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お兄様と森の民と海の民。

よろしくお願いします。

 ルクレツィアと湖で話した次の日には、自分が治めているヴァレンティノ領に帰ることにした。

 今回の帰省は家令レモリスに真珠等を渡すのが目的だった。

 彼から連絡があり金銭的に困窮していると知らされたからだ。

 実家のボルージャ公爵家はいっけん華々しく見えるが、実際はさほど裕福では無い。

 理由は公爵である父の散財や天候不良が続いた事による収入の減少等だ。

 俺の見立てではあと何回か不作が起これば、領内の財政では民を飢えから救う事が出来ず人口の減少とそれに伴う生産力の激減により立ち行かなくなる。


 農業は水物なので収穫量にばらつきがあるのは当然。

 それがこの国での一般的な認識だ。

 確かにそれは間違ってはいない。

 天候を大規模に操作するような魔法は禁忌とされているため自然に委ねる部分は多分にある。

 しかし作物の種類を増やし乾燥に強い作物や冷害に強い作物などを同時に育てる事で一種類の作物が不作でも他で補い飢えるほどの被害を抑えることが出来る。

 公爵領にはまだまだ農地に出来る土地があるのだ。


 しかし、父にその事を説いても開墾に回す資金は無いと言う。

 美術品を集める資金は捻出するのにだ。

 ・・・父上は天寿を全うできんかも知れんな。


 まぁそんな訳で、公爵領を裏から支えるために我が領では新たな財源として真珠の養殖を始めた。

 レモリスに渡したのはその試作品だ。

 色艶や粒の大きさが不揃いなどあまり良質ではないものを選っている。

 それでも王国には海が無いため真珠はかなり高級品だ。

 品質は優れていなくても、数を絞れば希少価値は維持できるだろう。

 その金で肥沃な土地を持つ王国から食糧を購入し今年の不作分を補う予定だ。

 ルクレツィアが倒れて治療魔法が必要だったのは想定外の出費だったが、そこは諦めるしか無いだろう。


 「そういえば、ルクレツィア様が魔王がどうとか仰っていましたがよろしいのですか?」


 ルクレツィアの事を考えていたら対面に座るノートからそんな事を聞かれ、つい驚いて顔を見つめてしまう。

 どれほど眺めても、悪戯っぽい微笑を浮かべどうしました?というように小首を傾げるだけだ。

 考えを読んだわけじゃないだろうが・・・いや案外、思考を読むなんて事も出来るのかも知れない。


 ガダンッと馬車が大きく揺れ、質問に答えていないことを思い出す。


 「魔を統べる王・・・。もしそんな者が本当に存在するなら送り出した者達が無事に帰って来られる保証が無いからな。お前達を失う危険は極力避けたい。・・・もし切り捨てても問題ない者達が居れば調べるかも知れないけどな」


 俺は理由の一部を素直に答える。


 「そうですか」


 ノートはいつも通り感情の伺えない返事をした。

 彼女は何か不足があれば忠言や諫言はしてくれるが、基本的に俺がどんな判断をしても異を唱える事は無い。

 それが明らかに間違っていたとしても悪戯っぽく微笑むだけだ。


 「そろそろ森を抜けますね」


 ノートは外も見ずに話を切り替えた。

 いま俺達はヴァレンティノへ向かう馬車の中で、揺れているのは森の中が悪路な為だ。

 

 「そうか。やっとか」


 俺は揺れる足元を見ながらそう言った。

 この馬車は緩衝装置かんしょうそうちが付けられているが、それでも揺れるのはここを通る者がほとんど居ないからだ。

 ここは近くの住民達に迷いの森と恐れられている場所だ。

 ヴァレンティノ領に入る最短の道はここを抜けることなのだが、その名の通り迷い込んだら出られないと言われている。

 そのためヴァレンティノ領へ来る者の大半はこの森を大きく迂回する山越えの道を選ぶ。

 実際に先代公主が遠征した時も森を恐れて山道を進んだと言われている。

 そんな危険な森を進めるのはこの馬車の安全が保証されているからだ。


 この森で最も力ある種族はダークエルフ達だ。

 その特色は濃いめの褐色の肌と長い耳、その多くが美しい銀髪で力は強く俊敏だ。

 様々な魔法を扱え闇に潜むことも幻で姿を偽ることも出来る。

 女性が多く好戦的な者も少なくない。

 そんなダークエルフ達を束ねるのが目の前に座るノートだ。


 俺が永い夢を見た後に先ず取り組んだのは開墾し農地を増やす事だ。

 ヴァレンティノ領は山と森と海に囲まれている。

 平坦なところは直ぐに開墾を終え、さらに農地を増やそうと思えば森を切り開くのが一番手っ取り早かった。

 しかし、迷いの森のダークエルフ達は激怒。

 だが彼女達は徒党を組んで争いに参加するなんてことはしない。

 最も優れた者がその土地の支配者を殺す。

 実際に俺がノートと出会ったのは俺の寝所で彼女に寝首を掻かれる直前だった。


 ガコンッとまた馬車が揺れ現実に引き戻される。

 そしてそれまでが嘘のように馬車の揺れが小さくなる。

 森を抜け街道に出たのだ。

 ヴァレンティノ領の街道は石を敷き詰め、研磨して平らにしてあるのでほとんど揺れず馬を駆けさせることも出来る。


 「そうだ。屋敷に戻る前に海岸に寄りたい、真珠の労をねぎらいたいしな」


 「海岸だって」


 御者に指示を出す彼女は、昨日までと違って褐色の肌に長い耳をしている。

 人間以外の種族に排他的な王国では彼女達が堂々と姿を見せることは難しい。

 しかし、ヴァレンティノ領内では違う。

 彼女が俺を殺そうとしたとき交渉したのだ。

 森をこれ以上切り拓かないこと、俺の支配地域では法を守る限りダークエルフ達の自由を認める事(彼女達は自由意志を何より尊ぶため)、その代わり俺の領地運営に協力してくれる事。


 結果、彼女達は様々な地域で諜報活動を行ってくれるようになった。

 今ではこの土地に居ながらにして王国の貴族達の動向までもある程度把握している。

 さらに近々交易を始めようと考えている隣国の情報も入手できるようになってきた。


 もちろん当初はヴァレンティノの領民達の間に混乱は生じた。

 しかし彼女達が魔法の知識を開示(生活にちょっと便利程度の魔法だが)し、広めたことで好意的に受け止められるようになった。


 彼女達と出会った頃のことを思い出していると馬車が止まっていた。


 「着きました」


 ノートが先に降りてそう声をかけてくる。

 ここは領内の漁村の一つだ・・・表向きは。

 村といっても木造の小屋が数軒建ち並ぶだけで大きな建物などは無い。

 この辺りは浅瀬が続くため、以前は埋め立て地にしようと計画したこともあったんだが。


 「これは領主さま!」


 そう言って現れたのはこの村の長だ。

 と言っても成人したばかりでまだ若い。

 そんな彼が村長なのには訳がある。


 「マッジョレ、突然すまないな彼等と話がしたい。通訳を頼めるか?」


 「あ、はい。分かりました」


 村長のマッジョレは駆け出して近くの小屋へ入り、大きなホラ貝を持ってくる。

 それは紐で覆って割れにくくなっている。

 彼はそのまま海岸の方へ歩いて行き、膝まで海に浸かる辺りでホラ貝を吹く。

 ブォーンッブォーンっとへその辺りを振るわせるような音が響く。


 暫くすると、海からゆっくりと3つの人影が浮かび上がる。

 人影と言っても人間の姿とは異なり、まるで頭の上に大きなタコをのせているような異様な外見だ。

 人の手足に当たる部分も太い触手になっていて吸盤が着いている。


 「キュポキュポ、ポシュキュシュ」


 彼等は我々のように喉を使う発声では無く、吸盤を鳴らすような音と空気を吹き出す様な音で意思を伝えるらしい。


 「突然の呼び出しに応じてくれて感謝する」


 俺は声を張り、礼をする。

 彼等は見た目に反して我々の言語を理解する。

 我々が彼等の言語の理解に苦慮している事を考えれば、彼等の知能の高さが伺える。

 この辺りでは彼等のことを海の賢者やポルポスと言うらしい。


 「養殖してくれた真珠は好評だった。今後・・・」


 俺がヴァレンティノ領を統治し始めて2年程だろうか。

 流石にそんな短い期間で貝の養殖を成功させるの困難だろう。

 だがポルポス達はすでに食用として貝の養殖を行っていた。

 どうやら彼等は我々が田畑を耕し作物を育てる様に貝を育てているらしい。

 もちろん魚なども獲るそうだが育てた方が安定的に食糧を確保できるそうだ。

 この辺りは我々の食糧事情と変わらないのかも知れない。

 ちなみにこの話を聞いて思いついたのが真珠の養殖だった。


 そんなポルポス達と接する事になった切っ掛けはノートと出会って一月ほど後の話だ。



 当時、俺はダークエルフ達との契約で森を切り拓く事が出来なくなったために新しい開墾地で悩んでいた。

 平地は開墾済みで森を切り拓けないなら山か海しか選択肢が無かった。

 もちろん、ヴァレンティノ領の民だけならば当時のままでも平野部からの収穫だけで飢えさせる事は無い。

 しかし、公爵領全ての民の今後を思えば話は別だった。


 だから農地を広げるために浅瀬の続く海を埋め立てる計画を進めた。

 山を切り拓いた方が楽だと思われるかも知れないが、ノート達が言うには隣の山脈には竜族ドラゴンが縄張りを作っているらしい。

 それに既に森を走破する事が出来るようになったため危険を冒して山を切り拓くより、海を埋め立て港湾を整備する方が優先度が高いと判断した。


 しかし埋め立ては海の住人であるポルポス達の怒りを買った。

 ノート達も生活圏では無い海の種族までは知らなかったそうだ。

 最も俺が漁村の言い伝えや伝承を事前に調べるなど対応していれば違う展開もあったはずなので、それらを軽んじた俺の責任だろう。


 結果、夜な夜な埋め立てに使う船が壊される等の事件が発生する。

 犯行が夜だったのは彼等が日の光を浴びるのが苦手なためだ(目の前の3人も珊瑚と昆布で作った日傘をさしている)。

 ポルポス達が犯人だと言うことはダークエルフ達の調査で直ぐに分かったが、それと同時に1人の村人が彼等は埋め立てに反対しているのだと主張している事も報告される。

 本来ならたった1人の主張など気にも留めなかったかも知れない。

 しかし俺自身、連続して政策に問題が発生した事で慎重になっていた。


 だからその村人を調べた。

 すると彼は元は巫女シャーマンの様な家系であったらしく、海の声が聞こえるんだとか。

 さらに、海の賢者であるポルポス達は我々漁師を殺すことも容易い、しかしそれをせず船を壊すことで我々にその意志を伝えているんだと話した。

 その村人がマッジョレであり、唯一ポルポスの思考を理解できる人間だった。

 

 俺は伝承などを調べ直し、マッジョレを通訳としてポルポス達と交渉する事にした。

 これ以上船を壊されない様に、彼らの要求とやらを確認しようと思ったのだ。





 その日、周囲を赤く染める夕刻に彼等が上陸してきた。

 我々はそれを待ち伏せしダークエルフ達数人と一気に包囲する。

 ノートに頼みダークエルフ達の協力を仰いだのは、ポルポスは人間より遙かに力が強く単体でも危険だという伝承を警戒したためだ。

 彼等の要求を確認しようとした時に海面から多数のポルポス達が現れる。

 相手も待ち伏せしていたのかと一瞬身構えたが、海面から現れたポルポス達はふらつきながらも必死に浜を目指して駆けてくる。

 その様は統制が取れたモノでは無く、こちらに集まるわけでも無い。

 まるで何かから逃げ惑っているかのようだった。


 「どういう事だ!?」


 「わっわかりません!むっムンレナが来たと叫んで・・・だっだから警告したのだと・・・」


 俺がマッジョレに問いかけると彼は首を振りながら後退り、何事か呟くと叫声から逃れるように耳を塞ぎうずくまる。


 途端にザバーッと海から大きな水しぶきが上がる。

 それは数十メートルはあるウツボの様な巨大魚だった。

 その巨大ウツボ、ムンレナは一番遅かったポルポスに大きな口を開けて襲いかかる。

 噛み付く直前、ムンレナの口の中から一回り小さな口が飛び出し獲物を捕らえる。

 その小さい口に引きずり込まれポルポスはあっという間に見えなくなる。


 「ノートやれるか?あれがウツボに近い生物なら短時間、陸でも動けるかも知れん」


 俺は武器も構えずのんきに立ってるノートに声をかける。

 ムンレナは首をグッとグッと動かして嚥下えんげした後、視線を逃げ惑う次の獲物に向ける。


 「大きいだけの魚如き造作もありません・・・が、そのタコ共が助けを求めるまで静観をされた方がいいのでは?」


 ノートは普段と変わらぬ態度でそう言った。

 俺は最初に現れたポルポス達を見る。

 表情なんか分からないが、彼等も右往左往とウロウロするだけで交渉どころでは無さそうだ。

 それに彼等の通訳であるマッジョレは地面にうずくまって使い物にならない。


 「まずは恩を売る!恩に感じるかは不明だがな」


 「そうですか。ネルトゥス」


 「はいよ」


 ノートに応え進みでたのはポルポス達を包囲していたダークエルフの1人だ。

 短い銀の髪は夕日に染まり赤く燃え気の強そうなキリッとした瞳には愉悦が、口元には嗜虐的な笑みが浮かんでいる。

 しかしそんな表情ですらダークエルフの例に漏れず美しい容姿は陰ることは無く、彼女の魅力を強く感じさせるのだから不思議だ。


 「殺しても?」


 ネルトゥスは片腕よりも少し長いくらいの短めの槍を肩に乗せながら、弾んだ声で問いかける。

 ノートが俺を見る。


 「いや、もし浜に上がって来るようなら追い払・・・」


 俺の答えを聞く前にネルトゥスは駆け出す。


 「・・・あれは殺してしまう感じか?」


 「根は良い子なんですが・・・少し真っ直ぐなところがあるんです・・・」


 ノートの困った子っとため息交じりの発言に思わず顔を覗き込んでしまう。


 「・・・あれは真っ直ぐなのか・・・?」


 ネルトゥスは躊躇なく海に入っていく。

 と言っても海面に足を着くと光の波紋のようなモノが広がり沈まない。

 そう、何かしらの魔法で海面を走っているのだ。


 巨大ウツボはそんな黒い死に神が近くに来てるとも知らずに、2人目のポルポスに食らいつこうと小さな口を伸ばしていた。

 しかし次の瞬間、あっという間に距離を詰めたネルトゥスが短槍で飛び出た口を殴り付ける。


 「・・・浜に上がって来たらって言ったんだけどな」


 巨大ウツボの頭が大きく揺れるのを見ながらそんな事を呟いてしまう。

 ここは浅瀬が続くとは言え、水中はあの巨大ウツボに有利だと判断して言ったんだが・・・ダークエルフの戦力を侮っていたな。


 ネルトゥスは海面に着地すると光の波紋を残してすぐに跳び上がり、状況の分かっていないウツボの胸の辺りを槍の石突き(刃とは反対の先端)でぶん殴る。

 すると、ウツボはまるで人間のように屈み込み口から最初に呑み込んだポルポスを吐き出す。

 さらにネルトゥスは海面を飛び跳ねながらウツボの目を潰そうと槍で何度も突きかかる。

 ウツボはたまらず海中に逃げようとするが、頭が潜る直前に光の波紋が海面に広がり頭を沈める事が出来ない。

 そこへネルトゥスが鋭く突き込むもあと一息というところでウツボが頭を振って槍の一閃を避ける。

 海中に逃げ込めないウツボが何とか体をくねらせ槍の攻撃を凌いでいるといった状況が続く。


 「驚いたな・・・」


 ヴァレンティノの屋敷に衛兵の警備をかいくぐり一人侵入してきたノートが非常に有能なのは分かっていた。

 衛兵は誰一人殺されていなかったのだから、二の句が継げぬとはこの事だと思った。

 彼女からすれば衛兵の警備などなんら障害にはなっていなかったと言う事だからだ。

 しかし、彼女が特別だと思っていたがそうではなかった様だ。

 ダークエルフの全てがあれほど優れているのだろうか・・・。

 単身であれほどの巨大な生物と相対する等まるで夢物語の様だ。


 「ほんとに困った子です。遊び始めちゃいましたね」


 「え、あそび?いや、あれは目を狙って・・・」


 ノートの発言に思わず振り返ってしまう。


 「本気ならばもう終わっているはずです。案外言われた通り追い払おうとしているのかも知れませんね」


 あれを相手に遊ぶなどもはや理解の及ぶところでは無い。

 ・・・だがもしダークエルフに見限られるようなことが有れば、その日が俺の命日だろうな。



 ・・・取り合えず、出来る事をしよう。

 俺は周囲のポルポス同様に惚けてウツボを見ているマッジョレを叩いて覚醒させる。


 「マッジョレ、ポルポス達に今のうちに浜に上がるように伝えよ」


 「あ、はっはい!」


 マッジョレは立ち上がり、最初に現れたポルポスの前で必死に身振り手振りで訴える。

 するとそのポルポスは腕を振りながら、呆然とウツボを見てる他の同族に指示を出し始める。



 「・・・あれは、いつまで続くんだろう?」


 すっかりポルポス達も浜に避難した。

 それからしばらくダークエルフに翻弄されるウツボを見ていたが、終わりそうにないのでノートに聞いてみる。

 もはやウツボは顔中傷だらけで、動きもフラフラで見るも哀れな感じだ。


 「あの魚の心が折れるまでですかね?」


 「・・・心か、あの魚は・・・」


 バジャーンッと巨大ウツボがこちら側に倒れる。

 ネルトゥスの攻撃を避けながら大分こちらに来ていたようで、すぐ近くに頭が落ちてきて砂浜を揺らす。

 アゴをわずかに上下させているので、まだ生きている様だ。


 「おいおい、寝たふりか」


 ネルトゥスがウツボの顔の上に飛び降りてガスガスッと踏みつけ始める。


 「待てネルトゥス、このさか・・・何だったか。そう、ムンレナは知能が高いのか?飼いならす事は可能だろうか?」


 ムンレナは頭が大きいので、もしかすると知能も高いかも知れない。

 俺はネルトゥスを見上げながら声をかける。


 「何だよ、ちびっ子。気安く呼ぶな」


 ネルトゥスはこちらに短槍を投げる。

 あまりにも躊躇いの無い言動に反応できず避ける事も出来ない。

 しかし、槍は途中で受け止められる。

 いつの間にか傍らに来ていたノートが片手で槍の柄を掴んでいた。

 軌道は直接当たるモノでは無く、彼女が止めなくても頬をかすめるように地面を穿ったはずだ。


 「我々は認めた相手以外に名乗ることもしませんし、名を呼ぶことを許しもしません。今後はお気を付け下さい」


 ノートはこちらを見ずにそれだけ言うと、ネルトゥスに槍を返す。


 「でもねネルトゥス。私の認めた者に刃を向けるなんて・・・死にたいの?」


 ノートが満面の笑顔になる。

 こんな状況なのに思わず見取れてしまったほどだ。


 「こっこんな人間なんかに使われるなんて最初から反対だった!だっだから・・・」


 対してネルトゥスの言っていることは勇ましいが腰が退け、涙目になっている。


 「待て待て待て!私が迂闊うかつな発言をしてしまった!謝罪する!」


 俺はネルトゥスの言葉を遮るように大声を上げ2人の間に割って入る。


 「私はただこのムンレナと呼ばれる魚を利用できないかと思っただけなのだ。両者に謝罪する。すまなかった、許して欲しい」


 俺はまくし立て頭を下げる。


 「・・・ネルトゥス。その魚に芸を仕込みなさい、貴女の命令には確実に従うようにね。それで今回のことは忘れてあげるわ」


 ノートはネルトゥスに冷ややかに指示を出し、ネルトゥスは無言で頷く。


 「マッジョレ、ポルポス達とは後日改めて話をすると伝えてくれ」


 俺はサッサと引き上げる事にした。

 急いで交渉する意味が無くなったからだ。

 ポルポス達の天敵らしいムンレナを使役できれば、彼等との交渉は非常に有利に進められるだろう。




 結局、後日ネルトゥスがムンレナを飼い慣らすことに成功した。

 ポルポス達との交渉は埋め立てをやめ、ムンレナを使ってポルポス達の安全を確保することと引き替えに真珠を納めることで決まった。


 当初は貝類を納めると言っていたが、詳しく話を聞くと彼等が養殖をしていることが分かり、ならばと真珠を作ることを提案した。

 真珠の養殖に関してあまり深い知識は無かったが夢の記憶を頼りにポルポス達に説明すると、たった2年である程度収穫できるまでになった。


 ポルポス達の住処近くの浜にはマッジョレを住まわせ、彼等との連絡員に据えた。

 と言うのも、どうやら彼のポルポス達と意思疎通する能力は血統魔法に近いモノのようで、他の者がその力を得るのは難しいらしい。

 そのため、真珠を我が領の特産品にするためには彼の協力がかかせなかった。


 しかし、将来的に財政を支えるであろう真珠生産の中核が、1人の人間の能力に頼りきりと言うのはあまりにも不安が大きい。

 マッジョレは愚直で金儲けに疎いため自身の重要性を認識しきれていないが、それでも人間が何時までも無欲だと思う方が愚かだ。


 対策としていくつかの計画を進めている。


 まずはポルポス達の養殖技術を学ぶこと、しかしこれは水生生物である彼等ほど貝を身近に育てることが困難なため難航している。

 海水温や海中の酸素その他様々な環境の変化を水中の生き物ほど詳細に理解することは陸上で暮らす我々には難しい。


 他にもポルポス達の言語の理解だ。

 彼等にはこちらの言葉が理解できるようになったのだから不可能では無いはずだが、そもそも音の出し方からして違うため上手く行っていない。

 彼等も我々の言葉は発音出来ないみたいだし、もし我々が聞き取れない音域でやり取りしているならお手上げだ。


 最後は、マッジョレの子供を作ることだ。

 彼の親も同じ様な能力を持っていたそうなので、子供に受け継がれる可能性は高いと思われる。

 それにマッジョレは成人したてで若く、色事に抵抗も無いようなのでハーレムを作ってもらった。

 適当な女を数人あてがってやった結果、もう妊娠している者もいるそうだ。

 ある程度大きくなれば教育を施す名目でヴァレンティノに呼び寄せ忠誠心を教える必要がある・・・まぁ、洗脳教育ってヤツだな。


 ちなみにポルポス達の浜にはマッジョレの家族とネルトゥスを筆頭とした護衛達と養殖関係者しか住んで居ない。

 真珠の生産を他所に知られないため、彼等の生活は全面的に支援している代わり移動を制限している。

 彼には幸せの中、種馬として励んでもらわなくてはな。

 読んで頂きありがとうございます。


 国が衣食住を保証してくれ、仕事も与えられる。

 一夫多妻を推奨され、子供には無償で教育まで受けさせてもらえる。

 対価に多少の自由を制限される。

 賛否両論あるとは思いますが、作者は幸せだと思います。

 知らなければ幸せなのです。

 

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