この鎖から君を逃しはしない
「祐ー帰るでしょ?」
「…あぁ」
俺は向井祐。健全な高校2年生。
そして毎度毎度俺を呼びに来るのが、香田憬。
同じく高校2年生。
俺と憬は中学からの腐れ縁みたいなもんで、大体いつもセットで一緒にいることが多かった。
でも少し前、憬に彼女が出来てお互いあまり話すこともなくなった。
別にお互いなんとなく一緒にいただけだったから、それはそれでよかったんだ。
ただ、それからしばらくしてその彼女と別れたとかで憬が俺のところへ戻って来た。
多分その頃から俺達は少しずつ崩れていったんだと思う。
***
学校終わりにほぼ毎日どちらかの家で過ごすのが当たり前になっていた。今日は祐の家だ。
祐は授業で出された課題を片付けていて、憬は適当な漫画を読みあさっていた。
「…女の子ってさ、わけわかんないよね。勝手に告白してきて、イメージと違ったからとかって言ってさ」
「その女がお前を見極められなかった。それだけだろ」
憬なりにその子を大事にしていたのだろう。
憬が祐の髪をくしゃりとその長い指に絡め取る。
「……祐は俺のこと分かってくれてるのにね」
「やめろって……」
憬の手を振り払う。
俺の中に黒いドロリとした感情が溢れ出す。
――俺だったらそんな顔させないのに
――俺だったら全部愛してあげられるのに
――全部俺だけのモノになればいいのに
「…祐、最近俺にそっけなくなったよね?俺なんかした?」
「……違う…そういうことじゃないよ」
「じゃあ、俺のこと嫌いになった?俺のこと殴ってみる?ボコボコになるまでさ。
祐に殴られるなら、いいよ。でもさきっと違うよね。祐さ、俺のこと好きでしょ?」
気付かれていた。必死に抑えてたのに。
喉がカラカラに乾くのがわかった。
「……」
「だったら全部…俺の全部、祐が愛してくれていいよ」
「…は?」
突然のことで思考が追いつかない。
「祐は俺のこと全部わかってて、俺はどうしたってお前から離れられないって気付いたんだ。
だから、お前が俺を愛して」
「なにいって…」
ゆっくりと憬が近付いてくる。
憬の方が少しだけ俺よりも身長が高い。
それなのに今日はやけにデカく見える。
背中に回された腕を振り払うことも出来ず、されるがまま。
「俺を愛して、祐」
今まで知らなかった、憬の体温。首筋に触れる吐息。
その言葉は身体中を流れる血液のように、全身に染み渡る。
まるで麻薬のように。
「…っ……はぁ……あ…」
「た、…すく……」
欲に任せて憬を何度も抱く。
理性なんかとっくに切れて、止め時なんか分からない。
気付いた時には外は明るくなっていて、憬は俺の隣で眠っていた。
眠っていたというよりは、お互い意識が飛んでしまったのだろう。
処理もなにもしていないし、憬の身体は全身に口痕と俺が爪を立てたであろう細かい傷。
俺の身体にも数個の口痕と、背中がひりひりするからきっと傷があるのだろう。
憬に付けられたモンだと思えば、傷すら愛おしい。
それから俺達は今まで以上に一緒にいる事が多くなった。
憬が俺を、祐が俺を愛してくれるならそれ以外は何もいらない。
***
高校を卒業して、大学には行かず就職して家を出た。
「ただいま、憬」
「おかえり」
祐は今憬と一緒に暮らしている。
憬が祐におかえりのキスをする。
その度にジャラジャラと不釣合いな金属音。
憬は手と足首を鎖で繋がれていた。
鎖の長さは家の中を全て移動出来るだけの長さがある。
この鎖は二人の愛の証。
「ごめんな、憬。
でも、この鎖を外すつもりもお前を逃がしてやるつもりもないんだ」
「この鎖は俺らの愛の証でしょ。祐は俺を愛してくれてる。
それ以外なんて、俺にはなんの意味もないよ。祐がいればそれでいい」