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水が誘う  作者: 夏彩
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前日までの僕

白い壁には巨大な影が映し出されている。


ゆらゆらと蠢くその影は右から左へ何度も何度も羽ばたいている。壁には蜘蛛の巣がまとわりつき蜘蛛たちが遅い夕食にありついていた。その様は人間から見ればよくあるその風景も虫たちから見ればまさに地獄絵図なのかもしれない。そこに行けば間違いなく食われてしまう。しかし、その白い壁には自分たちを惑わす淡い光が反射されていて行ってはいけないと知りつつも本能がそれを許さない。あの白い壁を見てしまったからには自分たちは蜘蛛に食べられる運命にあるのだろう。虫はそこまで考えていないだろうが、あの蜘蛛の巣に捕まりもがく姿は必死で生きようとしているように思えた。白い壁に向かって行くのも本能なら蜘蛛の巣から逃れようとするのも本能だろう。

(生きるためにもがく。そんな本能は僕にあるんだろうか?)

そんなことを考えても誰も答えてくれない。あると信じたいがそれを試すことは自分の人生のなかには無いだろう。

首筋に虫が当たり、ふと振り返る。外灯の回りを蛾が羽ばたいていた。白い壁の影の正体はこいつだった。外灯の強い光の虜になってしまったこの蛾はわずか5メートル後ろで惨劇が起きているとは思いもしないだろう。

僕は惨劇の横のドアに入り、階段を5階まで上り、表札に「神岡八重」と書かれた水色のドアを開けて我が家へ帰った。

「正悟くんおかえり。」

八重ばあちゃんが迎えてくれた。今年で80歳になる八重ばあちゃんは親を亡くした僕を引き取り年金で養ってくれている。でも最近は足腰が弱くなり階段を下りることがなかなか出来ず夜の買い物は僕の役目になっていた。

「いつも悪ぃごど。ばあちゃんがもっとしっかりしてればねぇ。」

晩御飯の支度をしながら八重ばあちゃんはいつもと同じ言葉をつぶやく。

だから僕はいつもと同じ言葉で返す。

「大丈夫だよ。僕も五年生だからちゃんと買い物できるよ。八重ばあちゃんも階段を下りるのが大変なだけで寝たきりじゃないから友達とも遊んでられるし。気にしないで。」

その言葉を聞くと八重ばあちゃんはいつもと同じと安心して何も無かったように晩御飯を作り出す。今日も焼き魚と野菜サラダ。いつもと同じ。

僕は毎日が退屈だった。もちろん八重ばあちゃんには感謝してるし、退屈だから不良になるなんてことも無かった。しかし、毎日退屈していた。些細な違いはあっても心に響くようなことは無い。僕は自分は冷めた人間なんだとあきらめていた。

明日からは夏休み。隣の公園に行けば和隆や学実が来るだろう。でも、和隆はスポ少で来ないかも。いつもと同じ夏休みでもあの二人と遊ぶのは楽しい。それだけが退屈な夏休みの唯一の救いだと思う。

夜8時になったから八重ばあちゃんは寝る。僕はヘッドホンをして映画のDVDを観る。そしてお気に入りの忍者漫画を見て僕も寝る。いつもと同じ夜のはずだった。

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