編入初日
幕間の拙さのあまり悶絶しそう...
誤魔化す為に続けて連載
「ねぇ、アリア。このヴァイオリンを貴方にあげるわ」
そう言って手渡されたヴァイオリンケースを受け取る。自作の大分年季の入ったヴァイオリンケースは見覚えがある曽祖父の弦次作のものだ。
「でも、このヴァイオリンはお婆ちゃんの」
「じゃあ、こっちにする?」
悪戯好きの華は楽しそうに綺麗なヴァイオリンケースを掲げる。祖母が手にしているのはストラディバリウス。私は曽祖父のヴァイオリンケースを胸に抱いてふるふる首を横に振った。
祖母が笑って手を伸ばし頭を撫でる。
「音楽は楽しむものよ、楽しみなさい。音楽を、演奏を、そして生きる事を。そして恋をしなさい。貴方の探しものはきっと見つかるわ」
そう満面の笑みを見せて祖母、九条=華=ブロイアーは数日後その生涯を終えた。
ゆっくりと目を開く。祖母の夢を見ていたせいか涙の跡が残っていた。起きあがり時計を確認。時刻は4時半まだ薄暗い。モソモソと動きジャージを着て部屋を出る。静かに廊下を歩き寮から出ると山の冷たい空気に包まれる。身体を良くほぐし準備体操をして四木々谷湖の湖畔をぐるりと囲む散歩道のランニングだ。こんな朝早くからランニングをするのは自分だけと思っていたが遅れて寮から人が出てくる。
「お、編入生。早いな。昨日と同じように一緒に走るか?」
「夏野先輩、おはようございます。ご一緒しますよ」
「あいよー」
男よりも男らしい返答だ。ショートカットの髪に健康的な小麦色の肌。四肢は細く適度に筋肉がついている。長距離ランナーとの事で胸はアリアと同じく平べったい。比べるのは失礼だが。夏野先輩も準備体操をして入念に筋肉をほぐしていく。
「準備オッケーか、編入生」
「オッケーです。そして編入生ではなく九条アリアと何度も」
抗議の声は届かなかった。オッケーというのを聞いて夏野先輩が走り出したからだ。慌てて後を追うように走るのだが本人曰くとてもゆっくりとは言えないペースで走っていく。1キロほど距離を走ると西洋宮殿の様な星華女子高等学校の校舎に差し掛かる。中の構造はどうなっているか気になるが別の事に気を取られ過ぎた。夏野先輩が少し遠いが追いかける。
「ペースを乱すな!自分のペースで走れ編入生!」
今日も怒られてしまった。
「はい、すみません」
謝罪しついていくがやはり昨日よりペースが少し早い気がする。何だか楽しそうしているので聞かないでおこう。1.8Kmでは到着時に見えたコテージがある。昨日の昼に来たがオープンカフェのお店でコーヒーに紅茶、スイーツにランチと楽しむことが出来る。学園が経営しており生徒だけでなく外部の人もたまに食べにくるようで生徒のアルバイト先として認められている。そして漸く寮の前に到着する。
「また明日な編入生」
立ち止まることなく夏野先輩は走っていく。呼吸を整えて日課の古武術の型をやる。実戦的な一連の型は身を守る為に教わったがアリアは正直怖い。如何に早く人を破壊出来るかという殺人術なのだ。空手5段は楽にのせるだろうと師匠の判断で道場を追い出されたがそれで良かったのだろう。身体を動かし終えたら部屋に戻って汗を流す。どうやらこの部屋にしか個人用などないようで他の生徒は共用の大浴場らしい。アリアには入れないので全く関係がない。香りの良いボディソープと八重一押しのシャンプーで髪を洗う。白いバスタオルで拭いていきそのまま部屋を歩き小さい冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。女性物の下着をつけることに躊躇う事無くシャツを着て緑色のリボンを付ける。白いソックスを履きスパッツに足を通す。黒のスカートを履き黒のブレザーを着て準備は完了だ。
時刻は午前5時40分。
6時半には生徒全員が起床しはじめ8時までには朝食を終えなければならない。
急ごう。ヴァイオリンの練習時間が足りない。
ローファーを履き部屋を再び出て校舎内の薔薇園に向かって歩き出した。
薔薇園の手入れは行き届き色とりどりの薔薇の花が美しい。アリアの鼻腔を薔薇の香りが届く。爽やかな朝の中薔薇園の中央にある屋根付きの休める場所がある。
休憩場の中のテーブルにヴァイオリンケースを置き準備していく。弓の毛を張り手入れを済ましヴァイオリンを静かに構える。
取り敢えず一曲目は愛の挨拶だ。
そうやって1日の始まりを迎えるのだった。
「おあよー、アリァ」
「おはよう、八重」
テーブルに着くなり突っ伏した三城八重は眠そうだ。
「寝させないほどだったのか?」
「そんな訳ないでしょう! 朝から変な事言わないでアリア」
それが出来るならどんなにいいかと織田千尋の漏らした言葉は聞かなかった事にしよう。
「今日からね」
千尋のポツリと漏らした声にアリアがあぁと短く返す。
そう今日から学園生活が始まるのだ。
長くなりそうな編入初日なので一旦キリのいいここまでで
連載しているタイトルも見直そうかなと思ってはいます...思ってわ