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クローゼットから侵入者有り

某サイトで書いてた作品ですが、公開しないままでしたので産んでみました。手直ししながら少しずつ移行していきますのでのんびり更新になります。


話数を纏めました。文章に変わりはありません。

ご迷惑おかけしました。



 人々が起き始める合図となる朝日が昇るころ、閉じられた窓を覆う、ぴっしりと閉まったカーテンの僅かな隙間からほんのり明るい陽射しが薄暗い部屋の中に一筋の射光を照らす。


 それを毛布にくるまりながら、覚めきった眼差しでチラリと見て、今の今まで私の視線を釘付けにしていたクローゼットにすぐさま戻す。


 本来ならば今の時間はまだ睡眠真っ只中の幸せな一時のはずなのに、時折クローゼットの中から聞こえる何かの唸り声と、その中に申し訳程度にかけてある洋服のハンガーが重なりあう音、そしてガタゴトと何かがクローゼットの扉や壁にぶつかる音が私の安眠を妨害した。



ガタッ


「ひっ――…また…」



 この音が聞こえるたびにいつ開くかわからないその扉にビクビクしながらベッドの隅で身体を縮こませているのだ。


 では、その問題有りな部屋から出ればいいんじゃないのか、とはもう既に考えついていたことなのだけれども、如何せん、そのクローゼットはこの部屋の入口にもっとも近くにあり、私はその問題有りのクローゼットの前を通る勇気がない。


 電話で誰か友達を呼んで来てもらうにも、その友達を我が家に招くには玄関の鍵を開けなくてはならないし、その前にやはりこのクローゼットの前を通って部屋の扉を開けなければならないし、唯一の通信手段の携帯電話はこの部屋の向こう側、つまりはリビングのテーブルの上に置きっぱなしにしているのだ。


 そう、この部屋から逃げようと、誰かに助けを求めようと、どちらにせよクローゼットの前を通らなくては埒が明かないのも難題の一つ。



「ぅぅ……」



 聞こえてきたのは苦しそうであり、悪夢を見ているかのような唸り声。


 たとえその声が可愛らしいソプラノボイスであろうと、一人暮らしのはずの私の家の私のクローゼットからその声は聞こえてはならないもの。


 よって不審極まりなく、怯える私は間違ってないはず。



「……おもいきって開けてみるべき……?」



 こっそりと呟いてから、ベッドの下にあるひんやりとした床に足の先をそっと片足をおろす。それはもう、物音一つたてないようにそろりと忍び足のように。


 私は敵じゃないよ―、何もしないよ―、と声に出せないから心の中で盛大に唱えながら、もう片方の爪先も床におろし、なるべく優しく、時間を無駄に使いながら足の裏全体をペタンと床につけた。





「……第一任務完了」



 ほうっと息を潜めながら身体の中の空気を入れ換える。


 かすかに聞こえるハンガーが重なりあう音にびくつきながら、ふとクローゼットの中を侵略している何かを想像してみた。唸り声を聞くにあたり、何らかの生き物であるのは間違いないだろう。


 しかし、一人暮らしとはいえマンションの三階に侵入するには犬や猫では難しいに違いない。いや、ないに等しい。第一このクローゼットは取っ手を握り、引かなくては開かない代物で、可愛い肉球で掴めるとは思えない。



 ならば考えられるのは……



「ど………どどどど…泥棒!?」



 思い至りなくなかったその選択に思わず口から声がでてしまい、遅いとは思うが一応、もう何も発する事がないように急いで両手を口に押しつけた。


 しばしこのままの体制で約一分。クローゼットからは何も出てくる気配もなければ、物音一つ聞こえない。


 よかった!何かはわからないけど気づかれてはない!


 その喜びに両手を口から離し、小さくガッツポーズをする。そんなことをしている間も視線はクローゼットから外さないまま、第二任務を遂行するべく立ち上がった。


 目指すは、徒歩にして約7歩の距離にあるクローゼット。


 この短い距離が、せめて倍の距離があればいいのにと思う日がくるなんて。


 震える足を一歩、多分数ミリほどを、吐く息までも殺すように進ませた。



 ずりずりと足を引きずるように、ほとんど床から足を離さないように滑らせながらちびちびと進み、たどり着いた先はクローゼットの前。短い距離は、やはりたいした時間を費やすこともなく第二任務を完了してしまった。


 残るは第三任務。


 もっとも勇気がいり、危険を伴う任務になる。場合によっては、このささやかな命を失うかもしれない、危険な行為だ。


 それはこのクローゼットを開けて、中に侵入している何かを確認すること。そっとパジャマの袖を捲り、緊張しすぎて力の入らない手を解すようにわきわきと動かす。


 ちらりと真横にあるドアを見た。


 そうだ。このドアを開ければこの部屋から出れるし、携帯電話もあれば、外にも出れる。誰かに助けを求めることもできるし、なにより命を懸ける危険な行為をしなくてすむ。


 大袈裟なようだが、そう思えば私の未来に希望が見えてきて、勇気も元気も湧いてきた。


 よし、そうしよう。


 思いつくままに行動を起こそうと、クローゼットからドアへと身体の向きを変えようとしたときだった。


 クローゼットの中から何かが動く物音がカサリと聞こえて、私の足は床に縫い付けられたかのように動けなくなってしまった。



「………ぅぅ、んん……ん……?」



 ………しまった。なんでもっと早くこの部屋から出なかったのだろう。


 クローゼットから聞こえた唸り声は、すぐそばで聞けば呻き声であったと気づき、おそらく……何かから覚睡をしてしまったらしい。


 何もかもがあやふやではっきりとした断定もできない。


 ピッシリと扉の閉まったクローゼットの中は、開けなくては何がどうなっていて、何が……誰が何をしているのかさえもわからないのだ。


 しかし聞こえた声は、やはり可愛らしいとも言えるソプラノボイス。あどけなさ全開の、今起きました的な寝惚け声は敵ではないと感じさせた。


 ……開けてみようか、開けまいか。


 クローゼットの前で心の葛藤を繰り返していたら、私を悩ますソプラノボイスが、今度ははっきりと覚睡をした声で発した。



「……う…ん?………え…?」



 それは、不安と恐怖を物語る、戸惑いを含む怯えた声。


 クローゼットの中から聞こえる泣きそうな声を聞くなり、私は迷うことなくクローゼットを開けた。



「わあっ!?」


「え!?なに!?」


「…………ふぇ…」


「ちょっ……え?……ごめんね!?」



 勢いよく扉を開けたのがいけなかったのか、クローゼットの中にいた侵入者はどうやら扉のほうに寄りかかっていたようで、扉を開いた直後、部屋のほうに倒れ込んでしまった。









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