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 「シアが言ったでしょう?アッシュは責任を取らなきゃいけないって。まずはセラの、初めて書き始めてから昨日までの、数多の思い出の詰まった日記と同調(リンク)して、あの子の想いを、覚悟を、知って来て。・・・諸々の話はその後だよ。」





 そう言ってマリアンデール様が自身の従者であるアリスティード様にアイコンタクトを送ると、彼はこくりと、了承の意を伝え、手にしていた数冊の本(マリアンデール様の言葉から考えると、あれはただの本ではなくセラフィーナ様の過去の日記帳なのでしょう。何時も一緒の彼がマリアンデール様の傍に居ない事、それからセラフィーナ様の二人の侍女を連れて寮外に出たことまでは把握していましたが・・・恐らく、セラフィーナ様の現状を伝えるついでにフォーサイスの邸まで取りに行っていたのでしょうね。・・・マリアンデール様が情報を掴んでから彼らに指示を出すまで、それほど時間はかかっていないはず・・・一体あの短時間でどれだけの事を予測したのでしょうか・・・)をそっと片腕に抱え、目にも止まらぬ速さでアシュレイ様の首裏に手刀を叩き込んでいた。(・・・時々思うのだけれど、アリスティード様って、絶対ただの『従者』じゃないですよね?だって、あの動き・・・騎士や暗部の人間に負けず劣らずだもの・・・)





 「!?ちょ・・・アリス!!?」



 「ご安心下さい、ジェラルド様。痛みすら感じてないはずですから。」



 「いや、それはそれで怖いわ!!」




 っつーか、いきなり過ぎてこっちの心臓が止まるだろ!?と、意識を失い倒れこむアシュレイ様を慌てて抱き支えたジェラルド様が吠える。セラフィーナ様の二人の侍女に関しては絶句し、完全に現実逃避をし始めている。そんな彼らを無視してアリスティード様は「姫様、これはどうすれば?」と、抱えていた日記帳の扱い方を、主人であるマリアンデール様に問いかけていた。




 「とりあえず、ジュリーはアッシュをそこのソファに寝かせてね。アリス君達の日記帳は出来れば下から古い順に並べてアッシュの近くに置いて欲しいな。」



 混沌とする雰囲気の中、普段通りのマリアンデール様の指示に従いセラフィーナ様の侍女たちとアリスティード様は手にしていた日記帳をアシュレイ様の傍に積み重ねていく。そして仕上げに、マリアンデール様が抜き取っていた最新の日記帳が一番上にそっと重ねられた。




 ・・・あ、申し遅れました。私、現在完全に空気と化しているユーフェミア・シェリー・マッドレルと申します。特にすることがないので、私の思考と一緒に実況させていただいております。




 「さぁ、準備出来たわね。―――――――『無限の可能性を秘めし薔薇よ、アシュレイとセラフィーナの思い出と繋いで頂戴』・・・。」




 そっと目を閉じ、そう言葉を紡ぎながら、虹色の薔薇の花に口付けた後、アシュレイ様と日記帳の上にそれを振りかざしたマリアンデール様に応えるように、きらきらと虹色の光を放ちながら、その花弁が一枚、一枚、ゆっくりと舞い散り、そして、それらはすぅっとアシュレイ様と日記帳に吸い込まれるように消えていく。・・・その幻想的な光景を何と例えれば良いのかは解らないけれど、それは、決して悪いものではない事だけは解る。



 薔薇と同じ虹色の淡い光に包まれた事を確認すると、マリアンデール様はほっと安堵の息を吐き、何処からともなく取り出した一粒の種をアシュレイ様の胸の上に置いた。




 「・・・・・・ちゃんと、自覚してきてね。そうすれば・・・この薔薇の種は芽吹き、黒赤の花を咲かせるはずだから。」



 「・・・『決して滅びることのない愛』・・・ね。そもそもアシュレイがしっかりとセラフィーナに寄り添っていれば、こんな面倒なことにはならなかったのに。しかも、リアの手をこんなにも煩わせて・・・・・・」




 ・・・いっその事、アシュレイに『白雪姫(スノーホワイト)』の『魔薬(ポーション)』を使ってやろうかしら・・・と、物騒なことを呟くアイシア様にマリアンデール様は「シアが言うと洒落にならないからヤメテ!っていうか、国際問題になるから!」と震えながら彼女を諌めていた。



 

 「・・・・・・アッシュは・・・本当に大丈夫なのかい?」



 目の前で起こっていることについていけていないのか、不安そうに、アイシア様を宥めるマリアンデール様とその傍に静かに控えているアリスティード様に視線を投げたジェラルド様は、それでも友人であり将来の主になるアシュレイ様の心配をまず口にするあたり、本当にお優しいと思います。私だったら率直にマリアンデール様の使われた術についてお尋ねしますけれど、ね。(まぁ・・・十中八九、あれがローゼンシュタット王国の王太姫だけが貰い受けるとされる【十三人の賢女(ローズセレスト)】の恩恵なのでしょうけれど。)



 

 「勿論よ。・・・今のアッシュはセラと同じで『眠っているだけ』よ。」



 「!?」



 「ただ、セラと違うのは、虹薔薇の効果(ちから)で、アッシュは夢の中で、今までセラが書き連ねていた日記の思い出を追体験していると言う事。・・・流石に十数年の記憶を全て知るには時間がかかりすぎるから、アッシュとセラ、共通する思い出且つ、セラの心が一番揺れた出来事限定で追うようにしているから・・・そうね・・・・・早くて半日くらい・・・かな?」




 アッシュが目を覚ますのは、と微笑んだマリアンデール様はまるで手品のようにポンっと青色の薔薇を生み出すと、先ほどと同じように花弁に口付けるけれど、何も起こらず、普通にそこに存在している。



 

 「・・・・・・セラフィーナ(ねむりひめ)を目覚めさせるのは何時だってアシュレイ(おうじさま)の役目・・・。道は示してあげたのだから、後は二人の問題だよ。それより・・・私たちにはそれ以外にやらなきゃいけないことがあるわ。」



 そう言ってマリアンデール様は私へと視線を投げた。



 「ユーフェなら知ってるんじゃないの?セラが手にした魔薬の入手経路。それに・・・尋常じゃないスピードで今回の事件が広まった経緯も。」



 「・・・・・・証拠はまだ見つかってはいませんが、恐らく、シャロン・ハルフォード嬢に関係があるかと。」




 指名された私は隠すことなく現段階で持ちうる情報を提示する。・・・マッドレル家(うち)情報部隊(じゅしゃ)達にとっては息をする様に自然に入手してくる裏情報によると、そもそもシャロンという娘がハルフォード子爵令嬢として迎え入れられた経緯も不自然なのである。


 

 彼女(シャロン)とハルフォード子爵は確かに父娘(おやこ)関係であるのは間違いない。しかし子爵の正妻の子ではなく、彼が戯れに手をつけた平民の女性との間に偶然生まれた彼女を当初、子爵は認知すらせず、相当の額の金を積んで、彼と彼女の関係とその娘(シャロン)の存在をかき消したはずなのだ。そして彼女(シャロン)の母は喜んでそれを受け入れ、王都から少し離れた第二都市(ルルティエ)で平民以上の生活を手に入れたのだ。・・・そこで分別ある生活をしていたならば、将来、(シャロン)の持参金を出したとしても老後まで何不自由なく過ごすことができるだけの(モノ)を手に入れていたのだけれど、一度大金を手にした人間は、どうも頭のネジが緩んでしまう傾向にあるらしく、彼女の母もその一人だった。



 結果、シャロンが7歳でハルフォード子爵家に迎え入れられるまでには、その口止め料は底をつき、それでも一度味わった豊かな生活と金の魔力を忘れられなかった彼女の母が目をつけたのは・・・・・・怪しげな占い師が用意した【魔薬(ポーション)】だったのだという。悩める夫婦、恋人を見つけては、その【魔薬】をそこそこ高値で売りつけ、工面していたらしいのだが、幾ら高値で売れたとしても、それ以上に浪費していては全く意味がない。




 「そもそも、ハルフォード子爵の女好きや手の速さは呆れを通り越してもう病気としか言えませんが、それでも、貴族の一員としての矜持は・・・捨ててはいなかったのでしょう。風の噂で聞こえてくるルルエティエの『魔女』の話に、彼の方にまで飛び火しては困ると、騎士団よりも早く動いた子爵が見つけたのが、変わり果てた姿の嘗ての遊び相手と・・・満面の笑みで彼を迎えた実の娘(シャロン)だったそうです。」




 『わるいまじょ(ママ)をやっつけたわたしはイイコでしょう?ね、おとうさま(パパ)?』




 不思議なことに、あの娘(シャロン)はあの日、初めて見るはずの子爵を父親だと、言い切ったのだそうです。それに、彼女の母親が死亡したのは子爵が彼女たちを訪ねる直前だったそうです。・・・・・・まるであの日、あの場所に、子爵が来ることを、何の目的でやってくるのかさえも知っているような素振りを見せた娘に、子爵は本能的に放置はできない、監視しなければという使命感を抱いたようですけれど、果たしてそれが効果を成していたかは・・・疑問ですね。



 そこまで一気に説明して、周囲を見回せば、マリアンデール様は「うわぁ・・・・・・」と頭を抱え、アリスティード様がそんなマリアンデール様を支えながら「・・・・・・なるほど。彼女の痛さ(アレ)は生まれつきですか。」と呟き、アイシア様に至っては「・・・良い子というのはリアみたいな子の事を言うのよ。・・・そもそも、あの小娘の方が魔女のようじゃない。」と鉄壁の無表情が僅かに崩れ、不快そうだ。




 「・・・けれど、ユーフェミアの情報から察すると、あの小娘もある程度の【魔薬】の知識があり、それを入手する方法も、少なからずあるということね?」



 「そうです、アイシア様。それに、あの娘と同室の生徒が数日前、怪しげな小瓶を見つめながら『本来なら私が使うべきなんだけれど・・・・・・邪魔者には早々に退場してもらった方がいいよね。』と言う大きな独り言を聞いたと・・・・・・」



 「・・・馬鹿なの?」



 「否定はできませんね。」



 疑ってくれと言わんばかりの行動を見せるハルフォード子爵令嬢を冷たく切り捨てるアイシア様は「リアはどう思う?」と問いかけると、マリアンデール様は額を抑えながら「・・・うん。恐らく、彼女が本当に『知っている』のなら・・・・・・そういう行動に出るかもね。」と呟いた。



 

 「・・・?どういうことですか、マリアンデール様?」



 「・・・例えばの話よ。彼女は何らかの経緯で自分の生きる時代のことを『知って』いたとする。・・・そうね・・・前世で読んだ物語が今とそっくりな状況だったとか・・・夢で見たとか・・・そのあたりは想像に任せるわ。時間経過と共に、その内容がぴったりと一致する事柄が増えると、誰だってそれが偶然ではなく必然と思えるでしょう?・・・悪に染まっていく母親を罰するために父親がやって来る。不幸な娘は幼さを理由に母親の悪事には加担していないと、拾い上げられる。そして令嬢として振舞うよう教育され、通いだした学院で、運命の出会いを果たす・・・・・・。」



 「・・・・・・・・・。」



 「そうね、物語にするならば、自身を主人公だと決め付けているハルフォード子爵令嬢が【魔薬】を口にするべきだけれど・・・彼女も、アッシュが本当に想っているのは自分じゃないと気づいていたとしたら?散々こじれているのに、アッシュがまだセラを想っている事を確信していたとしたら?・・・・・・セラはアッシュの心を信じていないからきっと【魔薬】を口にするだろう。そして眠りについたセラを軽蔑したアッシュは今度こそ自分だけを見てくれるはず・・・」



 

 恋路を邪魔する公爵令嬢は永遠の眠りに囚われ、物語から退場し、主人公である子爵令嬢と王太子は真実の愛を手に入れました。めでたし、めでたし。・・・そういう物語(シナリオ)に作り替えたんじゃないかな?・・・本来ならば二人を邪魔するはずだと信じていたセラは何もせずに静観していたのも、筋書きを変える要因だったのかもね。と、マリアンデール様は溜息を吐いた。




 「・・・・・・もし、それが事実なら、なんて身勝手な・・・ッ」



 「そうだね。でも、女の子は誰だって一度は王子様に夢見て、お姫様に憧れるものだよ。・・・・・・まぁ・・・憧れだけに留めておけば良かったんだけどねぇ・・・」



 憖っか、ハルフォード子爵令嬢(あ  の  こ)はそう言う世界(ジャンル)を知っているみたいだから・・・自分に都合の良い世界だと勘違いしたんだろうね。・・・それによって断罪されることだってあるっていうのも、知ってるはずなのに・・・と、ジェラルド様の怒りの言葉に反応したマリアンデール様の言葉は・・・何というか、シャロン嬢と同じように全てを知っているような口ぶりなのが気になるところではあるのだけれど・・・突っ込んだら負けなような気がするので、とりあえず静観しておきましょう。



 「・・・・・・ともあれ・・・アリス君。」



 「はい。姫様。」



 「私たちはシャロン嬢の実家であるハルフォード家を調べるわよ。それからシアとユーフェはシャロン嬢の動向を探って欲しいの。・・・恐らくだけれど、彼女、もう一つ【魔薬】を持ってると思うの。」



 「!?」



 「もし持っているとすれば、それはきっと【灰かぶり姫(シンデレラ)】・・・強力な惚れ薬よ。傷心のアッシュに用いれば・・・効果は倍増されるでしょう?」



 尤も、セラと真実の愛で結ばれているアッシュには効果はないんだけど、と、微笑んだマリアンデール様はすっと表情を引き締めると「・・・・・・彼女の『物語』を、終わらせるわよ。」と宣言したのでした。






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