだ。

 そして大きな耳と耳の間、巨狼の頭頂部で受け止めたのだろう。

 器用だなこの狼・・・いや、今はそれどころじゃ無い。

 どうも激しく揺さぶられて思考が緩慢になっているようだ。


 俺は足下の生物の機嫌を損ねないよう細心の注意を払いながら立ち上がる。

 すると巨狼は首を伸ばすようにして、より位置を高くしてくれる。

 今まで見上げていた亥人達を今度は俺が見下ろす。

 あとは、背筋を伸ばして堂々とした態度を示し彼らの出方を待つだけだ。


 ノートの指示があったのか、巨狼の機嫌が良かったのかは分からないが、俺の嘘に協力してくれるつもりの様だ。

 ならばこの機会に亥人達を屈服させる。

 いつでも俺が巨狼を使役できるとでも勘違いしてくれれば御の字だ。


 亥人達は数度お互いに視線でやり取りした後、武器を置いて片膝を着き頭を垂れる。

 数名が後退るようなそぶりを見せたが、他の者が屈したのを見てそれにならう。

 逃げたかったのか、里に知らせようとしたのかは分からないが、巨狼がチラッと視線を投げただけで諦めた。

 情けないとは思わない。

 巨狼の素早さを知っている俺からすれば賢い選択だと言える。

 

 「フハハ、その様なモノまで操れようとは畏れ入った」


 カウキスが立ち、見上げながら声をかけてくる。


 「かなり傷だらけだと思ったが、もう動けるのか、亥人とは強靱だな」


 「フンッ、それより頼みがある。もちろん、敗れた上に傷まで・・・その上何かを頼もうなどとは厚顔無恥にも程があるとは思う。だが・・・」


 「いいさ、言ってみるが良い。ただし、してやれる事たかが知れてるぞ?」


 俺は片手を上げて言葉を遮り鷹揚に告げる。

 巨狼が居る今こそ強気で行くべきだ。


 「これから里に向かうと言っていたな。何とか里の民を助けて欲しい。今年は山の実りが少なく、我らも・・・」


 「皆まで言われずとも分かっている」


 「ならば族長にも・・・」


 「先程も言ったが、それは約束できない。こちらも民を攫われ食料を奪われるという被害を受けている、それが何もないでは私が民からの信頼を失ってしまうだろう」


 アルミニウスは見切りをつけていたが、そんなに優れているとは思えない族長をカウキスはなぜ庇うのだろう?

 ヨルズが盗み聞いた話では彼自身もうとまれているらしいんだがな。


 「・・・ならば族長に釈明する機会だけでも与えてはくれないか」


 「カウキス殿の忠誠心は大したモノだ。良いだろうその忠誠に免じて族長殿が望むならこちらも対話する事を約束する」


 元々そのつもりだったのだが、あえてカウキスの提案を受け入れる形で恩を売る。


 「そうか・・・」


 「・・・だがそうだな、そちらの中から里への案内人を一人用意してくれ」


 「なんだと?」


 カウキスの目が細められる。


 「そんな警戒しないでもらいたいな。今交渉すると言ったはずだ。ならば無用な争いを避けるためにも橋渡し役がいた方が良いとは思わないか?」


 「・・・なら、我が・・・」


 「残念だがそれはダメだ。カウキス殿にはここに残り亥人の戦士達をまとめてもらいたい。ほんの数分の事とは言え、事前に面識があるカウキス殿ならば私としても安心感がある。頼まれてくれるだろ?」


 頼むとは言いつつも従うと言った手前カウキスは拒否できないだろう。


 「なに、難しいことを頼む訳では無い。もうしばらくすれば私たちの増援とその後にはアルミニウス殿と騎兵達も着くはずだ。合流した後には彼らをその亥人の里に案内してもらいたい」


 「・・・だが・・・」


 「わかっている。いきなり言っても信用されないというのだろ?そのためにこれを・・・」


 「総員!陣形を組め!!」


 そこまで話した時に少し離れた場所から声が聞こえる。

 高所からそちらを見れば、アルタッラの兵士だった。

 ザッと200名程だろうか。

 昨夜の段階では300名動員できると言っていたので彼らも夜通し駆けてきたのだろう。

 もちろん、残りの者達は脱落した訳では無い。


 同じノートの目印を反対側から辿っていたので必ずポンティノの村人達と出会う。

 だから村人を護衛するために隊を分けたのだ。

 今頃はその100名と村人達でアルタッラへと向かっているはずだ。

 ポンティノへ向かわないのは、攫われた直後の村人たちをおもんばかってだ。

 彼らには安全な場所で心を落ち着かせる時間が必要だろう。

 家屋の壁に穴が開いているポンティノではゆっくり休むことも出来まい。


 なぜ見てきたかのように彼らの動向が分かるかというと、事前にその様に打ち合わせているからだ。

 そして、アルタッラの兵士達こそがヴァレンティノ領内の人間の中では最精鋭のつわものだ。

 彼等なら不測の事態が起こったとしても対処し、予定通り事を進めているはずだ。


 というのもヴァレンティノ領は森と山と海に囲まれた土地。

 森はダークエルフ達によって守られ、海に関しては今のところポルポス以外に上陸してきた敵対勢力はいない。

 必然的に外敵と接する可能性が高い山よりのアルタッラこそ、最も戦力を必要とする拠点となる。

 まぁ、今回のように迂回して通り抜けられては意味が無いのだが、それは今後の課題だな・・・。


 っといけない、亥人達が敵対的な行動を起こす前に止めないと・・・。

 そこまで考えたところで、足下の巨狼がクイッとアルタッラ兵達の方へ顔を向けゆっくりと歩き出す。

 ホントにまるで俺の考えを読んでいるかのようだ。


 亥人達はぐるりと周囲を囲んであたため、数人が巨狼の進路をふさいでいる。

 彼らはその事に気付くと足早に左右に分かれて道を空ける。

 巨狼は、さもそれが当然と言うように悠然と進む。

 その優美な歩みは生まれながらの強者と感じさせるに十分なモノだ。

 そんな存在の上に乗る俺は、巨狼の威を借るキツ・・・ネズミと言ったところか?


 そのままアルタッラの兵士達の表情が分かる距離まで近づき、俺は軽く片手を振って、声をかける。


 「私だ!警戒の必要は無い。亥人オルクスである彼らとも和解したところだ」


 俺は、背後で警戒しつつ成り行きを見つめる亥人達にも聞こえるように声を張る。


 「領主様!やはりご無事でしたか。申し訳ございません、昨夜の狼とは違っていたようなので警戒してしまいました」


 あぁ、昨夜アルタッラを訪れたときはハティと呼ばれる黒い巨狼だったからな。

 改めて発言した者に視線を落とす。

 彼はアルタッラ兵の副長を務める一人だ。

 えーっと、名は何だったかな・・・。


 「あぁ、君たちも無事で何より、かなりの強行軍だっただろう?」


 彼らは重装歩兵と言って良いだけの装備をしている。

 兜、鎧、脛当てとほぼ全身を隠す事が出来る大きな盾、武器は長槍だ。

 そのほとんどが革製で一部を金属で補強しているだけだが、それでもかなりの重量になる。

 それを身に着け夜通し駆けて来たのだ、疲れるなと言うのが無理な話だ。


 「問題ありません領主様、皆万全の状態です。先ほど合流した村人の護衛として隊を分けました、そちらの指揮はアウルスが・・・」


 「そうか、当初の予定通りだな。ティトゥス、他に不測の事態などはあったか?」


 俺は報告を遮り先を促す。

 思い出した、彼の名はティトゥス。

 アルタッラの副官はアウルスとティトゥスだった。


 「いえ、ございません。今後は如何なさいますか?」


 「ならば、この亥人オルクス達と私の後を追え、私はこれから先行して山へと向かい残りの村人を救出する」


 「山へ!?畏れながら、領主様自ら向かわれるのはあまりに危険が大きいと愚考します。見た所、村人も大半が無事だった様子、これ以降は我々におま・・・」


 ティトゥスは一人前に進み出て片膝を着いて諫言する。


 「皆まで言うな、ティトゥス。私の身を案じての諫言かんげん嬉しく思う。しかし事は一刻を争う、私が向かうことが最善だと判断したのだ」


 俺はそれを片手を上げて遮る。


 「ハッ、出過ぎたことを申しました」


 「よい、ならばこちらへ亥人の代表者を紹介する」



 俺達が巨狼に乗り山へと駆け出したのは、それから数分後だ。

 今回はノートとヨルズの他にもう一人、亥人の案内人がいる。

 彼はアルミニウスの弟で名をフラウスと言うらしい。

 族長の子ではあるが彼には継承権が無く一兵卒と変わらないのだそうだ。

 詳しい理由までは分からないが、3メートル近い身長が平均的な亥人にしては2メートルそこそこと際立って小柄な事が関係しているのかも知れない。

 カウキスが言うには足が速く、槍の投擲とうてきが得意なのだそうだ。

 ちなみに彼は背中に乗せる事を巨狼が嫌がったため、申し訳ないが巨狼の口に咥えられている。

 背中から見ると口からはみ出した両手足はプランッと投げ出され、意思のある動きをしていない。

 おそらく気を失っているのだろう。


 道案内としてどうなんだと思わなくもないが、俺も同じ状況なら意識を保てる自信が無いのでとやかくは言わない。

 それにきっと数刻後の俺の姿も似たようなものだろう。

 山に入り道が険しくなれば俺の恐怖から思考を逸らす作戦も限界だ。

 

 里への案内に関しては彼が居なくとも巨狼ならば臭いを辿る事でその場所を発見する事に支障はない。

 俺が亥人の案内人を要求したのには別の理由がある。

 族長を殺す時に他に方法がなかったと証言させるためだ。

 もちろん、交渉で解決できれば問題は無いが、イングイオスやアルミニウス達の話を察するにその可能性は低い気がする。

 それにアルミニウスに亥人をまとめさせるならば、族長の存在は邪魔になるだろう。

 そのため、イングイオスの持っていた魔法を防ぐ青石トルコイセをカウキス達の前でフラウスに手渡した。

 魔法によって操られてはいないという証明のためだ・・・たんだが、気を失ってしまっては隙だらけだな。

 だがまぁ、彼自身が自らの失態を率先して吹聴ふいちょうはしないだろう。


 「ノート、確認したかったのだが山に住むと言われるドラゴンは大丈夫なのだろうか?人が走るのとは比較にならない程、その・・・この状態は目立つだろう?」


 「そうですね・・・あの蜥蜴とかげは寒くなると穴にこもるようですから出くわす事は無いと思います」


 「そうか、トカゲか・・・」


 ノートからすればその程度の相手という事か?

 それとも過去に何か因縁でもあったのだろうか・・・。

 どちらにせよ、今まで避けていた土地に分け入るのだ。

 この手足の震えはだからこその武者震いだろう。

 ・・・そう思い込み一瞬でも早く目的地へ着く事を願った。

読んで下さりありがとうございます。

おかしいな、もうとっくに亥人の話は終わってるはずなのに。

作者の脳内予定通りに書けた場合、次の話で一区切りのはずです・・・そのはずです。

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