ひよことぐうたら
ひよこがいる。
目の前に、ひよこがいた。
野原一面のまっただ中に、1羽いた。
草は真緑。
空は真っ青。
大きな雲が何個か泳いでいる。
春の風が凪いでいる。草がスタンディングオベーションしている。
ぴよぴよ泣いている。
お母さんを捜して、泣いている。
捜索願を出している。
犬のおまわりさんは、ここにいない。
ここにはひよこしかいない。
俺もいない。
いたけど。
さっきまで。
でも。
もういない。
ひよこが、うるさい。
ぴよぴようるさい。
真緑の中に、真っ黄色の点が小刻みに揺れる。
「おかあさーん。どこですかー。おかあさーん」
ひよこがしゃべり出す。
やせ細った成人男性のような声でしゃべり出す。
「おかあさーん。いますかー。いたら、返事してくださーい」
お母さんはいない。
ひよこはしゃべり続ける。
「母さん、どこ行ったんだい。母さん! 早く! 早く来て!」
ひよこは風雲急を告げる。
焦り始める。
口調が変わる。
向こうから雷雲がやってくる。
「母さん!!! 母さんどこ!!!! いないよ母さん!!!! 出てきてよ母さん!!!」
碇シンジ口調になる。
「母さん? どこ行った母さん? 母さんは田舎帰った?」
ゆっくりになる。思考回路が遅くなる。
「母さんやーい。どこ行っただべー。早く帰ってきてくんろー」
田舎者になる。じいさまになる。
「わしゃー、もう駄目じゃ・・・。母さんには、けっきょくあえずじまいか、とほほ・・・」
ひよこは死んだ。
ひよこの顔に大きなしずくが一粒落ちる。
雨が降り始める。
雷が鳴り始める。
ひよこの近くに雷が落ちる。
落ちた雷のあとに、俺が立ってる。
ざーざー降りしきる雨が俺とひよこを濡らす。
ひよこを手ですくう。
ひよこを土に埋めた。
雷が収まる。
雨がやむ。
雨雲が去る。
空に虹がかかる。
空は真っ青になる。
雲が何個か浮かんでいる。
ひよこがいる。