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不思議な不可思議な定義 1

「なるほどなるほど。リアハルト君は、ちゃんと自分の寝所で寝てたのに、起きたらなぜか狭苦しいクローゼットの中で目が覚めたと」


「そうなんだ。―――おきたら―――びっくりしたぞ。だっ――て、やけにてざわりの―――わるいぬのじが―――かおにまと―――わりつ―――」


「はいはいはい、ちゃんと飲み込んでから喋ろうね」


「お前、ダリアみたいだな」



 ダリアって誰だか知らないけど、手触り悪い布地の服でどうもすみませんね!




 とにもかくにも、朝が終わる前にと小さな侵入者を隣の部屋の狭いダイニングへと、無理矢理狭い寝室から連れ出し、狭いダイニングテーブルへと導いた。


 あらためて名前を聞くと、第一声とは違って少し照れくさそうにリアハルトと呟いた。


 あらためてどこから来たのかと聞くと、自分の宮の寝所で寝ていたはずなのに、いつの間にかクローゼットの中に居たと呟いた。


 いつかはわからないけど、ベイルートが会いに来ると、ダリアが泣きながら待っててくださいと、ライアンがすぐに参りますと、眠る前に言っていたと。




 少し遡ると、可愛い子ちゃん発言に怒った子供の手を無理矢理引き、ダイニングへ入るなり携帯を手に取り、まずは警察へ電話しようかと思った瞬間、ここは食料庫なのかと子供が呟いたのが始まりだ。


 思わず携帯を落としそうになりながら、私に手を引かれて後ろにいる子供を振り返った時、子供のお腹が可愛い音を鳴らした。可愛らしい容姿の子供のお腹の音はお腹の音まで可愛いのかと和みそうになった時、子供は真っ赤な顔で私を睨み付けてきた。


 ああ、朝だもんね。子供に見えないように顔を前に向け苦笑する。


 警察の前に朝ごはんをと思い、無理矢理ダイニングテーブルへ座らせる。座っててねと声をかけ、キッチンへ行き冷蔵庫を開けた。


 牛乳と食パン、卵とレタス。よしっ。


 カシャカシャとボールを擦る音。それ以外は無音のダイニングルーム。ちらりと子供を見てみると、珍しそうに回りを見渡していた。


 そういえば、この部屋を食料庫と言っていたような………


 どんなお坊っちゃまだよ、と改めて苦笑した。


 甘い液体に食パンを浸し、バターをたっぷり溶かしたフライパンに食パンを入れた。


 ジューと音を鳴らし、甘い匂いが部屋に充満する。それに子供が反応したのか、心なし目が輝いてるように見えた。


 今なら会話が出来そうだと、子供にあらためて話かけてみることに決めた。


 出来上がった熱々のフレンチトーストと小さな器にレタスをのせて、子供の前にそっと置く。もちろん私の分も一緒に。


 甘い匂いに引かれながらも、ナイフとフォークに手を伸ばそうとしない。食べないの、嫌いだったかなと声をかけても無言でフレンチトーストを睨みつけている。


 まあ、仕方ないかなと思いながら、私はもちろん食べる。それを子供は見ていた。私の口をがっつりと。そして、私のフレンチトーストを見た。それはもう、がっつりと。


 試しに私のフレンチトーストを一口サイズに切り分け、それを刺したフォークを子供の前に持っていき、あーんと言ってみた。


 結果、子供はおそるおそるそれを口に入れた。


 ほんのり頬が赤く染まりものすごく可愛らしかったので、私は思わず子供の頭を撫でてしまった。


 そして、会話を始めた。



 うん、子供との会話は………難しいことがわかった。


 目の前のフレンチトーストを食べ始めた子供は、心を開き始めた子猫のように、私の質問に答えてくれた。


 ポツリポツリと呟くように、わけのわからない答えを喋りだす。


 起きたらクローゼット?自分の宮の寝所とかどこの坊っちゃまだ。会いに来る?ここに?すぐに参ります?ここに?


 ええ、私の頭の中はぐるぐるパニックでした。


 それに追い討ちをかけるように、どこもかしこも狭いと心持ち楽しそうに話し出すこのお子さま。


 気がつけば、笑顔でもぐもぐとフレンチトーストを頬張り、呟く声から一生懸命に話す姿。そして遠慮の無くなった口調。


 それになぜだか嬉しくなった私は、リアハルトと名乗ったこの子供を、今度こそ本物の笑顔で見つめた。




******



 それにしてもどうしよう、この状況。


 ただいまリアハルト君はイスにちょこんと座り、ホットミルクを優雅な仕草で飲んでおります。


 そして私はキッチンにて後片付けの真っ最中。


 古いながらも洋風に建てられたこのアパートは、小さいながらも対面キッチンという優れもの。よってリアハルト君の一喜一憂細やかな仕草も見えてしまっていた。


 壁掛け時計を見てみると八時を指している。そろそろ仕事の準備もしたい。しかしその前に、金色に輝く髪をさらりと揺らしながらホットミルクを静かに飲んでいるリアハルト君をどうすれば良いのか、そこが問題であるのだ。



「やっぱり警察かな」



 思い付くのはやはりそこで、仕事をする前に連れて行くのは簡単である。簡単ではあるのだが………



「あの、リアハルト君」


「なんだ、そこの女中」


「…………」



 ……これだ。この上流階級的な物腰。なんなの、何がどうしたらこんな子供に育つのか。この小さな子供ながら、私より威厳をたっぷり備えているのは育ちの良さなのか、そんな環境で育てられているからなのか。


 若干浮かべている笑顔が引き吊るのを自覚したけれど、綺麗になったお皿を戸棚に収めながら気を取り直す。



「えっと、あの、あ!自己紹介!まだだったよね!」


「うむ、名乗ることを許そう」


「………ありがとう……ございます」



 なんだか、とっても腑に落ちない感じがするのだけれども。すでに負けてる気がしないでもないけれども。


 キッチンから出てリアハルト君の側に立つ。まだパジャマ姿なのが格好がつかないけれど、まずは!


「私は神季糸子です。そして、盛大な勘違いをしているようだけど、私は女中ではありまっせん!」


 大人の威厳大事。よって、言ってやりました。少しだけ身をのりだし、少しだけ眉を吊り上げて、私は………女中ではないと!



「………そうなのか?でも……だって……」



 くわっと言ってしまった瞬間、青い目をまん丸に見開きびくっと体を震わせたリアハルト君。



 しまった!もしかして怖がらせてしまったかも!



 先ほどの余裕の出てきた優雅な仕草は途端に成りを潜め、目を潤ませ始めたリアハルト君は、その可愛らしい顔を下に下に向けていく。


 え、もしかして本当に女中だと思ってた?そんな環境で育ち、この場に居合わせた私を女中だと思ってたの?だから安心して話をしてくれて……いたの?


 時間ばかりが過ぎていく。しかし、どうにかしないと解決はしないと断定できる。


 リアハルト君の向かい側に私も座る。小さなテーブルだから手を伸ばせば、柔らかな髪と小さな頭に簡単に手が届いた。


 リアハルト君の頭を優しく優しく撫でる。数度上から下に手を動かすと、リアハルト君が僅かに顔を上げたのをきっかけに手を離し、声をかけた。



「あの、大きな声を出してごめんね。でもね、警察に行く前に少しでもリアハルト君の情報を知っておきたくて。だから、もう一度――」


「………だから」


「ん?」


「………だからさっき、言ったじゃないか!!」



 涙を一滴ぽろりとこぼし、青い目を眉共々吊り上げたリアハルト君。


 テーブルに置かれた両手を握りしめて震わせている。その姿を見て、やっと流した涙を見て……この小さな体と心が悲鳴を上げているのに、今になって気付くだなんて。


 でも、このままにしておくわけにもいかないと、リアハルト君に慎重に話かける。



「誰かが迎えに来てくれるんだよね?だからそれまで警察に」


「けいさつとはなんだ!僕はここに居なきゃいけないんだ!」


「だから、そういうわけにも!警察は町を守るお巡りさんだよ!」


「ここにいないと!そこで待っていろと!皆が言ったんだ!!」



 誰がそんな無責任な事を!?


 それにここで待っていろとは、それを言った人はここを知っていてここに来るって言う事!?



 わけのわからない答えに、さらにわけがわからなくなってくる。



「ええと、リアハルト君。ちょっと確認ね?誰が迎えに来てくれるのかな?」


「ベイルートが落ち着いたら必ず行くからと言っていたんだ。だから、そこから動くなと。よ、良い子にしていたら早く来ると!」


「ベ、ベイルートさんという方は兄弟?それともお父さんか親戚か……近所のおじさんかな?」


「ベイルートは僕の従者だ!すごいんだぞ!魔法だって国一番なんだからきっと、きっとすぐに来てくれるんだ!」



 はい!出ました魔法使い!ベイルートという人はリアハルト君の純情な心を弄び、従者や魔法という心惹かれる言葉を使い適当なことを言ったに違いない!


 ベイルートはあてにならない。これ決定。



「えっと、ベイルートさん以外には誰かいるのかな?………ここに来る人」


「ダリアが必要な物を持って来るといっていたぞ!」


「え?えっと、………ここに?」


「眠る前には泣いて大変だったんだ。でも、抱き締めたら笑ってくれたぞ!待ってたら来るんだぞ!」


「ダリアさんは、お、お姉さん……かな?」


「ダリアは僕の侍女だ!美人でなんでもできるんだぞ!」



 ダリアさあぁぁ――ん!!ここに来ると!あなたは!そんな適当なことを言ってしまったんですね!それに侍女ってあなた何者なんですか!?



 あとは?あとは誰が、誰かまともな人は!?



「ライアンはすぐに来ると言ってたぞ!」


「ら、ライアン……?」


「ライアンは僕の護衛だ!騎士団で一番強いんだぞ!悪いやつらなんかすぐやっつけてくれるんだ!」


「す、すぐ?………騎士って………」



 子供との会話って、本当に難しい。


 どこからが本当で、どこまでが妄想なのか作り話なのか。面白がってか安心させようとしたのか、どちらにせよまともな人物が周りに居なかったのだろう。


 

 ふと時計を見れば、針は九時を指そうとしていた。







 


  


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