お兄様と妹の夢。
よろしくお願いします。
食堂では父が不機嫌そうにしていたが、ルクレツィアが来ると直ぐに笑顔になり終始機嫌がよかった。
妹はここしばらく体調を崩していたらしい。
その為、久々に一緒に食事をするんだとか。
そんなどうでもいい話を聞き流しながら食事をしていると、前菜の後に出て来たスープに驚いた。
野菜など具だくさんのスープなため、すぐには気付かなかったが懐かしいダシの香りがする。
この辺りでも海からは離れているため、ダシと言えば野菜と肉からとるものだ。
しかし、コレには海藻が使われている。
前に来たときに天日に干して乾燥させたモノを持ってきたのでそれを使ったんだろう。
だが見慣れない食材からダシをとるという発想によく行き着いたと素直に感心する。
てっきり具材として使うと思っていた。
これは後で労いに行く必要があるな、場合によっては我が領に招くのも良い。
そんな事を考えながら、黙々と食事をする。
食事の後に厨房へ向かう。
しかし、そこはまだ戦場のようだった。
今は使用人達の食事を作っているみたいだ。
調理人の一人はこちらに気付いたが何か言う前に片手で制し、邪魔にならないように使用人の食堂に行きすみの方に座る。
背後からハァサッと麻のローブをかけられる。
「その格好では他の方が落ち着かないですよ」
食堂にはまだ使用人達は来ていないがもうすぐ来るだろう。
フードを被ると干し草の柔らかな香りがした。
何処にあった布なんだか・・・。
「そうか、自分の屋敷の感覚だったな。それで?ルクレツィアは?」
彼女は護衛兼侍女のノートだ。
戦闘・魔法・諜報活動等幅広い技術を持つ。
先程は珍しく取り乱したが、非常に有能な存在だ。
「4日間寝込んだ後から、一部の侍女に対して態度が柔らかくなったと言っていました。あとは学習意欲が向上したと・・・」
「いやー、今日も疲れたなぁ」
「あら、貴女は掃除でしょ?私なんかお嬢様の・・・」
「今日は慌ただしかったな」
「セサル様にも困ったもん・・・」
ノートの報告を聞いてる途中で数人の侍女と使用人が話しながら食堂に入って来る。
ノートは俺のことを話していた使用人をジッと見つめている。
「放っておけ。確かに急な来訪だった」
そう言うと、彼女は何も言わずに目を伏せ軽く頭を下げた。
使用人たちはトレーを持ち、厨房のカウンターに並び始める。
カウンターには料理人が待っていて、注文を聞きながら料理を
器によそって渡していく。
「便利なやり方だな。こちらでも取り入れてみるか?」
「・・・無理かと、我々は一緒に食事をとるという習慣がありません」
ノートは隣に腰掛けながらそう言った。
「・・・確かにな」
彼女達は自由主義というか、基本的に他人に歩調を合わせることをしない。
まぁ、出来ないという訳では無くしないだけだが。
そんな事を話している間に使用人たちがどんどん入ってきて椅子が埋まって行く。
近くの椅子に腰掛けた者の中には、この格好を見て不審そうな顔をする者もいたが、隣のノートが愛想よく手をあげると軽く頭を下げて何かいう事は無かった。
チラチラとこちらを伺う視線は俺では無くノートを見つめている、美人は特だな。
と言っても彼女はある程度幻で外見を誤魔化せる。
そのため、潜入する時に容姿端麗ゆえに印象に残ると言うことは無い。
大きめの食堂は様々な会話でかなり騒々しくなった。
「そろそろ良いか」
席を立ち厨房の方へ向かう。
先程の慌ただしさは無くなって数人が鍋を振るっているだけで他は洗い物などをしている。
俺はフードを上げて料理長を呼ぶ。
料理長は驚きながらも時間を作ってくれた。
ノートと二人で厨房の奥の部屋に通される。
「わざわざお越し頂き・・・」
「いや気にするな、それより先程のスープの事だ・・・」
そう言って始まった二人の会話だったが、あのスープは副料理長が担当したという事で、彼に代わってもらった。
料理長に仕事中にすまないと伝えると、とんでもないといって厨房に戻って行った。
「あのスープ、君が作ったのか?」
「そっそれは・・・」
副料理長は好青年といった感じなのだが、何故か今は挙動不審だ。
ノートの方を見ると視線だけで頷く。
彼女は相手の嘘を見抜いたり、動揺などを感知するのに長けているためだ。
「・・・何か誤解があるようだが、私は咎めに来たのではない。隠し事はお互いの為にならないと思うな」
「あ、はっはい、あのスープはお嬢様の学習中に作りかけたモノに、僕が手を加えました!もっもうしわ・・・」
彼の説明では、ルクレツィアとスープを作るつもりだったらしいが、予定外の来客(俺のことだ)で最後まで出来なかった。
しかし、父の公爵が娘の料理を楽しみにしていたために、出さないわけにもいかなかった。
味を見てみると少し独特の風味だが、意外といいベースが出来ていたので手を加えて出すことにした。
父は食事中には何も言っていなかったが、おおかたルクレツィアが遅くなった事で不機嫌になり、スープの存在は忘れたんだろ。
副料理長が不自然に怯えていたのは、スープに手を加えた事を叱責されると思ったらしい。
「ルクレツィアお嬢様は使用人の間では、何にでも難癖つける我が侭だと認識されているようです」
ノートが補足してくれる。
「そうなのか?」
「は、あ、いえ!そんな・・・」
否定はしているが、副料理長の顔が雄弁に物語っている。
「別に咎めはしない。それで?あのスープのベースはルクレツィアが考えたのか?」
「あ、はい。本日はスープのベースから作る予定でした。いくつか食材を用意した中から、お嬢様は迷い無く乾燥させた海藻を選ばれました。僕も最初は驚いたのですがあまりに・・・」
「そうか。ルクレツィアは以前にもスープを作ったことがあるのか?」
また言い訳を言いそうだったので片手で制して質問する。
「もちろんです。一緒に肉と野菜からベースを作ったことがございます。だからこそ・・・」
「そうか、わかった。邪魔してすまなかったな」
「あ、えっ?はい・・・」
サッサと話を切り上げる。
厨房に出ると料理長と目があったので軽く手を上げて応える。
「どういうことですか?」
廊下に出たところでノートが聞いてくる。
「まだわからんが、あのスープは俺が夢で味わった物に似ていた。ルクレツィアは俺と同じなのかも知れない」
「・・・なるほど」
「話すのは早い方が良いな。明日予定を合わせられるか確認してくれ。父には気取られるなよ、邪魔されても面倒だ」
俺は父に度々美術品の収集など不必要な出費を控えるよう諫言しているため、快く思われていない。
「ではジョヴァンナ様にご協力して頂きますか?」
「・・・いや、母が絡むと人払いできなくなる」
母にルクレツィアを呼んでもらえば簡単だが、じゃあ二人で話させて下さいとは言いにくい。
「それでは馬術の訓練があるようなので、その遠乗り中に偶然お会いになりますか?」
ノートが悪戯っ子のような笑顔で見つめて来るのは、俺が乗馬が苦手だと知ってるからだ。
美というのはこんな表情でも崩れるモノでは無いらしいが、小憎たらしい事に変わりは無い。
「・・・なら湖でと伝えてくれ」
「畏まりました」
満面に笑みに舌打ちしたくなるが他に良い方法も浮かばなかった。
次の日の早朝、俺は館から少し離れた湖まで歩いて向かう。
俺の体に合う馬はいないので乗らない。
ルクレツィアは自分専用のシェトランドという馬を持っている。
先程厩を覗いたが白い鬣の美しい馬だった。
体があまり大きくならない馬種でさほど早くは走れない。
だが温厚で扱いやすく幅広で耐久力があるそうだ。
馬の足なら湖まで半時もかからないだろうが、歩けば一時と少しといったところだ。
「結局歩くんですね」
「子供用の馬があるわけじゃないのだからしょうがないだろ」
気配を感じさせずに隣を歩くノート。
声はするのに足音はしない。
「さっき厩で御用意しましょうか?って言ってませんでした?」
足は止めずに声のする方を見る。
しかしそこには誰もいない。
「どうしました?」
誰もいない目の前から声が聞こえる。
「なぜ姿を消している?」
「ここはまだ館から見えますから、念のためです」
館の方を見るがすでに虫ほどの大きさだ。
「気付かなかったな」
「そうですか、まだまだ用心が足りませんね」
俺は肩をすくめてまた歩き出す。
それからしばらくは所々に木が立つ草原を黙々と進む。
すると目の前に湖が見えてくる。
湖と言ってもさほど大きな訳では無い。
ただし深さはそれなりにあり水面は青く底は見透せない。
「へぇ、こんな場所があったんですね」
「あぁ、ここなら開けているから誰か来たならすぐに分かる」
ノートが館の方を向く。
「来たか?」
「はい、講師の方に頼みましたから、ほぼ時間通りですね」
俺も館の方を見たが、見つける事はできなかった。
彼女の感覚は常人のそれではないのでわかるのだろう。
ほどなくして、ルクレツィアが小柄な馬の背に乗ってやってくる。
「あら?お兄様」
「あぁ、おはようルクレツィア少し話さないか?」
その後ろから来た講師に、二人で話させてくれと頼む。
ルクレツィアが頷くのを見て、講師は軽く頭を下げ馬を走らせた。
近くをぐるっと回ってくるのだろう。
ノートは彼女が馬から降りるのを手伝い、馬の手綱を受け取る。
「・・・さて、ルクレツィア。あまり時間があるわけでは無いので率直に尋ねる。暫く寝込んでいたそうだが、何か変わった夢を見なかったか?」
「えっ!?」
とても驚いたような顔をするルクレツィア。
これが演技ならば大した物だが・・・どうかな?
俺にはノートほど人の表情を読み取る力は無い。
「心当たりがありそうだな。ではまず俺から話そう。俺はこことは違う世界の夢を見た事がある。もちろん、夢とは思えぬほど詳細にな。別人の人生を体験したと言っても過言では無いかも知れない。それを最初に見たのはヴァレンティノの統治を任された頃だから、今から2年ぐらい前になる」
「じゃあ、お兄様も乙女ゲームの記憶がおありなんですね」
「オトメゲーム?何の話だ?」
ルクレツィアが言った言葉の意味が分からない。
「え?この世界が乙女ゲームの舞台だって・・・あぁ、そっかプレイしたことなければ分からないよね」
ルクレツィアが何か思い当たったと独白してる間に、ノートの方を盗み見る。
彼女は小さく首を振る。
少なくともルクレツィア自身に嘘を言っている自覚は無いようだ。
「待てルクレツィア、そのオトメゲームの事を最初から教えてくれないか?」
・・・・・・そうしてルクレツィアから語られた内容は驚くべき事だった。
どうやら彼女はこれから十数年後の世界を夢で体験してきたようだ。
しかも一度や二度では無く様々な選択により変化する可能性までも語っていた。
熱心に語る様は真剣そのものだった。
途中、糖度やスチル等よく分からない説明も多々あったが、かなり興味深い話だった。
たぶん、限定的な未来予知のようなモノだろう。
「なるほど、わっわかった非常に興味深い。だが全てを聞いている時間は無さそうだ」
二転三転しながらも話が止まらないルクレツィアを宥めながら必要な事を質問していく。
「・・・講師の方が間もなく戻られます」
途中でノートがそう告げる。
「そうか、ルクレツィア。最後に教えて欲しい、何故ノートの事を知っていた?」
「えーっと?ノート?」
「知らなかったのか?彼女をダークエルフのノートだと侮蔑的な言い方をしただろ?」
「あ!そっそんなつもりは・・・」
遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
「時間だな。ここでの話はお互いに秘密としよう。いいな」
やや困惑しながらもルクレツィアが頷くのを確認する。
「そろそろよろしいですか?セサル様」
講師が近くまで来て馬から降りて問いかける。
馬上から声をかける事は失礼だとされているためだ。
「あぁ、久々に妹と話したくて我が侭を言ってしまったな」
「私も楽しい時間でした。カプリッリさん、ありがとうございます」
講師カプリッリはルクレツィアに微笑んで応えると彼女が馬上に乗るのを手伝い、ノートから手綱を受け取る。
「セサル様は如何なさいますか?もし館へ戻られるのでしたら・・・」
「いや、それには及ばない。散策しながら歩いて戻る」
カプリッリの提案を最後まで聞かずに手で制する。
彼は軽く頷くとそれでは失礼致しますと言って馬に跨がった。
「如何致しますか?」
2人の姿が十分小さくなってからノートが声をかけてくる。
「・・・はぁ、ルクレツィアの話。どう思った?」
「私が見る限り嘘は言っていません。ですがあの話を信じれと言われても難しいですね」
「そうか・・・確かにな。だが俺はあり得ない話では無いと思っている。俺という前例がある訳だしな」
「そうですか」
「・・・まずはコウリャクタイショウとヒロインと呼ばれていた者達の素性と現状を調べる。可能なら近くに手のモノを潜ませろ。ただし、ヒロインは強い魅了の能力を保有している可能性がある。それを考慮し切り捨てられる者を使え」
「了解しました。他には?」
「・・・そうだな、ルクレツィアに護衛を付ける必要があるな、あれの夢は危険すぎる。他所に漏れたなら消すことも考慮して選べ」
ノートが肩をすくめた。
虚言かも知れないのにと言ったところか。
「あとは、俺に似た容姿の者を探せ」
「何故です?」
「身代わりだ。ヒロインとやらに魅了されても敵わんからな」
読んで頂きありがとうございます。