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お兄様と山の民。

一か月以上も空いてしまいました。

申し訳ありません。

 日も沈み始めた頃、その小屋には豚人オークが4人で待っていた。

 襲ってきた32人の豚人オークには指揮権を有する代表を選びここで待機するように伝えておいた。

 この4人がそうなのだろう。 


 陸棲りくせいの人型だからか蛸人ポルポス達とは違い、人間の言葉が通じたのは僥倖ぎょうこうだった。

 もし先ほどの交戦中に言葉が通じないようなら殲滅せんめつする他なかった。

 放置して他の村が襲われては愚かだからだ。

 しかしこちらの油断があったとはいえ、あれほど見事な奇襲きしゅうを成功させる者達を殺したくはない。

 出来ることならば懐柔かいじゅうして利用したい。

 もしあの時、ノートとヨルズが居なければ今頃はかなりの被害を受けていたはずだ。

 音までも遠のく霧の中で全滅した可能性もあると思っている。

 そんなオークらを味方に引き入れることが出来れば、領内の兵力を大きく向上させることが出来るはずだ。


 あの奇襲の被害は人間の負傷が37名。

 うち重傷は3名で明日の行軍は無理だがいずれは回復するだろう。

 しかし、馬は14頭が使えなくなった。

 やっと一人前になった軍馬を失うのは正直かなり手痛い損失と言えるが、オークらとの交渉次第ではより大きな利益につながるかも知れない。

 俺は言葉が通じ交渉が可能ならば有能な者は味方に引き入れ利用したいと思っている。

 ・・・この考えは一般的では無いかも知れないがノート達の前例もあるし豚人オークたちを領民に・・・。


 「なんだ人間!呼び出しておいて黙りか!?」


 苛立ちを隠そうともしないでそう言ってきたのは、4人の中で最も大柄で片目に大きな傷がある独眼の豚人オークだ。

 背中は茶色い剛毛に覆われ、胸から腹にかけては馬の体の様に短い黒い毛に覆われ腰には毛皮を巻いている。

 背中の留め具はたぶん大型な斧を背負うためのモノだろう。

 オークらの武器は預かり馬車で運んだが、その中にはかなり大きな斧があった。

 ヨルズが面白そうにいじり回していたが、もしかすると彼のモノかも知れない。

 文献に豚人オークは豚の様なと記載されていたが、ここに居る者は腹筋が割れ筋肉質で下顎から牙は覗き、鼻の形が上を向いていると言うこともない、豚を連想させる要素などはどこにも無い。

 人に家畜された豚というよりは野に生きる猪だ。

 特にこの独眼の豚人オークは筋骨隆々で体のあちこちに大小様々な古傷があり、まさしく歴戦の勇といった風体ふうていだ。

 そこまで考え、相手がより苛立っている事に気付く。


 「これはすまなかったな。この村では手頃な建物と思ったんだが・・・」


 座っていても彼らの方が俺より視線が高く、非常に威圧感がある。

 それが怖かったわけでは無いが、言い訳をしながら家の中を見回す。

 そこには人の生活していた痕跡があちらこちらに残っている。

 釜戸かまどには燃料の黒い塊がそのままになり、水竹と言われる水生植物の竹を使った器が割れたまま土間に転がり、寝具は畳まれずに放置されている。

 一家族には手頃だったのかも知れない家屋が人間より大きな豚人オークが4人も集まれば手狭な感じだ。


 「いささか小さかったようだな」


 だがここを選んだ理由は家の大きさではなく村の外れという立地にある。

 ここならば大声を出したとしても兵や他の豚人オークたちの控える場所まではまず届くことはないだろう。

 ・・・豚人オークが種族的にダークエルフほど聴覚に優れていなければだが。


 「我らは気にしない、どの様な場所でもな。だが体を温めるために火を使った」


 ヨルズに掴まれ溺れかけていた魔術師の豚人オークが応える。

 彼が身にまとっていた羽根飾りの衣服は壁にかけられ、筋肉質な体をむき出しにしている。

 だが隣の独眼の豚人オークに比べると明らかに細い。

 しかしそれは二人の豚人オークを並べて見比べればであり、人間からすれば遥かにたくましい。

 他にあと二人の豚人オークが囲むように居間に座り、その中心にある囲炉裏いろりから黒い燃料を燃やした煙が立ち昇っている。


 攻撃してきた時は全身に泥を塗り、中には背中に水草を背負うことで擬態ぎたいした者までいたが、村に入る時に体を洗うことを求めてきたので許可した。

 投降してからのオークらは非常に大人しく行軍にも協力的だった。

 もしかすると強い者が正しいとするような文化でもあるのかも知れない。


 「それはいいが、何か特殊な香りが・・・」


 香木か何かを焚いたみたいで不思議な香りが屋内に満ちている。


 「随分臭いですね。獣の匂い消しですか?」


 遅れてきたノートがそう言いながら壊れた戸口の前、丁度俺の後ろ辺りに立った。

 途端に豚人オークが殺気立つ。っと言っても表立って怒りをあらわにしたのは一人だ。


 「なんだと!!獣とは我らの事か!?」


 独眼の豚人が元々見えている牙をさらにむいて立ち上がろうとする。


 「落ち着け」


 しかし魔術師の豚人がその肩に手を置いて押し止める。

 どうやら独眼の戦士より魔術師の彼の方が立場が上らしい。


 全ての豚人の視線がノートへ向けられた機会を逃さず、他の豚人たちを盗み見るように観察する。

 残りの二人の豚人は片方がたぶん女性だろう、口元に牙が突き出しておらず筋肉質な体だが丸みがある。

 顔の上半分を何かの頭骨の仮面で覆っているため表情の細かな変化などはわからないが口元を見る限り人間に近いようだ。

 もう一人の豚人は寡黙で反応が薄い。

 手元に空の矢筒を置き、腕を胸の前で組んでジッと話の流れをうかがっている。

 その佇まいと雰囲気は独特で、存在感というか気配が薄い感じだ。

 それに体毛も他の豚人達とは違い、灰色の多いまだらだ。

 もしかすると違う部族なのかも知れない。


 「あら、違ったのですね。ラベルタをいぶしていたのでてっきり・・・」


 ノートは豚人の反応など意にも返さず肩をすくめる。


 「ラベルタ?」


 聞き覚えの無い名前だった。

 森で生活するからか彼女ダークエルフたちの植物に関する知識は人間のそれを遥かに凌ぐ。

 俺も貴族の端くれ、様々な文献に接する機会は多かったし夢の知識もある。

 それでもやはり知らないことは多い。


 「ラヴァンドラとも言います」


 「あぁ、それならば図鑑で見たことがあったな。たしか・・・」


 公爵の館で見たんだったか?

 ・・・魔力を回復させる効果のある珍しい植物で高級な薬品の原料になる・・・だったか。

 囲炉裏にくべられた乾燥した植物に視線が動く・・・希少植物が燃えパチパチと音をたてている。


 「低地の領主よ。魔力を回復させる香だ。もし不快ならば外へ出るが?」


 魔術師は炎に釘付けになる姿を見て何か勘違いした様でそんな事を聞いてくる。


 「うん?あぁ・・・いや、それには及ばない。この香りは嫌いでは無いが・・・」


 虜囚りょしゅうの身で堂々と魔力を回復させていると宣言された事についても動揺してしまったが、ラヴァンドラが燃えている事の方が衝撃が大きい。

 いや、うん。

 気持ちを切り替えよう、今はその事について考える時ではない。

 彼らを味方につけた方が利益は大きい、うん。


 スッキリとして爽やかな香りが鼻を刺激する。

 高価な香りだと思えばどこか落ち着くような気がするのだから俺の鼻も現金なモノだ。


 「あまり長く嗅ぐと思考が鈍りますよ」


 深く吸い込もうとした絶妙な瞬間、背後から冷や水をぶっかけられるような指摘を受ける。


 「ゴッゴホッゴホッ」


 思わずむせてしまう。


 「なに!?毒だとぬかすか!!」


 「百薬とて過ぎれば毒となります」


 独眼を無視してノートが俺に語り掛け、さり気なく背中を摩る。


 「カウキス、その者の言っていることは間違ってはいない。我々にはそこまで強い副作用はないが、小さき人間ならばそういうことも有るだろう」


 「ヌ?ムゥ・・・そうなのか?人間とはひ弱なモノだな」


 魔術師の指摘を受けカウキスと呼ばれた豚人オークがこちらに冷ややかな視線を向ける。


 「よせ、低地の領主よ。意図したことではない」


 俺は少し戸口から離れ、軽く服を叩き香りを追い払う。


 「動揺して見苦しいところを見せた。ここならばさほど香りも届かない、少し距離はあるがこちらで話させてもらう」


 建物の外から中へ声をかけるという多少不自然な状態だが仕方ないだろう。

 魔術師の豚人は軽くうなずき続きを促す。


 「まずはそうだな。お互いに名乗らないか?」


 「我はゲルムのケルキス族がおさセ・ギメルスの息子アルミニウス」


 魔術師は軽く顔を上げ牙を強調するようにし、片手を握り胸の前で叩くようにして名乗る。

 彼らの正式な礼法なのかもしれない。


 「私はこの周辺を治めるヴァレンティノ・セサル・ボルージャ」


 俺は軽く視線を下げて目礼する。

 格下の貴族に対する礼法になるのだが、一応彼の地位を考慮して敬意を表した形だ。

 もっとも、彼らに理解されたかは分からないが。


 「それではアルミニウス殿に確認したいことがいくつかある。もちろん虚偽の回答をしても構わないが、私には精神を操る手段が有ることを先に告げておく」


 アルミニウス以外が俺の後ろ、そこに控える者に向けられる。

 その目には明らかな警戒の色が伺える。

 しかしヨルズはよくあの霧の中で族長の息子を見つけられたものだ。

 ・・・そういえばノートも迷いなく俺の寝所に忍び込んでいたし、ダークエルフの特殊能力か何かなのか。


 「だが、まずは豚人オークたちがな・・・」


 「ダマレ!小人リティルが!」


 独眼の豚人がこちらを鋭く睨み牙を剥いて立ち上がる。

 そこには今にも俺に拳を振り下ろそうとする巨人が居た。

 先ほどまでの苛立ちとは明確に異なる、殺意がそこにはあった。

 

 「カウキス!座っていろ」


 アルミニウスは踏み込もうとする独眼の男を声だけで思いとどまらせる。


 「しかしな!」


 振り返って抗議しようとする独眼をアルミニウスは手を上げて黙らせる。

 突然の2人のやりとりに、理解が追いつかない。

 ん?小人リティル?さっきまで人間と言っていたよな?

 人間に対する蔑称べっしょうなのだろうか?


 「ボルージャよ、我々は自分達のことを亥人オルクスと呼ぶ。豚人オークとは低地の者共がかってに付けた呼び名だ。我々にとっては不本意で許容できぬ侮蔑ぶべつだ」


 アルミニウスから、静かな口調ながら有無を言わせぬ迫力を感じる。

 次は許さない、そう言うことなのだろう。

 異文化とはこういう時に困るモノだ。


 「そうか、それは知らぬ事とはいえ無礼をした。謝罪する」


 俺は軽く頭を下げる。

 貴族とは本来、軽々しく首を垂れるものでは無いが友好関係を築こうとしている相手を侮辱するとは愚かの極みだ。

 彼らに頭を下げると言う行為が正しく伝わる保証はないが、己の不明を恥じる意味でもそうする他ないと思った。

 

 「・・・フン!精神を操るとまで言った低地の小人リティルの言葉とも思えんがな」


 片目の男は腕を組み鼻息荒く元の場所に腰を落としながら吐き捨てる。

 言葉は辛辣しんらつだが、先ほどの攻撃的な雰囲気がなくなったのでこちらの意図は伝わった様だ。


 「よせ、カウキス。ボルージャ殿、謝罪を受け入れる。それで?何が知りたい」


 アルミニウスは先ほどから感情の起伏が少ない。

 物腰は丁寧だが交渉相手としては嫌な存在だ。

 それならばまだ独眼のカウキスと呼ばれた亥人オルクスの方がわかりやすく楽だ。

 なぜなら異種族は価値観が大きく異なる事が多いため、感情の起伏が分からないと思考を読むことが非常に難しいからだ。


 「まずは村人の所在だ」


 「・・・話す事は出来ない」


 アルミニウスは他の亥人オルクスに確認することなく即答する。

 4人いるが彼に最終決定権があるという事かもしれない。


 「そうか、ならば目的は何だ?」


 「・・・・・・」


 ・・・今度は沈黙か。

 だがこの二つの質問には応えずともさして問題はない。

 何故なら先ほどイズーナと呼ばれたダークエルフの報告で大方の予想はできているからだ。

 彼女が戻ればより詳しい状況も分かるはずだ。

 本当に知りたかったのはアルミニウスの態度だ。

 彼の出方次第で今後の亥人オルクスにたいする対応が変わってくる。

 というのも俺にとって必要なのは彼の魔術・戦術に関する知識であり、亥人オルクスという種族には今の所さほど魅力を感じない。

 単体では人間より優れるがそれだけだ。

 数で勝れば滅ぼせない相手では無い。


 「それくらいは教えて欲しいものだ。私は亥人オルクス達に対して出来る限りの礼を尽くしているつもりだ。人間ならば捕虜は拘束するのが当然で、そうしないのは貴族の場合のみだ。しかし私は貴方あなた達の武器こそ預かったが拘束をしたわけでは無いし、不必要な殺傷もしていない。それは戦士として敬意を現しているからに他ならない」


 途中カウキスが何か言いかけたが、戦士としてと言った辺りで押し黙った。

 実にぎょしやすい。

 オルクスらが皆この程度の知力ならば必要はない。

 味方にしても騙されて裏切るのが目に浮かぶ。

 しかし、俺は遠回しに他の亥人オルクスを人質に取っていると言ったのだ。


 「・・・食糧を得るためだ」


 アルミニウスは一瞬眉間にしわを寄せた後にそう言った。

 まぁそうだろう、そんな事は分かっている。


 「そうか、村人も食糧と言う訳か?」


 「そんな訳があるか!!我々はお前らの肉など食わぬわ!!」


 カウキスが水竹の床を拳で打ち貫いて穴を開けてしまう。

 あまりの剣幕に驚いてしまう。


 「ん?そうなのか?」


 俺はカウキスへの動揺をさとられないよう努めて平静を装いノートに振り向き確認する。


 「彼らの習慣なんて知りませんよ」


 彼女は肩をすくめてそう答える。

 相変わらず素っ気ない。


 「そうか。・・・どうやら誤解していたようだ。だが、ならばなぜ村人まで連れて行く必要がある?そちらの拠点に戻るにしても歩みは遅くなるし足手まといだろ?」


 「・・・フンッ!」


 カウキスは鼻を鳴らして腕を組みそっぽ向いてしまう。

 アルミニウスはジッとこちらを見詰め沈黙したままだ。

 女と矢筒の亥人オルクスは参加はするが意見を言うつもりは無いようで何かを読み取ることは出来なかった。


 「奴隷として。と言ったところではないですか?」


 彼らの代わりにノートが妥当な予想をのべる。


 「まぁそうだな、小人リティルなど他に使い道もないか?」


 「フンッ!」


 俺がわざとらしく先ほどのカウキスの言葉を含めて言うと、カウキスは不機嫌そうにまた鼻を鳴らす。

 その態度は言い当てられて面白くないといった感じか。

 こいつは助かるな。

 表情のよみにくい異種族間の交渉で、ここまで単純で分かり易い反応なのは正直ありがたい。

 演技という可能性もないでは無いが、そんな器用な男にも見えない。


 「まぁいい。それでは別の質問だ、なぜアルミニウス殿は敵地に残っているのだ?族長のご子息ならば人間の奴隷とは比べ物にならぬはず。その身が囚われる危険を冒すほど、この地にまだすべき事があるとも思えないが」


 カウキスがまた鋭く睨み付けてくる。


 「・・・その質問にも・・・」


 アルミニウスはカウキス動く前に応えようとする。

 しかし、最後まで言わせず続ける。


 「例えばそうだな。屈強な亥人オルクス達の中にあって魔術を操るアルミニウス殿は異端で軽んじられている。とかかな?一族の繁栄のため、新たな奴隷を得るために犠牲になれと族長に命じられたとか?」


 他にはこの村の食糧だけでは足りなかったとか・・・。


 「キッキサマ!・・・」


 俺が簡単な予想を告げ、かまをかけるとカウキスが毛を逆立てなが驚いている。

 かなり近いところに当たったようだ。


 「・・・随分と我々の事情に詳しいな?ボルージャ」


 ん?アルミニウスに焦りの色はないが驚いているのか、声が少し低くなり、まるでこちらを威嚇でもしているようだ。

 これは近いどころか、完全に言い当てたのかもしれない。


 「そうではない、私も似たような立場だからだ。これでも私は広大な領土を持つ国で2番目の地位にある家の長子でね。だが皮肉と父は弟に継がせたいらしい。だからこうして危険な場所の調査にも出向かなくてはならないという訳だ」


 俺は肩をすくめながら自嘲気味に話す。


 「・・・それで?なぜそんな話をする?」


 アルミニウスは油断なくこちらを見つめる。

 警戒は相変わらずだが威嚇するような声ではなくなった。


 「そうだな、飾らずに言わせてもらう」


 俺は真っ直ぐにアルミニウスの目を見つめる。

 少しでも感情の変化を見逃さないためだ。


 「アルミニウス殿、敵地で孤軍奮闘せよと命じるなど愚かな指導者だと私は思う、それが有能な者達ならばなおさらだ。そんな者の命で死ぬぐらいならば私の元で働かないか?」


 とは言ったものの上に立つ者としては時と場合により、その様に命じることも有るだろう。

 しかし、命じられる側からすればたまったモノでは無いはずだ。


 「小人が!何を!?」


 カウキスは一瞬呆気にとられた様だがすぐに立ち直り声を荒げ始める。

 俺はそれを遮るように続ける。


 「私はアルミニウス殿の魔術、そしてそれを活かす戦術を非常に高く評価している。先ほどは運良く対抗手段があったが、もしあのままであれば霧中で全滅した可能性もあったと考えている」


 「黙れ黙れ!だれがそんな・・・」


 「グッグッグッグッ」


 カウキスの怒声をアルミニウスの低い笑い声が遮る。


 「アルミニウス?」


 カウキスが驚いて振り返り信じられないという様に気の抜けた声をかける。


 「まさか臆病者の戦術が褒められる日が来るとはな。しかも、それが人間であろうとは・・・フッハッハッハ」


 アルミニウスは独白したあと、声高に笑い始める。


 「笑い事ではないぞ!!」


 「まぁ、そういうなカウキス。しかしだボルージャ、これでも共について来てくれた同胞が居る。独りおめおめと助かろうなどとは考えられん」


 仲間を思う様な事を言っているがアルミニウスの目はどこまでも冷徹だ。

 真意までは分からないが、目的が仲間ではない様に思える。


 「そうだ!そうだともアルミニウス!!よく言った!」


 しかしカウキスは我が意を得たりという様に上機嫌にアルミニウスの肩を叩く。


 「それもそうだな。ならば共にいた亥人オルクス達も全て受け入れよう。村を作るのならそれにも協力する。畑や種、当然足りない食料もこちらから提供する」


 「・・・理由がわからん。何故そこまでする?我々は人間の倍は食う。それをまかなえる程の食料を提供できるというのか?」


 「無論、寒季かんきを越せるだけの食料を用意しよう。それだけアルミニウス殿を評価していると考えて欲しい。だがそうだな、他の亥人オルクスに食料を提供する見返りに山の知識と、争いがあった際の協力を頼むと言うのはどうだろう。亥人オルクス達は皆優秀な戦士のようだしな」


 「アルミニウス!!コイツは我らを裏切り者にして、さらに先兵にえようと考えているのだ!!」


 カウキスが俺を指さしながらアルミニウスに詰め寄る。


 「その側面がないとは言わない。山で起きた争い事ならば先ず矢面に立ってもらうことになるだろう、しかし先も言ったが私はアルミニウス殿の戦術にこそ重きを置いている。恥ずかしながら今の我々では魔術を利用した集団戦術などの知識に乏しいのだ。だからご教授願いたいとな」


 「・・・それは兵として務めれば、我々の自治を認めるという事か?」


 ・・・自治だと?

 自治権の話をいきなりされるとは思っていなかった。

 食料を提供し、彼らのやることに口を出せないではこちらの不利益が大きすぎる。

 ・・・どうすべきだ?

 アルミニウスはジッとこちらの反応をうかがっている。

 やはりこの亥人は頭が回るな、少々危険な程だ。


 「自治か・・・ある程度は認めたいが・・・。いや・・・そうだな、私としては人間と亥人の交流を望んでいる。だからその村には他の種族も受け入れてもらいたいな。その条件を飲んでくれるなら・・・」


 「フンッ!監視と言うことだろ!ほらみろアルミニウス!元々我らを信用する気など無いのだ」


 カウキスが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 その態度に少なからず驚いてしまう。

 彼の印象は短気で短慮、引くことを知らぬ猪武者だと思っていた。

 しかし、偏見的で無遠慮な言動ではあるが彼の思考は早く、こちらの意図を察する能力もある。

 存外一番の食わせ者かも知れないな。


 「そうとってもらっても構わない。だが習慣の違い等による些末ないさかいを無くすためだと思って欲しいな」


 「・・・いいだろう。我々はボルージャ・・・ど・の、に協力しよう」


 「アルミニウス!?」


 「ただし、同族と殺し合うような事をするつもりは無い」


 「ふむ、当然だな。心配せずともここの村人は我々の力だけで取り戻す。・・・しかし、亥人オルクス達による抵抗にあった場合は滅ぼすことになるかも知れない」


 「なにを・・・」


 「できる限り生かして欲しいな」


 カウキスを無視してアルミニウスが話す。

 彼の中ではすでにある程度の犠牲はやむなしと考えているのかも知れない。


 「・・・それは非常に難しい注文だ。かたきなどと思われて背中を斬られたくはないからな。禍根は残したくない」


 「お前たちは何を!!なにを話し合っている!!アルミニウス!?里の同胞を見捨てるというのか!!」


 「先に見捨てたのはやつ・・・いや、族長だ」


 「それは!!・・・」


 カウキスがうるさいが、この中で一番決定権のあるアルミニウスの同意が得らえたのでこれ以上ここにいる必要はない。

 あとは彼が他の者をまとめるだろう。


 「よし、では私は明日に備えよう。アルミニウス殿これからよろしく頼む」


 「こちらこそ、領主ボルージャどの」


 俺はうなずいて、踵を返す。

 うしろからカウキスのやかましい声が聞こえたが、さっさと小屋から離れる。




 すっかり暗くなったあぜ道をノートの魔法の光を頼りに歩く。

 小屋からかなり離れ周囲には虫の音しか聞こえなくなった辺りでノートが声をかけて来た。


 「アレを信用するんですか?」


 「嘘でもついていたか?」


 「いえ、先ほどの会話には偽りは感じませんでした」


 「そうか、まぁ信用はしないさ。特にアルミニウスという男は危険な・・・」


 『何を考えているんだ!アルミニウス!!あんな話を受けるなど!!ヤツらに操られでもしたのか!?』


 突然のカウキスの声に驚いて振り返ると、満面の笑みを浮かべたヨルズが立っていた。

 俺を驚かせた事が余程嬉しいらしい。

 先程まで居た小屋はすでに小さくなり当然話し声など聞こえるはずもないのだが、ダークエルフ達には問題なく聞き取れるらしい。


 『カウキス、人間が連れていたのは森の魔霊と言われる者達だ。あの小さい魔霊でも恐ろしい力を持っていた、我々ではどうあっても勝ち目はない』


 今度はアルミニウスの声で話す、口は動いているが外観とあまりにも違う声なので違和感がある。


 『やる前から諦め、同胞を見捨て!いや!裏切ると言うのか!?見損なったぞアルミニウス!!』


 ヨルズがチョコチョコ左右に向きを変えながら独り芝居をする。


 『そうではない、ヤツらを利用するのだ。族長を殺させ、里を掌握するためにな。元々低地への略奪など無理があったのだ。これこそ里を救う方法だ』


 『それが裏切りだというのだ!お前の父なのだぞ!!それに里の同胞を小人が助けるとは思えん!!お前達も何とか言え!!』


 『私はアルミニウスについて行く』


 ヨルズがとつぜん聞き覚えのない女らしい声を出す。

 たぶん先程は発言しなかった1人だろう。


 『ケルキスの長は魔術を嫌い、傷付いた英雄を疎み、他所から来た飛び道具も受け入れなかった。このままではいずれ一族が滅ぶ』


 次の声も聞き覚えが無い、きっと矢筒の亥人だろう。


 『よそも・・・』


 『カウキス、考えを変える気はない。それ以上は自分を貶める行為だぞ』


 『フンッ!もういい、お前にはついていけぬ独りでも戻る』


 『止めはせん。だがあの人間ボルージャと魔霊に相対するは愚かだ。里に戻るのならば皆を逃がせ』


 『フンッ!』


 小屋の方を見ると開け放たれた入り口から漏れる光が一瞬遮られた。

 おそらくカウキスが外に出たのだろう。

 ・・・アルミニウスの奴、わざとカウキスを行かせてこちらの出方を見るつもりか・・・?


 「アニィ!?」


 アルミニウスの思惑を読もうとして意識が逸れたのをヨルズに呼び戻される。

 一人芝居を止め、非常に不満そうにこちらを覗き込んでいる。


 「ヨルズ、よくそんな色々な声が出せるな」


 俺が誤魔化す様に明るく声をかけるとキョトンとした表情になる。


 「え?アニィ出来ないの?みんなこの位できるよね?」


 「そうなのか?」


 ノートの方を見ながら確認する。


 「当然です。それよりアレを放置してもよろしいのですか?」


 ノートは山の方角を見ながらそう言った。

 おそらく彼女には暗闇の中でもカウキスの後ろ姿が見えているのだろう。

 アルミニウスの思惑はどうあれ、放ってはおけない。


 「放置して村人を殺されるわけにもいかないしな。後をつけ・・・」


 「イズーナ!おかえり」


 俺の言葉はヨルズの嬉しそうな声でかきけされる。

 ヨルズの視線を追えば、暗闇から浮き出るように1人のダークエルフが姿を現す。


 「ただいま戻りましたノート様、ヨルズ様」



 イズーナがもたらした情報によると、村人を連れた一団は明るい内に山へ入ることは出来ず平原で野営したらしい。

 当然と言えば当然な結果だ。

 彼らは村人を全員連れて行った。

 人数や運ぶものが増えれば進行は遅くなるものだし、人目を避け街道から外れればなおのこと手間取るはずだ。

 亥人オルクスだけなら夜中も移動出来るかも知れないが、人間という荷物があってはそれも難しいだろう。

 きっとカウキスも野営地を目指すはずだが、場所さえわかれば先回りは可能だろう。


 「彼らが眠るなら殲滅せんめつも容易ですが?」


 イズーナの提案を受けてノートがこちらを見る。


 「いや、亥人オルクスという種族に少し興味が湧いた。彼らの族長と話してみたい、私とノートで交渉に向かう。アルミニウスは油断できないため、ヨルズとイズーナで・・・」


 「えー!一緒に行く!」


 ヨルズに残れという前に頬を膨らませて抗議してくる。


 「ヨルズ、アルミニ・・・いや、お前に掴まれていた亥人オルクスはその事をかなり警戒していた。先ほどの様子ではノートの事もな。だがその両方が居なくなっては流石に逃げ出すかもしれん、それは避けたい」


 「ぶぅーう」


 ヨルズが頬を膨らませる。


 「ノート様、僭越せんえつながら私がノート様の身代わりをつとめたいと思います」


 ヨルズの様子を一瞥した後、イズーナがノートに頭を下げて申し出る。


 「イズーナ、ヨルズを甘やかしすぎよ」


 イズーナの言葉にヨルズが嬉しそうにノートを顔を見たが、次の瞬間またふくれる。

 いい提案かとも思ったが、ノートは乗り気では無いようだ。


 「もうしわけ・・・」


 「いいわ、今回は特別に許可するわ」


 ノートと目が合ったので頷くと、やれやれと言った感じにため息をついた後、イズーナに許可を出す。


 「はっ」


 イズーナが軽く頭を下げると、黒い闇が足元から這い上がり彼女を包み込む。

 すぐにその黒い塊から一歩踏み出すように出て来る。

 しかしその姿は大きく異なり、ノートの姿になっていた。

 先程まで着ていた体の線がわかる密着した衣服からノート同じ侍女の服装になり、顔もノートにそっくりだ。

 彼女が完全に抜け出すと、まゆの様に覆っていた闇は地面に吸い込まれるように消える。


 「お待たせしました」

 

 ノートの姿になったイズーナが軽く頭を下げる。

 声までもノートにそっくりだ。 


 「大したものだな・・・」


 思わず感嘆の声が漏れる。


 「体格を大きく変化させる事は難しいですが、外見を変える事など容易です」


 「衣服までか?」


 「魔法による幻に近いモノです」


 そういうとノートの手の中に剣が現れる。


 「そのため物を攻撃したりは出来ませんが」


 剣を一閃するが隣に生えていた植物を切ることは出来ない。


 「相手に知識があれば別です」


 今度はこちらを事もなげに一閃する。

 思わず頭を庇うように腕を上げるとその腕に焼ける様な痛みが走る。


 「まやかしですよ」


 切られた腕を見ると、何ともなっていない。


 「どういうことだ?」


 先ほどは確かに斬られた痛みを感じたはずだ。


 「まやかしも見破れなければその者の中では現実となるのです。この服も同じです、まやかしだと気付かなければ触れる事も重みを感じる事もできます」


 「恐ろしい技だな・・・」


 「この程度の児戯じぎ、容易く看破かんぱして下さい」


 どうにもノートは俺を過剰評価している節がある。

 そのお陰で彼女の協力を得られているので否定も出来ないのがつらい所だ。


 「やれやれ、ノートはいつも手厳しいな。ではディナルドには俺が居なくなることを伝える必要があるな。イズーナは亥人オルクス達の特にアルミニウスの監視と、ディナルドの監視も頼みたい。どうも彼は亥人に恨みをいだいている節があるからな」


 俺の言葉にイズーナが一瞬ノートを見る。

 ノートが頷くと俺に頭を下げ了承する。


 「では体力の残っている馬を用意しなくてはな・・・」


 昼間それなりに急いで進んできたので、夜通し駆けれる馬は少ないはずだ。


 「騎乗できる子を呼びましょうか?」 


 ノートは事もなげそう提案してくる。


 「そうだな、頼む。俺はディナルドに声をかけてくる」


 そんな事も出来るのかっと驚きつつも表情には出さない。


 「ノート様、ヨルズ様。お気をつけて」


 ノートの姿になったイズーナが自分の声でそう言った後、俺の後についてくる。


 「イズーナありがとう。また後でね」


 ヨルズが背後からそう声をかけて来た。

 腹の探り合いや駆け引き。

 そんなモノから無縁の作者では表現しきれず時間ばかりがかかってしまいました。

 次の話はもっと早く上げたいと思います。

 気長に待っていただければ幸いです。

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