1日目。その1
午前2時。明日から夏休みのせいか寝付けずに夏休み1日目を迎えてしまった。
僕は八重ばあちゃんを起こさないようにゆっくりと起き、冷蔵庫の牛乳をパックから直接飲む。
寝る前にベランダに出て夜の町を見た。団地の5階から見る町並みは午前2時にもなれば真っ暗で、外灯の明かりだけが夜空から星の光を奪っていた。しかし、外灯だけで奪えるほど弱い星は少なく晴れた夜空は綺麗な星空を映している。
ある映画で(こんなに星があるんだから宇宙人が居ないなんてさびしいじゃないか)なんて事を言っていたけど、この星の光はその星が爆発した光が何万光年も経ってから地球に届いているんだからとっくに宇宙人は滅んでるんじゃないかと僕は思っていた。
流れ星を見つけた。何かお願いすることはないか考えたが、考える時間を与えてくれるほど流れ星は光ってくれない事を思い出しただじっと見ていることにした。
結構光っているのでお願いすればよかったと後悔した。
ふと、流れ星から別の光が地面に落ちたような気がした。
外は時々通る車の音ぐらいでかなり静かだったが特に大きな音も無かったからたぶん気のせいだろう。でも、落ちたのは市内の私立高校の裏山の方角だった気がする。明日、和隆と学実の二人がいたら誘って見に行こう。もしかしたら隕石があるかも。
僕はとりあえず寝ることにした。もしかしたら、夜のうちに誰かに取られるかも知れないけど別にいいや。二人と裏山に行くことが目的なようなもんだから。
午前7時。いつもと同じ目玉焼きと納豆ごはんを食べているとドアの呼び鈴が鳴る。
「僕が出るよ。」
そう言ってドアを開けると和隆が目をギラギラさせて立っていた。
「おはよ。どうしたの?こんな朝早くから。」
和隆は僕が話し終えると同時に話し出した。
「学実が朝に変た子供どご見かけたんだど。居ねくなるかも知れねからお前も早く来いよ。」
和隆は自分の話が済むとこちらの返事も聞かずに階段を下りていった。
いつも和隆は一方的に話し、すぐ行動に移る。落ち着きが無いのだ。しかし、その行動力はリーダーシップを発揮しみんなを引っ張っていく力になってるようで、僕は女子から和隆宛ての手紙を何度も渡されることになっている。和隆本人は女子と付き合うとかあまり興味が無いようで、その手紙の返事は決まって「ごめんなさい」だった。そんなところも和隆の魅力だった。
僕は急いでご飯を食べて和隆を追った。和隆は以外にもすぐ近くにいた。そこは3階の階段の公園の見える窓際だった。和隆の隣には学実がいた。
「おはよう。見れ、正悟。あいつだ。さっきから公園の中どごうろちょろしてらんだで。」
学実は朝ごはんなのかおにぎりを食べながら上目遣いで話した。学実のうちは共働きで父親は夜勤、母親は早朝の仕事をしていて、ほとんどの朝ごはんはおにぎりだけだという話を前に聞いたことがあった。たぶん、去年と一緒で朝ごはんを食べながら公園をぶらぶらしてたんだろう。学実の父親は学実や母親に暴力をふるっているようで学実は日中に家に居るのを嫌がった。そんな父親を持ったせいか何かを観察することに学実は長けていた。
「正悟も早く見れば。」
僕は公園にいるその子供を見た。見たことない子供だった。身長からすれば歳は僕らと同じくらい。この夏休み真っ盛りに長袖のボーダーシャツに黒いズボンをはいていた。服装は男っぽいが髪は肩まであるから女の子かもしれない。
「この夏休みにあの格好はないよな。」
僕らは全員半そでだった。
「とにかく近くさ行ってみよで。」
そう言って和隆は階段を下りていく。僕と学実も続く。
僕らが階段を下りて公園に着くと和隆はその子供と話をしていた。
近くで見るとその子供は女の子だとはっきり分かった。りりしい眉はしているが二重の大きな目をしたかわいい女の子だった。だから僕らは驚いた。和隆は女の子とはほとんど話しをしないからだ。僕らが近づくと和隆が気づいてこっちを見た。
「見れ。懐かしいべ。エリだで。昔ここの団地さ住んでだべった。」
見るとそのエリという女の子はこっちを見て微笑んでいた。
僕はとまどっていた。僕はこの子を知らないからだ。僕はこの団地に小学2年生から住んでいるけど見た覚えが無かった。そもそも、和隆は小学4年生のときにこの団地に越してきたから和隆が知ってる子供なら僕らだって知ってるはずだ。なぜ、和隆が知っているのに僕はこの子を知らないんだろう。学実を見ると学実も何か考えているようだった。学実は生まれたときからこの団地で住んでいる。その異常な人間観察で団地に来たことがある新聞勧誘員でさえ顔を覚えている。学実はこっちを見て首を横に振った。学実も知らないようだ。
僕らがそのエリという女の子をまじまじと見ているとそのエリという女の子は和隆の首の後ろに右手を伸ばして和隆に向かって話し始めた。
「駄目よ、和くん。私とあなたが会っていたのはここに引っ越してくる前の話でしょ。」
その声は綺麗で話し方は大人のようだった。
「・・・・。あぁ、んだったな。」
和隆は目が半開きになりボケているような顔をしておどけていた。しかし、それは一瞬ですぐにいつもの和隆の顔に戻った。和隆はいつもの調子で僕らにエリとの昔話を始めた。前の学校ではいつも一緒に遊んでいたことや家が隣同士だったことなど和隆にしては珍しいくらい女の子の話をしていた。もしかしたら、和隆がクラスの女子からの手紙を受け取らないのはこの子を今でも好きだからじゃないかなと思えてきた。
「それでな、昨日流れ星が振ったよな。見た奴いるが?」
和隆の問いかけに僕は今日の予定を思い出した。
「そうだ。昨日の流れ星が高校の裏山に落ちたかも。今日、探しに行こうよ。」
「私も行ってもいいかしら?」
エリが僕を見つめて話す。
「も、もちろんだよ。な、学実?」
学実は返事をしない。そういえば学実の様子も変だ。いつもなら和隆の話に笑ったり返事をしたり楽しそうにしているのに今日は静かにしている。まるでエリを観察しているようだ。でも、それはそれでいつもの学実らしかった。見知らぬ人とは話をしたがらないからだ。
和隆はそれには気づかない様子で学実に話かける。
「いいべ、学実。行こで。今から出発だ。エリは自転車持ってきてらが?」
「私、持ってないわ。」
「せば、俺の後ろさ乗せてやるよ。」
クラスの女子が見たらなんと言うだろう。
僕たちは自転車で裏山に出発することにした。