悪役令嬢は目を覚ます。
ゲームの説明などが多い話です。
そう言うのが苦手な方は気を付けてください。
よろしくお願いします。
ウチは目が覚めると子供の体になっていた。
・・・いや、違うか。
気が付くと目の前には両親と弟が居て、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
私が覚醒したと見て取ると父親が抱き着いてくる。
頭痛はするし意識も少し朦朧としていて、空を飛びながら頭を小突かれてるみたいだ。
そんな状態な私は、グシグシと私の寝間着を涙などで汚される事を呆然と眺めていた。
何処か他人事のような気すらする。
父親がルクー、ルクーと私の名前を連呼している。
うーん、ルクー?どっかで聞いたことあるような?
私の愛称なので当然なのだけれど・・・。
正式にはルクレツィア。
ルクーなんて呼ぶのは父親だけだ。
朦朧としながらも、この違和感の理由には心当たりがある。
目覚める前に見ていた永い夢が原因だと思う。
こことは違う何処か、田舎に住む女性の人生を痛みすら感じる現実感と共に体験してきた。
さっきは勘違いしたが、今ならあれは夢だったんだと分かる。
母親は私の反応が鈍い事を疲れてると思った様で、近くに控えていた医者と視線を交わす。
その医者が「峠は越えましたがまだ安静が必要です」そう言って、いつまでも抱き着いている父親を諌める。
母親が二人の侍女に残るよう指示を出し他の人を下がらせ、動こうとしない父親の肩に手を添えて有無を言わせず部屋から出て行く。
急に静かになった部屋で、上体を起こした状態でベットに座っていると肩口が冷たいことに気付いた。
父親が遠慮なく濡らしたせいだ。
残っていた侍女に頼み、寝汗をかいたからと着替えとお湯を用意してもらった。
自分で着替えようと思ったが、有無を言わさず侍女達に服を脱がされ体を拭かれる。
あまり動くと頭痛が増すので、されるがまま身を任す。
侍女達がテキパキと作業してくれるのを黙ってみつめていると、ふと姿見に自分が映っていることに気が付いた。
母親譲りの綺麗な黄金の髪、角度によって色が変わって見えるハシバミ色の瞳、整った鼻筋と顔貌。
だが父親譲りの目元のお陰で少し気が強そうな印象を受ける。
はぁ、思わずため息が出そうになる。
別に自分の顔に見とれたわけじゃない。
聞き覚えのある名前とこの顔。
まだ子供なため全体的に幼く、意識しないと分からないかも知れないが確かに面影がある。
そう、私は夢の中で遊んだゲームに、悪役令嬢として登場するルクレツィア・ボルージャなのだ。
王都の魔法学園で才能の塊の様なヒロインに、貴族という肩書と恵まれた環境による優位性だけで勝負するという周りが見えていないキャラだ。
「・・・さま、ょうさま、お嬢様?」
「・・・えっ!?」
私は侍女に呼びかけられていたことに初めて気付いた。
「驚かせてしまい申し訳ありません。まだ体調が優れない様にお見受けします、今しばらくお休みになられた方が・・・」
侍女の一人が遠慮がちに声をかけてくる。
惚けていたので心配させてしまったみたいだ。
あー、っと彼女の名前は何だったかな?
「あぁ、そうね。アリナ達も下がっていいのよ」
侍女は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに返事をする。
「ありがとうございます。お嬢様がおやすみになられましたら、我々も失礼致します」
私は頷いてベットに横になる。
彼女が驚いたのは私が気遣うような事を言ったからだろう。
寝込む前まではかなり我が侭な感じだった自覚がある。
あの親バカの父親に、それが貴族としては当然だと教えられてきたからなのだけれど、今思えばそれもどうかなって感じだ。
権力を笠に着て偉そうにするってのも違う気が・・・。
体は疲れていたのか、その日はそのまま眠りに落ちた。
そのゲームは主人公の少女がヒロインとしてこの国の魔法学園に入学するところから始まる。
ゲームの内容としては、最初の1年が1ヶ月単位で進み大まかな成長の方向性を決められる。
年下以外の攻略対象とはここで出会っておくとその後の展開が楽になる。
2年目から1週間単位で予定を組めるようになり、平日パートで部活やアルバイトをして能力強化と小遣い稼ぎ、ランダムイベントやミニゲームをこなし、休日はクエストや攻略対象と一緒に過ごしたりする。
他にも学園行事イベント・季節イベント等があり、そこで攻略対象達と絆を深めたり、能力やスキル、称号を獲得したりする。
攻略対象の好感度、必修イベント等のフラグが立つ(条件が満たされる)と個別ルートに派生する。
ヒロインの攻略対象は、私の婚約者になる第一王子、次期公爵の兄と宮廷魔術師最有力候補な弟、他にも学園の教師や魔法剣を使う近衛騎士、暗殺者、吟遊詩人等色々いる。
中でも私が特に絡むのは最初の3人、事ある毎に難癖つけたり演武祭等の学園イベントでミニゲーム対決をする事になる。
ヒロインが入学したてのステータスが低い頃は取り巻きが相手をする。
私が直接対決するのはヒロインの才能が開花したゲーム中盤以降だ。
ミニゲームは数十種類ありステータスに応じてハンデを貰える。
なので能力が強化される攻略後半はほぼヒロインが負けなしになる。
でもこのミニゲームで様々な称号や特殊なスキルが手に入るため、クリアにはかかせない要素だ。
称号は基本ステータスや特定の行動にボーナスがつき、装備してないと効果を発揮しない称号や取得以降常時効果を発揮し続ける便利な称号まで様々だ。
ほとんどの称号は1度手に入れればクリア後も次回に持ち越せるため一周目で効率よく集める方法なんかもよくサイトに紹介されていた。
なおミニゲームが苦手な人のために、連続で敗北する事でミニゲームをすっ飛ばす機能が追加される『明哲保身』なんて称号もあった。
私の出番が多いルートでは必修だと出ていた気がする・・・。
まぁそれはいい。
正直、今から出来ることは無いだろうしヒロインには成長して貰う必要がある。
何故ならこの世界には魔法やら闘技なんて摩訶不思議なモノが存在していて魔物まで居る。
あと十数年で魔王が復活して王国に侵略を開始する。
ヒロインは王国の危機を攻略対象達を仲間にしてパーティを組み、学園の掲示板に貼り出されたクエスト(街の人達のお願い)を解決していく形で王国を救うことになる。
近くの森で素材採取の様なお使いから始まり、終盤には一週間近く遠征して魔物や魔王軍と戦う危険なクエストまである。
クエスト中はRPG要素が盛り込まれ、ダンジョンや占領された街に挑み、獣や魔物達と戦闘することになる。
・・・そういえば、ルートの1つに魔物に墜ちてヒロイン達に倒されるってのがあったな・・・。
次の日、私の体調は回復した。
私を心配した父が王都から治療魔術師を手配してくれたからだ。
どうやら私が寝込んだのは4日前で、その日に王宮に使者を送り今日到着したらしい。
当然、公爵領には治療の魔術師はいない。
多くのケガや病を治せる治療魔法は非常に需要があり、王家で厳しく管理されている。
血統魔法なんて呼び方をして通常は習得できないとすら伝えられている。
まぁ、これは真っ赤な大嘘で王家の権威を高めるために利用されているって所が本当だ。
ヒロインは溢れる才能で治療魔法を習得、これにより王家の一員に認められるってルートもあったはずだ。
そして、今回公爵である父の要請で来てくれたのが王弟のアルべリュト殿下だ。
彼は王位継承権は低いが王家でも指折りな治療魔法の使い手で、各地の貴族の要請を受けて国中を飛び回っている。
人当たりの良い笑顔と優しげな声が特徴で、地方貴族に強い人脈がある。
王都の貴族の中では旅好きの変わり者と言われているが、王の信頼と王家への忠誠は本物で各地の動向等を監視する役割も担っている。
・・・会ったのは先程治療してもらったのが初めてだ。
初対面の相手なのにこんなに詳しいのは、私が貴族の力関係を教え込まれているからだけではない。
ゲームにも登場していたからだ。
まぁ今日見た彼は笑顔の素敵な好青年だったが、ゲームでは格好いいオジサマって感じだった、一部ファンから攻略対象では無いことを嘆かれていた。
彼は趣味で王都に喫茶店の様な店を出している。
平日は行ってもいないが学園の休日に行くと一定の確率で出会えて、攻略対象達の好きな物など様々な情報を教えてくれる。
さらに特定の条件をクリアすると、中盤以降仲間にする事も出来てパーティー内では回復特化として活躍してくれる。
ヒロインに治療魔法を習得させないと他の仲間を回復する手段は限られるので、敵が強くなる終盤や難易度を上げた場合等は途中参加でも十分彼の魔法が役に立つ可能性がある。
ちなみに彼が王都に戻って私の事を報告したために、王子との婚約の話が進められる事になる・・・たしかその筈。
体調が回復してから3日。
今は侍女達には退室してもらい部屋には一人だ。
外はまだ明るいが、もう昼は過ぎている。
アルベリュト殿下は昨日の早朝には出発していた。
王都に戻るわけではなく、他の地方領主の所へ向かうらしい。
私の方は様々な講師を招いての学習も再会した。
ゲームでは分からなかったがルクレツィアは、と言うか私は並々ならぬ努力をしていたんだなと、今更ながら思う。
全てのミニゲームで強敵だということは、生半可なことでは無かったみたいだ。
「お嬢様は病み上がりですので、今日は肩慣らし程度に・・・」
そう言われて始まった学習は次々と講師が変わりながら朝から昼過ぎまで続き、その内容はこの2日間で語学、歴史、作法、魔法学等の貴族故に必修な知識から、薬学、護身術、馬術等の貴族だから?っと疑問に思える様な分野、更には裁縫、料理、洗濯なんて貴族なら必要ないんじゃないの?っと言いたくなる様な事まで広すぎる種類だ。
今日だって、先程まで厨房で料理の勉強をしていた。
本来なら夕食に私が作ったスープが並ぶはずだったが、急に先触れが到着して講師の副料理長が忙しくなったために途中で終了になった。
侍女達の急ぐ足の音が聞こえ、予定外の来客で館の中が慌ただしくなった気配が自室の外からも感じられる。
誰が来るのか分からないが、先触れはもう少し早く出すのが普通だ。
まぁ、今日はこの後の勉強は無いので私には夢のことを整理する時間が出来たのでありがたいけど。
私がこんな英才教育を受ける理由は、きっとミニゲーム対決で必要になる知識や技術だからだろう。
念のため料理や洗濯がなぜ必要なのか父に訪ねたところ「いつか必要になったら困るだろ?お前には最高の知識を身につけて欲しいのだ」みたいなことを言っていた。
貴族らしさにこだわる父とは思えない発言だ。
・・・これがゲーム補正というモノなのだろう。
こんな小さい頃からみっちりやってもヒロインには負けるんだから、そりゃヘコんで魔物にも堕ちちゃいますよ。
唯一の救いは勉強は苦では無いし、この体が高性能なのかスポンジのように知識が身に付く事だ。
確か寝込んで夢を見る前は、もう少し適当に学んでいたかも知れない。
でも今は、私の知識が間接的にでもヒロインの助けに引いては人々の役に立つなら頑張ってみようかと思う。
ちなみにミニゲームの評価には敗北、引き分け、辛勝、勝利、完全勝利と、五種類ありそれぞれ報酬が異なる。
もしヒロインが一周目のミニゲームでルクレツィアに完勝しようと思ったらミニゲームの種類を絞り、その為にステータスを特化させて強化する必要がある。
例えば料理対決なら、街の料理屋でアルバイトしたり調理部に在籍するなどして器用度や発想力などのステータスを上げ『熟練皿洗い』や『調理部のエース』等の称号を取得して挑む必要がある。
その為ある程度のゲーム内時間を消費するので、効率よくやっても2年目の聖夜祭イベントの頃だろうか。
けど1度完全勝利すると『学園の三つ星シェフ』という称号が手に入る。
これは手料理イベントや弁当イベントで必ず高評価を貰えたり、好感度アップにボーナスが付く。
更には特定のステータス上昇量が増えるので、二周目以降の効率を上げることが出来る。
・・・今考えると攻略以外の要素が結構多かった気がする。
まぁジャンルの都合上、周回プレイが前提なので当然だけど。
でもまぁ、どのエンドでも魔王は倒すことになった筈なのでヒロインが居れば王国は大丈夫だとは思う・・・。
ちなみにエンドを半分以上見る頃には適当にプレイするだけで、完勝まではいかないまでもルクレツィアに負けることはほぼ無くなる。
ヒロインの踏み台ご苦労様って事だ。
・・・何となく悔しい気もするが逃げる訳にもいかない。
それでもしヒロインが強くなれずに魔王を倒すことが出来なかったら?
・・・そうなれば、この国だけの話ではなくなるだろう。
他国に逃げたとしてもいつ魔王に侵略されるか分からない。
ならヒロインと共に魔王を討つべく行動すべきだろうか・・・。
ゲームの中では私に戦闘シーンは無かったはず、それこそ魔物に堕ちない限りは。
それに実際に自分が魔物なんかと戦えるとは思えない・・・。
コンコンコンコン。
そこまで考えた時、部屋のドアが叩かれ顔を上げる。
「お嬢様?失礼してもよろしいですか?」
退室していた侍女だ。
もう夕食かとも思ったけどまだ少し早いはずだ。
「待って、何あったのかしら?」
私は夢の事を書いているノートを一旦机の中にしまい鍵をかける。
「どうぞ」
「失礼致しますお嬢様。旦那様から今日のご夕食には・・・」
侍女の話では今日の夕食には兄が出席するらしい。
どうやら急な来客とは兄のことだったようだ。
兄、ヴァレンティノ・セサル・ボルージャは攻略対象で次期公爵だ。
この国の公爵家は2つ、王位継承権はないが王族と血縁関係にあるハッスブルク家
もう一つが王国のどの貴族、王家の直轄領よりも広い領土を持つ我がボルージャ家。
ちなみに2つの公爵家が式典などで顔を合わせる時はボルージャ家が大公を名乗る。
この王国が建国される時にボルージャ家が多大な支援をした歴史があるためだ。
当時はボルージャ家にも血統魔法が存在し、王国を名乗り2つの国はお互いに支え合っていたらしい。
しかし王家は領土拡大政策を推し進め、周辺の有力者を貴族に据え領土を取り込む事でさらに力を増した。
すると貴族達の中にボルージャ家が自分達の王と対等な事に不満を持つ者達が現れ始める。
その火種が大火になる前にボルージャ家は血統魔法を封印して王家に下り一貴族となった。
王に次ぐ貴族、大公が生まれたのはそんな訳だ。
まぁ、それも遙か昔の話で今では式典ぐらいでしか大公は名乗らないし2つの公爵家に上下関係は無いと父は言っていた。
ちなみにゲームでは父が王国に反旗を飜すルートがいくつかある。
その理由が再びボルージャ家を王国に!って感じだった。
ゲームの野心家な父と、親バカの父が同一人物とは思えないけどね。
じゃあゲームの兄はと言うと、学園では爵位に興味が無い感じの無気力系キャラだ。
成績は1つ上の学年の中では毎回三十番以内で、悪くは無いが特別目立つほどでは無く、性格も無愛想な感じだった。
その原因はゲームの父が領民から搾取することしか考えていない政策を推し進め、私の我が侭に呆れ果て、それを止められない自分へのマイナス感情から・・・だったはず。
でも常に前向きなヒロインとの出会いを通してやる気を取り戻し、公爵領の立て直しを決意する。
ところが兄のルートに入ると父が魔王軍を手引きして王国に反旗を飜す。
学園に居た兄はヒロイン達に協力してもらい公爵領の魔王軍との戦いにおもむく・・・。
まぁ結局、ヒロインと兄達で魔王は滅ぼすわけだけど、兄は叛乱の責任を取って公爵領を国王へ献上して領地も失い国外へ追放になる。
王国を出て行く兄をヒロインは丘の上で待ち伏せて夕陽をバックに2人で手を繋ぐ・・・みたいなエンドだった。
これが兄の通常エンド、この場合は忘れられ作中では語られてないけど私も国外追放だと思う。
もう一つは、兄のルートが確定する前に王子等特定のキャラの好感度を一定まで上げて私の断罪イベントをクリアしておくと、私が学園から居なくなる。
その後で兄のルートに入ることで公爵領解放のさいに、魔物になった私と戦闘になったはず。
一応ボス並みの扱いで、それを倒して得られる称号が強かった気がする。
で、こちらのイベントをこなすと、私という許嫁の居なくなった王子には魔王討伐の功労者としてヒロインが嫁に相応しいみたいな展開になる。
その事が公に発表がされる前日にヒロインの寝室の窓に追放になったはずの兄が現れ「俺は全てを失った。だがお前への気持ちは誰にも負けない。ずっとお前を守ると誓う、俺と来てくれないか?」みたいなのがトゥルーエンドだ。
・・・うん、出来れば一番避けたい展開だ。
「如何でしょうか?」
おずおずといった感じで侍女が声をかけてくる。
ずっと黙って考え込んでいたからか、いつも着付けをしてくれる侍女は私が不機嫌だと勘違いしているみたいだ。
鏡の前の顔は少し目つきが鋭い気もする。
私は姿見の前で回りながらザッとひらひらの服を確認する。
「えぇ、良いと思うわ」
できるだけ明るい調子になるように声をかけた。
「ありがとうございます」
侍女が胸をなで下ろしているのが分かる。
まだ屋敷の中での私の評価は我が侭娘だ。
まぁ人の評価というのは直ぐには変わらないよね。
以前は衣装にアレコレ文句を言っていた気がするし・・・。
また表情に出ない様に気持ちを切り替える。
今はこれから会う兄の事を整理する方が先だ。
クエスト中の兄の戦闘能力は、片手にサーベルと反対にナイフを持ち、常時二段攻撃等のパッシブ系(常時発動型)スキルが強力で、成長すると回避40%、カウンター(回避&反撃)35%、反撃15%を取得できる。
この3つは同時に効果を発揮する為かなり敵の攻撃を無効化できる
カウンターが発動しない魔法攻撃は40%しか避けられない等弱点があるけど、育てば一番死ににくいキャラだった。
更に会心の一撃が出ると急所攻撃になり弱い魔物ならそれだけで倒す事ができた。
それは反撃でも効果があるため一人ならあっという間に戦闘が終わることも多い。
でも何故か魔法は一切使えず、補助系の能力は回復の薬を一日に三回まで使えるだけだ。
回復の薬は固定値回復なので前半はありがたいが、体力が増えてくる中盤以降は使うぐらいなら殴った方が良いといわれていた。
育ちきれば強キャラだけど、無気力系だからなのかレベルアップ時のステータスの伸びは最低で、好感度イベントのステータスボーナスが能力アップの大半を占める。
その為、戦闘に参加させておくだけだと全然強くならない。
そして、せっかく回避が高いのにタゲを取る(敵の攻撃を引きつける)スキルが無いため盾としては使いにくい。
ただしこれは、好感度が一定以上になりヒロインが気になるみたいなイベントをこなすと、ヒロインの攻撃を代わりに受ける様になる事で改善出来き、その確率も好感度に比例して高くなる。
さらにヒロインにタゲ取りスキルや仲間を庇うスキルをつけて補うことで最強の一角として活躍させることが出来た。
その場合は、仲間を庇うヒロイン、それを庇う兄が敵の攻撃を躱して反撃するなど、実際考えるとあり得ないような状態になるため、あくまでもシステム的な話だ。
まぁとにかく、兄は強いけど攻略を進めて好感度を上げないと使いにくいと言うのがよく聞く評価だった。
「お嬢様?」
「何でもないわ、行きましょう」
夢の記憶をたどっている間に髪のセットなど身支度は終わっていた。
寝込んでからは大事をとって部屋で食事をしていたので、久しぶりの家族との夕食だ。
だが夢の前の兄の記憶はほとんどない。
というのも兄は私や弟と違い公爵となる事が決まっている為、公爵領の一部地域の統治を任され、一緒には住んではいないからだ。
「・・・なに!?もうか?」
廊下を進み食堂へ向かう途中で、まだ幼さの残る驚く声が聞こえてきた。
「はい・・・お嬢様が・・・」
「・・・そうか、わかった・・・」
途切れ途切れだけど私の話題が聞こえて来た。
私は声のした方、倉庫に続く廊下を覗き込む。
何となく柱の陰に隠れてしまったのは深刻そうな会話の時に私が呼ばれたからかも知れない。
廊下の先には先を行く子供の後ろ姿と、家令のレモリスの姿が見えた。
あの子は・・・多分兄だろう・・・あの光の加減で銀色に輝く黒髪はこの辺りでは珍しい。
「お嬢様?何をなさっているのですか?」
壁に張り付くようにして脇の廊下を覗き込んでいる私に、若い侍女が心配そうに声をかけてくる。
〔ベリンダちょっと寄るところが出来たわ、お父様とお母様に少し遅れると伝えて〕
私は口の前に1本指を立て、声を潜めて侍女に指示を出す。
「何を・・・」
〔シィー!いいから、お願い〕
私がお願いっと言うと少し驚いた後。
〔しかし、供も付けずになど・・・〕
〔大丈夫、外に出るわけじゃないもの兄様と少しお話ししたいだけなの〕
侍女が私のように廊下を覗き込む。
兄と家令がまだ歩いている。
〔・・・はぁ、わかりましたお気を付けて〕
侍女が少し笑ってそう言ってくれた。
私も微笑んで頷くと、何故か侍女がビクッとなった。
まぁいい、今はそれどころでは無い。
私はヒラヒラのスカートをつまんで小走りに駆け出す。
〔お嬢様!〕
侍女の潜めながらも咎める様な声が聞こえた。
私だってはしたないのは分かっている。
だが、兄と家令が今にも廊下を曲がりそうなのだ。
見失うわけにはいかない。
何でこんなにも気になるのかは自分でも分からないが、もしかしたらあの無気力キャラの兄が館の財務等を取り仕切る家令と話しているのに違和感を覚えたからかも知れない。
兄達は私に気付かず倉庫の中へ入っていく。
私は扉から中を覗く。
ここは倉庫といっても美術品や宝石などを置いておく場所で、普段は使用人達の出入りも無いし鍵がかけてある。
宝物庫と言った方が分かりやすいかも知れないけれど、父が浪費家な為金貨などはほとんど無く、絵画や器など普段飾っていないモノを置いておく場所になっている。
2人は入り口付近にある新しく持ち込まれた箱の前で話している。
たぶんあれは、兄が持ち込んだモノだろう。
「これを王都で売ってくれ」
そう言って兄が箱の中から手の平ほどの革袋を取り出し、中を少し自分の手に乗せる。
それは輝く小石のようにも見える小さい粒だ。
「これは?・・・おぉ、真珠ですか」
兄の手袋の上に転がったそれを、家令が失礼しますと一粒取り上げて光にかざす。
夢で見た記憶のある丸い真珠ではなく楕円形な粒だ。
「あぁ、近くに海があるからな。探させた」
「驚きました・・・よくこれ程の数を集められました。・・・しかし、美しいですな」
「そうか?まぁ、海の無い王都なら高く売れるだろ?だが、1度に売って値崩れなどおこさせるなよ。それと・・・」
兄は家令に革袋を渡して、また箱の方を見る。
「盗み見ですか?」
突然、頭の上から声がかかりビクッと跳び上がってしまう。
「あ、あ、私。お、お兄様とお話ししたくて・・・」
私は慌てて後退り、動揺してしまいうまく話せないながらも言い訳をする。
覗き込んでいた私に声をかけてきたのは、この館の侍女とはデザインが異なる服装の侍女だった。
たぶん、兄が連れて来た者だと思うが私の事を知らないのだろうか。
口元は少しだけ笑っているが、その琥珀の様な美しい瞳は心の中まで見透かすようで酷く居心地が悪い。
白金の髪と透き通る様な白い肌を持つその侍女はジッと私を見つめてくる。
「どうした?・・・妹か」
兄と家令がこちらに来て問いかける。
私は黄金の眼差しから逃げるように兄の方を向く。
「お兄様、申し訳ありません。廊下でお姿を見かけて思わず付いてきてしまいました。けどレモリスと難しそうな顔をしていたので声をかけにくくて・・・」
兄と家令は一瞬視線を交わしたが、兄がアゴを少し上げる。
「レモリス、悪いが母上に私とルクレツィアは少し夕食に遅れると伝えてくれ」
「畏まりました。そういえばこの先の応接室ならもう掃除が終わっているかと思います」
家令はそう言うと倉庫の鍵を兄の侍女に渡して部屋から出て行く。
「ルクレツィア、場所を変えるぞ」
兄はそれだけ言うとさっさと歩き出す。
私はそれを追いかけながら、後で鍵がかけられる音を聞いた。
私達が応接室の1つに入ると確かに誰もいなかった。
ここは親しい方を招くための部屋で、あまり広さも無く落ち着いた雰囲気のしつらえになっている。
兄は周囲の美術品には目もくれず革張りの長椅子に腰掛ける。
と言っても足が短くて深くは座れていない。
「それで?何かあったのか?」
「・・・えっと」
改めて聞かれても正直なにか聞きたいことがあったわけでは無い。
今までだって挨拶以上の会話は殆どしたことがないし、兄が私の名前を覚えていた事に驚いたぐらいだ。
「・・・どうし・・・」
兄がさらに問いかけようとしたとき、部屋のドアが鳴る。
私が少し驚いて振り返ると先程の兄の侍女だった。
ちょうど彼女は部屋に差し込んだ夕陽を浴びて佇んでいた。
その白金の髪は赤く染まり、肌も炎に照らされるように褐色に燃えていた、そして口元にはあの微笑み。
その光景は夢の記憶、1枚のスチル(イベント静止画)を呼び起こす。
あるルートで王都を真っ赤に染めた犯人。
そのスチルではフードに隠れ全ての相貌を見ることは出来なかった。
けど妖艶な微笑みとフードの隙間から覗く燃える瞳がとても印象的だったのだ。
「・・・ドヴェルグ・ノート」
だからかもしれない、そのイベントで攻略対象が言った言葉を呟いてしまったのは。
「待て!」
侍女の瞳が見開かれた。
次の瞬間、私は横から強い衝撃を受け床に転がる。
「クッ、待てと言った!」
兄が子供とは思えないような、凄みのある声で一喝する。
その時、やっと自分の状況が分かった。
私は侍女に蹴飛ばされそうになり、兄が前に出て庇ったのだ。
まるでゲームでヒロインを守るように。
しかし、子供の体では勢いを殺せず2人で床に倒れた。
兄は蹴られたはずなのに既に立ち上がり、自分の服と傷を確認している。
「・・・もうしわ・・・」
「いや、謝罪はいらない。ルクレツィア、立てるか?」
頭を下げる侍女に見向きもせず、兄が小さな手を私に差し出す。
私はその手を取り、立ち上がる。
幸い少し足を捻った位で大したケガは無く、服も汚れてはいなかった。
「足か?」
私が立ち上がるときに一瞬顔をしかめたのを見て取ると、兄は私の腰に手を当て持ち上げるように椅子に座らせる。
小さな体の割に力強くて驚く私を他所に、有無を言わせぬ手際で靴を脱がせて軽く触診し、どこからか取り出した軟膏を塗ってくれた。
「さて、ルクレツィア。先程の言葉は2度と口にしないと約束しろ。それとここであった事は他言無用だ」
兄は私の目をジッと見つめて強い調子でそう言った。
私はその雰囲気に気圧されるように何度も頷く。
「そうか。よし、色々と聞きたいことが出来たがあまり父上達を待たせるわけにもいかない。話の続きは後日としよう。いいな?」
兄は私が頷くと、よしっと言って靴を履かせ立ち上がらせてくれる。
不思議と足の痛みは無くなっていた。
これがゲームで兄が使っていた回復薬なんだろうか?
読んで頂きありがとうございます。
更新は遅いと思います。
感想は受け付けておりますが、返信はしておりません。
ご了承ください。