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 ――――――――――おうこくれき254ねん、はるのつき、26にち。



 きょう、おとうさまとおかあさまにフラムスティードのおうじょうにつれていってもらった。・・・おうさまとおうひさまが、わたしとアシュレイおうじとなかよくしてほしいというねがいからじつげんしたのだと、おとうさまがおっしゃっていた。・・・どうしてわたしとおうじさまになかよくしてほしいのかな?ほかにもなかよくしたいこはいるはずなのに・・・・・・。




 ・・・懐かしい、声が聞こえる。



 

 よくわからないけれど、おうちにかえるとすぐにおかあさまがわたしにこのにっきちょうをくださった。・・・こうしゃくれいじょうとして、おもったことやかんじょうをすぐにつたえることはできないから、と。そういうのをぜんぶにっきちょうにかけばいいらしいのだけれど・・・・・・どうしてすぐにつたえちゃだめなんだろう?でも、おかあさまがそういうのだから、きっと、ぜったいなんだろうなぁ・・・・・・。




 ふっと、懐かしい声に誘われるように目を開くと、そこは見慣れたフォーサイス家の、セラフィーナの自室で、僕の記憶している風景よりも十年くらい前の内装のような気がする。・・・確か、この頃のセラフィーナは可愛らしいぬいぐるみを集めていて、フォーサイス公爵含め、彼女を可愛がる者達からの贈り物が絶えず、至る所に様々な動物や人型の人形が鎮座していたはずだ。(・・・とは言え、僕が知っている彼女の部屋には今よりももっと人形があったはずだけど・・・)



 ・・・と、言う事は、僕が居るこの場所は過去のセラの記憶の世界で間違いはないだろう。ここで目覚める前、現実の世界ではマリアンに指示されたアリス達がセラの日記帳を運んできていたみたいだし、マリアンが直前に出したあの虹色の薔薇はローゼンシュタットの秘術の結晶だ。・・・滅多に使わないそれを惜しげもなく使ってきたということは・・・それ相応の意味が必ずあるはず。(・・・そう言えばマリアンは『あの子(セラ)の想いを、覚悟を、知って来て。』と言っていたっけ・・・)



 そっと辺りを見渡せば、部屋の奥側、今の僕達だと丁度良い、けれどあの頃のセラフィーナには大きすぎる机に、幼いセラフィーナはペンを片手に、時折ぶつぶつと、声を出しながら何かを書いている。・・・さっきの声といい、もしかして・・・・・・・




 はじめておあいしたアシュレイさまは、げんきがよくてきらきらしていた。たまたまとなりのくにからあそびにきていたマリアンデールさまやアリスティードさまたちとおにわをはしりまわっていて、そういうあそびがにがてなわたしにはうらやましくて、まぶしかった。とちゅうでマリアンデールさまが、きれいなとげのないバラをくれたり(あのおはなはどこからもってきたのかな?まるでてじなみたいにポンってとりだしてたけど・・・)、アシュレイさまがはるのていえんにおさんぽにさそってくださったりと、たのしいいちにちだった。




 「・・・・・・またみんなであそべるかなぁ?」




 日記を書き終えたらしい幼いセラフィーナが空を見つめながらそう呟いたので、僕はそっと、その小さな頭を撫でながら(実際には触れられないのだけれど・・・)「そうだね。きっとすぐにまた遊べるよ。」と微笑む。・・・そう言えば、この頃のセラは僕の事を仲の良い友人、程度に思っていたんだな・・・。僕は一目見てセラの事、好きになったんだけど・・・。



 それに・・・まさか、こんなにも早くから、セラフィーナの両親であるフォーサイス公爵夫妻が、セラフィーナに公爵令嬢としての教育を施し始めていた、というのにも驚きである。・・・僕ですら、本格的に教育が始まったのは7歳頃、だったような気がする・・・・・



 けれど、あぁ・・・そうか・・・セラフィーナの、いつも一歩引いたあの全ての感情を覆い隠す曖昧な微笑みも、本音を隠す癖も・・・既にこの頃から始まっていたのか・・・そう思うと、セラフィーナはこの日から今日まで、一体どれほどの想い(もの)を隠し、抱え込んでいたのだろうか・・・?僕は・・・・・・そんな彼女のことを知ろうともせず、ただ、自分の感情ばかりを・・・・・・ぶつけていたんだな・・・・・・




 不意にツキンと痛んだ胸を押さると、ぐにゃりと風景が歪んだ。それと同時に聞こえてくるのはパラパラと、(ページ)を捲る音。その合間には複数の幼いセラフィーナの声が重なるように日記の内容を語っているが、その全てを聞き取ることは僕には出来ない。そもそも声が重なりすぎてざわざわと、僕の鼓膜を揺らすだけだ。



 それでも、時折聞こえてくる単語達から、幼い頃の思い出を呼び起こすものも多く、あの頃はただ、無邪気に、幼子らしく楽しい日々を共有したなぁと、懐かしく思う。







 

 ――――――――――王国歴257年、炎夏の月、16日。





 「!!!?」

 



ふっと、頁をめくる音やざわつきが消えると、はっきりとしたセラフィーナの声が聞こえる。





 今年も、王城の夏の庭園(サマーガーデン)で行われる星天祭に招待された。去年は大雨で中止になってしまったけれど、今年は雲一つない快晴で、夏の庭園の最大の特徴である大きな人工池と水路には、水鏡に移した満天の星々が煌き、幻想的な光景を作り出していて、本当に素敵で・・・・・・




 「・・・すくい上げたら掴めそう・・・・・・。」



 庭園中央部の人工池付近で行われているお茶会の喧騒から外れて、水路沿いに下った先にある鳥籠のような形の休憩所で、そこを取り囲むように流れる水路の前に座り込み、そっと水の中に手を入れてみると、夏の暑さですっかり微温(ぬる)くなってしまっていると思っていた水温が、その割にはひんやりと冷たく感じて思わず反射的に手を引っ込めてしまい、大きく水しぶきを上げる。・・・当然、それを被ってしまうのは私だけ、なのだけれど・・・・・・



 「あーあ、何やってるの、セラ。」



 「アシュレイ様・・・申し訳ございません・・・・・・」



 「・・・水温に驚いたんだろう?まぁ、ちゃんと説明してなかった僕も悪かったよ。庭園(ここ)を流れている水の大元である人工池にはスノーベル産の永久氷(エターナルアイス)が沈められているんだよ。・・・どういう原理なのか、水につけても、日光に当てても融けないし、冬になると水底まで凍らせちゃったりもするんだけど・・・どんなに暑い日が続いても変わらず、ひんやりとした水を楽しめるようになってるんだ。」



 

 マリアンを通してスノーベルの姫(アイシアひめ)と仲良くなれてよかったよ。と、私に降りかかってしまった水をハンカチで拭き取りながらアシュレイ様は笑った。スノーベル・・・最北の極寒の国は一年中雪と氷に閉ざされていると教わったけれど・・・融けない氷、なんていうのが存在するとは初耳だ。



 「融けない、氷・・・・・・」



 「そ。まるでアイシア姫の表情そのものだよね。」



 

 僕、未だにアイシア姫が何を考え、何を思っているのか、そこに宿る感情も読み取れないのに、マリアンはちゃんと解ってるみたいなんだ。・・・僕もいつか解るようになるのかなぁ?・・・そうなれるといいなぁ。と笑うアシュレイ様に、なんだろう、胸が・・・ちょっとだけ痛む。




 「・・・アシュレイ様は・・・アイシア様と・・・仲良くなりたいのですか?」



 「勿論だよ!スノーベルって滅多に他国と関わりを持たない事で有名だし、もっと仲良くなればもっと永久氷とか貰える様になるかもしれないだろう?・・・今は王城内だけ、だけどさ?いつかは国民達にも楽しんで貰える様になりたいんだ!」



 勿体無いでしょ?僕たちだけがこんなに冷たくて涼しい状況を楽しむのはさ?と、屈託なく笑うアシュレイ様の、その感情は個人的なものではなく、恐らく王太子としての考えなのだろう。・・・そのことに何処かホッとしている私がいる。




 「・・・そう・・・ですね。」



 「それに、アイシア姫やマリアンだけじゃなくて、他の国の、いろんな王族や人物たちとも仲良くなれるといいよね。」



 争いあったりするより、仲良くする方が絶対に良い!



 強く、そう言い切ったアシュレイ様に、彼を祝福するように星明りが煌き、揺らめく。



 あぁ・・・私・・・・・・落ちたかもしれない。


 


 「・・・・・・きっと、アシュレイ様なら、世界中の人々とだって仲良くなれますよ。」



 「・・・そうかな?でも、その時はセラも一緒だよ!・・・でもね、僕はね、何よりセラとももっと仲良くなりたいんだ!」  



 

 ―――――――アシュレイ様という深くて抜け出せない・・・恋の沼に。






 目の前で繰り広げられる、幼い僕とセラフィーナの、微笑ましい光景に乗って聞こえてくる、彼女の日記(ほんね)に、思わず僕は蹲ってしまう。



 ・・・やばい・・・・・・幼い頃の僕って、割と脳天気に大きな事を口にしていて物凄く、居た堪れない・・・。


 

 幼い僕よ、アイシアと仲良くなるのは早々に諦めたほうがいい。彼女が心を開く唯一の人物はマリアンデールだけだ。・・・勿論、それなりに交流は増えていくけれど、何故か、僕は彼女には嫌われている・・・気がする。(・・・まぁ、それもそうか・・・マリアンの友人であるセラを傷つけた僕は、アイシアにとっては大事な親友(マリアン)を悲しませる敵でしかないのだから・・・)



 ・・・けれど、今、見るべき所はそこではない。



 セラフィーナが、僕を友人から想い人にランクアップさせた瞬間が・・・・・・この8歳の時の星天祭なのだという事だ。



 この頃のセラフィーナはまだ、感情が表に出やすく、解りやすかった。だから、僕もセラフィーナとは気持ちが通っているのだと実感できて嬉しかったし、安心できていた。けれど、時が経つにつれ、セラフィーナは立派な淑女になって行く。自分の感情を抑え、優雅に微笑みながらも、他者に隙を与えない、完璧な淑女に―――――――――





 ――――――だけど、アシュレイ様の婚約者(となり)を狙う令嬢達は多い。・・・今は、友人として私を傍に置いてくださっているけれど、何れはきっと、こうしてお会いすることもなくなるのかもしれない・・・・・・その時、私は冷静でいられるのかな?フォーサイス公爵(おとうさま)の権力を使えば、簡単にアシュレイ様の隣に立てるかもしれない。けれど・・・そんなズルをした私を、アシュレイ様はきっと・・・受け入れてくださらないと思う。あの方は・・・優しくて、正義感が強い、素敵な方だから―――――――――――





 不意にまた響いてくるセラフィーナの声。けれど、そんな不安も、杞憂に終わることを、僕は、知っている。



 (大丈夫だよ、セラフィーナ。この年の淡雪の月に、僕たちは婚約関係を結ぶんだよ。それは、僕が望んで、君を選ぶんだよ。)



 あぁ・・・それなのに、僕は・・・・・・本当にセラフィーナの事を、何一つ、理解していなかったんだなと、再び頁が捲れる音が響きだしたのを聴きながら、僕は痛む胸を抑えながらそっと目を閉じた。










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