プロローグ1
キラキラと五月の日差しが新緑の木々に照らされていた。山と側に流れる川の間をゆっくり走るバスの中私-九条アリアは心地よい微睡みの中にいた。大事そうに年季の入ったヴァイオリンケースを抱える真っ黒のフリルが沢山あしらわれたゴスロリファッションで整った顔立ちもあって人形のような美しさと儚さがあった。
「こらぁ!何しているんですか」
突然の幼い女の子の声に浅かった眠りから目を覚まし目の前をみれば刈り上げた髪の小学生程の男子がアリアの座席の前に座り込んでスカートの裾に手が伸びているところであった。カクンと人形のように首を傾けた。
「何?見たいの?」
鈴の音のような綺麗な声に男の子は顔を赤らめるものの振り下ろされたチョップに顔を顰める。チョップの主は先程の声の主である女の子のようだ。
「ってえな!何するんだよ遥夏」
「大ちゃんがえっちな事してるから一番悪いの!おばさまに言いつけてやるんだから」
「ぐぅ、覚えてろ!遥夏」
そんな捨て台詞を吐いてちらりとアリアを見ると益々顔を赤らめて後ろの席に他の悪友二人と陣取ってしまった。改めて女の子の方を見ると心配そうにアリアを見ていた。
「変な事されなかった?お姉ちゃん大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ。助けてくれてありがとう」
「えへへー、隣いい?」
「あぁ、いいとも好きに座るといい」
そう言うと嬉しそうに笑顔を浮かべ女の子は後ろを向いた。整えられた白髪のスーツ姿のお婆さんがいつの間にか立っていた。どことなく物腰は落ち着き振る舞いにも優雅さがあった。
「おばあちゃん、お姉ちゃんのお隣座ろう?」
「あらあら、遥夏も落ち着きなさい。お隣よろしいかしら?」
その婦人を見上げたままアリアは笑顔を浮かべる。
「えぇ、どうぞ」
••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••
「そう、アリアさんは四木々谷に編入をなさるの。私も四木々谷に通っていたけど、周りを森に囲まれた何も無い学校よ。今の人達では刺激が無くて物足りない学校じゃないかしら」
悪戯っぽく微笑みながら婦人は言った。
四木々谷女学園ー夏は避暑地として過ごし易い物の四木々谷町自体は人口五千人にも届かない町である。山々に囲まれ学園の側には四木々谷湖があり観光スポットとしてはめぼしい物もないところである。政財界や芸能界の親達が自分の愛娘に悪い虫が付かぬようにとこんな辺鄙な所に閉じ込める言わば鳥籠で卒業すれば親の言う通りに政略結婚する者も多い。四木々谷女学園は小中高大の一貫校でアリアの友人も二人通っている為一人には連絡済である。婦人の言う事も事実であるのだがアリアは憂鬱そうに溜息を吐いた。
「そうでもないですよ…刺激に溢れた日々を過ごす事になりそうです」
そう言って女の子の頭を撫でて気分を落ち着かせる。そう刺激的な日々が始まろうとしている。待っているのは身の破滅ぐらいしかないのでは無いだろうか。何せ何たって九条アリアの性別は男であるのだから。