表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

生活の違い

 クローゼットの中を見た。そこには穴もなければ、人が隠れていられるほどの物もない。


 私は至ってまともだ。だからクローゼットから人が出てきました、なんて真面目に言って誰かが信じてくれるとは思わない。ここにいる私だって信じられないのに。


 気を失っている間に侵入者が一人増えていた。侍女ダリアさんは背が高く、メイド服ならぬ侍女服がとても似合っている美人さんだ。物腰が柔らかく冷静な思考を持つ、おそらく同じ年くらいの女性。好感持てる物言いにほっと一息つけるような不思議な感覚。かと言ってまだ受け入れた訳ではないが、今は私もどうすればいいのかわからない。


 二人目の侵入者はあまり歓迎したくないタイプの護衛騎士ライアン。若そうに見えるが目尻に皺があるあたり、年齢不詳だ。聞けば答えてくれるだろうが、あまり関わりたくないから聞かない。剣に手を置き脅かしたのは私の出方を見抜くためとか。それだけで気を失うとか思わなかったと謝られても、現在日本でそんな厳つい剣を持つ人なんて見たことないし。取り合えず、もう怖いことは無しの方向でと言っておいた。腰に剣を提げて神妙に頷く大男の姿は、本当にわかっているのか微妙にわからなかった。


 寝室を出てダイニングルームにぞろぞろと移る。こちらの方が広いから、人数的にも狭苦しい寝室より適所だろう。


 私が寝ている間にダリアさんはキッチンを見たようだ。見ただけで何も触ってはないようだが。ダリアさんが手に持っていた濡れたタオルは洗面所でリアハルト君が用意してくれたらしい。とても良い子だ。ただ、小さな手で丸めて絞っただけのタオルは水が滴っていて、ダリアさんが慌てて水を流しても良さそうなキッチンで絞り直したらしい。そこでキッチンを見て、興味が出たが勝手に見るわけにはいかないと思ったようだ。真面目な女性だ。


 奥側にはテレビとその前にラグが置いてあるだけ。ソファーなんて洒落た物は置いてない。ラグの上に輪になって座ってもらう。


 リアハルト君がダリアさんの耳元で内緒話をしている。可愛い。まるでお母さんとその子供のような感じだ。お母さんにしてはまだ若いだろう年齢のダリアさんだが、落ち着いた雰囲気と冷静な物腰、そして例えるならば貫禄があるので、リアハルト君にとってはお母さんのようなものなのだろう。



「家主様」


「は、はい」



 ふとダリアさんだけが私のそばに来て、耳元で綺麗な唇を動かした。



「家主様、恥を忍んでお伺いしたいのですが」


「何でしょうか」


「ご不浄場は、どちらに有りますでしょうか。リアハルト様が……」


「ごふじょう…………?」



 リアハルト君を見ればそわそわと落ち着かない様子。それを見てトイレのことだと気がついた。そういえば、早朝からリアハルト君は一度も行ってない。私が気を失っている間も行ってなかったのだろう。


 慌ててリアハルト君の手を引きトイレに連れて行く。その後をなぜか着いてくるダリアさんとライアン。監視の為か、お世話の為か。それはひとまず気にしないことにし、トイレの扉を開けてリアハルト君を押し込んだ。



「リアハルト君、気づかなくてごめんね。どうぞごゆっくり!」


「ここは……」


「トイレだよ?え、一人で出来ないのかな?」


「と、いれ?」


「リアハルト様、ご不浄場のことだと思われます。そこ、見慣れたものより大きく石造りではありませんが、そこに………。そうでございましょう?家主様」


「そうですが………え?」



 トイレが通じない。トイレットと言えば良かったのか。そして通じないのはトイレという言葉だけではないようで。



「家主様、済ませた後の水桶をお持ちくださりますでしょうか」


「水桶?」


「穴がないがどうすればいいんだ!」


「あ、穴!?」


「リアハルト様、落ち着きなさいませ。家主様、どうやら私共との所と使い勝手が違うようでして」



 ジアラータ王国だったか、そこではどんな暮らしをしていたのか。少し眉を下げた困り顔のダリアさんが私に問う。


 もしかして、和式のトイレしか知らないのではないか。だから洋式の座る便座の使用方法を知らないのか。


 ああ、そうだ。それよりもリアハルト君だ。



「そこに下着も下ろして座ってください。終わったら、そこの上にあるレバーを手前に引いてください」


「レバーとは、こちらのことで?」


「そうですそうです」



 流石は冷静に物事を運ぶ侍女のダリアさん。さっと扉を閉め、リアハルト君のお世話をしているのだろう。これでひとまず安心だ。ふうっと息を吐き体の力を抜く。トイレの前では依然として立つライアンと、壁に背を預けて出待ちをする私。

暫くすると水が流れる音が聞こえた。


 それからがもう大変だったのは、言うまでもないだろう。勢いよく水の流れる音に反応し剣の柄に手を置き構えの姿勢をとるライアンと、勢いよく開いた扉から出てくる興奮ぎみのリアハルト君と慌てた顔をしたダリアさん。


 大の大人が魔法やら魔方陣がどうたらこうたらと騒ぎだしたのは、どうやら見たことのない水洗トイレに驚いたようだった。トイレを斬りつけようと鞘から剣を抜きかける危険な男を慌てて止め、リアハルト様は逃げてくださいと言うダリアさんに大丈夫だからと説得し、あの魔法はどんな魔術なのかと飛び付くリアハルト君を受けとめた。


 いくら生活水準が違っていようと、有り得ない。トイレ一つで大騒ぎをする侵入者達に溜め息しか出ない。これはこういうもので、ここでは普通で決して魔法ではないとしか、言いようがなかった。


 ダリアさんがそうなのですねと感心したように頷き、ライアンは剣から手を離しトイレに入り隅々まで確認する。リアハルト君はというと、お腹が空いたぞとダリアさんにくっついていた。魔法や魔術ではないトイレには興味が無くなったらしい。



「家主様、晩餐のご準備なのですが」

 





 晩餐と言うには申し訳ないほどの質素な晩御飯。勿論作る行程はダリアさんと一緒に。そして斜め後ろからギラギラと厳つい目をさせたライアンと、その逞しい腕に庇うように抱っこされているリアハルト君がキラキラの眼差しを送っている。作りにくいことこの上ない。


 冷凍庫からお徳用五つ入りのうどんを取りだし、大きな鍋でお湯を沸かす。火を着けた瞬間にライアンが剣を抜こうとしたので慌てて止めた。ダリアさんはちょっと吃驚したようだが、流石女性。なんて便利なのでしょう、とうっとりとガスコンロを見ていた。いったいどんな場所で今まで生活していたのか、こちらの方が吃驚だ。


 そんなすったもんだの晩餐は、温かい素うどんだ。冷蔵庫の中身が寂しい状態な上に四人分。ライアンは体が大きいからよく食べると考慮して大サービスの二人前にしてあげた。


 一人だと大きく感じたダイニングテーブルは四人だと狭くるしかったが、箸を上手く使えない三人がフォークでうどんを美味しいと食べる姿がなんだか可笑しくて、楽しいと思ってしまった。


 しかし、楽しいと思うばかりではすまされない。この侵入者達はいったいいつまでここに居るつもりなのだろうか。


 追い出したいのは山々なのだが、理解を越えるほどの生活の違いと、剣を当たり前に振り回しそうな護衛騎士。外に出した途端に何かをやらかしそうで、不安だ。


 音をたてずに優雅な仕草でフォークを操りうどんを口に運ぶ三人を見つつ、ずずっと控えめに音を鳴らしながら私もうどんを食べた。




***




「家主様、少しお話をしてもよろしいでしょうか」



 質素な晩餐後、ダリアさんと並んで食器類を洗っているところだった。綺麗に手入れをされた眉が悲しげに下がっている。嫌な予感しかしないが、聞かないという選択肢は私には用意されてはいない。


 一つコクリと頷き、ゴクリと喉をならした。



 リアハルト君はジアラータ王国の第二王子であり、王位継承権第二位。まだ元気いっぱいの七歳の王子様。第一王子である皇子様とは歳が十ほど離れてはいるが仲が良くリアハルト君のことをとても可愛がっている。しかし、貴族達にはそれが憂鬱になってしまったのだ。


 第一王子はリアハルト君が望むなら、王位を明け渡しても良い、ととんでもない発言をしてしまったのだ。心優しい皇子の言葉が、第一王子に付く野心有る貴族達を鬼畜に変えた。


 リアハルト君がいなければ。リアハルト君がここにいなければ皇子は心を入れ替えてくれるはず。そんな思いがエスカレートして刺客を送り込まれるようになり、リアハルト君は幾つもの死に際を味わうことになった。


 まさに唖然。現代社会では考えられないそのストーリー。だって、リアハルト君はまだ子供だ。


 貴族達の思いは殺意へと変わり、命を狙われ、誰をも信じられない状況にリアハルト君を支える数少ない人達は考えた。第一王子とベイルートを筆頭に。



「でも、何故ここなんですか?私、お役に立てることなんて……絶対何もないと思うのですが」


「それは、わたくしにもわかりません。ベイルート様が導き出された結果がここなのです」


「それでは何もわからないのですが!?」


「わたくしにもベイルート様のお考えなさっていることはわかりません。ですが」



 瞬きをこれでもかとゆっくりして、青く澄んだ目を私に向けて微笑むダリアさん。それは慈愛に満ちた、真っ直ぐな思いであるのが伝わってきた。



「家主様は、信じられるとわたくしは感じたのです。心が温かくなるのです」



 ふわっと目を細めてリアハルト君に向ける優しげな微笑みを、惜しげもなく私に向けるダリアさん。それは嬉しそうであり、安堵であり、安らぎであるのだろう。目尻に光るものが見えたのは、見えない振りをして鍋をキュッと拭いた。


 だから、私にどうしろと!?守るってどうやって!?


 その答えは、すべて一夜明けた明日わかることになることを、私はまだ知らない。






 





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ