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プロローグ



 私はただ・・・彼の為に・・・彼の隣に並び立てるように・・・努力してきただけだった。



 公爵家の娘として生まれた以上、いつまでも幼い子供の様に、無邪気に日々を生きていくことはできないから。本心(よわみ)に付け入られることがないよう、余裕という名の仮面をつけて・・・。


 

 そうやって私が努力している分、彼も同じように努力しているのだと、信じていた。けれど、彼は・・・勉強面では努力していても、対人関係は・・・そう、彼本来の人懐っこさと、純粋さで沢山の友人に囲まれていた。長い目で見れば、それも彼の魅力であると言えるものだけれど、私の中で『何か』が大きく音を立てて罅を入れ、鋭い痛みを与えるものになったのは確かだ。



 ・・・彼が羨ましかったのかといえば、そうではない。私も、私の立場を理解してくれる友人は居るし、他愛のない話で笑い合うこともある。・・・そう、決して羨ましいわけではない。けれど・・・・・・そう・・・私は・・・彼とこそ、そういう時間を過ごしたかったのだ。何気ないことで笑い合ったり、意見を交わし合ったり・・・穏やかで優しい時間を・・・共有したかったのだ。



 けれど、それはもう叶わないものだと、気づいていた。


 

 いつの頃からか彼は私以外の女の子を傍に、侍らせていた。・・・私が何時の日にか置き去りにしてしまった無邪気さを今も尚、変わらず持ち合わせ貫いている彼女に、彼は魅力を感じたのだろう。・・・私という、理屈と理論で武装した面白みのない存在が婚約者として彼の傍に居たのだから尚更、比べられたのかもしれない。



 それでも、彼だって私と同じ・・・いや、それ以上の身分を与えられたものとして、最終的には私を選んでくれると、信じていた。・・・心のすべてを私に明け渡してくれなくても、これまで過ごしてきた時間や共有する思い出から、少なくとも嫌われていないと思っていた。だから・・・これからの時間もうまく、過ごしていけると・・・多少私の心に負担はかかるけれど、これまでと変わらないと・・・・・・信じたかった・・・・・・



 でも、本当は気づいていたの。最後まで信じていたかったけれど、それができなくなるほど・・・彼は・・・彼女(あのこ)を愛しているんだって・・・・・・




 「・・・どこで・・・何を、間違えてしまったのかしらね?」




 ぽつりと呟いた言葉は、暗く静まり返った部屋に小さく響くだけで、私の問いに答えるものは誰もいない。



 私の専属の侍女たちはこの時間、同じ学院の寮内にある侍女専用の階にある部屋で休んでいるので、彼女たちが次に私の部屋を訪れるときは、朝、私の起床を促す時。



 「・・・ごめんなさいね、アンナ、エマ・・・。いつも良くしてくれる貴女たちを悲しませるのは不本意なのだけれど・・・もう、決めたことだから。それに・・・マリアンとシアは・・・こんな私を呆れちゃうかしら?」



 此処には居ない私の専属侍女たちに、自分勝手で頼りない主人でごめんなさい。と、そして大切な友人たちがきっと取るであろう行動に申し訳なさを感じながらそっと心の中で詫びつつ、手にした小瓶を軽く揺るがせる。



 ―――――この薬を飲めば、私はもう、この苦しいだけの世界を見なくて済む。その代わり、使用者(わたし)は永遠に目を覚まさない――――――――――



 「・・・・・・それでもいいの。私が最後に、彼にしてあげられることは・・・これだけだもの。」



 意識を持ったまま生きていてはきっと、彼を苦しめるだけ。潔く命を絶つことも考えたのだけれど、それはそれで迷惑をかけてしまうから。だから・・・私はただ『眠る』だけ。目覚めの朝を永遠に迎えることのない、永久の眠りへ・・・。



 「・・・『愛し、愛された者の口付けでのみ、目覚めることのできる、究極の試験薬』・・・ね。・・・・・・私の愛する人は・・・もう私を愛していないのだから、試すまでもないのだけれど、ね。」



 それでも、これが最善だと、思うから。


 

 迷うことなく小瓶の栓を外し、口元に近づける。



 「・・・・・・愛して、います・・・ずっと・・・ずぅっと・・・・・・。」



 私のこの想いだけは。ずっと眠ることになるのだから、そのまま持って行かせてくださいね。きっと眠っている間は・・・幸せな幻想(ゆめ)になるはずだから・・・。


 

 そう願いながら、私は一気にその薬を飲み干した。




























 「アシュレイ様!起きてください、アシュレイ様!!」



 僕の専属従者であるアーサーが今日に限って慌てた様子で僕を揺すり起こしてくる。ふわふわと心地よい眠りが邪魔されたことに不快感を感じながらも、滅多に感情を揺らさないアーサーがこれほどまでに慌てていることに疑問を感じ、そっと目を開け、見慣れた従者に視線を向ける。



 「・・・おはよう、アーサー・・・朝から一体何を騒いでいるんだ?」



 「おはようございます、アシュレイ様!大変なんです!セラフィーナ様がっ!」



 「・・・セラが?」



 「『魔薬(ポーション)』を服用されたようで、眠り続けたまま、一向に起きる様子がないと、セラフィーナ様の侍女たちがっ!!」



 「!!?」



 

 アーサーの口から出きた人物の名に思わず眉間に皺を寄せてしまったのだが、次に彼が紡ぎ出した言葉で、それまでの不快感が一気に吹き飛び、僕は慌ててベッドから飛び起きた。



 『魔薬(ポーション)』・・・別名『魔女の秘薬』には色々と種類がある。たったの一雫で確実に息の根を止めるものから、服用したものに一定時間、超人的な能力を与えるものまで多種多様なのだが、如何せん、魔女が本当に存在するのかどうか怪しい現代では紛い物も多く、原薬(ホンモノ)と呼ばれる物ですら、その価値を考えると安易に使用することができないほどのものである。



 ・・・そんなものを、セラが?何故??しかも、眠り続けている?



 「アーサー!」



 「は・・・はい!」



 「今すぐ支度を!それからすぐにセラの部屋に向かう。先触れを!」



 「畏まりました!」



 疑問ばかりが頭の中をぐるぐると巡るが、何より現状を見ないことにはと、指示を出しつつ、僕は、どくりと嫌な音を立てる心音にぐっと歯を食いしばる。



 何かの間違いであればいい。・・・最悪、僕をびっくりさせるための悪ふざけだと・・・良いことではないが、それでも・・・幼い頃の無邪気なセラならやりそうなことだからと、無理やり自分を納得させながら、身支度を整えていく。



 ・・・・・・本当は、セラフィーナがそんな愚かな真似なんてしないと、僕は知っているんだ。だってセラは・・・僕の婚約者であるセラフィーナと言う女の子は・・・・・・いつの頃からか年相応の幼さを捨て去り、貴族らしく在るようにと、本音を隠し通す術を身につけた、完璧な淑女になったのだから・・・。



 「・・・・・・セラ・・・・・・」



 彼女の愛称であるその名を小さく呟けば、何時だって僕の胸には甘く、そして何とも言えない痛みが奔る。



 セラ・・・セラフィーナ・・・僕の、たった一人の・・・愛しい婚約者・・・・・・。



 何を思って『魔薬』なんて物に手を出したのだろう?そんなに僕が嫌いなのだろうか?・・・昔はあんなに僕のこと慕ってくれていたはずなのに・・・。尤も、僕は今、彼女の気持ちがわからなくて・・・昔の彼女によく似た無邪気さを持つ少女を、彼女の代わりに傍に置いているので、余計に嫌われているのかもしれないけれど・・・それでも、僕の未来に傍に立っているのは、セラフィーナしか居ないのに・・・



 「・・・・・・安易に死を選ばなかったのは・・・筆頭公爵(フォーサイス)家の名を汚さない為か?・・・それとも僕を糾弾するため?」



 ねぇ、セラ。ちゃんと・・・・・・起きて、僕の目を見て、説明してよ・・・・・・。












お久しぶりです。リハビリ作品で短めのお話を書いてみました。ツッコミ要素満載ですが楽しんでいただけたら幸いです。

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