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冷静な侵入者

 窓から入ってきた優しい風が頬を撫でた。肩までしっかりと掛けられた布団が少し熱く、足で蹴りつつ下に寄せた。しかし下に寄せた布団がまた肩まで戻る。


 なぜだ。布団が私を苛める。熱いのに。そうかと思えば冷たい感触が首筋と額を撫でる。気持ちいい。すっきりとした気分で目覚められそうだ。


 と、ぼんやりとした頭で思いながら薄く目を開ける。目の前には心配そうに私を見ているリアハルト君と、その横で濡れた冷たいタオルで私を優しく撫でる綺麗な女性。



「…………」


「目が覚めましたか?」


「心配したぞ!」


「リアハルト様、もう少しお声を小さく」


「心配、したぞ?」


「よく、お出来になりましたね」



 褒めて貰えたのが嬉しいと、満面の笑みで女性を見るリアハルト君。そして、優しい眼差しでリアハルト君を見つめる女性。絵になるような光景に笑みを浮かべる。


 いや、そうじゃなくて。誰、この綺麗な女の人は。


 不思議な顔で見知らぬ女性を見ていると、女性はわかっているとばかりに深く頷いた。



「あの脳筋はわたくしがきつく言い聞かせました。家主様には本当に申し訳なく」


「脳筋……?」


「今はあの者も深く反省しておりますゆえ、ここはどうかお気持ちを静めて」


「あの、」


「ああ、なんとお優しい方なのでしょう!ライアン様、あなたはなんと罪深いことを!」


「ダリア、静かに。静かにだぞ」


「……………ダリア?」



 赤みの強い茶色の髪を紺色のリボンで一つに括り、まるでメイド服のようなワンピースを可憐に着こなす若い女性。この人が侍女のダリアさんなのか。綺麗な顔立ちにリアハルト君と同じ青い目が似合っている。


 どうやら、私はまだ目が覚めていないらしい。


 これが夢の中なのか、幻覚なのか。いっそ、初めから夢の中だったというのはどうだろうか。あり得る話だ。きっとそうに違いない。



「家主殿」



 足音もさせず、私が寝ているベッドへと近付く声に体が震えた。


 この布団も窓にかかるカーテンも、目に見える場所はアパートにある私の家の私の寝室だ。


 目の前には穏やかに微笑みあうリアハルト君と女性の二人。


 そうなれば、不可解な言葉を投げ掛けながら寝室に入って来たのは、腰に剣を差しているあの男。


 夢じゃない。次第にはっきりとしてきた頭で思い出す。



「家主殿」


「わ、私っ、何も知りません!朝起きたらリアハルト君が居たんです!」



 だから殺さないで、その剣で刺さないで。そう言って起き上がり、壁側に身を寄せた。



「怖がらせるつもりはなかった」


「ライアンは僕の護衛だから怖くないぞ」


「ライアン様は女性に対して粗野すぎるのです。もう少しどうにかなさいませ」



 一歩、また一歩とベッドに近付く大きな男。リアハルト君の護衛のライアンという男。


 ベッドの脇に来たと同時に、静かに片膝を床につく。その顔は初めに見たときのような鋭さはない。少しだけほっと胸が楽になった。しかし、それもつかの間のこと。


 ライアンが片手を伸ばし、私の手を下からすくうようにそっと握り、なんと手の甲に額をくっつけてきたのだ。



「…………ぎ、ぎゃっ」


「しっ。淑女たるもの、そんなお声を出してはなりません」


「もががっ」


「落ち着きなさいませ。誰も危害は加えませぬ」


「……………、」



 咄嗟に手を引き、叫ぼうとした私の口をやんわりと、しかししっかりとダリアさんが塞ぎ、落ち着いた声で諭すのを涙目で頷く。


 ライアンはというと、その場を動かず頭を下げたまま微動だにしない。腰にはまだ剣が差している。しかし私に危害は加えないというダリアさんを信じようと思えた。


 安心した途端、疑問が浮かぶ。それを聞くには勇気がいるが、聞かないことには何も始まらない気がした。だから私は、ベッドに座りこんだまま侵入者である三人を見ながら、震える声を気にもしないで問いかけた。



「侍女の、ダリアさん?」


「はい、そうでございます。申し遅れました。わたくしはリアハルト様の侍女をしております、ダリアと申します。以後、お見知りおき下さいませ、家主様」


「え、っと。護衛のライアン、さん?」


「はい。殿下の護衛騎士、ライアンと申します。先程は失礼をいたし、申し訳ありませんでした。まさか、あれだけのことで気をやられるとは思わず」



 ライアンの言い分にダリアさんがキッと睨み付ける。それはそれでなんだか怖い。ライアンも僅かに体を強ばらせたような気がした。怒らせるべきでない人物第一位は、ダリアさんかもしれない。



「どうか、どうかわたしの謝罪を受けては下さらないだろうか」



 言いながらライアンが手を伸ばしてくる。大きな男の人の手。長く太い指はゴツゴツとしていて、その手が私の手を目掛けて伸びてくる。



「受けます!受けますー!!」


「感謝致します。家主殿」



 引かれた手に心底ほっとした。でもまだ心臓がばくばく鳴っている。危ない、ライアンはきっとまた手に額をくっつけようとした!


 なんなの、一体この人達はなんなのか。まだ、聞いてないことがある。それを聞いたら解決するのかわからない。でも、聞かないと。



「皆さんは、どこの人なんですか」


「ジアラータ王国から参りました」



 ダリアさんがゆったりとした口調で答える。ジアラータ王国?聞いたことない。



「じゃ、リアハルト君は………?」


「リアハルト様はジアラータ王国の第二王子であります」

 


 ライアンから殿下と呼ばれていたリアハルト君。その前からやけに動作の一つ一つが優雅であるとは思っていたが、まさかの王子様とは。



「あの、」


「はい。お聞きくださいませ。隠さず話すように言われております。思うことを、お聞きくださいませ」



 隠さず話すように?誰から!?


 余計な思考が頭を掠めるが、目を閉じて深呼吸を一度する。再び目を開けてすぐそばにいる三人を順番に見た。



「あの、皆さんはどこから、入ってきたのですか?」


「あそこから」



 至極冷静に答えるダリアさんの声に同調するかのように、侵入者の三人が同時に振り返る。


 その視線の先にはクローゼット。思い至りたくない答えであった疑問の回答。



「家主様。お願いがございます」



 いやだ、聞きたくない。



「どうか。どうかリアハルト様をお守りくださいませ」



 どうして、私が。


 ダリアさんの冷静でありおっとりとした口調は、嘘をついているようには聞こえなかった。


 リアハルト君の侍女であるというダリアさんは、私のベッドへ乗り上げようとしているリアハルト君を捕まえ嗜めつつ、私を優しく見る。


 ふと、クローゼットを見た。クローゼットからどうやって?


 考えても、やはりわからない。穴もないクローゼット。いや、クローゼット自体が穴なのか。


 リアハルト君を守る?何から?


 ついにダリアさんから逃れてベッドへ飛び込んできたリアハルト君。その小さな体を受けとめ、青い瞳と目が合った。



「大丈夫だ!イトコは僕が守ってやるぞ!」



 小さな手が私に巻き付き、満面の笑みは輝いて見えた。



「ライアンもいるから大丈夫だ!」



 なんだか一気に安心出来なくなったのは、気のせいだと思いたい。


 窓から風が入ってきた。九月が終わろうとしている夕方の赤い空が、何も考えられなくなった思考に隙間をあけた。


 ああ、今日が終わろうとしている。





 


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