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小さな侵入者

 クローゼットから突然と出てきた侵入者に吃驚して思わず声を出してしまったが、幸いと言うべきなのか侵入者には気付かれてもいないらしく、ぺたんと座り込んだ小さな身体がわずかに震え、これまた小さな両手がゆっくりと床につくのを息をひそめて凝視した。


 薄暗い部屋の中でもわかるくらいに輝く金髪を肩あたりでさらりと揺らし、そろりと控えめに辺りを見回す青い瞳は最高級の宝石のように輝いている。


 こちらに背を向けた形で座り込んでいる侵入者がわずかに顔を横に向け、静寂とした部屋の中を一つ一つ確認するようにゆっくりと瞬きするのを、これは夢ではないのかと思わず現実逃避をしたくなるほどに見つめてしまう。


 だって、この侵入者は、子供だ。


 その顔つきからして、五・六歳くらいだろうか。腕や足は暖かそうな丈の長いガウンで隠れているのでわからないが、小さな背中は子供だとしか見えない。


 あどけなさ満載の小さな顔や、ふっくらとした手指は撫で擦ったらさぞかし手触りよく気持ち良いことだろうとか、こんな場面でそんな変態チックな考えが思い浮かんでくるぐらいには、大人な冷静さで佇むことがかろうじてできている。


 ただ、唖然としているとわかる綺麗な顔がここはどこだと放心している様を、こちらも負けじと唖然顔でその小さな侵入者を見つめているのだけれど、どう声をかけていいのかわからない。今にも泣き出しそうに潤んでいる瞳を懸命に堪え、状況を把握しようと考えているのだろうか、小さな侵入者は座り込んだまま動かないのだから。


 不安そうに青い瞳を潤ませるその姿にふと思う。この侵入者は本当に泥棒なのか、と。


 いまだにクローゼットの取っ手に手をかけて立つ私は、これからどうすべきかを、そしていつからこの侵入者はこのクローゼットの中にいたのかを考えようと頑張ってみた。


 小さな侵入者はもしかして、お腹を空かせて入りやすそうな私の部屋に食料を求めて入ってしまったのか。それとも、誰かに連れ去られて売り飛ばされて、なんの因果かこのクローセットに押し込まされて放置されてしまったのか。見るからに外人っぽいけど言葉は通じるのか。


 どうしてここにいるのか。なんでクローゼットの中にいたのか。


 ………どうして子供が?


 この一瞬でいろいろなことが頭に浮かんできたが、どれも答えに行きつくことはなかった。


 冷静に考えようと頑張ってみても、事件性満載なこの状況に狼狽えないでいられるほど人生経験を積んでいるわけでもなく、答えに行きつく前に解りもしない問題は、やはり答えなんかでることもないはずで。やはりまともな考えには至りそうもない私は、一先ず小さいけれどもその侵入者を身じろぎしないまま見ているしかできなかった。


 すると、唖然と固まっていただろう侵入者のほうが先に動きだし、またそろりと控えめに辺りを見回しだした。


 その視線は床から自分が出てきたであろう開きっぱなしのクローゼットの中へは行かず、その壁伝いに私がさっきまで寝ていたシングルベッドへ。そして細い光が差し込むカーテンに。


 そのままゆっくりと顔を反転し、この部屋の入り口となる扉を見て、そのすぐそばに立つ私の素足に侵入者はやっと気づき、綺麗な青い瞳を零しそうなほどに見開いた。


 不謹慎にも私はその驚き悲壮一歩手前な子供の顔を見て、肩の力をやっと抜くことができた。どれほど力が入っていたのか、漸く通った血が身体中を巡り出すのを直に感じ、脱力しそうになる。


 とにもかくにも、この状況を突破しなければどうにも前に進めないのはたしかなようで。


 この場にいる大人は私しかいないという状況にも後押しされつつ、クローゼットの取っ手から手をゆっくりと離し、小さな侵入者と目線を合わせるように私もその場に座り込んだ。



「おはよう」



 出来るだけにっこりと。出した声は少し震えてるかもしれない。それでも、怖がらせないように。怯える瞳がそれ以上揺れないように。


 そして、どうか日本語が通じますようにと願いながら、もう一度小さな侵入者に微笑みかけた。




******



 おはよう、と朝の挨拶をしてから数十分。初対面の第一声が良くなかったのかどうなのか。


 しかし突発的に出てしまった言葉はそれであり、時間を戻して他の言葉に変えてみたくとも、変えられないのが現実というものだ。どうにか言葉を交わそうと名前や歳を聞こうとしてみたが、頑なに口を閉ざしている子供を目の前にして、私は途方に暮れてしまいそうになりつつあった。



「もう一度聞くよー。君の名前は?何歳なのかなー。……言葉、わかってるよね?」



 私の声は聞こえているし、名前は歳はと聞くたびにちらりと上目使いで私を見ようとしている様は、どうやら言語は通じていると感づいていた。


 しかし、この子供は今までよほど怖い思いをしていたのか、それとも私のことが怖いのか、その両方なのか。潤んだ青い瞳はそのままで、だんまり具合を変えるつもりはないらしい。


 それでも、綺麗な青い瞳が恐怖に怯えて、零れてしまいそうな涙に潤むのを見たくなく、私は必死に笑顔を貼り付けた。



 怖くないよ。


 何もしないよ。


 大丈夫。



 繰り返し繰り返し、言葉は同じものではあるけれど、優しく落ち着いてゆっくりと、様子を見ながら話しかけた。それが幸をなしたのか、ほんのわずかではあるけれど、小さな侵入者は私にちらりちらりと視線をうつす時間が増えていく。


 ほんとに?何もしない?と疑いながらも、青い瞳を私へと向ける小さな侵入者。


 やばい、侵入者なのに………可愛いんですけど!!


 しかし、そんな私の心情とは裏腹に、にっこりと微笑んだつもりだった私の笑顔は実際は引きつった笑みであり、小さな侵入者、もとい子供の怯えた感情は、簡単に和らぐものではなかったらしい。


 微妙に傷ついた心の内はひとまず保留として、おはようと言った私の言葉にピクリと反応を示した子供が、少しでも落ちついて対峙できるまで、そばで見守ることにした。


 もちろん笑顔のままで。それがどんなに胡散臭く引きつった笑みだとしても、それが今の私の精一杯なのだから、そこのところは気にしないでもらえるとありがたい。


 しかし、今にも泣きそうな顔をしているくせに、絶対に涙を零すまいと俯き耐える青の瞳を見ていると、こちらのほうが泣きたい気持ちになってしまう。


 まるで私の方が悪いことをしているみたいだと、勘違いをしてしまいそうになる。


 私の部屋に侵入してきたのは、この子供のほうなのに。


 困ってしまう感情を抑えつけ、スッと朝の澄んだ空気を吸い込む。それだけで少し落ち着いた気分になれるような気がするから。気分は大事。たぶん、落ち着けたような気がしないでもない。



 さあ、もう一度。



「そこの可愛い子ちゃん。そろそろ口をいい加減開こうか。お姉さん、とっても困ってしまってるんだけどな。」


「可愛い子ちゃんだと!無礼な!」



………あ、喋った。




 小さな侵入者。もといこの子供は、顔を真っ赤に染めながら私を下からにらみ付け、ようやく第一声を聞かせてくれた。


………無礼な、と。







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