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お兄様と消えた村人。

 すみません、前話より遅くなりました。

 あと、少し長めなため読みにくい可能性があります。


 今回の話には残虐な表現が含まれています。

 直接的な表現は避けていますが、食事中の方やそう言った表現に抵抗を覚える方は自己責任でお願いいたします。

 また作者にそういった事を推奨する意図はございません。

 現実と創作の区別ができない方はご利用をお断りさせて頂きます。


 っと長くなりましたが、説明が多い話になります。

 面倒な方は適当に呼び飛ばしてセリフだけおってもいいかも知れません。

 それでは、お楽しみいただければ幸いです。

 よろしくお願いします。

 月明かりの元、湿地を越え草原を駆け抜ける。

 地面は恐ろしく早く流れていき、遠くに見えていた低木もあっという間に通り過ぎる。

 もちろん、自分で走っているわけじゃない。

 ノートが魔力で呼び出したと言っていた漆黒しっこくの狼だ。

 ハティと呼ばれたこの狼は巨大で、人間が数人は乗ることが出来そうなほどだ。

 ヨルズと俺、ノートの3人を乗せてもその足運びに何ら影響を与えているようには思えない。

 その漆黒の毛皮は月光を浴びて銀色にきらめき神々しさすら感じさせる。

 まるで夢の中で見た鉄の車で走っているかのような速度で走り続け、全てを置き去りにして草原を照らす月を追いかける。


 ・・・と逃避していたのだが。

 巨狼が迫る低木を飛び越えた揺れで歯を打ち鳴らしてしまい意識を引き戻される。

 何か魔法的な効果なのか風圧で飛ばされると言うことは無い。

 だが揺れる体に自分の力だけしがみついている。

 しかも体を守る鉄のドアもベルトも無い、出来ることは自分の手で毛皮にしがみつくことだけだ。

 下を見れば月光を浴びた草原が荒れ狂う川の様だ。

 目の前で、はしゃいでいるヨルズとは対照的に俺は振り落とされそうな恐怖から必死に手に力を込めるのがやっとだ。


 「そんなに震えずとも落としたりはしませんよ」


 ノートが背後から声をかけてくる。


 「ふっ震えてなど・・・!」


 「え?アニィ怖いの?」


 ヨルズが耳ざとく振り返り顔を覗き込んでくる。


 「怖くない」


 努めて平静を装いながら首を振る。

 するとヨルズがニヤっと悪戯いたずらっぽく笑う。


 「ハティ、ハティ、全力で駆けてみて!」


 ヨルズが狼を軽く叩いて恐ろしいことを言う。


 「ちょっ、まっ・・・・」




 「着きましたよ」


 ノートが先に降りて足下からそう告げる。

 俺は深呼吸を繰り返し、強張って言うことを聞かない手と震える体を叱咤しったする。


 「はぁ、はぁ、分かっている」


 ノートの前であまり情けない姿は見せられない。

 今さらかも知れないが、彼女に見限られたら立ち行かなくなる案件が・・・と言うより俺の命が危ない。

 狼が屈み、さらに足場に使えとでも言うように大きくフサフサした尻尾を体の横に回してくれる。

 俺は何とか無様にならないように降りようとしたが、萎縮いしゅくした体は意思に反して転げるように落ちてしまう。

 しかし地面にぶつかる前にノートに抱き留められる。

 大地に降り立った感動を味わう前に、柔らかな感触からなんとか体を引き剥がし何か言いたげなノートを手で制する。


 「みなまで言うな。この様な醜態しゅうたいは二度とさらさない」


 もちろん今まで見られた情けない姿は全て棚上げしている。


 「そうですか」


 ノートの返事は相変わらず素っ気ないモノだが、この時ばかりはありがたい。

 いまだ息が整わない俺の横にヨルズが飛び降りてくる。

 なんでコイツはこんなに元気なのか、呆れてしまう。

 俺の恨みがましい視線を受けてヨルズが振り向く。

 欠片も悪びれていない満面の笑顔は、楽しかったねとでも言いたげだ。

 ・・・ほんとに困った奴だ。

 そんな事を考えていると背後から風が吹き抜け、ハティと呼ばれた狼が居なくなる。

 俺には暗闇を見通す目がない為どこへ行ったかは分からないが、ヨルズが月の方へ手を振っているのでそちらへ駆けていったんだろう。


 周囲に人影が無いことを確認する。

 ここはポンティノの村人と亥人オルクス達が野営している場所の近くだ。

 先程のハティと呼ばれた巨狼が村に残されていた臭いを辿たどり連れて来てくれた。

 辺りは低木の茂みになっているため夜目が効く者でも遠目には見つからないだろう。

 まだ空には星が瞬き、周囲には月明かりしかないため警戒のしすぎでは、と思ったがノート達には十分明るいそうだ。

 山から吹き下ろしてきた風が低木を揺らし熟れた木の実の香りと共に頬を撫でる。

 ここは野営地の風下になる。

 猪や豚が人間より嗅覚が鋭いのは有名な話しだ。

 亥人オルクス達もそうなのかは判らないが、それに近い特色があると文献には出ていので臭いで気付かれない為だ。


 遠目に野営地を観察しながら状況を整理していると、何かの視線を感じて来た道を振り返る。

 だが何処までも続く暗い草原が見えるだけだ。


 ポンティノから出たカウキスは真っ直ぐに山の方へ進んでいた。

 その方向にはアルタッラしか無いので放置して先回りする事にした。

 さすがにカウキス独りで塀に囲まれた街を攻めれるとは思わなかったが、一応ここに来る前にアルタッラに寄り増援の要請とカウキスが来た場合は殺さずに追い返すように指示を出した。

 それから野営地を目指し、ようやく目に見える場所まで来た。

 かなりの遠回りをしたのだが、ハティと呼ばれた狼があまりにも駿足しゅんそくだったため、予想より早く野営地の近くに着いた。

 夜が明けるにはまだ時間がありアルタッラの増援もカウキスも遥か後方だ。


 もっともアルタッラの兵力は守りを優先しているため、鎧を着込んだ重装歩兵と弓兵が主力で騎兵が少ない。

 なのでおそらく増援(アルタッラ兵)がここに到着する頃には日が昇っているだろう。

 夜が明けてから出発するはずのポンティノに残してきた騎兵もそうだ。

 亥人オルクス達がいつごろ動き始めるか分からないため、彼らの到着を待って襲撃するということは出来ない。

 ここから数キロも進めば山に入り険しい場所を進むことになる。

 そうなってしまえば人間では山が住処すみか亥人オルクスに追い着く事は至難だろう。


 だから半数以上が休んでいる今こそ奇襲を成功させられる好機だ。

 ただしこちらの手勢は3人で、対する亥人オルクスは60人ほど、さらに人質となる可能性がある者達が80人近く居る。

 もちろん殲滅せんめつならばノート1人でも余裕なのだろうが、アルミニウスと協力関係を築くうえで亥人オルクスの過度な殺戮は不利益でしか無い。


 そこまで考えた所で隣に居たノートが魔法を使って光源を生み出した事に気付く。

 それは彼女がここに来るまでの間、一定の間隔で設置してきた目印の為の魔法だ。

 この魔法は光の発する方向を調整する事ができ、今は後方にしか光を発していない。

 そのため野営地側から見つかる心配はない。

 進む時は見えるが、振り返ると見えないのだ。

 かなり特殊な魔法で・・・。


 「おぉー、来たか来たか」


 俺が息を整え体の緊張を解すために思考を巡らせていると、とつぜん背後から声をかけられる。

 やや低い、少しかすれた様な不思議な魅力がある声だ。


 「げっ!ブラーギ!?」


 横に居たヨルズもその存在に気付いていなかったようで跳び上がって驚く。

 心なし声が嫌そうだ。


 「ヨルズ、げって何だ?げって、ん?」


 振り返ると男かと見紛うほどの偉丈婦いじょうふが立っていた。

 美しくない訳では無い。

 ダークエルフという種族は人間からしても非常に魅力的な外見を持つ種族で、各々個性はあるが美しいと感じさせる整った容姿の者が多い。

 ・・・多いというか今まで出会った者達は全てがそうだった。


 その例にもれず、月明かりに浮かぶブラーギと呼ばれた彼女も美しい見た目をしている。

 ならば何が男と見紛うのか。

 それは大きさだ。

 人間の平均的な男性とほぼ同じか少し高いくらいのノートと比べても頭一つ高い。

 そして動く事に最適化された様な、しなやかで無駄のない筋肉質な体は勇壮な鹿を思わせる。

 それでいて女性を強く主張する胸部と臀部、全体的に豪快といった印象を受ける。

 少なくとも今まで出会ったダークエルフ達とは雰囲気が明らかに異なる。

 俺が驚いて観察していると月夜に輝く長く美しい銀髪が揺れた。

 そして有無を言わせぬ素早さでサッと隣に居たヨルズの襟を摘まみ目線の高さまで持ち上げる。


 こうみるとヨルズも猫か何かの様で愛嬌があるな。

 どうやら俺の知らぬ間にノートが野営地を調べるために手を回していたようだ。

 もしくは村に残してきたイズーナと一緒に追跡していた者なのかもしれない。

 どちらにせよ、この援軍はありがたい。


 「ブラーギ、野営地の様子は?」


 ノートは気付いていたらしく、いつもと変わらない様子で問いかける。


 「おぉ、そうか、そうだったな」


 ブラーギはヨルズを摘まんだまま報告を始める。

 ヨルズはジタバタと暴れブラーギを攻撃して逃れようとするが、どの攻撃もブラーギが長い腕と頭を巧みに動かすために届かない。


 彼女ブラーギの話では、村人は野営地の真ん中辺りの一カ所に集められているようで、その周囲を囲むように亥人オルクスが休んでいる。

 見張りは10人、指揮官らしき亥人オルクスは1人だそうだ。


 ダークエルフの上下関係はよく分からないが、従順そうなイズーナとは違いブラーギはどこか飄々(ひょうひょう)としてとらえどころが無い印象を受ける。

 ノートとも対等な相手と話すようなしゃべり方だ。


 「如何いかがいたしましょうか?」


 ノートが説明の後にそう聞いてくる。


 「そうだな・・・出来るだけ亥人オルクスに被害を出さずに制圧したいのだが・・・」


 「お、ならアテが歌って眠らせようか?ん?」


 ヨルズを摘まんだままのブラーギが名案とばかりに自分を親指で示して提案してくる。

 ・・・だが意味が分からない。

 説明を求めるようにノートの方を見る。


 「ブラーギは魔力を込めた呪歌で相手に様々な影響を与えることが出来ます」


 ノートは何でも無いというように簡潔に説明を終わらせたが、歌うだけで複数人に影響を与えるというのはとても・・・いや、非常に強力な能力ではないだろうか?


 「・・・それは素晴らしいな。だがその歌は私や村人達にまで効果が及ぶのではないか?それに眠るだけではすぐに気が付いてしまうような気も・・・」


 「んー?人間がアテの力を疑うって?ん?・・・」


 ブラーギから危険な雰囲気が溢れ出す。

 口調は変わらないが、その周囲の気温がいっきに下がったような錯覚を覚えるほど強い殺意だ。

 背中に冷や汗が流れる。


 「1度眠った者はブラーギが歌っている間、目覚めることはまずありません」


 ノートが横からスッと出てブラーギの視線を遮り説明する。


 「だが村人まで眠ってしまっては避難させる事ができないわ。いささ短慮たんりょね」


 「むむ!あーそうかぁ、そうか、そりゃそうだなぁ。うんうん」


 ノートの言葉を受けてブラーギの雰囲気が霧散むさんする。

 どこか誤魔化すようにあさっての方を向いて1人納得したように何度もうなずき、暴れるヨルズに同意を求めるように視線を合わせて揺らす。

 先程までの危険な感じなど欠片も無い、背中をつたう嫌な汗がなければ勘違いと思えただろう。

 やれやれ、ダークエルフは何が逆鱗げきりんになるのか未だに分からない。

 ヨルズも含めて種族的に我々人間をはるかにしのぐ能力を持つ者達だが、それゆえあつかいには非常に苦心する。

 直接怒りを向けられれば生きた心地がしない。


 「あ!じゃあボクがブタさんだけしびれさせるよ」


 ヨルズがブラーギにぶら下げられながら手を上げて提案する。

 俺はまたノートの方を見る。


 「手に魔力を込め、触れた相手をしびれさせる魔法があります」


 「なるほど。歌で眠らせて近づき、接触すれば危険は少ないな」


 俺がヨルズの方を見ると何故か今度はヨルズが頬を膨らませて怒っていた。

 何でお前まで怒るんだ?

 ヨルズに怒りを向けられてもさほど怖くは無い。

 俺を殺すようなことはしないと確信が得られるだけの関係を築いてきたからだ。

 今もブラーギとは違い殺そうとしている訳では無く、むくれると言った感じだ。が、面倒なのは間違いない。


 「じゃ、じゃあヨルズの案でいくか」


 俺が頷くとヨルズはすぐに満面の笑顔になる。

 ホントにコロコロとよく変わる表情だ。


 「お!なら、アテと勝負するか。な!どっちが多く・・・」


 「えー・・・」


 ヨルズが嫌そうな声を上げる。


 「何だ何だ?ヨルズ、怖いのか。ん?怖いのか?」


 「違うよ!ボクひとりで・・・」


 ヨルズが助けを求めるように俺の方へ視線を彷徨さまよわせる。


 「ヨルズ、売られた喧嘩は買いなさい。見事勝利して我が血脈が優れていると示しなさい」


 しかし、その視線が何かを見つける前にノートの言葉でヨルズの目の色が変わる。


 「はい、母様」


 それは何かが切り替わるようで、これまでが外見相応の人間の子供の様な瞳だったとしたら、今は争いを好むダークエルフの目だ。

 口元に浮かぶ笑いもどこか嗜虐的しぎゃくてきに思える。


 「お!んじゃやるか、始めるぞ」


 そう言ってブラーギが背中から取り出した弦楽器を手に歌い始める。


 『バョバョシュキバョ、ニェラァジェサァナァクラァヨォ、プリージョンシーインキーバンチョウク、イーオフワァージサバチョク・・・』


 歌い始めた途端、それまでの雰囲気が無くなる。

 人を惹きつける美しい歌声と、意味は分からないが低めの緩やかな心地良いしらべだ。


 「ヨルズ」


 駆け出そうとするヨルズを呼び止める。


 「なぁに、アニィ?」


 振り返ったヨルズはいつもと変わらない。


 「あー、そのなんだ?無理しない程度に・・・まぁ気を付けてな」


 我ながら歯切れの悪い感じになってしまった。


 「はーい」


 ヨルズは特に気にした風もなく、いつもの調子で返事をして駆け出した。

 俺の思い過ごしか。



 ブラーギの旋律が遠ざかっていく、すでに2人の姿は闇に飲まれて見えない。


 「そういえば、あの歌は俺には効果が無いのか?」


 俺は野営地の方を見ながらノートに問いかける。

 軽く頭を回してみたが、変化があったようには思えない。


 「私が近くにいる間に効果が現れる事はありません」


 「そうか」


 もしかすると、何かの魔法的な力で防いでいるのかもしれない。


 「じゃあ行くか」


 そんな事を考えながら野営地へ歩き出す。


 王国では魔法に触れる機会のない民衆にとって、不可思議な現象は魔法か奇跡、もしくは魔物の仕業と認識されることが多い。

 しかし、貴族や学園などで魔法について少しでも学んだ者達にとっては、詠唱という行為により魔力(魔法を発動するために必要な力)を生み出し、操ることで様々な現象を起こす方法が魔法だ。

 とうぜん出来る事と出来ない事がある。


 この『王国の魔法』は体に取り込まれ蓄積された魔素マジックポイント(体内に存在する魔力の素になる何か)を詠唱えいしょうという一定の旋律せんりつの呼吸法により魔力に変換する。

 変換された魔力に性質(炎の属性や様々な効果)を持たせ体外に展開する。

 この展開された魔力は視認することが出来て魔法陣と呼ばれる。

 王国・・魔法陣・・・は属性などの系統により色が変化(炎なら赤など)し、効果や範囲により浮かび上がる魔法文字と紋様の複雑さが決まる。

 さらに広範囲に影響を及ぼすモノは足元、個人や狭い範囲だと手をかざした空中など浮かび上がる場所も変化する。

 基本的には大きくて複雑な魔法陣ほど効果が大きく制御が難しい。

 熟練の探求者ともなれば詠唱を最後まで聴かずとも魔法陣を見るだけでどの様な魔法を使うのか分かるそうだ。

 またこの魔法陣は魔力の残像の様なモノで触れる事も出来ず、攻撃したりしても何の影響もない。

 だが術者に直接衝撃を与えたり、集中を乱したりすると発動に失敗する可能性がある。

 少し思考がそれたな、とにかく『王国の魔法技術』では詠唱を簡略化する事は出来ても詠唱しないという事は出来ない。


 ところがダークエルフ達は普通の人間が知覚できない周囲に存在する自然魔素エレメント(空気や石、木などあらゆるモノの中に存在する何か)や自然魔力マナ(自然魔素から生まれる魔法に利用できる、よく分からない力)を使って魔法を発動している。


 そこに詠唱という行為は必要ない、体内の魔素マジックポイントを魔力に変換しているわけではないからだ。

 この辺りは、まだまだ研究段階で王国とダークエルフの魔法の違いなどは詳しく分かっていない。

 魔法に優れるノートが非協力的で俺以外にダークエルフの魔術(魔法行使する術)を教える気がない事が主な要因だ。

 他者に公開しない事が彼女から魔術を教わる条件だったため俺が他の研究者に教えることは出来ない。


 まだ彼女ダークエルフ達の魔法を完全に理解したわけでは無いのだが、ダークエルフは我々人間が空中にただようホコリを光の加減で見つける事ができるように、空中に漂っている自然魔素エレメントを知覚している様だ。

 そして人間が手で扇いでホコリを払う程度の感覚で彼女達は魔法を使っているのだ。

 (当然、詠唱も魔法陣の展開も必要が無い。歌や指を鳴らす動作などで魔法が発動する)

 しかし、そんな人知を越えるノートでもアルミニウスの使っていた魔法は知らない術だったそうなので、種族によって魔法は大きく異なるモノなのかも知れない。

 だからこそ領内の魔法技術を向上させる意味でも、アルミニウス魔法には期待している。


 「どう?アニィ!」 


 考え込みながら歩いているといつの間にかヨルズが近くまで来ていた。

 周りを見渡せばすでに野営地の中で、亥人オルクス達が地面に横たわっている。

 野営地と言っても天幕や柵があるわけでは無く、草木を刈り込み直接地面に寝ていたようだ。

 この辺りは俺の肩口ぐらいまで(約1メートル程)の草木に覆われている。

 そのため3メートル近い身長の亥人達でも寝転んでしまえば草陰に隠れることが出来る。


 「あー!アニィ見てなかったでしょ!!」


 「そんな事は無いぞ、よくやったな。では村人を助け移動させよう・・・っと、ブラーギは?」


 また頬を膨らませるヨルズを適当に褒めてごまかす。

 すると近くで何かが激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。


 「1匹だけ眠らないブタさんが居たから遊んでるみたい」


 ブラーギの歌に抵抗したのか。

 魔法に抵抗する方法はいくつかあるのだが、今回のブラーギが使用した呪歌はおそらく精神に作用するモノだろう。

 ならば術者より強い精神力を有していたり、魔法の効果を看破かんぱされると非常に抵抗されやすくなるらしい。

 もしくは魔力を込めた道具を装備する事でも、その効果を無効化出来るそうだ。

 まぁ、どちらにせよ。遊ぶだけの余裕があるのならば俺から言う事は無い。

 元々ダークエルフは好戦的なモノだし、戦い始めた彼女達を止める事は俺には難しい。


 「そうか・・・まぁ遊んでるなら良い。村人を起こして避難させよう」


 そのまま野営地の奥へ進むと村人が一カ所に集められ数人の亥人オルクスが倒れていた。

 村人を囲むように寝ているので見張りだったのだろう。

 周囲を見回せば荷車が4台と木に繋がれた馬もいた。


 「んー?なんだなんだ?この程度か?ん?」


 「おのれ!ちょこまかと!わずらわしい、小人リティルめ!」


 そして離れた場所で大斧を振り回している戦士風の亥人オルクスと、その攻撃をことごとく避けているブラーギ。

 戦っている亥人の戦士は体格が周囲で眠っている他の亥人より一回り大きく、3メートル以上は確実にあるだろう。

 何かの羽で飾った肩当てと茶色いうろこ状の腰巻をしている。

 今は暗いため色ははっきりしないが、もしかすると赤い鱗かも知れない。

 そして月の光を反射して輝く青色の石の首飾り、このアクセサリーだけはどこか浮いた雰囲気がある。


 対するブラーギは先程まで使っていた弦楽器を背中に背負い直し、手には彼女の背丈には少し足りないぐらいの、長い木の棒を持っている。

 一見いっけん大きな斧には太刀打ちできそうも無いが、相手の大振りな攻撃を大げさにかわし、その棒で頭や脇腹などを小突く。

 その動きは洗練された戦士のモノでは無く、相手を小馬鹿にした道化どうけ彷彿ほうふつとさせるモノだ。

 なるほど、遊んでいるとはこの事か。


 だが2人が荷車と村人から少しずつ離れているのは、彼女が亥人を上手く誘導しているからだろう。

 そういえば、アルミニウスもあの亥人と似たような羽根の飾りを身につけていたので、もしかするとアレが指揮官か権力者の証なのかも知れない。


 「おい、起きれるか?」


 そんな事を考えながらも眠っている村人の一人を叩き起こす。

 もちろん適当に選んだわけではない。

 今頬を叩いている男には見覚えがある。

 視察に行った時にポンティノの代表だと挨拶を受けたことがある。

 たしか・・・ラッツィオだったか。

 亥人達は夜目が利くためか光源となる篝火かがりびなどが無いためノートの魔法により周囲を薄明るく照らしてある。

 だからだろうか、以前見たときよりやつれたようにも見えるが間違いは無いだろう。


 「ん・・・ここは・・・い、え?きっきみ!いっいえ、え?り、りょりょ・・・」


 「混乱しているようだな、落ち着けラッツィオ」


 そう声をかけながら手足を確認するが幸い拘束などはされていない。

 弱い人間などと侮ったのか、逃げたら家族を殺すと脅したのかは分からないが大分手間が省けるのはありがたい。


 「ぼっぼくの名を・・・あ!いや、わっわた、りゃうしゅさ・・・」


 どこか感極まった様なラッツィオの口を手でふさぐ。


 「黙れ、助けに来た。オルク・・・さらった者達は戦っている一人を除き痺れている。だが永続するわけではない。急ぎこの場を離れる必要がある」


 現状を簡潔に告げ、ブラーギ達の方を確認しアゴで示す。

 戦士の亥人はまだこちらに気付いていないようだ。

 かなり気が立っているらしくますます大振りになっている。

 ラッツィオも周囲を見回して置かれた状況を理解したらしく、慌てて頷く。


 「よし、なら他の者を叩き起こし移動する準備をしろ。急げ!あまり時間は無いぞ」


 横を見ればヨルズも村人を起こしている。

 魔法で眠らせたからなのか、揺さぶるなどの軽い刺激では起こす事が出来ず、少し痛みを感じる程度に叩かなくては目が覚めない。

 その為、大声で1度に起こす事は出来ない。


 「小人リティル!!コソコソと何をしている!?」


 俺が4人目を起こしている時に戦っていた亥人オルクスがこちらに気付く。


 「ヒッヒイァ」


 村人の何人かは威圧的な声に悲鳴を上げる。

 そちらを見れば、顔の一部が晴れ青黒くなっている者が居た。


 「おっとおっと?よそ見か?相手はアテだろ」


 ブラーギが横手から飛び出し、こちらを向いた亥人の頬を木の棒を振り抜いて殴りつける。

 亥人の顔が遠目にも分かるほど大きく揺らぐ。


 「グガァアァァ!!」


 どうやら亥人にとって無視できない屈辱だったらしく激昂げっこうしてブラーギを追い始める。


 「うぉー、怖い怖い」


 ブラーギは言葉とは裏腹に楽しげだ。

 そんな姿をポカーンっと惚けてみている村人に気付く。


 「時間は無いぞ!彼女が抑えている間に逃げるんだ」


 俺が一喝すると、思い出したように村人達が我に返る。


 「「はっはい!」」


 数人の村人が弾かれたように返事をした。


 「荷車の準備終わりました」


 その時、何事も無かったかのようにノートが報告に来る。

 見れば4台の荷車に馬を繋ぎ、いつでも動かせるようにしてある。


 「よし、子供やケガ、疲労により歩けぬ者は荷車に乗せろ。乗り切らなければ最悪、荷の稲は捨て置け」


 ポンティノは新しい村な為、老いた者は居ない。


 「りょ、領主様、村の稲は全て奪われたのです。捨ててしまえば我々は飢えて・・・」


 代表のラッツィオが駆け寄り首を振りながら必死に訴える。


 「分かっている。心配せずとも領内からお前達が飢えぬだけの食料を集める。今は逃げることだけ考えろ」


 俺は片手を上げて言葉を遮る。

 場合によっては彼等にはこれから来る寒季の間、ヴァランスの官吏学校の寮を提供することも考えていた。


 バギィっと一際大きな音が響く。

 見ればブラーギが振り回していた棒が砕かれたところだった。


 「グハハ!どうした!!ほら!ほら!」


 棒が無くなった途端、ブラーギの動きが変わった。

 ギリギリで大斧を避けてはいるが余裕が感じらず、明らかに形勢が逆転している。

 もしかすると村人の守りを意識したためかも知れない。

 ブラーギはこちらを背にするように戦っている。

 ダークエルフ達は守勢が苦手だと言っていた。

 ノートを見るが助ける気は無いようで、荷車から稲を降ろし子供を乗せている。

 ダークエルフの矜持ゆえに複数で戦うなどあり得ないと言うことなのだろうか。

 ならば一刻も早く皆を逃がす他ない。


 すぐに全ての村人を覚醒させ、歩けぬ女子供とけが人を荷車に乗せた。

 ザッと人数を確認し、ラッツィオを見る。

 彼は何か思い当たる事があった様で俯いてしまう。


 「いくぞ、今は逃げて生き延びる事だけ考えろ。馬は扱えるな」


 俺はそういって彼の背中を叩く。

 手綱は馬の扱いが巧みな者達に任せ準備を終える。


 「よし、移動を開始するぞ!」


 そう宣言した時には空の色が変わり始めていた。

 まずはアルタッラの増援との合流だな。


 「ヨルズ!ノートの目印を辿たどれるな。先導しろ」


 あの光は一定の方向からしか見る事が出来ないため、こちらから辿たどるのは難しいが、ヨルズなら魔力を知覚できるので問題ない。


 「えー・・・」


 ヨルズが不満そうな声を出したときゴギッという鈍い音が響く、そしてブラーギが吹き飛んできた。

 ブラーギは運悪くそこに居たノートと数人の村人を巻き込みながら倒れ込む。


 「手を焼かせたな!小人リティル!!」


 やや息の上がった戦士の亥人オルクスがゆっくりとこちらに来る。

 その態度はもう逃げられないぞとでも言いたげだ。

 視界の端にヨルズがノートの方へ駆け寄るのが見えた。


 「ヨルズ!ノートとブラーギは!?」


 ヨルズは数人が折り重なるようになった場所で一瞬驚いたような顔をする。


 「アニィ!すぐには動けなさそう!」


 確かに驚きだ、ノートが動けなくなるとは。

 ヨルズは下敷きになった村人に手を貸している。

 彼らは軽症の様だが、動かない二人は当たりどころが悪かったという事か・・・。


 「ふっはっは!当然だ!今のはワレの全力の一撃!両断されなかっただけ幸運というモノだ」


 邪魔していたブラーギを倒せたのが余程嬉しいのか機嫌が良さそうな声で亥人が歩いて来る。

 すでに勝利を確信しているのだろう余裕を感じさせる歩みだ。

 村人達が怯えているのが分かる。

 それを亥人も感じたのだろう、勝利を確信したように大斧を肩に担ぎ胸を反らして悠然ゆうぜんとこちらに来る。


 「待って欲しい。亥人オルクスの戦士殿!交渉したい」


 俺は村人を掻き分け彼の前に進みでる。


 「なんだ?ちっこいの、命乞いか?」


 ドズンッと大斧で地面を穿ち、屈み込んでこちらを覗き込む。

 大きな音と体で相手を怯ませるつもりなのだろうか、なんとも分かり易い威圧だ。

 だが村人には有効だったようで小さな悲鳴と息を殺して怯える声が背後から聞こえる。


 「私はこの辺りを統べるセサル・ボルージャという。戦士殿の名をおうかがいしてもいいだろうか?」


 俺は背筋を伸ばし声と胸を張って尋ねる。

 言葉は下手に出るが怯えを見せては相手が勢いづく。


 「フンッ!こんな者が低地の族長か?フッハッハッハ、ワレ一人だけで低地を治めるのも容易だな!」


 亥人は質問に答えず辺りを見回しながらそう告げる。

 村人が怯え沈黙したことを肯定と見なしているようだ。

 アルミニウス達と随分違うな、こいつもカウキスの様に食わせ者なのだろうか?

 カウキスは一見短慮いっけんたんりょに思えたが、頭の回転が早くこちらの思惑を察するだけの知性があった。

 この亥人はどうだろうか?

 確かに体格はカウキスと同じように他の亥人と比較しても大きく強そうだ。

 だがカウキスにあった全身の傷が無いからか、毛並みが良さそうだからか分からないが、こちらの方が若いようにも思える。


 「ん?なんだ?」


 俺がジッと見つめているとやっとこちらに意識が向く。


 「戦士ど・・・」


 「あぁ、ワレの名だったな。我こそは祖ゲルムのケルキス族が長セ・ギメルスの長子イングイオスだ」


 こちらの言葉を遮り、牙を突き出す様に上を向きふんぞり返って名乗る。

 アルミニウスには礼節を感じたが、こいつには尊大そんだいさしか感じない。


 「・・・長子か、ではイングイオス殿が次代の族長と言うことだろうか?」


 「む!グハハそうだとも!次の族長はワレだ!中々見所のある人間では無いか!そうだ!ワレの方が優れているのだからな!」


 何かが琴線に触れた様でやたらと上機嫌に応じる。


 「ほうがと言うことは他にも候補となるような・・・」


 「フン!バカを言うな!!あの様な臆病者の弟に負けるわけが無い!!」


 急に鼻息を荒くして吐き捨てる。


 「おぉ、それは失礼した。弟がいらっしゃるのか、しかし・・・なぜ臆病者だと?」


 俺は慌てたように謝罪して、首を傾げてたずねる。


 「フンッ!アイツはマホウだかアホウだかとよくわからんモノを使い、まともに戦おうともしない。いや!戦うことの出来ぬ腰抜けだ」


 アルミニウスとの会話にも少しあったが、亥人と我々では魔法に対する認識にだいぶ差があるらしい。


 「なるほどなるほど、族長殿もその様に考えてい・・・」


 「無論だ!あんな臆病者を庇うのは耄碌もうろくしたじじいや戦いの何たるかも分からぬ女、それに流れ者だけだ!」


 だいたいアルミニウスが置き去りにされた理由は察せたな。

 族長の意思なのかイングイオスの独断なのかは分からないが、彼が軽んじている者達に損な役回りを与えたと言う所なのだろう。


 「なるほど、それではイングイオス殿にお願いがあるのだが、我が民を見逃してはくれないだろうか」


 「なにぃ!?」


 イングイオスが俺の顔を睨み付け、不機嫌そうに威圧してくる。

 族長の長子だからか彼が強いからなのかは分からないが、どうやらイングイオスに対して意見を言える者は今まで少なかったようだ。

 というのも、彼の威圧的な行動の端端はしばしにこれで相手は従うだろうという確信の様なモノが透けて見えるのだ。


 「イングイオス殿も一族を率いる立場となられる方、民を失うは身を引き裂かれるのと同意だとお分かりだろう?」


 「むっ!?まっまぁな・・・だが!」


 彼を持ち上げつつ村人たちを解放する利益を説く。


 「もちろん!ただでとは言わない、今年は山の恵みも少なかったようだし、この荷車の倍の穀物を用意してイングイオス殿にお渡ししよう。そうすればケルキス族の皆も寒季かんきを越えるのに困る事は無くイングイオス殿も一族の窮状きゅうじょうを救った英雄となるだろう。いかがだろうか?」


 「・・・ワレが英雄か・・・」


 イングイオスはドスッと大斧を地面に突き立て腕を組んでしばらく黙考する。

 もしかすると英雄ともてはやされる自分を思い浮かべているのかも知れない。

 俺はその間に後ろを伺い、村人たちの様子を探る。

 ヨルズがノートとブラーギも荷車に乗せるように指示した様だ。


 「・・・だがダメだな!さらに倍の食糧を用意しろ!それに、そいつらの半分は置いて行け、食糧との交換だ」


 「・・・はぁ、強欲ごうよくは身を滅ぼすぞ?それに変なところで知恵が回るんだな。まぁいいか」


 俺は振り返りヨルズに声をかける。


 「ヨルズ!ノートとブラーギを荷車に乗せたならさっさと出発しろ。民を任せるぞ」


 「アニィはどうするのさ?」


 不満げな顔をしてヨルズが聞いてくる。


 「何を勝手な事をぬかしてる!!」


 イングイオスが自分を無視するようなやり取りに咆える。


 「私はもう少し、イングイオス殿と話がある」


 「・・・皆行くよ!!」


 一瞬の間のあとヨルズの声が響き、荷車が動き始める音そしていくつもの足音が背後から遠ざかるのを感じる。


 「ヌゥン!勝手なことを!!ちっこいの!奴らを止めろ!」


 イングイオスは鼻息荒く大声で言う。

 やはり、命令する事に慣れているからか強く言えば相手が従うと思っている。


 「待って欲しいイングイオス殿。あなたが言っただけの食料は用意しよう。だが1つ気になることがある、それを教えて欲しい。そうすれば・・・」


 俺は口早にイングイオスをなだめる。


 「黙れ黙れ!ちっこいの!半分は残せと言っただろうが!!」


 イングイオスは地団駄踏んで怒り出す。


 「残念だがそれは出来ない。だがそうだ!彼らを行かせてくれれば、毎年食料をていきょ・・・」


 最後の交渉を試みる。


 「うるさい!うるさい!!低地の族長なのだろう!命じて止め・・・!!そうだ!ワレの手下共よ!何時まで寝ている!!小人リティル共が逃げたぞ!おい!!」


 しかし、途中で遮られ交渉は失敗する。

 思わずため息が出そうになる。


 「・・・今ごろ気付いたのか?呆れたな」


 もういいか、やるだけの事はやった。

 正直、アルミニウスを見て亥人を誤解していたかもしれない。

 ここまで愚かでは話にならない。


 「なんだと!?ちっこいの!お前が何かしたのか?」


 また同じように睨みつけてくる。

 そうすれば相手が委縮して従うと思っているのだろう。

 ・・・だがまぁ上に立つ者として俺も気を付けよう、他人のふり見て自分を省みなくてはな。


 「まぁ、そうだな。彼等には眠ってもらっている」


 「眠っているぅ?毒を盛ったのか!卑怯者め!!」


 卑怯者?思わず笑ってしまう。


 「無断で我が領民をさらった者の言葉とは思えないな」


 「フンッ!強い者が奪い!弱い者は奪われる!当然のことだろうが!!」


 意外にも理屈をこねた。

 確かにそれは世の摂理だ。


 「なるほど、イングイオス殿の言が正しい。ならばどちらが強者なのか教えるしかないか」


 俺は腰から護身用の短剣を抜き出し構える。


 「グフッワッハッハッハッハ!なんだ、ちっこいの!そんなモノでこのイングイオスとやろうと言うのか!?」


 こらえきれないと言うように亥人が腹を抱えて笑う。

 それはそうだろう身長差が3倍以上ありそうな相手に玩具の様な短剣を向けているのだ。

 侮られるのも当然だ。

 彼からすれば戦う価値のない相手なのだろう。


 「それにしても名乗ったんだがな。礼儀も知らず状況の把握も出来ず、イングイオス殿は何ができるのかな?」


 「ハッハッ・・・フンッ!ちっこいの!!ワレを愚弄したな!このイングイオスこそが!亥人オルクス最高のオス!!それを今から教えてやる!!」


 イングイオスが手で胸を叩き牙を見せつける様に逸らせる。


 「最強ではないのか?その様に体格にも優れているのに・・・。あぁ!族長殿の方が強いのかな?まぁ、イングイオス殿ではカウキスにも勝てそうにないしな、最強では無いか」


 「許せん!!」


 イングイオスの雰囲気が変わり、地面に突き立てた大斧へ手を伸ばす。

 この肌がひりつく様な感じは殺意だ。

 どうやら触れられたくない部分を指摘したらしい。


 俺は手をかざし魔法陣を展開する。

 文字や記号が回転しながら踊り、手の平ほどの複雑な円を描く。

 怒りたけるイングイオスはお構いなしに突き進んでくる。

 羽根飾りをはためかせ一気に距離をつめる。

 しかし、振り下ろされる大斧よりも早く魔法が発動する。


 『身体強化コルフォルティ


 魔法陣が一際強く輝き、光の粒子となって俺の体の中へ突き刺さる。

 と言っても、痛みがある訳では無く全身に力が溢れ出す。

 俺はイングイオスの初撃を最小限の動作でかわし短剣で手首の辺りを斬りつける。

 血は出たが残念ながら手応えは無い、動脈どうみゃくはもちろんすじも切断できなかった。

 イングイオスが後ずさる様に距離を取る。


 「なんだ!?何をした?」


 俺の外見に似つかわしくない動きに警戒した様だ。

 今のは自分の身体能力を向上させる魔法だ。

 子供の力ではさすがに亥人にはかなわない。

 と言っても元が子供なので圧倒的な力とは言えない、せいぜい並みの亥人と同程度だろう。

 人間が相手ならば問題は無いが、並みの亥人以上の体格のイングイオスが相手では心もとない。

 手首を斬りつけられたのは、イングイオスの慢心ゆえの結果でしかない。


 「魔法だよイングイオス殿。臆病者の技だ」


 「お前もか!!ぬぅうぅぅ!」


 イングイオスが大斧を前に構えて警戒する。

 別に斬りつけられた手が痛い訳では無いだろう、愚かでも彼は戦士だ。痛みには耐性があるはず、現にすでに出血は止まっている。

 ならば何故こんなに警戒する必要があるのだろうか?

 俺としては亥人の身体能力にモノを言わせて押し続けるのかと思ったのだが、急に慎重な態度をとり始めた。

 これは魔法に対して苦い経験があるのだろうか?

 だとすればアルミニウスか?それとも他の亥人だろうか?

 もし後者ならば他の亥人も殺すべきでは無いな。

 アルミニウス以外にも魔術師が居るなら彼に固執する必要は薄れるし、最悪取引の材料にもなる。

 『お前の代わりは居るんだぞ』とな。

 ヤツはさかし過ぎるきらいがあるので、いずれは首輪が必要だ。

 面従腹背めんじゅうふくはいなど容認ようにんできないからな。


 「どうしたのだイングイオス殿?まさか臆病者の技が恐ろしいのか?」


 ここまで隙を見せても攻めて来ないイングイオスにおどけた調子で声をかける。

 それでもジッとこちらを見つめたまま亀のように動かない。


 ・・・しばらく睨み合いを続けたが、これではらちが明かないので、手をかざし魔法陣を展開する。

 今度は俺の体ほどもある大きめの魔法陣が浮かび上がる。


 「そこだ!!」


 先程よりも複雑怪奇な踊る模様をイングイオスは打ち砕くかのように突進する。

 なるほど、この隙を待ってたのか。

 だが魔法陣はあくまでも魔力の残像の様なもので触れることも出来ないし遮ったところで意味は無い。

 イングイオスは魔法陣を突き破る様に通過し大きく斧を振り上げる。


 「潰れろぉ!!」


 先程とは違い、全力で斧を振り下ろすイングイオス。

 身体強化の前であれば不可避の一撃と思えるそれを紙一重でかわす。


 『鋼反射アルリヴェルベロ


 俺の呟きと共に魔法陣が輝き効果が発動する。

 光の粒子となって俺の体を覆い、淡い色に輝いて消える。

 

 「悪いなイングイオス殿、その動きはすでに見切ったよ。もう当たることは無い」


 これは嘘だ。

 先程の速度を維持して連続で畳みかけられればかわしきれない可能性がある。

 だからこそ、無駄だと言って牽制けんせいする。


「ヌゥグォオォー!」


 と思ったのだが、イングイオスはこちらの言葉が聞こえていないのか大斧を片手で振り回し始める。

 今まで両手で扱っていたそれをまるで小枝でも振るかのように扱う様は、まるで重さを感じさせない。

 おそらく戦士か亥人ならではの特殊な技能によるものだろう。

 だがあまりにも単調な攻撃だ。

 振り下ろす振り上げる横に薙ぐ距離を詰めて、また振り下ろす。

 この繰り返しだ。

 確かに今まで以上に素早く、どの攻撃も必殺の一撃だろう。

 しかし、動きが分かっていればいかに速かろうと回避は容易だ。


 「愚かな上に耳まで遠い・・・ぅわっ!?」


 後ろに飛び退こうとした拍子にかかとを何かに引っかけ尻餅を着いてしまう。

 つまずいたのは麻痺して地面に伏した別の亥人だ。

 しまった!誘導された。


 「グハハ潰れろ、ちっこいの!」


 イングイオスは仲間の亥人ごと攻撃するつもりなのか大斧を片手で掲げる。


 「チィッ!!」


 俺は体内の血の巡りを意識して魔力の展開を想い描く。

 途端に俺の体に複雑な文様が浮かび上がり、全身に熱い炎が駆け巡るような痛みを覚える。

 しかしそれは一瞬で。


 ・・・世界が変わる。


 それまで素早く見えていたイングイオスの動きが、まるで蝸牛かたつむりの如き遅さに感じる。

 いまだに斧を掲げきれてすらいない。

 しかし、俺の体もまるで粘性のある泥の中にでも落とされたかの様に重くなり、呼吸は高い山に登った様に苦しくなる。

 だが動かせないほどでは無い。

 これは『身体強化コルフォルティ』の効果ゆえでもある。

 最初に素の状態で使った時は満足に動けなかった。

 さて、あまりゆっくりしている余裕はない。


 俺はイングイオスの体をよじ登り、掲げている反対の脇に足を絡ませ肩に乗る。

 短剣で首元から鎖骨の内側に突き刺す。

 刃が短すぎて心臓には届かない気がするので動脈を狙う感じだ。

 ただし喉を傷つけると呼吸困難で話が出来なくなる事があるので体の真下を意識する。

 そして短剣を少し戻し横に引き首元の筋肉を切断しておく。

 うん、手ごたえは悪くない。

 だが、亥人オルクスを解体した事がある訳では無いので確かな事は分からない。

 人間と体の構造が似ているとはいえ差異さいも当然あるはずだからだ。

 取り合えず血が噴き出す前に背後に飛び降りる。

 片膝を着いて魔法の効果を解除すると、軽い眩暈めまいと脱力感に襲われる。


 以前に一度立ったまま解除したために立ちくらみになり、倒れた事がある。

 今回はすぐに解除したので、感覚が戻るのも早い。


 立ち上がって振り返ると巨体の亥人は首元から勢いよく吹き出すそれに、驚き混乱している様だ。

 だがそれも一瞬ですぐに大斧を投げ捨て、慌てて手で抑える。

 しかし、そんな事で止めれるような切り方は当然していない。

 指のすき間から間欠泉かんけつせんの様に噴き出し、上半身の色がどんどん変わっていく。

 うーん、思ったより深かったようだ、早めに質問した方がいいな。

 だが取り合えずここまで跳ねたら汚れるので、二歩さがる。


 「なっ消えた?ウグッ!?なにをした!!」


 その声は狼狽うろたえ恐怖が伝わってくる。


 「よかった、喋れるようだな。先ずは質問したい、村人と荷車が少なかったようだが、どうした?」


 この問いこそがヨルズを行かせた理由だ。

 アレに任せると楽しくなってやり過ぎる姿しか想像出来ない。

 荷車などどうでも良いが、こちらの把握している人数より村人が5名少なかった。

 薄暗かったので数え間違えの可能性はあるが、たぶん子供か若い女が居なくなっている。

 ラッツィオに確認しようとしたが、あの反応では何かあったのだろう。


 ・・・考えられる可能性としては見せしめに殺されたか、人質として別行動をさせているとかかな。

 人選を村人に任せ罪悪感や親心で動きを鈍らせる。

 自分の子供が人質なのにお前は逃げるのかとな・・・アルミニウス辺りなら考えそうだが、イングイオスが彼の言葉を採用するとは思えないな、可能性としては低いか。

 ・・・まぁいい、直接聞けばわかる事だ。


 「ぢっごいの!なにをじだぁ!?」


 イングイオスは荒い呼吸を繰り返し、声をかけられてこちらを振り返る。

 彼からしてみたら突然に俺が消えていつの間にか深手を負わされ背後から現れたっといった感覚だろう。


 「早く答えて欲しいな、手遅れになってしまうぞ」


 俺は肩を竦めてそれだけを伝える。

 説明してやる意味は無い、質問はこちらがしているのだ。


 「グガァーァアァー!」


 イングイオスは突然雄叫びを上げてこちらに詰め寄り、拳を何度も振り下ろす。

 と言っても彼らの手は人間と違い、太い指には大きく厚いひづめにも似た爪がついているため、引っ掻く様に指を折りその爪を打ち付けていると表現した方が正確かも知れない。

 そしてその連続した攻撃は俺に触れる直前に硬い何かに阻まれる。

 彼が腕を振るうたび、俺の周囲に一瞬黄色い光の波紋はもんが現れ、すぐに消える。


 「ぐおぉー!」


 やがてイングイオスは身を屈め振り下ろしていた両腕を庇うように後退る。

 生存本能の為せる業か、痛覚を鈍らせ自衛を無視した攻撃だった様だ。

 数度の攻撃により指は曲がり爪が砕け片方の手首からは白いモノが覗いている。


 「やっと無駄だと理解してもらえたかな?それは良かった。では早く教えてくれないか、手遅れになる前に、な。足りない村人と荷車は?」


 イングイオスの攻撃を防いだのは2つ目に発動させた魔法の効果だ。

 物理的な強い衝撃を一定量無効化し、その衝撃を相手に跳ね返すといった効果だ。

 コレが記載されていた王都の魔術書には体内魔素マジックポイントを大量に消費する使い勝手が悪い魔法だと書かれていたが、俺にとっては便利な魔法の1つだ。


 「だっだずげてぐれ!だのぶ」


 イングイオスが膝立ちになり屈み込んで俺の顔を覗き込む。


 「はぁ、話が通じないとはこの事か、まずは答えろ」


 俺は何度目かわからないが同じ言葉を繰り返す。


 「ばっばにを?」


 イングイオスは視線を彷徨わせ首を振り何のことか分からないと言ってくる。

 思わず目を覆いたくなる、ホントに話が通じないな。


 「聞いてなかったのか?足りない村人と荷車をどうした?」


 「ぞっぞでは・・・」


 イングイオスがさらに視線を彷徨わせ躊躇ためらう様な仕草をしたので、背を向ける。

 もういいや、話にならん。

 これならば他の亥人を叩き起こした方が早いのではないか?


 「あ!ばっばっで、ざどべ!さどへおぐっだ」


 すると慌てた様子で、ろれつの回らなくなり始めた口で告げる。


 「里?一足早くという事か?急ぐ理由が何かあるのか?」


 予想していた答えではあるが、望んでいなかった答えだ。


 「ぼっぼんどに、だずげで、いじぎが」


 「ならさっさと答えろ!なぜ急ぐ必要がある」


 命乞いをするイングイオスに声を荒げる。


 「やばのぞでいげ、いげにべに」


 「山の祖霊か?生贄・・・山の恵みが少なくなったので・・・って所か」


 思わず雄々(おお)しくたたずむ山脈へ視線を動かす。

 青くなり始めた空がうっすらとその全容を浮かび上がらせている。


 「ぞうぞうだ、だずげ・・・」


 俺はイングイオスに手をかざし、手の平ほどの魔法陣を展開する。

 簡単な魔法で、すぐに輝きが強くなる。


 『風刃ヴェンラム


 魔法が発動し、イングイオスの頭が転がる。


 「何かを期待していたようだが、俺は傷を癒やすような魔法は使えないぞ。まぁ、それにしても亥人オルクスは体が大きいからか、中々しぶといな。いや、大したものだ」


 俺は独り言を呟き、どんどん広がる水溜りから離れる。

 すると頭の近くに輝く青い石を見つける。

 どうやら一緒に転がったらしい。


 イングイオスはたぶんアルミニウスの兄だろう。

 俺は適当に歩きながら情報を整理する。

 彼の言葉を信じるならば次の族長候補にはイングイオスの方が有力だったようだ。

 ・・・アルミニウスが自分たちの立場が悪くなることを承知でカウキスを行かせたのは、ダークエルフの力を利用してイングイオスを殺させるためか?

 もしくは、ダークエルフが居なくなったら逃げ出すためか・・・。

 どちらにせよ困った奴だ。

 しかし愚か過ぎて話が通じないイングイオスよりは交渉相手として適している。

 ・・・これはケルキスの族長も期待できないかも知れないな。

 案外、イングイオスの愚かさを見せて自分アルミニウスたちの価値を高めようというのが狙いか?


 俺はしばらくそんな事を考えながら歩き、たまたま近くで寝ている亥人の服で汚れた短剣を拭う。


 「それで?もういいのか?」


 俺がそうつぶやくと、背後から影が浮かび上がるように膨れ、その中からノートが現れる。


 「何のことですか?」


 背後から返ってきたのは聞き慣れた素っ気ない声だ。

 そうだろうとも、彼女が気を失うなんて事そうそうある訳がない。


 「いや・・・無事ならば良い。それで、ブラーギが気を失った理由は何なんだ?」


 短剣の汚れを確認して鞘に収める。


 「彼女は私達の間では詩人しじんなどと言われてます」


 「詩人?」


 振り返るとノートはイングイオスの方へ歩いていた。

 俺は小走りに彼女の後を追う。


 「はい、物語のようなモノを歌って語るのが好きなのだそうです」


 ノートは喋りながら靴が汚れない距離まで近づくと、フーッと軽く息を吐き出す。

 その息は白く煌めき、イングイオスにぶつかると彼の体とその周りの濡れた大地を凍りつかせ、薄ら霜を降らせる。

 そして、背後から一陣の風が駆け抜ける。

 その風は周囲に満ちた鉄やら何やらの雑多な臭いを押し流し、澄んだ草の香りを届ける。

 どうやら、ノートには耐えられない臭いだったようだ。


 「その詩人という事はブラーギはあまりつよ・・・戦闘向きではないということか?」


 もちろんイングイオスとの戦闘を見る限り人間で相手にならないだろうが、ダークエルフ達の個人の強さは隔絶し過ぎて俺では推し量れない。


 「いいえ違います、何かと劇的な演出をしたがるのです。どうやら村人とのやり取りが気に入られたようですね」


 どういう意味かとノートをうかがえば、彼女はこちらの顔を覗き込んでいた。


 「それで協力して倒れたふりをした訳か?」


 思いのほか責める様な言い方になってしまった。


 「今頃は機嫌よく村人達に語っていると思います。領主自ら身をていしての救出劇を」


 そう言ってノートはハンカチを取り出し、口元へ持っていき息を吹きかける。

 それで俺の頬を拭う。

 ヒンヤリとした感覚が伝わってくる。

 気付かなかったが顔に跳ねていたようだ。

 かたまりかけていた液体がハンカチを汚した。 


 「・・・はぁ、とんだ晒し者だな」


 なんとなく気恥ずかしく大げさにため息をつき、肩を竦める。


 「領民を守れなかった領主への人気回復にはちょうど良いのでは?」


 ノートは汚れた布を凍らせながら素っ気なく言った。

 口調はいつもと変わらないが言ってることは中々に手厳しい。

 確かに彼等が襲われた責任の一端は俺にある。

 固まった布が砕け粉雪のように風に吹かれて飛んでいくのを眺めながらも、顔をしかめてしまう。


 「・・・そこまで配慮してくれるとは、俺は良い朋友ほうゆうを得たよ。だが、もう少し優しい言い方をして欲しいな。イングイオスも一人で倒したわけだし」


 彼女の言葉を選ばない指摘に、そんな愚痴ぐちがこぼれる。

 するとジッとこちらを見つめる瞳にぶつかる。


 「そうですね。ついでに言わせて頂きますと、相手の動きを阻害もせずに魔法陣をえがくなど愚策にも程があります。まずは・・・」


 しまった、余計なことを言ってしまった。

 どうにも厳しいなと思ったら、先程の戦闘が不満だったのだ。

 きっとどこかに潜み見守っていたのだろう。

 ノートは俺の魔法の師の一人だ。

 魔法の事になると普段の素っ気ない態度とは異なり、熱弁をふるうことがある。いや、よくある。


 「・・・相手が想定以上に機敏だったのなら近づく前に罠を・・・足元だけでなく・・・逃げることも考慮し・・・そもそも、我々のような魔法は・・・もっと慎重に・・・」


 こんな感じで話が長い。

 ・・・俺が戦った後はこの反省という名の説教が始まる事が多い。

 だが毎度のことでどうにも頭に入ってこない。


 ・・・俺は体内に蓄積される魔素マジックポイントが非常に少ない。

 かろうじて生活魔法などの簡単な魔法が発動できる程度だ。

 そのため体内魔素マジックポイントを使用する事が前提の『王国の魔法技術』では魔法を発動させる事が出来なかった。

 だから公爵領で魔法に関して教わっていた時は無能だと判断されていた。

 (この事が父を失望させたのかも知れない)


 だがノートにより教えてもらった周囲に宿る自然魔力マナを利用する方法ならば体内の魔素マジックポイントの量は関係が無い。

 ただしこの方法は、その環境により自然魔素エレメント自然魔力マナの量や質が変化し使用できる魔法に限りがある。

 例えば雨の日の海岸では炎の自然魔素エレメントが少なく火を扱う魔法が使用できなかったり、自然魔力マナの少ない特殊な結界内では魔法が使えない事もある。

 また術者によって利用できる範囲も個人差がある。

 例えば俺が周囲10メートルの自然魔力マナを集めれるならノートは100メートルといった具合だ。

 単純に考えてノートは俺の10倍近い自然魔力マナを利用して魔法を使える事になる。


 だが俺はダークエルフほど魔法の扱いに習熟している訳では無い。

 自然魔素エレメントから自然魔力マナを生み出す事は出来ない。

 それに息を吐いて対象を凍らせるなんてことも出来ないし、歌って相手を眠らせるなんて事も出来ない。

 どうやっているかも分からない。


 いま出来るのは体内で魔力を作るという詠唱えいしょうの行程を省き自然魔力マナを利用する事だけだ。

 それ以降の魔力を展開して魔法陣を描く王国式の方法は行う必要がある。

 これは彼女達からすればわざわざ自分の手札を見せながら戦うのと同じ事なので、非常に愚かな行為だ。

 だが当然のことながらノートもいきなり全ての技術を教えてくれるわけでは無い。


 足し算が理解できない者に掛け算や面積の求め方を教えても混乱するのと同じように、俺の魔術に対する理解が足りないためだと思う。

 というのも彼女は協力してくれる事になった当初から、俺の魔法技術の向上には積極的で様々な事を教えてくれた。


 「・・・聞いておられますか?」


 「・・・あぁ、もちろんだ。深く反省している」 


 俺の返事にノートは少し眉間にしわを作り、不機嫌ですよと主張しながら俺の顔を覗き込むように見つめてくる。

 こういう仕草はヨルズと似ていると思う。


 「また、別の事を考えておられましたね。だいたい完全に制御できるわけでも無い血統魔法をあの程度の相手に・・・」


 「あっあれは他の亥人まで潰そうとしていたから・・・」


 っというのは嘘で、薄暗かったために転んでしまい焦ったのだ。


 「すでに守る魔法は使っていたのですから、問題は無かったはずです。転んで動揺したのですよね。だいたいもっと周囲に気を配って・・・」


 一瞬で看破され説教が再会される。

 ノートは嘘が見破れるのだ、自分の愚かさにうなだれてしまう。


 そう、先程のイングイオスに致命傷を負わせたのは俺の血統魔法だ。

 正確には俺のというよりもボルージャ公爵家の血統魔法なのだろう、他に使い手がいないので詳しい所は分からないだが。


 その効果は感覚や判断能力が非常に加速するといった感じだ。

 体感的には周囲の時間がとても遅くなる。

 ただし身体能力も向上する訳では無いので、事前に別の魔法で強化しておかないと速く動ける訳では無い。


 ノートと初めて出会った時にこの魔法が偶然発動して助かった経緯がある。

 当然、この魔法でノートを倒した訳では無い。

 彼女の致命の一撃をこの魔法が発動した事で回避し、その反動で俺は気絶した。

 意識を取り戻すとノートがそばに居て、どうやったのか聞いてきたので、教える代わりに俺の統治に協力してくれと頼んだ。

 彼女は了承してくれて今に至る。

 ・・・ちなみに彼女がダークエルフを統べる立場だと知ったのは後の事だ。


 そう言う意味ではダークエルフと協力関係を結べたことがこの魔法の最大のメリットかも知れない。

 この血統魔法を使いこなせるようになれば非常に強力なのはわかるのだが、使用には痛みや身体的な負担を伴うので、いつでも使い放題という訳では無い。

 先ほどの様に短時間ならば問題は無いが、長く使えば数日意識を失う事すらある。

 それにいちおう魔法とは言っているが実際は一般的な魔法とは大きく異なり、魔力などはほとんど必要としない。

 必要なのは魔力を扱う感覚であって実際の体内魔素マジックポイントでは無い。

 だからこそ体内魔力マジックポイントの少ない俺でも発動できた訳だ。


 まぁ、これは俺の血統魔法の話なので、王家の血統魔法もそうなのかは分からない。

 傷や病を癒すと言う効果は知っているが、その他の情報は厳重に秘匿されているため知りようがない。

 ノートなら秘密裏に潜入させ調べる事も出来るかもしれないが、露見ろけんすれば即王家と敵対してしまうだろう。

 そんな危険を冒すほどの必要性は・・・。

 「ですから・・・」


 「あ!あー!」


 俺の思考とノートの説教をヨルズの元気すぎる声が遮る。


 「ヨルズか・・・」


 どうやら走って戻ってきたようだ。


 「アニィずるい!」


 「ずっずるいって、何がだ」


 さすがに意味が分からない。

 イングイオスをだますような事をしたからか?


 「ボクもブタさんと戦いたかったのに!話だけって言ったのに!それにボクとは戦わないくせにブタさんとやってる!!」


 ヨルズは凍った塊と転がった頭部の間を何度も往復させて指さしながら訴える。


 「そうか、それは悪かったな。仲良くしようと言ったんだが、何故か怒ってしまってな」


 俺は頭をかいて誤魔化す。


 「ぶぅーう!」


 だがフグみたい頬を膨らませる。


 「悪かった。お!そうだ。今度アルミニウス達が仲間になったら彼らを稽古すれば良い。もちろん殺してはダメだが、中々耐久力がある様だぞ。あぁ、それと彼らはブタさんじゃなくてオルクスと呼んでやってくれ。な?それでいいだろ?」


 俺は今思いついた妙案を口早に話す。

 これならばヨルズも満足だろうし、亥人オルクス達の練度も上がる、一石二鳥だ。

 もちろん、同じような考えからヴァランスの衛兵が毎度傷だらけなのは無視する。


 「ぷん!」


 ヨルズはそっぽ向いてしまう。

 ・・・交渉に失敗した様だ。


 「ヨルズ、村人たちは?」


 ノートがヨルズに声をかける。


 「あ、はい母様。ブラーギが起きたからもう大丈夫。だけど・・・その、ずっと歌ってて、うるさいからこっちに来ちゃった」


 ヨルズが少し上目遣いでノートの様子を伺いながら話す。


 「ヨルズ、村人を任せると言われたわね?与えられた任務を途中で・・・」


 「ま、待て待て待て!」


 ノートのあまりにも冷たい声音に、思わず止めに入る。


 「あー、その、あれだ!丁度よかった!うん、出来れば呼び戻そうと思っていたんだ!ホントに・・・」


 ノートの恐ろしい視線を努めて無視して口早に続ける。


 「実はイングイオスから他にも村人が居る事を聞き出してな!うん、それで助けに行くのに人手が欲しいと思っていたんだ」


 ヨルズはノートの反応を見てしょぼくれて居たが、俺がそう言うとバッと顔を上げてノートを見る。

 げんきんな奴め、いまだにノートから冷たい視線を送られる俺の身にもなれ。


 「えっと、それでその数名の村人は休まずに山へ送ったそうだ。だから、その亥人の里とやらが山のどの辺りかは分からないが・・・今から追い着く事は難しいだろう?だから・・・」


 「・・・セサル様」


 「あ、はい」


 説明の途中でノートの静かな声に思わず返事をしてしまう。


 「あまりヨルズを甘やかさないで下さい」


 確かに、人それぞれ種族それぞれに教育の方針と言うものがあるだろう。

 無責任に口出すべきではない。


 「・・・すまない」


 俺は頭を下げて謝罪する。


 「・・・ヨルズ、何かを任され、それを請け負ったのなら、最後まで責任を持ち達成するよう努めなさい」


 ノートはヨルズに先ほどまでとは違い、温かみのある声で諭す。


 「はい、母様」


 その返事にノートは頷いてヨルズの頭を撫でる。


 「・・・セサル様、その村人の追跡やってできない事は無いと思いますよ」


 俺の方に向き直り、いつもの素っ気ない調子で話す。


 「え?あ、そうなのか?」


 ノートの答えに驚いてしまう。

 それの意味するところはこれから山へ入って行くと同意だからだ。


 「ただ、もう一度あの狼に乗って頂く必要がございますが、よろしいですか?」


 ・・・たしかにあの巨狼ならば間に合うかもしれないが・・・正直、二度と乗りたくはない。

 ノートの表情を伺えば、あの悪戯っぽい微笑みを浮かべている。

 仕返しのつもりだったり・・・しないよな?


 「・・・そっそうだな。もしそれで民を救える可能性があるなら・・・もう一度乗る、しかない・・・か」


 「そうですか、でもあの子は夜の間しかいう事を聞きません。もうすぐ日が昇りますので、別の子を呼ぶ事になります」


 言われてみれば、もう辺りはすっかり明るくなり色も分かるほどになっていた。

 空も白くなり、じき日が昇るだろう。


 「・・・では少し待つか。ところでヨルズ、亥人達の痺れはどのくらい続くんだ?」


 「うーん、もう少しは痺れてると思うけど」


 ヨルズは首を傾げて少し考えた後、近くに転がっている亥人の頭の毛を掴んで持ち上げ覗き込む。


 「昼までは難しいか?」


 「無理だと思うよ」


 そう言って頭の毛を放すと、べたっと地面に頭が落ちる。

 そういえば、イングイオスの頭の事を忘れていたな。


 「ノート、すまないが、イングイオスの頭部も保存しておいてくれないか?」


 ノートは軽く頷く。


 「では、取り合えず今の内に少し眠る。もしディナルドかアルタッラの兵が先に着くようなら起こしてくれ」


 「えー!時間あるなら戦おうよ!」


 ヨルズがまた無茶な事を言い始める。


 「勘弁してくれ、昨日から寝てないからさすがに疲れた。俺はヨルズ達みたく数日活動し続けれるほど頑丈じゃ無い」


 「ぶーぶー」


 ヨルズのそんな声を聞き流しながら目を瞑り眠りに落ちる。

 読んで頂きありがとうございます。

 今回は文字数が多くなり過ぎたので、次の話は分割する可能性があります。

 (たぶん投稿が早くなることは無いです。すみません)

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