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 セラフィーナの件は朝の慌ただしい時間帯にも拘らず既に寮内に広められてしまっているのだろう、僕が自室を出た瞬間から寮生を含めた多くの視線がこちらに向かってくる。・・・そこに含まれている感情は僕に対する怒りや呆れが多い気がするのはきっと気のせいではないだろう。



 「・・・アーサー、アンナたちに箝口令を敷くように助言しなかったのか?」



 いつもならば涼しい顔で、セラフィーナの名に傷がつかないよう徹底した動きを見せる侍女たちの、この怠慢さに思わず文句が溢れると、アーサーは複雑な表情を浮かべながら「・・・事情が事情ですし、そこまで気が回らなかったのでしょう。・・・私も、とにかくアシュレイ様に報告しなければと、そればかりでしたから・・・」と申し訳なさそうに頭を下げた。



 「・・・いや・・・そう・・・だよな・・・あのセラが・・・そんな事をするとは・・・誰も考えもしなかったからな・・・。」



 「・・・とは言え、そこまで彼女を追い詰めたのは・・・君だよ、アッシュ。」



 「・・・ジュリー・・・」



 男子寮と女子寮を繋ぐ渡り廊下の入口付近で体を壁に預け、僕が来るのを待ち構えていたのは、僕のもう一人の幼馴染であるジェラルドだった。



 ジェラルドの表情もまた複雑そうで、心底僕に怒りを覚えているようだが、それでも、立場が僕より下であることや現状、セラフィーナの婚約者であることなどを考慮して、それを抑え、刺々しさは残るものの、友人として咎めている、と言う印象を周囲に見せている。



 「・・・追い詰めるって・・・セラは昨日もいつも通り、飄々としていたじゃないか。」



 「『次期王太子妃としてそうあるべき』だと、そう教育されているのだから当然だろう?・・・セラは決して人前では本心を見せたりはしない・・・出来ないんだってこと、アッシュだって知ってるだろう?」



 「でも、せめて僕と二人っきりの時はっ!」



 「・・・そんな時間すら、最近セラに与えてなかったじゃないか。」



 「!!?」



 「・・・それに、厳密に言うと、君とセラが二人きりになる状況なんて今までも、そしてこれから先もないよ。・・・君が王太子で、彼女が君の婚約者で次期王太子妃である以上、ね。」



 二人きりのように見えて、実は様々な場所で護衛たちが僕たちの命を守るために目を光らせていると告げるジェラルドに僕は言葉を詰まらせた。



 「・・・じゃあ、なんで・・・セラを止められなかったんだ・・・。」



 「それこそ、セラがそんな事をするとは誰も思っていなかったからだろう?・・・確かに護衛たちの怠慢でもあるけれどね。でも、彼らにだって言い分はあると思うよ。・・・セラには・・・誰の目にも晒されない、独りきりの空間で、偽ることのない自分で居られる時間が・・・少しでも必要だったのだから。」



 そう言って苦笑したジェラルドは・・・僕よりもずっとセラフィーナの事を理解していると訴えているようで・・・またずくりと、胸が痛む。



 「・・・まぁ、どの道フラムスティード王国(こ  ち  ら)側の落ち度だと・・・スノーベル王国の姫(アイシアさま)ローゼンシュタット(マ リ ア ン)王国の姫(デ ー ル さ ま)には言われそうだよね。」



 「・・・実際、アイシア様は『・・・どれだけ平和ボケしているの?ありえないでしょう?』と・・・・・・相変わらずの鉄壁の無表情で仰っておりましたし、マリアンデール様に関しましては・・・『魔薬・・・ダメ、絶対・・・』と、震えておられました。」



 「!!?」



 不意に僕らの背後から、ぼそりと囁くように、ジェラルドの言葉に答えるように、聞きなれない声がかかり、僕は思わずびくりと体を震わせた。そんな僕を他所に、ジェラルドは「おはよう、ユーフェミア。相変わらず情報が早いねぇ。」とにこやかにその人物に話しかけていた。



 「・・・まぁ・・・情報収集はマッドレル家(わがや)の生業ですし・・・・・・それよりも、お二方共、お急ぎくださいませ。・・・面倒な方に捕まる前に。」



 「・・・そうだね。ほら、アッシュ。ボケっとしてないで、さっさと行くよ。」



 状況についていけずにいると、不意にジェラルドが僕の手をとって、やや急ぎ足で渡り廊下を通過し、女子寮に入ると、周囲を警戒しつつ、上階への階段を登り始める。



 「・・・えと・・・既にセラの部屋にはアイシアとマリアンデールが来てるのか?」



 「正確にはそのお二方と、セラフィーナ様の姉君のグロリアーナ様ですね。・・・お三方ともセラフィーナ様と同じ最上階の個室(へや)をお使いですので、異変に気づき、すぐに駆けつけて下さったようです。」



 ぐいぐいとジェラルドに引っ張られる形で進む僕の後ろで、ユーフェミア、と、ジェラルドが呼んでいた少女?(どういうわけか、僕の視界には彼女が映らず、微かに見える制服の裾でこの王立学院の生徒だとわかる程度だ。・・・そう言えば、マッドレル家って言ってたな・・・という事は伯爵令嬢・・・か?)は息を切らすことなくぴたりと、男子である僕らの速度にも付いて来ているようで、僕の問いかけにも即答してくる。



 「初手としては悪くないかと。元々セラフィーナ様とマリアンデール様は仲が良いですし・・・何より、マリアンデール様は次期ローゼンシュタットの女王です。彼女の持つ権限で『13人の賢女(ローズセレスト)』様のお力をお借りすることもできるでしょう。マリアンデール様(あのかた)はとても友人想いの、心優しい姫君ですので・・・。対してアリシア様はマリアンデール様の『願い』ならば、と、その稀有なお力を貸してくださるかもしれません。」



 どちらも通常ならば外交問題になりかねないものですが、ここはあくまで『全ての者に平等な学院』内での事ですし・・・恐らくは、お二方もそのおつもりでいらっしゃるかと。



 すらすらと、先程の囁くようなしゃべりではなく、しっかりと情報を伝えてくるユーフェミアに、ジェラルドは「・・・流石、今尚伝説が現実に生きてる二国の姫。頼りになるよ。」と、苦笑した。



 「・・・・・・悪かったな、頼りなくて・・・。」



 「本当にね。」



 「っ!」



 「まぁ、でも、現状、どうにかできるのは・・・アッシュ、君だけだと思うよ。・・・マリアンデール様もアイシア様も、個人の感情でだけでは動けない。」



 自国ならまだしも、お二人にとってはフラムスティード王国(このくに)は友好国ではあるけれど、他国だからね。・・・・・・もうすぐ、着くよ。心の準備はいいかい?と、問いかけてくるジェラルドに、僕は・・・・・・大きく息を吐き、そして力強く頷いた。



















 「・・・遅い。」



 「・・・・・・。」



 

 セラフィーナの部屋に入ってすぐ、絶対零度の無表情と鋭い視線を投げかけてきたのは、大陸最北部に位置する極寒の国、スノーベル王国の末の姫、アイシアだ。




 寮の最上階の部屋は男女共通で、入ってすぐの部屋は応接間(サロン)になっている。基本、最上階の部屋を使えるのは自他国の王族と公爵位を持つ者に限られている。それは学院の生徒でありながらも国の名を背負い公務を行うことがあるためで、それを考慮した作りとなっているのだ。そこに一人、アイシアが優雅にソファに腰掛け、何か液体の入った小瓶を手で遊ばせながら僕たちが来るのを待ち構えていた。そしてあの一言目が飛んできたわけだ。




 「アイシア・・・・・・」



 「シア~。やっぱり、厳しいかもしれない・・・・・・」



 「!?」



 「あ、おはよう、アッシュ、ジュリー、ユーフェ!待ってたのよ!」




 僕の言葉を遮るように、何故か化粧室から出てきたのは、地図上ではフラムスティード王国の西隣に位置する、けれどこの国とは何もかもが違う不思議国家ローゼンシュタット王国の王位継承権第一位の王太姫、マリアンデールで、僕たちの姿を見つけると、慌てた様子で駆け寄ってきた。



 「マリアンデール・・・。」



 「・・・アッシュ、セラの事なんだけど・・・・・・セラが使った『魔薬(ポーション)』は『眠り姫スリーピング・ビューティ』の・・・恐らく、原薬(オリジナル)だと思うの。」



 「!!?」



 「・・・『眠り続けている』っていうから、まさかとは思ってたんだけど・・・。」




 そう言って複雑そうな表情を浮かべたマリアンデールの傍に、いつの間にか移動してきたアイシアが「・・・そう・・・。じゃあ、私は今回、役に立てないわね。」と、特に感情の篭らない声で呟き、手にしていた小瓶を制服のポケットに仕舞い込んだ。



 「・・・もしもセラフィーナが使ったものが『白雪姫(スノー・ホワイト)』ならば、すぐに解呪出来たのだけれど・・・。」



 「・・・あぁ・・・確かシアのお義母様の・・・。解呪薬は常に持っているんだったよね?」



 「そう。・・・そもそも『白雪姫(アレ)』が他国に出回ることは殆どないから、大丈夫だとは思っていたのよ。けれど・・・『眠り姫』・・・ねぇ・・・?」



 そう言って再び僕に絶対零度の視線を投げかけたアイシアは一言「・・・・・・報われないわね。」と言った。



 「・・・どういう事だ、アイシア?」



 「言葉通りの意味よ、アシュレイ。・・・・・・『眠り姫』の解呪法は至って単純(シンプル)。使用者が最も愛し、同じように使用者を最も愛する人物が口付ければすぐに目を覚ますわ。」



 「!!?」



 「けれど・・・ねぇ、アシュレイ?貴方、セラフィーナの最も愛する殿方を知っていて?・・・まさかとは思うけど婚約者である自分(アシュレイじしん)だ、なんて、そんな愚かなことは言わないわよねぇ?」



 

 あれだけの事を仕出かしているのに?今も尚、セラフィーナに想われていると?そもそも貴方の心はあの小娘シャロン・ハルフォードに傾いているのだから、論外なのだけれど・・・と、氷蒼の冷ややかな瞳を更に細めて僕を見下してくるアイシアに、思わず「違う!」と叫べば、それに反応するようにぐっと室温が下がったような気がした。



 「・・・違う・・・僕が・・・僕が本当に愛しているのは・・・・・・」



 「・・・うん、知ってるよ。アッシュが一番大好きなのは、セラだよね?」



 「!!マリアン・・・」



 「だけど、好きすぎて空回りしてるというか・・・自滅しちゃっただけだよね?」



 「・・・・・・・」



 マリアンデールのフォローは一瞬凄く助かったのに、そう言えば持ち上げて落とすのが得意だったと、改めて痛感した彼女のその言葉に、僕はがっくりと項垂れてしまう。・・・そうか・・・マリアンデールの目には、僕はそんな風に映っていたのか・・・。



 「けれど、リア?その愚かな自滅行為の所為でセラフィーナは深く傷つき、そして『魔薬』に手を出してしまったわ。今を生きることを諦め、あの子はもう目覚めたくないと思った・・・だからあの『魔薬(くすり)』を飲んだのでしょう?・・・愛に絶望した彼女に、心から愛する人なんてもうどこにも居ないのじゃないかしら?」



 「!!?」



 「・・・その可能性も考えて、うちの賢女様(ローズセレスト)達に連絡を取ったのだけど・・・結論から言うと『厳しい』らしいの。・・・無理やり解呪できないこともないけれど、その場合、本来の解呪法ではないから何かしらの代償を払わなければならなくなるだろうって・・・それがセラの命そのものになるのか、またはこれまでの記憶全てになるのか・・・それ以外のものなのか・・・全く見当がつかないって。」



 そもそも、魔女という存在自体が気まぐれなものなのだとマリアンデールは語った。




 「人とは違う突出した能力を、彼女たちは持って生まれてきたからなのか、基本、自分が全てなのよ。心の赴くままに、気に入ったか気に入らないかで状況は変わる・・・そういう類の存在だと割り切ってしまうといろいろと悩まなくて済むわね。・・・そしてそれは『魔薬』も同じ。望む通りの『過程』で『結果』が出れば最良。ズルをしたり、横槍を入れれば気に入らない、ならばそれ相応の代価、もしくは代償を支払え、とね。・・・特に今回は『擬似薬(レプリカ)』ではなく原薬(オリジナル)。騙しようがないのよ。」



 「・・・・・・それじゃあ・・・セラは・・・・・・・」



 「・・・最悪、神が定めた天命(じゅみょう)を全うするまで眠り続けることになるわね。・・・肉体の老化は『魔薬』の効果で止まるけれど、本来の寿命年数は変わることがないから。」



 「そんな・・・・・・・。」



 「悲観してる場合じゃないわよ、アシュレイ。もし、このままセラフフィーナが眠り続けるようなことになれば、貴方が、全ての責任を取らなくてはならないのよ?」




 貴方の、これまでの自滅行為すら隠すことなく、嘘偽りなく、全てを曝け出した上で、一番被害を被ることになるフォーサイス公爵家に。そして、優秀な王妃になるであろう王太子妃候補を失うことになるフラムスティード王国そのものに。更に言えば、既に貴方とセラフィーナの関係を周知し公認していた周辺各国にも、貴方は責任を取って多方面で償わなければならないのよ?・・・・・・知らぬ存ぜんぬは通用しないわよ。




 現状に絶句している僕に追い討ちをかけるように言うアイシアの言葉に苦笑しながらマリアンデールが「シア、正論だけど、取り敢えず落ち着いて。」と宥めた。




 「それは、本当に手詰まりになってしまった時、だよ。」



 「マリアン・・・」



 「大丈夫だよ、アッシュ。セラの想い人を知る方法はちゃんとあるから。」



 「!!?」




 そろそろかなぁ?と部屋の扉に視線を投げたマリアンデールに応えるように、コンコンコンと、ノック音が響いた。



 

 「・・・失礼致します。・・・姫様、只今戻りました。」



 「お帰りなさい、アリス君。アンナもエマもご苦労さま。」



 「は・・・はい・・・あの・・・マリアンデール様・・・・・・」



 「ん?」



 「本当に、これ(・・)でお嬢様をお救いすることが出来るのですか?」




 部屋に入ってきたのはマリアンデールの従者であるアリスティードと、この場に居なかったらしいセラフィーナの侍女達で、三人とも分厚い本らしきものを抱えていた。

その様子にマリアンデールは労うように微笑んだのだが、自分が持ってきたものでセラフィーナが救えるのか疑問を抱いているらしいエマがおずおずと、彼女に問いかけた。




 「勿論よ。・・・と、言っても、私が出来るのは、セラを救えるかもしれない、その可能性がある人物(ひと)を自覚させる事だけ・・・なんだけどね。」




 すっと、そう言いながら移動したマリアンデールは、セラフィーナの執務机の傍にある本棚から目当ての本(?)を抜き取り、そして何を思ったのか自身の髪を数本ぷつりと引き抜くと「・・・奇跡を手繰り寄せる薔薇に。」と呟いた。



 「!!!?」



 マリアンデールの言葉に反応したそれらはあっという間に一本の枝になり、その先端には虹色に輝く見事な薔薇の花が姿を現した。




 「・・・さぁ、アッシュ。覚悟はいいかしら?」



 「は・・・?え・・・??」



 くるりと僕の方へと向き直ったマリアンデールはビシッとその薔薇を僕の方へと向けた。




 「シアが言ったでしょう?アッシュは責任を取らなきゃいけないって。まずはセラの、初めて書き始めてから昨日までの、数多の思い出の詰まった日記と同調(リンク)して、あの子の想いを、覚悟を、知って来て。」




 諸々の話はその後だよ。と、笑ったマリアンデールを見たのが、僕の、セラフィーナの部屋にいた時の、最後の記憶だ。





アシュレイ・クロフォード・フラムスティード

→愛称:アッシュ。フラムスティード王国第一王子。セラフィーナが好きすぎて、成長するにつれて本音を隠すことが上手くなってしまった彼女の心を見失ってしまい空回りの末悪手に乗ってしまったヘタレっぷり。けれど何故か友人には恵まれている。


ジェラルド・モーガン・メイスフィールド

→愛称:ジュリー。候爵家の嫡男。すれ違う幼馴染たちを心底心配しているのに、自爆していく王太子にそろそろ愛想が尽きそうだが、それでも切り捨てられずにいるのは音が優しいから。


ユーフェミア・シェリー・マッドレル

→愛称:ユーフェ。伯爵令嬢。情報収集を得意とする家柄で基本影は薄いが持ち帰る情報は確かなものが多い。


マリアンデール・ウィスタリア・フォン・ローゼンシュタット

→愛称:マリアン・リア(アイシア限定)。『眠り姫』をモチーフにしたローゼンシュタット王国の第一王女で王太姫。チート能力者その1


アリスティード・ヴェルジュ・フォン・ローゼンドルフ

→愛称:アリス・アスト。マリアンデールの従兄で従者。姫様至上主義者。



アイシア・ブリザーディア・スノーベル

→愛称:アイシー・シア(マリアンデール限定)。『白雪姫』をモチーフにしたスノーベル王国の末姫。チート能力者その2

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