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如何にして女子高校に編入したか①

「あれ、先輩。確か県外の学校に入学したはずじゃ?どうし、あいた!」


昼過ぎの喫茶店。4月もあと一週間で5月になろうとしている平日に九条アリアはカウンターに座りコーヒーとショートケーキを食べつつ3時のおやつタイムを満喫していた最中喫茶店のドアを開け客が入った来たと面倒そうに客の方を向いた。アリアが身に着けているのはメイド服である。絶賛バイト中にして休憩中(客はいなかった)であるのだが接客態度は壊滅的だった。威圧すらしつつ客を見るがアリアの対応はしょうがない。目の前には大きな苺の乗った生クリームたっぷりのショートケーキ。ゆっくりと味わおうとした矢先だったのだ。お預けを食らってまた冷蔵庫に戻すことになると思えば邪魔する者は客とは言えど敵である。しかしその必要はなかった。顔見知りでこの店のバイトであったからだ。長い黒髪をゴムでまとめた少年で学校帰りで学生服を着ている物の顔立ちは女顔...男装しているようにしか見えなかった。彼の名は小野美崎。街で偶然出会いバイトとしてアリアが誘ってからの関係だが年齢でいえば美崎の方が一つ上である物のバイトの先輩としてアリアを先輩と呼ぶことで定着してしまった。


美崎の第一声もわからないでもない。他県の高校に進学する事は伝えていたし何せ今日は平日である。学校帰りでもアリアが居る事が出来る時間ではない。頭を抑え涙目になってる美崎を見て溜息を一つ。


「辞めたわ、あんな学校」


「は?え?入学してまだ一カ月も経ってませんよ?」


「うん。そうだけど」


それが何?とでも言外に美崎をジロリと見てショートケーキの苺にフォークをブスリとさして口に運ぶ。美崎の手に提げていた鞄がどさりと落ちる。


「マスター!着替えてきますね!先輩少しお話ししましょう。待っていて下さい」


店のマスターはあいよと答えてコーヒーカップを布巾で拭いていく。喫茶『星の散歩道』は今日も彼らのおかげで賑やかだなと思いつつ店のドアが開き客が入ってきたのでいらっしゃいませと声をかけてチラリとアリアを見る。


動く気は無いようだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



メイド服を着てきた美崎はカウンターの席にいるアリアの隣に座り正面を向くように動かした。ジッと見つめる美崎は真剣そのもの理由を聞くまで許しませんと態度で示している。


「うん、今日もメイド服が似合ってるね美崎。私の目に狂いはなか...」


「誤魔化さないで下さい、先輩。あれだけ受験勉強にヴァイオリンの練習も頑張っていたじゃないですか」


「...だね。美崎にもいろいろ教えて貰ったし」


「何があったんですか?」


悲痛な面持ちの美崎に誤魔化しは無理だろう。はぁと溜息を吐いてとりあえず入学してからの学生生活を語り始めた。



全国でも有名な音楽高校に受験し見事合格。勿論制服は女子の物を着用し異論は認めないとアリアは学校側の要求を断固拒否し渋々認められた。部活に入って普通に演奏したら本来なら上級生の枠を蹴破ってオーケストラのメンバー入りしたがこの音楽講師事あるごとに比べるのだ。仲良くなった先輩の演奏を全否定するようになり聞いていたアリアが憤慨。売り言葉に買い言葉、講師だけでなく部員全員を巻き込み荒れに荒れアリア自身が侮蔑と嘲笑を受けるようになった。部活だけでなく学校にも居場所などないアリアが辞める決断を下すのに時間はかからなかった。


「あんな学校辞めて清々したぜ。あんな所に私に必要な音はない」


思い出してまたイライラし始めた。美崎の方を見ると今にも泣きそうなほど瞳を潤ませ何を思ったかアリアを抱き締めた。言葉通り締めた...。


「ぐはっ、ちょっ美崎さん...痛い、痛いんで...締まってる!しまっあ、あぐぅ」


「先輩が苦しんでいたなんて!そんな学校辞めちゃって正解です」


現在進行形で苦しめているのは君何だが...と言うに言えない状況だ。青い顔をしながらタップするのだが美崎さんは自分の世界に入ってしまったようである。


「うふぅ...そうだ...ねぇ」


「先輩の演奏は好きです。きっと分かってくれる人がいます」


美崎の何気ない言葉だったのだろう。チクリとアリアは胸を痛める。足りないのだ。技量だけではない何かが...その差が天才と謳われた祖母との埋める事が出来ないのだ。音楽高校進学で見つけられるだろうかと考えていたがあの場所にはある気がしなかった。それを見つけない限りスランプは抜けられないのだ。遠く意識がなりつつある中美崎の腕の中で過去回想を終えた。


「先輩、すみませんでした。大丈夫ですか」


締め殺されかけた先程の出来事に何度も美崎は頭を下げていた。


「はぁ、大丈夫だよ。もういいからバイトしなさい。働かざる者食うべからずよ」

客の来店を告げるベルがなり美崎は慌てて椅子から立ち上がり二人の婦人にいらっしゃいませと元気に接客を始めた。


やれやれとマスターに視線を向けるとヴァイオリンケースを持ったマスターがアリアに手渡した。


「一つよろしく頼むね。アリアさん」


「あぁ、とびっきりの演奏をしてくるさ」


ヴァイオリン片手に店を出て演奏を始めた。春の陽気が眩しい。昼下がりのゆっくりとした時間の中でアリアの奏でる音色が街に響いた。

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