悪役令嬢は兄の事を考える。
短めです。
よろしくお願いします。
兄と応接室で話した後、一緒に食堂へ行く。
みんな食事を始めずに待っていてくれた。
兄が遅れた事を謝罪すると、父はきつく睨み付けたが私が謝るとニッコリして気にするなと言った。
何だろう、私と兄との接し方に凄い違いがある。
食事が始まってからもそうだ。
兄は食事中、終始黙々と食べて話そうとはしない。
父は当然のように、母すらも兄には話題を振ろうとしない。
もっとも母は父が不機嫌になり場の雰囲気を壊さないようにしているのかも知れない。
なぜなら弟が兄に「お兄様と一緒に食事が出来て嬉しいです」と言った時には母も微笑んでいた。
けどすぐに父が話題を逸らしてしまったし、弟に微笑んだのかも知れないけど。
結局その日の夕食は違和感を感じたまま食堂を後にした。
・・・でも何故だろう。
兄とは今までほとんど接点は無かった。
それなのに兄に対して冷たく接する父に反感を覚える。
夢の記憶のせいか、もしくは私を庇いさらに、足に薬を塗ってくれたからだろうか?
自室に戻ってから確認したけど、足には腫れなどの捻った痕跡は無かった。
それに食卓での兄は父の態度など特に気にした風でも無かった。
無表情に出された食事を口に運んでいただけだ。
本人が気にしてないのに私があれこれ口出すべきではないのかな?
・・・でも夢の記憶がある私は、食事は家族みんなで楽しみたいと感じる。
「ねぇ、ベリンダ?お兄様の事なのだけれど、何故お父様から嫌われてるのかしら」
寝る前に自室で侍女に髪を梳いてもらいながらふと訪ねてみた。
すでに日は落ちているので大きすぎる部屋は薄暗い。
以前はそんなこと思わなかったが、今はもう少し明るくできる魔法の道具が欲しいと思ってしまう。
「え!そうなのですか?」
ベリンダは私の身の回りの事をしてくれる侍女の中では1番若く歳が近いので話しやすい。
特に最近入ったばかりなので以前の我が侭な私をあまり知らないのもありがたい。
でもその分、私達の食事の給仕などはしたことが無いかも知れない。
・・・だったら分からないのも当然か。
「私の勘違いかも知れないのだけれど、もしそうならとても寂しいことだわ」
「・・・そうですね。あ!アリナ様に聞いてみますか?」
アリナは私付きの侍女達のまとめ役に当たる熟練の侍女で、小さい時からボルージャ家に仕えているので様々な事に詳しい。
公爵家に対する忠誠心も高いと思う。
そうじゃなければ入れ替わりが激しい、我が侭な令嬢付きの侍女を続けるのは難しいはずだ。
まぁ、だからこそ20代の若さでまとめ役になれたんだと思うけど。
「でも、アリナも忙しいのではなくて?」
「大丈夫ですよ、確か近くの部屋にいらっしゃったはずです。あ!どうせなら今聞いてきますね」
ベリンダは名案とばかりに手を鳴らすと、パタパタと小走りにドアへ駆けていく。
彼女は少し直感的というか、後先考えないところがある。
「もし、アリナが忙しかったら無理に聞いてはダメよ。急ぐ話では無いのだから」
「わかってまーす」と言って出て行ってしまうベリンダ。
あれ?私が寝るまでそばに誰か居ないといけないんじゃなかったっけ?
隣の部屋には侍女が控えているので、ベルを鳴らせばすぐに来てくれる。
けどまぁ、私は別にいなくてもいいんだけど。
ベリンダが出て行ってから少ししてノックの後にアリナが1人で入ってくる。
「夜分に失礼致します、お嬢様」
ベリンダが戻って来ないという事は、怒られているのかも知れない。
「アリナ、夜中に呼び出しちゃってご免なさい」
「何を仰いますか、常に我々がお側に控えているのは当然です。何時いかなる時でもお気軽にお呼びつけ下さい」
「ありがとう。それでお兄様の事なのだけれど」
「はい、ベリンダから聞きました。・・・ですがまず、これから話す事は私とお嬢様との秘密にして頂きたく思っております。もしお約束頂ければ私の知っていることは全てお答えさせて頂きます。もし無理なのであれば、当主様に直接お尋ねになった方がよろしいかと思われます」
燭台の光に照らし出されたアリナの表情は真剣そのもので、覚悟を決めたというのがその瞳からも明らかだ。
我が侭令嬢である、ルクレツィアに対してここまで強気に出る程の決意をする何かがあるのだろう。
以前の私ならば生意気だと父に言いつけてアリナを辞めさせるくらいのことはやったはずだ。
「いいわ。ルクレツィア・ボルージャの名誉にかけて誓うわ」
私がアリナの瞳を見つめ返してそう言うと、彼女はわずかに微笑んだ。
「ありがとうございます、お嬢様。それではセサル・ボルージャ様についてお話しさせて頂きます。まずお嬢様の疑問に結論から申しますと、おそらくセサル様が黒髪な為に当主様は厳しく接しておられるのだと思います」
「え?意味が分からないわ。そんな理由で!?」
アリナのあまりな発言につい声上げてしまう。
「お嬢様もご存知の通り、当主様もジョヴァンナ様も金髪でございます」
「まさか!不貞の子だというの?」
「ふて!?ちっ違います。お嬢様!どこでその様な!?・・・いえ、でも当主様はそう考えていたのかも知れません。しかし、ボルージャ家は何代も遡れば黒髪の者が居なかったわけでは御座いません。しかし、それは公爵ではなく国王を名乗っていた頃の話で御座います」
珍しくアリナは一瞬驚いた様子だったが、すぐにまたいつもの落ち着きを取り戻す。
「そんな昔のことまで・・・随分詳しいのねアリナ。公爵以前、王を名乗っていた頃の肖像画は飾ってないはずよね?」
この館の廊下には歴代のボルージャ家の当主の肖像画が飾られている場所はあるが、王を名乗っていたころのモノは無く初代の大公が一番古い。
「私の家はその頃より代々ボルージャ家にお仕えさせて頂いております。その御恩は片時も忘れるなと語り継いできました。もちろん、そのお姿も例外では御座いません」
「そうだったの」
・・・もしかすると王国時代の肖像画を保管しているのかも知れない。
ゲームの中では悪役令嬢ルクレツィアの侍女達の事までは詳しく語られてはいなかったので知らなかった。
「・・・でも、それならば何故お父様はお兄様に冷たくするの?先祖帰りって事でしょ?」
「・・・その様な知識までお持ちとは驚きました、さすがはルクレツィアお嬢様です。しかし、残念ながら王国の一般的な認識はそうではございません」
アリナは口では驚いたと言いながらも、先ほどの様に表情を変える事は無い。
私の夢の知識からくる質問だけど、様々な学習をしている私なら知っていてもおかしくないと考えているのかも知れない。
「お父様はお兄様を自分の子とは思えずに居るということ?」
「当主様のお考えまではわかりかねます。しかしボルージャ家では黒髪でお生まれの御方は血統魔法の素質に恵まれる事が多いようです。なので王家が・・・」
「ちょっと待って、その話はお父様にしたのよね?それにボルージャ家の血統魔法なんて忘れ去られたモノでしょ?素質があるからって使えるはずはがないじゃない。それを今さら何を気にすると言うの?」
ゲームの中だってボルージャ家の血統魔法は出てこなかった。
兄は魔法が使えないし、ルクレツィアはほぼ戦闘に参加しない、なので当然使える可能性があるとしたら弟だが・・・彼の固有魔法の事だろうか?確か破壊力のある魔法は多かったが特殊な魔法は無かったはず・・・。
そう言えば、兄は魔法が使えないって皆知らないのだろうか?
「当主様にはお話してあります。しかし王家はボルージャ家が再び血統魔法を手に入れる可能性を快く思わないでしょう。当主様は王家の意向を考慮し、セサル様には辺境のヴァレンティノの統治を命じ・・・後継は弟君のジョフレ様をお考えなのかも知れません」
「そんな!?爵位は長男が継ぐものでしょ。髪の色が黒いという理由だけで辺境に追いやられるなんて・・・」
ゲームで兄が無気力だったのはそれが原因なのだろうか?
けどそんなエピソードは存在しなかったし、今思えばゲームの兄の髪は先程見た色よりも薄い黒だった気がする・・・濃い栗色と言った方が近いかも知れない。
だが髪の色が成長するにつれて変化するのは此方ではよくある話だ。
・・・そういえば兄のルートには公爵になるエンドが無い。
元々公爵になる可能性は無かったという事なんだろうか?
「・・・王家が承認すれば、次男への継承は可能です。それに私はセサル様を守るためにヴァレンティノへ送ったのだと愚考しています」
「王家とボルージャ家は上手くいっているじゃない。お父様の考えには納得できないわ」
「・・・お嬢様。たとえ王家の者達がボルージャ家を警戒せずとも他の貴族達も同じ考えとは限らないのです」
・・・ゲームではボルージャ家が王国に反旗を翻すって展開で、分かりやすく王国が正義で、ボルージャ家が悪だった。
でも、ボルージャ家にもそうせざるを得ない理由があったのかも知れない。
ならその理由を見つけ出して、何とかしなくちゃ・・・。
・・・と言っても何をしていいか分からない。
「アリナ、ありがとう。また相談したい時にはお話を聞いてもらえる?」
「もちろんです、お嬢様。いつでもお声をおかけください」
アリナは優し気に微笑んでくれた。
まずは時間の合間を見つけてボルージャ家と王国の歴史を調べる必要があるわね。
アリナは信頼できると思うし、色々と協力してもらおう。
・・・できれば夢の事を相談できる相手が欲しいけど、それはさすがに変な子だと思われるよね。
読んで頂きありがとうございました。