仕返し屋 復讐の代理人
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※重大なミスに気付き、修正しました。申し訳ありません。
白い制服の胸ポケットに、少々大きめのペンを挿した少女、白雪未来は、自身が通う私立高校、“雪山高校”の廊下を、長い黒髪を揺らしながら走っていた。生徒玄関へ続く、一階の廊下だ。
時間は午後五時にさしかかったところ。今、彼女を含む帰宅部の人々以外の者は皆、部活動に勤しんでいる。彼女はもともと、吹奏楽部だったのだが、とある事情により辞めてしまった。
生徒玄関にたどり着き、彼女は自身の下駄箱の中を見る。しかし、彼女の出席番号が貼り付けられている下駄箱は、もぬけの殻であった。
……ああ、またか。
未来の心の中に、じわり、じわりと、布が冷たい水を吸い込むように悲しさが染み渡る。朝下駄箱に置いた学校指定の靴が消える、別に初めての事ではない。今はもう八回目くらいだろうか。何度経験しても、慣れない。それどころか、日々悲しさや悔しさ、怒りといった感情は大きくなっていくばかりで、いずれはおかしくなってしまうのではないかと言うくらいであった。だから、毎日の生活をする上ではできる限り考えないようにしている。
実は、犯人が誰かということは承知の事実であった。その“集団”は、自分に嫌がらせをしては笑い、そう、まるでおもちゃで遊ぶ子供のように楽しそうに、充実感を得ている顔をするのだ。
毎日おもちゃにされ、悔しい思いをする自分。集団が充実感と満足感を得ていくのとは対照的に、自分の心の中には虚ろな気持ちと、不満が募っていく。それを自覚し、毎日嫌な思いをしながらも――結局、集団たちを再び糾弾しようとしない。そんな自分に対し、未来は日々自己嫌悪を激しくさせていくだけだった。
未来は、そんな気持ちを抱えたまま、しばらく生徒玄関を移動しまわり、自分が履いてきた靴を探す。しかし、見つかった場所はゴミ箱の中であり、なおかつボロボロの状態であったため、結局それを持ち帰ることはしなかった。
生徒玄関を出たすぐ。未来は、鼻の先に曇天から落ちてきた水滴を感じ、空を見上げた。灰色、というよりかは黒に近い雲が、もうあたりを覆い始めていた。
「あ……雨。……傘、持ってきてないや」
しばらくして、大粒の雨が次々と降ってきた。未来は、コンクリートを隙間なく、絶え間なく濡らす雨で涙を隠しながら、家に向かってトボトボと歩いた。
◆ ◆ ◆ ◆
翌日の午前七時三十分。風邪をひかずにすんだ未来は、昨日の雨とは打って変わった晴れ空の下を、その天候とは真逆の気持ちを抱えながら歩いていた。校門を通り、生徒玄関へ。自分の下駄箱の前に立ち、ため息を吐きながら、校則違反にあたる自前の靴を脱ぎ、スクールバックの代わりに使っているピンク色のリュックの重みを感じながらしゃがみこんで脱いだ靴を取る。
下駄箱の中へ、その靴を入れようとした直後。未来は、すっからかんだった下駄箱に、一枚の手紙を見つけた。それを取り出して、入れ替えるように靴を中に入れると、未来は手紙を開いて、読み始めた。
[白雪未来さんへ。明日の放課後、体育館裏で待っています。 後藤竜喜より]
「……後藤、竜喜?」
未来は思わず、その名前を口ずさんでいた。後藤竜喜。それは学校一盛んな部活動、サッカー部に所属している、いわば“一年生のアイドル”的存在であった。大きな瞳とスッとのびた鼻筋が特徴的な、さわやかな顔。それに加え、運動をやらせればほとんどなんでもできるというまさに女子の憧れの的になりやすい男子生徒だ。さらに性格は優しく、頼りがいがある。そんな彼を好意的な目で見る女子は多く、未来もその一人であった。
「……いまどき、こんなことをしてくるなんて……」
未来は、おもわず表情がほころんでいた。意味深なこの行動に妄想が止まらない。現実の世界に戻ってきた彼女はすぐに頭を振ってその妄想を打ち消した。恥ずかしくなり、顔が赤くなる。
未来はその手紙を、大事にリュックにしまい、自分の教室である一年D組へと向かった。いつも通り自分の机に書いてある、悪口を消すために。
◇ ◇ ◆ ◆
そして、放課後。今日は、ほとんどの部活動が無い月曜日でもないのに、学校の都合でそれらが休みになり、授業も六時間で終了した。このことは、一週間以上前から先生側から伝えてあったため、だからこの日を狙って手紙を書いたのだろう、と未来は推測していた。
彼女が今いる場所、体育館裏。そこで未来は竜喜が来ることをドキドキしながら待っていた。自分でも顔を覆いたくなるほどに恥ずかしいことだが、妄想が止まらない。
後ろのブロック塀にもたれかかり、鼻歌を歌う。朝のどんよりとした気分が無くなり、今にも踊りだしたい気持ちだ。
そして数分後。未来は体育館の角から姿を見せた竜喜を見て、彼の元へ走りだそうとした。
「あ!」
口角が上がり、今までにないほど生き生きとした表情になる。
しかし――その表情は、次に竜喜の後ろから現れた人たちを見た途端に凍り付いてしまった。
竜喜の後ろから現れたのは、四人の女子高生。未来は、彼女たちを知っている。そう、嫌がらせをする集団。未来の靴を八回にわたり隠し、机の上にはチョークで暴言を書き、未来が困っている顔を見て笑っている集団。
「竜喜ぃ、あんたがさっきうざいって言ってた女って、コイツのこと?」
竜喜の隣に並んでそう言ったのは、この集団のリーダー的存在。青山美和だ。薄茶色の巻いた髪を、若干顔の内側へ寄せることにより、少しだけ小顔に見せている。
美和の言葉を聞いた竜喜は、ヘラヘラと笑いながら、彼女の言葉に答えた。
「そーそー。なんかよ、好かれちまったみたいで。ジロジロ見てきて、気持ちわるいなーって思ってよ。んで、俺がどんな気持ちか分からせるためにいっぺん手紙よこしたら、案の定来たようだわこれが」
「ふーん……」
美和はそう言って、未来へ近づいていく。未来は見る見るうちに表情が青くなっていき、後ろに下がった。が、ブロック塀が邪魔で、これ以上は後ろにいけない。
そしてとうとう、未来は美和に追い詰められ、背中にブロック塀をつけたあと、ずるずると地面に座り込んでしまった。
「ねぇ、あなた。もしかしてだけど、あわよくば私の彼氏……取れると思ってた?」
「か、彼氏? ごめんなさい、わ、私……そんなの知らなくって……」
未来の一言を聞いた美和は、微笑んだ。
「ごめんなさいって言ったってことは、その気持ちが少なからずあったってわけね」
めちゃくちゃな理屈を平然と口にした彼女は、未来の胸元を掴み無理矢理立たせる。
「なに調子乗ったことしようとしてんのよ? あんたね、すでに彼女がいる男と付き合おうと思うなんて、人として恥ずかしくないのー?」
未来の目に、涙が浮かんでくる。美和はそれを見て、さらに続ける。
「なに泣いてんのよ。泣けば解決できると思ってるの?」
「ご、ごめん……」
「謝れば済むと思ってんの? 生意気なこと言うんじゃねーよ」
美和は未来にそう言うと、後ろにいる竜喜と、他三人の女子に向かって、叫んだ。
「ねー! どーする? コイツ?」
竜喜と、三人の女子はまさか話を振られると思っていなかったので、美和の言葉に戸惑ってしばらく話し合った。すると、美和は一人何かを言い出した。
「んー、そうねー。人の彼氏を奪おうなんて発想をする、意地汚い女には……どんな罰が必要かしらね?」
「う、奪おうなんて……ただ知らなかった……」
「黙れ。言い訳が通用するなんて思うんじゃねーよ。あんたは所詮、意地の悪い、男の尻ばかり追いかけるビッチよ」
未来の目から、こらえていた涙がとうとうこぼれてくる。美和はそれを見て、楽しそうに笑っていた。そして、突然彼女は何かを思いついたように言い出した。
「そーだ! いーこと思いついたわ! あんたさ、どうせビッチなんだから。できるよね?」
「え? ……な、なにを?」
「決まってんじゃない。裸になってさ……するのよ」
未来は、一瞬自分の耳を疑った。
「……え?」
「だーかーらー! 服を脱ぐ! 自分でする! それを私たちが撮る! できるわよね? できないわけがないよねぇ~! だって人の彼氏取ろうとするクソビッチなんだもん。それくらいのこと、できて当然だよねー?」
美和が笑い出す。未来はずっと、戸惑って言葉を詰まらせるばかりだった。何かを言いたい。だけれども、恐怖心が心を、体を支配し、喉の筋肉をこわばらせて、声が出せない。
「やれ」
すると、美和は睨み倒すように未来に迫ってきた。未来の心拍数が、どんどん上がっていく。それは、先ほどのドキドキとした、楽しい物ではない。むしろ逆……抗いようのない恐怖に感じる、不安や焦りであった。
「やれ。やれ。やれって、ホラ。やれって言ってるでしょ。やれ」
音が、振動が、体で体感できるほどに大きくなる。未来は、どうしようもなくなり、目から大粒の涙を流しながら――スカートに、手をかけた。
◆ ◆ ◆ ◆
七年前くらいから、インターネット上ではあるうわさが立っていた。
“仕返し屋”という、一種の都市伝説である。内容は、こうだ。
雪山高校付近にある、“秋山塾”と、その横にある飲食店“ソラマメハウス”の間を行くと、ひとつの木のドアがある。そこは、“仕返し屋”という建物の入り口であり、その仕返し屋のオーナーに依頼をすれば、自分が過去恨みを持った人間に仕返しをしてくれる……というものだ。
この話がネットにあがってから、数多くの情報が寄せられてきた。それによると、ターゲットの持っている財産を全て奪い取り、挙句闇金融にお金を借りさせて人生を崩壊させたり、インターネットに情報を晒し上げられ、引越しをせざるを得なくなったなど悪いうわさしかない。それどころか、中にはうつなどの精神病にさせられてしまった人までもいる。
しかし、そのようなことを七年も前から続けていれば、もちろん警察に捕まってしまう。だが、そのような話はニュースで一度も出たことがない。最近では、仕返し屋は嘘である、と認識している人物まで現れ、インターネットの掲示板サイトではもはやメジャーな議題になってきつつある。
雪山高校付近。未来は、スマートフォンを片手に持ちながら、左手に秋山塾、右手に飲食店“ソラマメハウス”が見える場所に立っていた。
彼女が見ていた内容。それは、インターネット上の、仕返し屋に関する情報をコピー、ぺーストしたメモ帳だ。こういった情報を取り扱っている掲示板サイトは、大抵アクセス制限がかかるため、家でWiFiに繋ぎ、掲示板サイトに入り、そこでさまざまな情報を持ってくるしかないのだ。
「……たしか、ここね」
未来はそういって、秋山塾とソラマメハウスの間の路地を歩く。狭い通路だが、別に横になっていかなければ進めないというわけではない。ゴミが散乱していることさえどうにかすれば、歩きにくいわけでもなかった。
そして、奥に進んで、木の扉を見つけた。未来はそれを見た途端、急いでそのドアに向かい、すがりつくようにドアノブに手をかけた。
そして、まわす。右にひねり、左にひねる。しかし、扉が開かれることはなかった。未来はその事実を認識した途端笑い出し、ため息を吐いた。
――そうよね。そんな都合のいい、危ない仕事があるわけないよね。全部、嘘でしたと。やっぱり、か。わかっていた。わかっていたけど――。
未来は、もうどうすることもできない絶望感で胸が支配された。しかし、涙は出なかった。もはやそんな域を超えてしまっている。
「……あのー」
直後、後ろから声がした。未来はびっくりして振り返ると、そこには痩せこけた背の高い男がいた。少々やつれており、髪の毛もぼさぼさで、不清潔感がどこまでも漂っていた。
「そこ、どいてくれません?」
男はそういって、ドアを指差す。「この中入りたいんで」
未来は、それを聞いて微笑んだ。
「無駄ですよ。仕返し屋なんて、嘘でしたから。私、確認したんです。どうしても、どうにかしたいことがあって……」
未来がそういって落ち込んでいると、男は突然声のボリュームを上げた。
「あら、お客さんでしたか? 申し訳ありません、少し留守にしてまして……」
未来は、「えっ?」と言いながら顔を上げる。男は、ドアに向かってもたれるような姿勢になり、ドアノブの鍵穴に鍵を挿した。
「ごめんなさい。今、あけますんで」
男はそういって鍵をひねり、ドアノブをひねると、木のドアは見事に開いて、中の綺麗な部屋が見えた。ドアを開けた真正面に見える大きな机が、この中を初めてみる人にとてつもないインパクトを与える。
「ようこそ、仕返し屋へ」
仕返し屋内部に入った未来は、目の前に置いてある、パソコンなどのさまざまな電子機器が置いてある机で頬杖をついている男を見て、緊張していた。
静寂した空間。響いていたのは、日曜日午後の一時を指し示す時計のネジの音だけであった。一秒ごとになるその音を聞くたびに、事務用のイスに座らされた未来の緊張の度合いは増していく。
「……で、なんのようですか?」
男は未来に話しかける。未来はその若い声を聞いて身を一瞬ビクリと振るわせた。
そして、黙り込む。何も、いえない。せっかく進まない話し合いに解決の糸口を見せた男の言葉を、未来は完全に無駄にしてしまったのだ。
再度、静かな時間が流れる。男は何も気にしていない様子だった。
そして、また少し時間が経ち、未来は意を決したように顔を上げた。
「あの……!」
だが、その先の言葉がでない。口を開いたまま、水槽の中の金魚のようにパクパクとさせるだけだった。自分に問いかける。なんで、なんで? なんで、何も言えないの?
「嫌なら、止めてもいいですよ」
その様子を悟った男は、ぶっきらぼうに言った。
「確かに、仕返し屋に来るほど憎い相手でも……たとえ、うざいからって、嫌いだからって……ネットで見るようなことをするほどじゃないかもしれませんしね。それに、耐えていたらいつの間にかお互い仲良くなっていて、二人そろってハッピーエンド……ということもありえますしね」
男がさらに続ける。未来は、その男の言葉の、「ハッピーエンド」の部分にピクリと反応した。直後に、頭の中に溢れ出す、今まであの集団にされた最低、最悪な行為の数々。
許せるわけがなかった。
ハッピーエンドなんかに、できるわけがなかった。たとえそのときには、全員の仲が深まっていたとしても。
第一に、今こうして自分がこの場所に来ている段階でも、彼女たちはヘラヘラと笑い、また月曜日にでもなれば自分に嫌がらせをして充実したときをすごすのだ。そんな何も考えていない、自分さえよければそれでよしという奴らが、少しでも報われる。特にこれといった制裁もなく。それがただ、腹が立って腹が立って仕方がない。
未来の怒りが、記憶とともに体に募る。ヘドロよりも、廃油よりもドロドロとして吐き気を催す感情。それがあふれたとき、彼女は強い目を男に向けて、言い放った。
「青山美和を、つぶしてください!」
すると、未来の視線を感じた男はにやりと笑い出した。
「わかりました。……では、そのために協力してください」
「協力……ですか?」
「はい。内容は、後ほど説明します。とりあえず今は、契約書にサインを」
男はそう言って机の引き出しから紙とボールペンを取り出した。
「申し送れました。僕は、赤坂啓吾。以後よろしくおねがいします」
◇ ◆ ◆ ◆
『大体話はわかりました。では、明後日にこの仕返し屋でバイトをしている、雪山高校の男の子に連絡をして早く学校に来てもらうようにします。彼のクラスは一のAです。まずは、彼と出会ってください』
未来は啓吾にそう言われ、今日は朝の七時に学校へと到着していた。自身のかばんを自分の教室、一のDに置いて、少し離れている一のAへ向かった。
しばらく走って、Aクラスの扉を開けると――白い封筒を眺めている、一人の男子生徒がいた。まるで小学生のようにきれいな肌で、目が大きく子供のようだ。
「あの!」
未来は男子生徒に話しかける。するとその男子生徒は、未来の顔を見て「何?」と答えた。
「あなた……協力者、ですか?」
未来がそういうと、男子生徒はハッとした顔をして、手紙を机の中にしまって立ち上がった。
「あー、あんたか」
男子生徒の身長は、未来と同じくらいだった。未来は大体身長百五十五センチ。その体が、如何に小さいかよくわかる。
「まぁ、あんたがくること“だけ”は聞いていたよ。んにしても、あの人は俺の扱いが本当に雑なんだからさ。今日俺がここに来たの、朝の七時だぜ? それに言われたのっていったら、依頼者が来るからここに早く来いってのと、あんたとターゲットの名前、あとは仕事内容だけだぜ? ふざけんなよってーの。第一さ、普通こういう時ってあんたの現状とかターゲットの現状話さない? 彼氏がいるとか、彼女がいるとか、こういう性格だとか。だろ?」
「エ? あ、はぁ……」
不満たらたらだ。椅子から立ち上がった、背の小さなこの青年が発した一連の言葉の中にため息が三つも四つも混じっていた。
「あ、俺の名前は若山怜斗だ。よろしく。……んにしても……」
怜斗はそう言って、未来の顔をじろじろ見る。未来はその視線を激しく感じて、よくわからない不安が胸を襲った。
しばらくして、怜斗はにっこりと笑って、大声でしゃべりだした。
「いやーさ、いくら仕事って言ってもこんなかわいい子が俺に会いに来てくれたって考えると、うれしいなー!」
「えぇ? え、えぇ?」
未来は混乱した。ほとんど初対面の人間に突然かわいいと言われたのだから。なにより、今までの会話の流れでその話にたどり着くことがわからなかった。
「あ、あんたの名前は聞いてるよ。白雪未来ちゃん♪ ……珍しいよな、白雪って苗字。あとでりんごでもあげようか?」
怜斗はそういいながらヘラヘラ笑った。未来は、よくわからないうちに進んでいるトークに戸惑い、苦笑しつつ、横道にそれていっている話を戻した。
「あの、そんなことよりも、昨日啓吾さんに言われたことを……」
「ああ、そうだな。……もう、あらかた知ってるよな? まず確認しよう。昨日、なにか渡されたでしょ?」
未来は、怜斗の言葉に頷いた。そして、スカートのポケットに手をいれ、あるものを取り出した。
携帯録音機だ。その携帯録音機を、怜斗は未来から取り、穴が開くほどにそれを見つめた。
「へぇ、いいやつじゃん。少し充電したら、半日以上使えるやつだよこれ。あぁ、わかってると思うけどスイッチ忘れんなよ。それ押してないと、パァだから」
「うん」
未来はそう頷く。それを見た怜斗は、「よし」と言ってさらに続けた。
「あとは簡単。それで、証拠を集めてきてほしいんだ。お前の場合は……その……」
言葉につまり、何も言い出せなくなってしまう怜斗。彼のその言葉の先を、未来が繋いだ。
「……いじめ、ですね……」
「ああ……うん。そう、確かにそう……。
あ、でもよ! 安心しろ! いじめってのは、一番やりやすいって啓吾、言ってたしよ! それに何かあったら俺がいる! 守ってやるから大丈夫だ!」
怜斗が無理に笑顔を作って、明るく未来に返す。その不自然さが未来に伝わってしまい、未来は結局、怜斗が意図したこととは逆に、顔を下に傾けて泣きそうな顔になった。それを見た怜斗の戸惑いは、さらに大きくなり、彼は身振り手振りを大きくして語りだした。
「げ、元気出せって! 大丈夫! うまくやればなんとかなるって! そりゃ、バレたらとか、それ以外にも怖いだろうけどさ……俺もいるし、大丈夫だって! な?」
怜斗はそう言って未来の肩を叩いた。
「……うん。わかった。あ、じゃあ私、そろそろ元のクラスに戻るね」
「おう! お前、何組だっけ?」
「D組」
未来はそう言って、走って元の教室へ戻っていった。
◇ ◇ ◆ ◆
未来が教室に戻ったあと。彼女は、今日の授業に必要なものを机の中に入れていた。数学のノート、英語の教科書や単語帳。電子辞書。
「……あ、理科のファイルあっちだ」
未来はそう言って、教室後ろにあるロッカーに向かって駆け出した。出席番号は二三番。女子生徒では番号順は八番目くらいになる。
そして、彼女は自分のロッカーを漁りだした。ガサガサと、手探りで理科のファイルを探す。そして、見つかった。未来はそれを手で掴んで、勢いよく引っ張る。
直後、理科のファイルとともにその横に置いてあった、国語のノートや教科書がともに飛びだし、地面にバラバラと落ちてしまった。
「あー……最悪」
未来はそう呟いて、落ちた国語のノートや教科書を拾おうとする。彼女が教科書を手にして、それをノートの上から持ち上げた時。未来は、思わず固まってしまった。
落ちた拍子に開かれてしまった、国語用の緑色のノート。その中には、大きな文字ではっきりと、そして書きなぐるように、自身への悪口が書かれていた。死ね、キモイ、ブス、近寄るな、臭い……それらの言葉一つ一つが、頭の中で反響して彼女の胸に鉛のような重たい心を募らせる。
「‥‥‥‥‥‥これも、証拠だよね」
未来はそうつぶやいて、国語のノートを手に取ってリュックの中へ入れた。そして、そのリュックを廊下のバックをかけるためのフックにかける。そうして、何事もなかったように自分の席について、本を読み始めた。
しばらくすると、廊下の方から足音が聞こえてきた。コツコツ、コツコツ、コツコツ。その音は、一つだけではない。どうやら、数人のもののようだ。未来はその音に聞き耳をたてていた。もしかしたら、美和たちかもしれない。そんな不安が、その行動をさせていた。
しかし、教室の中へ入ってきたのは全く別の女子たちだった。未来はそれで思わず、ホッと胸をなでおろす。そして、再度本を読むことに集中しだした。
だが――それからほんの数秒後に、その女子たちは未来のもとへ集まり、彼女と彼女の席を取り囲う様に立った。未来はその威圧感に思わず、緊張してしまう。
「……ど、どうしたの? みんな?」
未来が尋ねる。すると、周りを取り囲った女子の一人が、机を両手のひらで勢いよく叩き、未来に迫った。
「あんた、この前美和の彼氏取ろうとしたでしょ?」
「……え?」
どういうこと……? 彼女は心の中で呟いた。口に出さなかったのは、抑えたからではない。あまりに、あまりにも唐突すぎて、喉が強張ってしまったからだ。
「え? じゃないわよ。なんか言いなさいよ」
「え? あ……私、何もしてないよ?」
緊張のあまり細くなった声をつかい、精一杯に言った。しかし、周りを取り囲んだ数人の女子にはそんなものきかなかったようで、また別の女子が「嘘つくんじゃないよ! 取ろうとしたんでしょ!」と言って未来に迫った。
「そ、そんなことないよ! 私、何もしてないし、何もしようとしてないよ!」
「嘘つくんじゃないよ! 昨日、タイムラインにのってたんだから!」
「え? た、タイムライン……?」
未来は思わずそうつぶやいた。直後、女子たちの内の一人が、「これよ!」と言いながらスマートフォンの画像を未来に見せつけた。
そこには、確かに映っていた。美和の書いた文章が。そして、“未来が浮気をしようとした”という文章が。最悪だ、最低だ、人の彼氏を取ろうとするなど人間ではない。そうやって、さも自分が被害者であるかのような言葉が、メール言葉で羅列している。
「どう? これで反論できないでしょ」
「ちょ、おかしいよ! 私、本当にそんな気持ちないんだよ! こ、こんなの嘘か勘違いかに決まってる……!」
「証拠はあるの?」
さらにくる一言。未来は思わず「え?」と聞き返してしまった。
「証拠はあるのかって言ってるのよ! あるよね? だってそこまで言い張れるってことは、それくらい用意してるってことだよね?」
あるわけがなかった。そんな都合よく、物を用意できているわけがなかった。だから、未来はこの言葉に対して何も言えなかった。しばらく黙っていると、女子の一人が「ほら! やっぱり嘘じゃない!」と声を上げる。
「証明もできないのに、自分の身の潔白をいうなんてアッホらしい! そうやって嘘ばっかりついているから、こんな目にあうのよ。自業自得よ!」
周りの女子たちが、そうよ、そうよと騒ぎ出す。未来を取り囲んだこの場所だけが、まるで壁が迫ってくるように息苦しく、窮屈になった。息が上がる。その雰囲気だけで胸が圧迫され、気持ちの悪い何かが上がってくる。
未来はとうとう我慢できなくなった。口を押さえて、その取り囲まれた場所を無理に脱出すると、トイレに向かってかけた。そして、便器の中に向かって吐いた。
◇ ◆ ◆ ◆
もうすぐ、もうすぐだ。
怜斗は、その時間を今か今かと待ち望んでいた。時計の針は、もう授業終了の一分前。
「……であるからにして、この式とこの式が一緒であることは成り立つ、ということになります」
黒板の前で、数学の教師が証明を教えている。しかし、今の怜斗にそんなことは聞こえていなかった。とりあえず、この地獄の一時間。乗り切ることのみを考えて。
そして……とうとう、チャイムがなった。それと同時にクラス会長が号令をして、授業が終わりを迎える。
直後、怜斗は席に持たれて「ふぇー」と声を出した。
「いやー、危なかったー。すまんな、伊泉さん。教科書見してもらって」
「あ……別にいいよ、それぐらいなら」
「いやいや、マジでありがとう。今回はそれで乗り切れたよ」
怜斗は自分の隣の席にいる女子生徒、伊泉詩恵に頭を下げた。詩恵は、「別にそこまでしなくてもいいよ」と言って、席を立つ。
「じゃあ、私次の情報の授業の準備するね」
「あいよ」
怜斗はそう言ってから、机に突っ伏した。しかし数秒後、ポケットの中に入れたスマートフォンがブルブルと震えだした。なんだろうか、と思って見てみると、彼の幼馴染である親友、秋山誠治からメールが届いていた。無料のラインではなく、メールを使ったのは単純に、怜斗への嫌がらせのためだ。
「ったく、またメールか……」
怜斗は彼のそんな嫌がらせに対し、不快と思ったことはない。というよりも、嫌がらせであることに気づいていない。しかし、彼が例えそれを認知したとしても、怜斗は気にすることもないだろう。
怜斗がメールを開くと、そこには一枚の画像が貼り付けてあった。それは、丸刈り頭の強面、誠治と彼のガールフレンド、脇本加奈の二人が写ったものだった。
<昨日、一緒にまたデートしてきたぜ! 相変わらず、加奈はかわいいったらなんの! これはその時の写真だぜ。お前も、いい彼女作れよな。あ、そのときは俺に紹介しろよ。わかったな?>
「へいへい、わかりましたよって、なんでこれを今送ってくるんだよ。別に学校終わった後でいいじゃねーか」
怜斗はあきれながらメールを閉じる。加奈と誠治の仲の良さは、怜斗自身重々承知であった。二人が付き合いだしたのは、もう二年も前の話だ。つまり、怜斗たちがまだ中学二年生のころ。ふざけあいながら互いに過ごしていたところ、いつの間にかお互いに好きになって付き合いだしたらしい。こうやって、純愛アピールをする者の恋愛はすぐ壊れるというのが常だが、誠治と加奈は別だった。そのアツアツさは、この学校中のありとあらゆるところで話題になっている。今現在、加奈と誠治は別々のクラスだ。誠治は隣のB組、加奈はD組である。
「っと、次は情報……ふぁぁ~あ、眠いなぁー……」
怜斗はそう言って情報の教科書を手に、コンピューター室へ向かった。
◇ ◆ ◆ ◆
昼食の時間。直前の時間が体育だった未来は、更衣室で制服に着替えた後、教室へ戻ってきた。フックにかかっている自身のリュックの中から、弁当箱を取り出そうと中を漁る。
――あれ?
無い、無い、無い。どこをどう探しても。リュックの中に、自分の弁当箱がなかった。
手探りで、かき回すように中を探る。しかし、手に当たるものはノートや教科書のみ。直後、未来の頭に悪い予感がよぎる。
念のため、念の為に確かめてみようと思った。現実になることを、恐れながら。ならないことを、願いながら。しかし、その願いは無残にも打ち砕かれ、恐怖は現実のものになってしまった。
ゴミ箱の中に、弁当箱が入っていた。さらに、その中身は全てぶちまけられていて、もはや食べられるものではなかった。
ふと、周りのみんなが自分を見て、笑っている錯覚に陥った。そんなことは、実際ない。しかし、どうしても、どうしても誰も、信じることができなかった。あいつも、こいつも、みんなして、自分を笑っている。
ゲラゲラと、くすくすと。汚く、醜く、気持ち悪く、そして、満足そうに。未来は、それに耐えられなかった。ダッと外に駆け出して、外の空気をめいいっぱい吸う。自分の教室という空間外の空気を。
しばらくして、落ち着いた彼女はしょうがないので学校で売られているパンを買いに行くことにした。しかし、もう時間も経った頃。残っていたパンはわずかで、さらに一番人気のない、味のないコッペパンだけだった。しかし、無いよりはマシ。そうして、少ないお金で彼女はそれを買った。
そして、しばらく時間が経った昼休み。もう残りわずかの時間を、学校の者は皆、満喫中だ。ただひとり、未来を除いて。
教室の中。未来は居心地が悪いと思いながらも、次の授業への準備を進めていた。次に始まる教科は、社会。そして、その授業の教師は恐ろしいことで有名だ。少しウトウトしたら、すぐに説教を開始する。遅れるなど、もってのほかだ。
しかし、その授業への用意の途中、彼女はトイレへ行きたくなった。間が悪い。しかし、行かなければ漏れてしまう。迷っている暇などなかった。
女子トイレの中へ駆け、個室に入って用を済ませる。洋式便器が、少し暖かい。
そして、やることを終わらせた彼女はトイレットペーパーへ手を伸ばした。直後――上から、大量の水が彼女を襲った。水は瞬く間に未来を濡らし、床に水たまりを作る。未来はぽたり、ぽたりと自身の手から落ちる水滴を払い、目をこすった。目の中に水が入ってしまったのだ。
すると……耳の中に、とてつもなく小さな笑い声が聞こえてきた。クスクス、クスクス。未来はその声の主が誰なのかをすぐに察知した。いつもならば、ここでじっと隠れてやり過ごす。しかし、今回は違う。自分には今、携帯録音機という武器があるのだ。未来はそれのスイッチを押して、個室の外へ飛び出した。
そして、未来が四つの人影を見ると、やはり、美和たちだ。彼女たちはまたしても、満足するために自分をおもちゃに使ったのだ。そう考えると湧き上がる、激しい怒り。
どうやら美和たちにとっては、未来が個室を飛び出して来るのが意外だったようだ。びっくりして目を丸くしている。しかし、しばらくすると美和が微笑みながら未来に近づき、彼女の耳元でささやいた。
「…………」
空間には響かなかったその声。しかし、未来の耳にはしっかり聞こえていた。言うことを言った美和は、冷酷な目で未来を睨み、そのまま去って行った。
四人がいなくなってしばらく。未来はスカートのポケットに入れた携帯録音機のスイッチを切り、そして、音声を再生させた。
しかし……そこに聞こえてきたのは、クスクス、という小さな笑い声と、個室の戸を勢いよく開けた時の音のみ。しっかりとした声など、一つも入っていなかった。もちろん、未来の耳元でささやいた一言も。
未来はそれを確かめたあと、ただひとり、呆然とそこで立ち尽くしていた。
◆ ◆ ◆ ◆
怜斗はスマートフォンを片手に、生徒玄関の下駄箱にもたれかかっていた。生徒玄関にいる意味は特にないのだが、彼はよくなんとなくで妙な場所にいるのだ。ちょうど、散歩をする気持ちで昼休みにトコトコと歩きに行くことも多い。
今現在、彼がスマートフォンを見ている理由。それは、未来の知り合いなどを把握するためだ。自分がラインを持っている者に、「白雪未来っていう子知ってる?」と手当たり次第にメッセージを送る。
ちょうど、誠治にメッセージを送った直後。すぐに返信がきた。怜斗は、相変わらず返信が早い奴だな、と感心しながら内容を見てみる。
<白雪なら知ってるよ。でもどうしたんだ突然? もしかして、恋か?>
怜斗は素早くメッセージを返す。
<ちげーよ。まあ、なんでもいいから教えてくれよ、あいつのこと>
理由をはぐらかしたのは、彼が未来に対し抱いている感情からだ。いじめの話を、他人に持ち込むわけにはいかない。余計な面倒を作り、未来にさらなる苦労を強いないための彼なりの思いやりだ。
直後に、またメッセージが送られてくる。
<なんだ? まあいいや。俺はそいつのこと知らないんだけどよ、加奈がそいつのことやたら心配してんだ。なんか、いじめられてるとかなんとかで>
<ああ、加奈か。確か同じクラスなんだよな?>
<そうそう。どうにかしたいらしいけど、自分もいじめられるのが怖くて何もできないんだと。なんかすっげぇ悩んでるみたいだった>
<そうか>
離れた場所でラインのやり取りを繰り返す二人。すると、誠治のメールの、雰囲気が一気に変わった。
<な、怜斗。どうにかできないのかな? 俺さ、加奈が嫌な顔してるの見るの嫌なんだよ。ほら、あいつって優しすぎる所あるっていうか……そんなのだろ? だからさ、白雪のいじめ……どうにかできないのかな? 俺は柔道で忙しいし……。まぁ、無理だよなー>
怜斗の頭の中で、言葉がサラダのように掻き回される。どうやってメールを返せばいいのか、悩んでいるのだ。そして、そのサラダをメールという皿に悩みながらも、うまく盛り付けていく。
<どうにか、か。……んー、正直さ、俺もどうにかしたいんだよ。この前さ、偶然泣いてる所見かけちゃって。なんかあったみたいでよ、気になるったらありゃしないってか……>
しばらく待つと、返事が返ってきた。
<そうか……。なあ、俺も協力するよ。とりあえずさ、どうすればいい?>
誠治の返事を見た怜斗。彼は直後、心の中でガッツポーズをした。狙っていたわけではないが、誰よりも信用できる親友が仲間に加わってくれると、嬉しい。怜斗はすぐに、指示を出す。
<んー、とりあえず……白雪を知っている人から当たっていきたい。ほら、いじめってそもそも孤立させなきゃ始まらないだろ? だから周りを取り囲んで、そもそもいじめができなくしちまったら……ってこと>
理由付けも何もかも、思いつきだ。しかし、どうやら誠治は納得したようで、ほんの数秒で返事が返ってきた。
<わかった。なら、とりあえず俺のクラスの奴あたってみるわ。竜喜あたりが、協力してくれそうだけど>
<ありがとう>
怜斗はそして、スマートフォンを切ってポケットに入れた。ふぅ、とため息をついて天井を見上げると、カツカツと足音が聞こえてきた。なんとなく、なんとなく怜斗はその足音に反応して、後ろを振り向くと……。
体中を濡らし、地面に足を着くたび水滴を落としている未来が、そこにいた。
「なっ! おい、白雪!」
怜斗は思わず彼女の名前を叫ぶ。未来はその声を無視して、下駄箱でさっさと靴を履き、玄関から飛び出してしまった。怜斗は苦々しい顔をしながら、「クソッ!」と吐き捨て彼女を追った。焦っていたため、履物は内ズックのままだ。
外に飛び出した怜斗は、そのまま彼女を追う。そして、校門から出てちょっとしたところで、ようやく未来を捕まえた。掴んだ肩が濡れて、手に水が着く。
「白雪! お前、どうしたんだよ! なんで、濡れてるんだよ!」
怜斗が声を荒らげて尋ねる。未来は、聞かないで体を振り続けるばかりだった。
「落ち着けって、お前!」
怜斗は未来を回して、強引に自分の方を向かせる。そして、逃げられないように両肩をがっしり掴み、尋ねる。
「どうしたんだよ! なにがあった……って……」
思わず、声が出なくなった。未来は、その濡れた体に涙を隠していたのだ。目から落ちてくる、水道水とは別の物。流れるそれは、まるで滝のように絶え間ない物だった。
「……白雪、どうした……お前……」
怜斗は、ゆっくりと白雪の肩から手を離す。白雪は、もう逃げようとしなかった。代わりに、彼女は地面にへ垂れ込んで、声を漏らした。
何か、伝えようとしている。だけれども、嗚咽としゃっくりのせいで何を言っているのか聞こえ辛い。
「落ち着け、ゆっくり、落ち着いて」
怜斗は優しい声で彼女の背中を撫でた。少しづつ、少しづつ彼女の声が、聞こえるものとなっていく。
「わた、し……あいつに、いわ、れて……せんせ、いにいっ、たら、あのしゃしん、ばらまくって……」
聞こえた。怜斗の耳に、はっきりと聞こえた。確かに、聞こえづらいものだったが、その声は確実に、怜斗の耳に正しく入ってきたのだ。
怜斗の頭に、嫌な予感がよぎる。そもそもこの話を、彼はあまりよく知らない。ただ、美和が未来をいじめていた。だあら彼女を、潰す。それしか話を聞いていないのだ。具体的ないじめられ方も、なにも聞いていない。
「……写真って、なんだ?」
頬を伝う汗。怜斗からしたら、それはまるで自分の心臓の温度を奪っているかのように感じた。少し落ち着いて、未来が小さくもらす。
「……私の、裸……」
怜斗の予感は、的中してしまった。ドラマなんかではよくある光景。しかし、まさか自分がこんなものに鉢合わせするとは思わなかった。同時に、熱い蒸気よりも熱を持った怒りが、彼の心の中から沸いてくる。
「……マジ、かよ……」
怜斗の頭で、言葉がこだまする。くそったれが、そこまでするかよ、普通? と。
今にも動き出してしまいそうな程に溜まった怒り。しかし、彼にその行動をさせなかったのは、目の前で泣き崩れている未来の存在が大きかった。彼女を放っておいたまま、どこかへは行けない。
「……わかった、わかったよ白雪。……なぁ、一回よ……学校、無断で出ることになっちまうけど……仕返し屋に、戻ろう? 俺、鍵あるしよ。それに、それじゃあ風邪ひくし……な?」
怜斗が優しく言うと、未来はこくり、こくりと頷いた。怜斗は彼女を、仕返し屋がある路地へ優しく誘導して、中へ入った。中には誰もいなかったが、怜斗は彼女をかってにあげて、ひとまず別の部屋から女性用の服を持ってきてあげた。
◇ ◆ ◆ ◆
放課後。美和たち四人は、喋りながら街を歩いていた。特にこれといった特徴の無い路で、歩いているのは彼女たちだけではなく、早く仕事が終わったサラリーマン、買い物が終わったおばさん、リュックを背負った、背が高く痩せこけたやつれ顔の男、子連れの母親、デート帰りの大学生……などなど、多数の人々が、この道を行き来していた。
「……あ、そーいやさー」
美和はふと、何かを思い出したようにカバンの中から、緑色のノートを取り出した。そこには、白雪未来の名前が書いてあった。
「まっさか、これを回収してたなんてね。ほんと、気づいてよかったー」
美和がそう言うと、三人の女子はふふふ、と声を漏らして笑った。
「ね、これどうしたほうがいいと思う? すごく邪魔なんですけど」
美和が三人に問うと、その内の一人が、「そこらへんに捨てちゃえば?」と言った。
「それもそうね」
美和はそう言って、ノートをぽい、と道端に捨ててしまった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ただいまー」
リュックを背負った啓吾はそう言って、仕返し屋の中へ入ってきた。時刻は、六時。入口へ入ってすぐに見える、大きな机の椅子に座った怜斗が、「どーもー」と返事をした。
「怜斗くん。君、そこが誰の席だか知ってるのかい?」
「どっちのでもないでしょ。ここはあくまで、パソコンを使う席」
怜斗はぶっきらぼうにそういった。啓吾が、「むー」と言ってため息を吐く。
「今から僕、ちょっと作業したいんだけど」
「あ、じゃあいいや」
怜斗はそう言って椅子から降りて、慶吾に席を譲った。そして、客用のソファーに座って、天井を見上げる。
「……誰か、いるのかい?」
啓吾は風呂場から聞こえてくるシャワーの音を聞いて、怜斗に尋ねた。
「白雪ですよ。お母さんには、電話をかけさせておきましたから」
「……ふーん」
啓吾はそう言うと、机の引き出しからペンを取り出し、それを持って脱衣所へ。そしてしばらくすると、そこから悲鳴が聞こえ、その後啓吾が何事もなかったように、ペンを持ったまま出てきた。
「怒られませんでした?」
「ばっちり、大丈夫なはず」
啓吾はそう言って右手の親指をグッと立てた。直後、脱衣所からピンク色の服を着た未来が啓吾に近寄り、彼の頬を全力で叩いた。爆竹を思いっきり踏みつけたような音が仕返し屋内に響く。
「ばっちり、叩かれたよ」
啓吾は地面に沈んだ状態で、震える右手の親指を立てた。怜斗が「よかったですね」と答えると、直後に未来が怜斗の頬も全力で叩いた。やはり、爆竹のような音が響く。
「ってーな! なにすんだ!」
「なんでお風呂入れるところ、止めなかったんですか! 見られたじゃないですかー!」
未来が怜斗を睨みつけるように言うと、啓吾が後ろから、「あ、大丈夫。曇りガラスで見えなかったから」と言うと、未来は再度彼の頬を叩いた。
「もう! 知りません!」
未来はそう言って、仕返し屋の二階へ続く階段を上っていってしまった。それを呆然と見つめる、取り残された二人。するとふと、啓吾が怜斗に声をかけた。
「出番だ、怜斗くん。君の力で彼女をなだめてきてくれ」
「冗談きついぜ」
◇ ◆ ◆ ◆
カチリ、とスイッチが入る音がして、未来のまぶたに電灯の光が当たった。まぶたを閉じていても、目が光を感じる。少しもぞもぞと動いたあと、未来は上半身を起こして、目をこすった。
「おはよう」
寝起きのせいか、少しぼやけた視界にその声の主が映る。啓吾が、この部屋の椅子に座って未来を見つめていた。
「君、勝手に寝ちゃうから大変だったよ。あ~あ、今日は布団で寝られなかったなぁ~」
啓吾はそう言ってあくびをした。腰を曲げるたび、「いてて」とつぶやいて腰を抑える。未来はしばらくして、ボーッとしていた意識を覚醒させ、啓吾を睨んだ。
「変なこと、してませんよね?」
「僕ED。できるわけないでしょ」
驚愕の事実をあたかも日常の一部のように暴露する啓吾。未来が目を点にしていると、啓吾は立ち上がって部屋の扉を開けた。
「下、おりますよ?」
啓吾はそう言って階段を駆け下りていく。未来はゆっくりと立ち上がって、その後を亀のような足取りで追った。
追っていくと、彼が食事をするときに使っている部屋に出た。一人暮らしの割には少し大きな机に、手際よく啓吾が二人分の食事を置いた。
「どうぞ」
未来はそういった啓吾に頭を下げて返し、食事を取り始める。そうして二十分くらいで食べ終えたあと、彼女はふと時計を見た。
時刻は既に、七時三十五分。毎朝三十分には学校についていた彼女にとって、これはありえない時間だった。
「ちょっと! のんきに食事してる場合じゃない!」
「え? 八時二十五分までにつけばそれでいいんでしょ?」
未来は慌てて扉を開けながら、「洗面所どこですか?」と尋ねた。無視をされたことに少々不満気味な顔をした啓吾は、「あっち」と指をさして、未来がその方向へと走った。
洗面所は脱衣所のすぐ隣にあった。中に入って、鏡を見る。髪の毛がかなり乱れていた。未来はすぐ近くにあったくしでそれをとき、それが終えると歯ブラシを探した。だが、ここは自分の家ではない。当然歯ブラシも自分用はあるわけがなかった。仕方なく三本並んだ歯ブラシのうち、ピンク色の物を取り出して歯を磨く。
「それ、怜斗くんのですよ」
後ろから啓吾の声がした途端、未来の動きが止まった。顔が徐々に赤くなる。
「……嘘です」
「嘘つかないでください!」
未来は大声をあげながら啓吾を見る。彼の手には、乾かした制服があった。
「なんで、私の制服が?」
「洗って乾かしておいたんですよ。あ、置いときますねー」
啓吾はそう言って胸ポケットにペンが挿してあるブラウスとスカートを隣にあったかごのなかに入れた。未来が「ありがとうございます!」と早口で言うと、啓吾が「あ、あの時計十分遅れてますから」と切り返した。未来はそれを聞いてさらに焦る。
そして制服に着替え、一通りの準備を終えた彼女は、仕返し屋から出ようとした。すると、啓吾が「ボイスレコーダーのスイッチ、入れておいてくださいね」と言ってきた。未来は「わかってます!」と早口で言って、ポケットの携帯録音機のスイッチを押した。これで、録音が開始されたということだ。
仕返し屋と未来の通っている高校は目と鼻の先にある。未来は急ぎ足で学校の校門を抜け、生徒玄関で内ズックに履き替えた。そして急いで教室に向かっていると、突然女子トイレから、一人の女子が飛び出してきた。
「ハイストップー」
未来の目の前に、突如飛び出した彼女。それは、美和だ。未来が驚いて足を止めると、美和はニコニコと笑いながら未来を女子トイレの中に強引に誘い込んだ。
女子トイレの中に入らされた未来。一番奥の壁まで追い詰められた彼女の視界に、美和たち四人が映る。後ろの三人がクスクスと笑いながら、自分を追い詰める美和を眺めていた。
「あんたさぁ、あの国語のノート……どうするつもりだったの?」
未来の脳裏に、緑色のノートが浮かぶ。あさはかだった。リュックの中に弁当を入れておいたのなら、それを取り出された際に例のノートを発見されていても、おかしくはなかったのだ。
咄嗟に嘘をつく。
「あ、あれは……国語の勉強に……」
強ばった喉。そこから出てくる声は、あまりにも怪しく、あまりにも嘘のようだった。美和が未来の後ろの壁を手のひらで叩き、「ウソつくんじゃねぇよ!」と怒鳴る。
「ねぇ、嘘つかないでよ。本当は、センコーにチクるつもりだったんだろ? ねーえー? 聴いてるんだけどー?」
美和が未来を見下す。怖い、怖い、怖い。体が震える、膝が笑う、涙がこぼれ落ちそうになる。
「……答えらんねーってことはさ、図星だよね?」
美和が笑うと、拳を固く握り締めてそれを未来の腹部へ勢いよくぶつけた。腹に勢いよくねじ込まれる、その拳。それは確実に未来の内蔵を刺激して、吐き気とともに絶望を沸き上がらせた。
「ゲホッ、ゲホ、ゲホ」
未来はそのまま地面にへたれ込む。顔が青白くなっていく。美和はそんな未来の髪を掴み、彼女を無理矢理立たせた。
「なに座ってるんだよ。なぁ、私言ったよな? チクったら写真ばらまくぞって」
美和がさらに、腹部を殴り続ける。なんども、なんども、なんども。
殴る、殴る、殴る。それとともに沸き上がってくる吐き気と胃液。未来の口から、ヨダレがだらりと垂れた。美和が「うわっ、きたね」と言いながら、なおも殴るのをやめない。
未来はこの時、心の中を絶望の二文字で染めていた。しかし、その中に少しだけ、希望があった。今こうして殴られていることも全て、録音されている。それが決定的な証拠となるのだ、と。
これでもう終わる。この一度を耐えることができれば、全て終わる。もう苦しまなくて済むのだ、この地獄から抜け出せる。そんな希望だった。
しかし、殴られている最中……当然、体は震えている。殴られるたびに、体がうめき声をあげていたい、いたいと全身で叫ぶ。そうして、動いていると……ポケットから、それが落ちた。
携帯録音機。トイレの硬い地面に落ちたそれは、音をトイレに響かせた。未来はそれを見た瞬間に、その落ちる音を聞いた瞬間に、心の中が絶望で満ちた。もはや、わずかな希望も打ち砕かれた。
「……なぁに、これ?」
美和がそれを拾い上げる。未来が思わず、横を向いた。恐ろしすぎて、彼女を直視できない。
「……あなたまさか、私たちの声とか、全部録音していたの?」
未来は答えない。だが、美和たちにも答えはわかっていた。そう、録音していた。最初から全て。未来の膝が、より一層震えだした。後ろの三人が、「やばいよ、やばい」と言い出す。美和の目が、修羅のように怒気を帯びたものに変貌した。
「……ざっけんじゃねぇよ!」
美和がそう言って未来の顔を殴り、地面に倒す。そして、そんな彼女の背中を、なんども、なんども踏んだ。強く。
「てめぇ、こんなことまでしてなにがしたかったんだよ! なに? 私たちを脅そうとしたの? ふざけんなよ! てめぇの自業自得だろうが! なんでてめぇのけつを私たちが拭かなきゃなんないのよ! ええ? なんか言えよクソビッチ!」
強く、強く、強く。もはや未来に抵抗できるだけの力はなかった。しばらくして、後ろの三人のうち、一人が「もうやめなよ」と言って、美和を抑えた。息を荒げる美和。ふぅ、と小さく深呼吸をしたあと、「それもそうね」と言葉を返した。次に、未来を見下して、言う。
「おいあんた、ぜってぇこんなことセンコーにチクンなよ! それと!」
美和がそう言って地面に携帯録音機を叩きつける。そして、それを全力でなんども踏み、壊した。
「これでもうあんたの企みは終了だよ! ざまぁみろって!」
「い、行こう、美和」
三人に言われて、息を荒げたまま女子トイレを後にする美和。未来は、何もできずしばらくそこで倒れたままだった。
目の前に散らばる、携帯録音機の部品。バキバキに割れた液晶。もはや、形を成してなかった本体。目に涙が浮かんだ。これからこのようなことが起これば、最初に身体検査が始まるに違いない。それも、すみずみまで。となると、もういじめの証拠を残せるものなど見受けられない。
チャイムが鳴り響く。すると未来はゆっくりとボロボロの携帯録音機を引き寄せた。
「……もう、証拠……無くなっちゃった。また、一から……。
もう嫌だ……もう嫌だよぉ……」
未来は目からポロポロと、大粒の涙を流した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
放課後のホームルームが終わった直後。怜斗は家に帰る準備をしていた。バッグの中には、大量の参考書が入っている。すると隣に座っていた詩恵がリュックを背負って立ち上がり、教室の外へ向かっていった。
「じゃーなー詩恵」
怜斗はなんとなく彼女へ帰りの挨拶をする。別に恋愛感情だとか、そういう深い意味はない。怜斗は女子であろうとも普通に話しかけたり、触れたりする案外パーソナルスペースの狭い男なのだ。
「うん! じゃあね!」
それに返答した、詩恵の声。なんだか嬉しそうだった。怜斗は大きくあくびをしたあと、ロッカーから今日の宿題を取り出して、バッグの中に詰め込んだ。すると、怜斗のスマートフォンが震えた。
怜斗はなんだろうか、と思いスマートフォンのロックを解くと、メールが一件追加されていた。
ファストフード店のメールじゃないのか? と眉をひそめながらメールを開く。送り主は誠治だった。怜斗はそれを開くと、目を見開いた。
<加奈が、美和の様子がおかしいって。それと、未来がバッグを残したまま来ないって。加奈の話だと、美和はいじめっ子らしいし、未来がいないって……なんかあったのか?>
それを見た怜斗は慌ててバッグを背負い、仕返し屋へと向かった。しばらくして、怜斗が仕返し屋の扉を開けると、そこには生気を失った未来の顔があった。そしてその横で、大きなパソコンを前にしてなにやら苦々しい顔をしている啓吾。
怜斗が、「白雪!」と未来に呼びかけると、彼女はゆっくりと怜斗を見た。彼女に近寄る怜斗。
「白雪、大丈夫か?」
肩に手を触れて、彼女の身を案ずる怜斗。未来は、不適にもふふふ、と笑いだした。
「もう、いいよ」
「……え?」
「もう、いいよ。もう、いい。録音機も……壊れたし、他に集めた証拠もない。また一からやり直し。もう、疲れた。もう嫌……。学校は、自主退学することにしたわ。……迷惑かけて、本当に、ごめん。ごめん……」
怜斗はなんといえばいいのか、わからなかった。かみ合わない話。絶望した彼女の目。全てが、あまりに暗くて。あまりに重くて。どうすればいいのか、必死に考えても浮かぶことがなかった。
「……未来さん。……あなた、アホじゃないですか?」
突然啓吾が声を出した。怜斗と未来は、ビックリして彼の顔を見る。
「あなたが損する必要は無いんですよ。むしろなんで損しなくちゃならないんですか? 悪いのは相手、でしょう。なぜ、あなたがそこまで苦しまなくちゃならなかったのですか? 僕にはわからない。
あなたが学校を辞めるとか、やめないとかは勝手ですよ。でも、それじゃああまりにも悔しくないですか? だったら、せめて……ただ辞めるんじゃなく、相手も巻き添えにしちゃいましょうよ。せめて一泡吹かせてやろうじゃないですか。
あなたが、復讐をやめる必要はないんです。だってそうでしょ? ただやられるだけじゃ腹が立つ。復讐はダメだとか言う人はたくさんいるけど、そんなことはないんですよ。だって、復讐を真に抑えるべき人は、やり返された側の人たちなのですから」
啓吾はそう言って、ニッと笑った。
「でも、証拠はもうないんですよ……」
未来がうつむいてそう言うと、啓吾がはっきりした口調で言った。
「あります」
その一言に驚いて、顔を上げる未来。啓吾はどこか得意げだった。
「お忘れですか? 証拠を集めていたのは、あなただけじゃないのです。僕も、怜斗くんも。集めていたのですよ、必死に。それに、君も。……僕たちにだって、勝機はある」
啓吾の一言の意味がわからなかった未来。だが、隣にいる怜斗は理解していたようで、彼女の手を握ってはっきりと言った。
「大丈夫だ、白雪! 俺が、俺たちが、必ずお前の復讐をしてやる! だから安心しろ。絶対、お前をいじめた奴らをギャフンと言わせてやる!」
怜斗がそう言うと、未来の目に涙が浮かんだ。そして、未来は何も言わずに首を縦に振った。
「よし!」
怜斗が立ち上がり、啓吾を見る。
「啓吾! 俺は、何をすればいい?」
「……そう、だね……。とりあえず、なにが起こったのか、そしてどうするのか、まとめよう。特に怜斗くん。君は美和たちを殴りに行きそうだったから、僕はあまり君になにがあったか、を知らせていない。なによりも、今回勝てるかどうかというのは、君が僕のミスを埋められるかどうかにある。……よく、聞いていてくれ」
啓吾はそう言って、今までにあったことを一つ一つ怜斗たちに説明していった。
◇ ◇ ◆ ◆
二日後。美和たち四人は校内放送で会議室へ呼ばれていた。面倒くさいと思いながらも、無視するわけにはいかない。そして今、彼女たちは会議室の前にいる。
「なんなんだろ? マジ」
美和は三人にそう言ってため息を吐く。三人がうんうんと頷いた。会議室の引き戸を開ける。
そこには、七人の教師がいた。校長と教頭、そして一年生のクラス、A、B、C、D、Eそれぞれの担任だ。
美和たちは、戸惑いを隠すことができなかった。学校の重役とクラス担任が総出で自分たちを待っている。通常、ありえない事態だ。美和たちにとって思い当たる節は、ただ一つ。
美和がふと、会議室の隅へ目をやった。そこには、自分たちもよく知っている存在、未来が、痩せて背の高い、やつれた顔の男、啓吾と共に立っていた。美和の心に、怒りが満ちる。
「四人に聞きたいのはただ一つだけです」
すると、突然校長が声をあげた。美和たちは驚いて彼の顔を見る。
「先日、そこにいる未来さんと、彼女の“保護者代理”として来ていただいている啓吾くんから、いじめを受けていると連絡が来ました。……あなたたちから。
それは、真実ですか?」
校長が美和たちに迫る。美和は思わず歯を食いしばった。未来の奴、今に見ていろ。すぐにでも、目に物を見せてやる、と。
「いいえ。覚えがありません」
美和はひとまずそう答える。はっきりと答えたのは、自信があると見せつけるためだ。
「しかし、あなたたちは以前も彼女をいじめた。……その言葉に、本当に、偽りはありませんね?」
「当たり前じゃないですか。むしろ、私たちは以前いじめていたからこそ、それについて猛省して、いじめないように決めたのですよ」
美和はまた、はっきり答える。いじめをしていた証拠は、あの時処分した。未来の持っていたボイスレコーダーは壊したし、緑色のノートも捨てたのだ。クラスの者たちも、面倒を嫌う人たちが多いため、おそらく正直には答えない。あとは、どれだけ教師の信用を得るか、だ。それについても、彼女は大丈夫だと踏んでいた。なぜなら……。
「ほら、やっぱりなかったじゃないですか!」
校長の隣にいる教頭が、そう校長に言った。ほかの教師たちも、頷いている。そう、これが理由だ。教師たちは自分が勤めている学校の評判が、少しでも悪くなることを嫌う。いじめっ子を糾弾していじめが周りに露見するよりも、いじめを無視して学校内に封じ込める選択をするのだ。
一時期、バーゲンセールのようにいじめが次々とあきらかになったことがある。あるいじめ自殺事件が起こったからだ。しかし、それも今はあまり叫ばれない。理由は簡単だ。もはや学校内に告発をしようとする人がいなくなったからだ。今現在、いじめアンケートで正直にいじめがあったことを書く者はおそらく少ない。
「ですから、ね。もう、終わりましょう」
教頭が徐々に話を終える方向に進めていく。朝のショートタイムが始まるのももうあと少し。時間も多く取れないだろう。
美和は内心笑っていた。話がうやむやになれば、大体後に引きずらない。今度こそ、黙らせればいいのだ、それで自分たちが危機に陥ることはないのだと。しかし……。
「あのぉ、僕たちに話しをさせてくれないのですか?」
突然啓吾が口を開いた。全員の視線が彼に集まる。校長が言った。
「確かに、啓吾くんの話しも聞いてあげないと」
「なっ……校長、しかし、もう朝のショートタイムが始まります」
「構わない」
校長がそう言うと、啓吾はにやりと笑って「ありがとうございます」と答えた。
「では、お話しさせていただきましょう。
美和、さん」
「……どうしました?」
美和は彼が自分の名前を知っていることに違和感を感じた。啓吾がさらに続ける。
「あなた、先ほど“自分には覚えがない”と言いましたよね? 聞いていて笑いそうでしたよ」
美和が啓吾の物言いに少し、神経を逆立てる。
「は? どゆこと? つまりさ、あなた私たちがいじめをしていたっていうの?」
「そういうことですよ」
啓吾が美和を睨む。美和はその視線を受けて、さらに腹が立った。
「はぁあぁ? あんた何言ってるの? 私がいじめ? なんも根拠がないくせーにそんなこと言わないでよねー?」
「いいえ。根拠ならありますよ」
啓吾はそう言って、未来に手の平を見せた。すると、未来は後ろに置いておいたリュックの中から緑色のノートを取り出して、それを啓吾に渡した。
「これが、根拠です」
美和の目はそれをはっきり映し出した。あの日、あの時。自分が捨てたノート。間違いはなかった。それには白雪未来と、名前が書いてあったのだから。
「なんですか? そのノート?」
心の中で不安を抱えながらも、美和はなおとぼける。啓吾が笑った。
「このノートには未来さんに対する悪口が大量に書き込まれていました」
美和はそれを聞いて、背中にとてつもなく冷たい氷を当てられたような気がした。啓吾がそのノートを開く。
「見ての通りですよ。大量の悪口が、ノートのありとあらゆるページに書かれています。これがどういうことか……美和さん、理解できますか?」
「は? ……マジで?」
「そうですよ。このノートが、未来さんがいじめにあっていたことを証明する物です」
美和の心にあった、偽物に違いないという期待がもろくも崩れ去った。しかし、それが彼女のスイッチを起動させた。
脳内を、あらゆる言葉が今までにないほどに駆け回る。この状況を、どうにか打破しようと。
「はぁ? あんた何言ってるのよ? そ、そりゃ確かにそのノートがさ、いじめがあった証拠にはなるだろうけど……だからって、私たちがしたとは限らないでしょ? 別の誰かかも知れないし、最悪、私たちを陥れるために作った偽物かもしれないじゃない」
「そんなわけはないのですよ」
啓吾は自信満々で返す。美和が歯を食いしばり、「だったら何を理由にそんなことを言うんだよ!」と口調を強くして啓吾を指さした。直後、啓吾はポケットからスマートフォンを取り出し、ある動画を再生させた。
『……あ、そーいやさー』
その声が、美和に鋭利な刃物となって突き刺さる。小さい画面だが、確実に見える。わかる。それが一体なんなのか。
そう、帰り道。月曜日、部活がないため早く帰れたあの日。自分が、ノートを、捨てた日……。
『まっさか、これを回収してたなんてね。ほんっと、気づいてよかったー』
『ね、これどうしたほうがいいと思う? すごく邪魔なんですけど』
『そこらへんに捨てちゃえば?』
『それもそうね』
一連の流れが全て移されていた。背後からの撮影だったが、所々顔が見えていた。言い訳は、できない。
「いやぁあなたたちは運がなかった。あの日実は僕もいたのですよ。たまたま近くを通りかかったら、変な女子高生たちが妙な会話をしていたものですから。これで撮っちゃいましたよ」
美和はそのときの状況を思い出す。いたのは確か、大学生やおばさん、子連れの母親、サラリーマン。そして……リュックを背負った、細身で、背の高いやつれ顔の男。
身体的特徴が、啓吾と一致していた。美和はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受け、フラフラとしだした。
「ざんねんでしたねー。これが、動かぬ証拠なんですよ。美和さん!」
啓吾がそう言って彼女を指さした。彼女は壁に手をついて、うなだれた。直後、教頭が横から口を入れる。
「あんた何を言ってるんだ! 大体、女子高生を撮影した? そんな、そんな変態な行為を思いついた時点であんた怪しいぞ!」
「それいま関係ありませんよ。それに、僕の仕事は……仕返し屋、ですよ?」
「は……? 仕返し屋? なんだその怪しい仕事は! 校長! 私はこいつの言うことが信用できません!」
教頭は啓吾を指差して校長の顔を見る。校長はため息をついて、語りだした。
「少なくとも、あの映像やノートは本物だと思えるが?」
教頭はそれを聞いて黙り込んでしまった。すると、校長はふぅ、と息をついて四人に向かって言い出す。
「どうやら、君たちがいじめをしていたのは本当のようだ。……覚悟しておきなさい。君たちには、一週間の停学処分をする」
美和はそれを聞いて、ホッとした。なんだ、停学か。ならまだマシだ。退学になるよりも、何倍もいい。
そう彼女が安堵していると、啓吾がさらに話しだした。
「はぁ? 停学? その程度の処分には、させませんよ」
啓吾が声を出したとたん、美和にまたしても緊張が走った。冷や汗があふれてくる。
「彼女が行ったいじめ行為は、ノートへの悪口だけではないのです。それこそ、犯罪レベルなこともしました」
「ほぉ、犯罪?」
校長がぎらりとした視線を美和に当てる。美和はその視線を感じた瞬間、思った。
まずい、これだけはしのがなければ、もう後がない。
「はぁ? あんたまたそうやって変なこと言うつもりなの? いい加減にしなさいよ。いじめをやっていたのは私! それでもういいじゃない!」
「それはつまり犯罪行為も認めるということですか?」
「違う! とにかく、私はこれ以上のことは何一つやってない! 私は何もしらない!」
美和が騒ぎ立てる。すると、啓吾はにやりと笑った。
「じゃあ、これがなにか知ってますか?」
啓吾はそう言って未来から携帯録音機を受け取った。美和は一瞬、体がびくりと震える。
「し、知らないわ。なによ、なによそれ!」
「あなたの声が録音してあるボイスレコーダーですよ」
「はぁ? なんでそんなものをあんたが持っているのよ!」
「未来さんに頼んでねぇ。あなたの声を録音してもらったのですよ」
そんな馬鹿な、あれはあの時壊したはず。美和の頭は、踏みつけた録音機の感触とその場面を記憶に蘇えらせた。間違いない、間違いないんだ。壊したはずなんだ。
「ウソ、ウソウソウソ! ウソに決まってるわ! 未来が、私の声を録音したなんて、ありえるわけがないじゃない!」
「いいえ、嘘なんかじゃありませんよ。未来さんには、あなたの声を録音するチャンスが一度だけあった!」
「はぁ? いったいいつの話よ? いつ? どこで? どんな状況で?」
「あなたの心に、聞いてみてはいかがですか?」
啓吾は美和を指さした。美和の頬を、冷たい汗がたらりと垂れる。手が凍ったように冷たい。それでも脳をフル稼働させて、考える。しかし、そんな状況思いつかない。
「ない。ないわ。どう考えても、私の声を録音するチャンスなんてなかったわ! そのボイスレコーダーは偽物よ!」
「ほぉ……では確かめてみましょうか。
今からあなたの声を流します」
啓吾が美和をあざ笑うようにそういった。美和の心音が大きくなり、鼓動をする回数が上がる。
「では、よく聞いていてください」
啓吾は躊躇なく、音声を再生させるボタンへと指を運ばせる。
やめろ……やめろ……やめろ……。
美和の緊張は、極度に高くなっていた。心臓が胸を叩く。その音が、自分の耳に入ってくる。息が上がり、歯がガチガチとなる。
そして啓吾は、音声再生ボタンを押した。
「や、やめ……!」
美和は携帯録音機に向かって手を伸ばした。当然届くわけがないのだが、極度の緊張が彼女にその行動をさせたのだ。
『はぁ? あんた何言ってるのよ?』
美和はその声を聞いたとたん、思考が止まってしまった。
『そ、そりゃ確かにそのノートがさ、いじめがあった証拠にはなるだろうけど……だからって、私たちがしたとは限らないでしょ? ……』
流れてきた音声は、先程まで自分がわめいていた声だった。未来を殴ったあの時ではない。そう、今この状況。あまりにも意外だったので、驚きのあまり頭の回転が一瞬ストップしてしまったのだ。
我に戻った美和は啓吾を指差した。
「はぁああぁ? あんた、まさかその音声が私が犯罪レベルの行動をした証拠、として扱っていたつもりなの? ふざけないでよ! これどう考えてもさっきまでの声じゃない! こんなもので犯罪ってなによ? もしかして、名誉毀損とか言うんじゃないでしょうね?」
すると啓吾は、ためらうことなく彼女に語りだした。
「嘘は言ってません。僕はあなたの声を録音してあるとは言いましたが、別にあなたが犯罪レベルの行為をした際の音声を流すとは言ってません」
「はぁ? ガキかあんたは! マジで意味わかんねぇ! 帰れよ! 頭冷やせよ! クソ! カス!」
美和は啓吾を指差して悪口を連発する。すると啓吾は、にやりと笑った。
「でもですねぇー。あなた……僕がこの音声流すとき、“やめて”って言いかけましたよね?」
美和は自身に雷が落ちてきた気がした。緊張のあまり、咄嗟にしてしまった行動。あまりに冷静さを欠いたその行動。彼女は、それに足をすくわれた。
「あ、あれは……やめて、なんかじゃないわ」
「じゃあなんて言おうとしたのです?」
美和は押し黙ってしまった。啓吾はその隙を見逃さず、一気に言う。
「そうですよ。あなた、心当たりがあるからあんな行動をしたんでしょ? それ以外ありえないじゃないですか。だって、あなたやめてって言おうとしたんですもの。いったい、何をやめて欲しかったのですかねぇ?
……答えてください! 美和さん!」
美和の胃がキリキリと痛くなる。ギュルギュルと音が鳴る。頭の中から、ハンマーで叩かれているような痛みがくる。そして美和は、叫んだ。
「だああああああああああああ!
なんだってんだよ! てめぇの言っていること全部推測じゃねぇか! そんなもんが通ると思ってるのか? ざっけんじゃねぇよ! そんな人をはめるような質問とか、それに対する回答とかそんなんで私がなにかしたって証拠になるわけねぇだろ!
物的証拠を出せってんだ! 私が、犯罪レベルのことをした、明確で信用できる、確かな証拠ってのをよぉ!」
美和が怒気を孕んだ声で啓吾に言う。もはや、ただの鬼だ。
しかし、啓吾は……それを聞いたきり、何も言えず、ただ沈黙していた。先程まであれほどうるさかった会議室が、一気に静かになる。
「……あれ? もしかして、ないの? ないのにあんた、私が悪いとかなんとかほざいてたわけ?
なにそれ、マジうけるー! 結局あんたが私をはめようとしただけじゃん! なるほど、ただの戯言だったわけだねー! あーマジ笑える! アッハッハッハッハ!」
美和が啓吾を指差して笑いだす。校長が、啓吾をジッと見つめた。周りの教師も顔が笑っている。
未来は、啓吾の隣でただジッと、扉を見つめていた。会議室へ入るための扉。美和の笑い声と、彼女の付き添い三人、校長以外の教師たち全員の笑い声が響くこの教室へ、足を踏み入れるための扉。
そんななか、未来は聞いた。確かに聞いた。そのリズミカルな音を。
タンタンタンタン。階段を上る音だ。会議室隣の、階段。間が狭い。つまり、走っているということだ。
未来はその音を聞いて、笑顔になった。様子が変わった未来を見た啓吾と美和は、彼女が見つめる場所。すなわち、会議室の扉に視線を移した。
直後、その扉が開いた。そして、そこに現れたのは、スマートフォンを持った怜斗だった。目元に隈ができて、髪の毛がボサボサだ。
「啓吾! できた! できたよ!」
「ナイスだ、怜斗くん!」
啓吾はそう言って一気に笑顔になった。周りが唖然とする。すると、怜斗を指さした啓吾がニヤリと笑って、美和に、強調した言葉をはなった。
「お待たせ、美和さん。君が待ち望んでいた、“証拠”だよ」
事情を察知した怜斗は、スマートフォンの動画を再生させた。そこに映っていたのは……美和が、トイレで未来を殴った時の映像だ。映っている箇所からして、撮った高さは胸の位置。
流れる音声。流れる動画。全てが、物語っていた。美和のした行為を。そして、彼女がまごう事なき、“傷害事件”を起こした人間であると。
「……未来さんはいつも胸にペンを挿していました。今回、僕はそのペンをペン型カメラにすり替えておいたのですよ。これが、あなたの犯した犯罪を証明する。
実は、もう一つ許しがたいのがあるのだがね」
放心状態だった美和がその言葉を聞いて、啓吾の顔にゆっくり視線を移した。
「未来さん……言ってもいいね?」
未来は、こくりと頷く。強い覚悟の視線だ。啓吾はそれを見て、ニヤリと笑う。
「君のスマートフォン……その中には、未来さんのいかがわしい写真が入ってましたよね?」
「……は? なんで、そんなこと言えるのよ……」
元気をなくした美和は、せめて罪を軽くしようととぼけてみせた。啓吾がさらに続ける。
「実は僕、昔ハッカーでしてね。君のそれに、ハッキングしたんですよ。そしたら、なんと未来さんのすごくエッチな写真が。……思わず、切り取っちゃいましたよ。いい証拠でしたから。だってそんなもの撮れるのって、脅した時くらいですものねぇ」
美和の体が震える。もう、声も出そうにない。
「あなたのスマホから、未来さんのその画像が消えているはずですよ。……調べてみてはいかがですか?」
美和はハッとして、ポケットからスマートフォンを取り出して画像を調べる。
無い、無い、無い……どこにも……! ……!
見つけた。
見つかった。未来が涙目で写った、その画像。美和はそれを見て、ホッと胸をなでおろした。が、直後。
横から怜斗が、それを奪った。まだスリープモードにしていないため、画像は覗ける状態だ。美和はすぐに怜斗から取り返そうとするが、怜斗は美和の攻撃を軽く避けた。
「うわ……」
怜斗はそれから目をそらして、すぐに啓吾に渡した。啓吾は「ありがとう」と言って、美和を睨む。
「あなた、実際のハッキングやクラッキング見たことありませんね? あなたの携帯に仕掛けられた何万通りも生み出せるパスワードを解読できる人がそんじょそこらにいるわけありませんよ!」
「じゃあ……」
「そうですよ。カマかけたんです。ハッキングって聞くと、キーボードをカタカタ叩くイメージする人が多いですからね。それで、腕がいい人はどんなところでも見られちゃうと。現実は簡単なパスワードにしてるマヌケを捕まえるだけですよ」
美和の立っている地面が揺れだした。体のバランスが不安定になり、倒れそうになる。
「未来さん、ごめんなさい。
……皆さん、これが彼女の犯したもうひとつの犯罪です。これはもはや、いじめ、などというものではありません。強姦や強制わいせつと同義です!」
啓吾が手に入れた、美和の携帯に怜斗と未来以外の視線が釘付けになる。
しばらくして、校長が美和を睨んだ。
「……どうやら、以前の反省は、一つもなかったようだな。処分は、決まった。退学だ。貴様ら全員」
美和は校長の声を聞いたとたん、へなへなと座り込んでしまった。さらに追い打ちをかけるように、啓吾が言う。
「……いままで見せた証拠は、後に警察にも渡します。慰謝料や罰金、しっかり払ってくださいね。何百万なのかわかりませんが」
美和の目から、涙がこぼれ落ちた。もう、ダメだと。
「あの……」
しばらくして、後ろに居た三人が声を出した。この場にいる全員が、声の方向を見る。
「私たちは……その、後ろで笑っていただけだし……特にこれといって、何もしてないんです。本当に、悪いことをしてたのは美和だけっていうか……だから、見逃してくれませんかね? 私たちだって、本当は悪いって思ってたんですよ。でも、怖くてできなかったっていうか……」
三人の言い分を聞いた美和が、叫ぶ。
「あ……あんたたち、何言ってるのよ! ふざけないでよ! あんたらだって楽しそうに笑ってたじゃない! 自分たちは悪くないって言うの?」
「だって! 本当だし! 私たちあんたみたいな奴と無理矢理付き合わされてうんざりしてたんだから! 私たちは加害者じゃないわ! むしろ被害者よ!」
四人が喧嘩をしだした。怜斗と未来は、それを聞いてふつふつと怒りが湧き上がるを感じた。しかし、意外にも最初に行動をしたのは、啓吾だった。
「うるさい!」
今までにないほど、声を荒らげる啓吾。その思いがけない口調に、怜斗と美和は驚く。
「なにが被害者だ! なにが見逃してだ! あんたら三人は、近くで見ていたどころかそれをまるで水族館のイルカショーを見るように楽しんでいたんだぞ! なにがなにもしてないだ? 違う! あんたらも共犯者だ! 結局はそこの女と同じ生物なんだ!」
啓吾はそう言って美和を指さした。そして、息を吸い込んで叫んだ。
「いいか! クズは必ず糾弾する! たとえどんな手を使ってもだ!
以上!」
啓吾は最後にそう言い残し、会議室を飛び出した。怜斗と未来はその後ろを慌てて追いかけ、廊下へ出た。啓吾は、壁に手をついて落ち着こうとしていた。
「はぁ、はぁ……」
その様子を案じた二人は、啓吾に「大丈夫?」と声をかけた。すると啓吾は、微笑んでみせた。
「大丈夫。ただ……あそこまで腹がたったのは、久々かな」
啓吾は最後、そう言ってもの悲しそうにしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の放課後。怜斗たちはふたり揃って、仕返し屋へ来ていた。未来は、啓吾に頭を下げてお礼を言っている。
「ありがとうございました。あの後、あの子達は……どうやら、退学が決まったみたいで」
「そうですか。……まあ、君にはよかったのでは?」
啓吾が笑いながらそう言うと、未来はもの悲しそうな目をしていた。
「……私、本当にあれで良かったのか、今になって思ってます。高校を退学させられて、彼女たちの将来を考えると……胸が、痛くなって」
「……君は優しい女性なんだね」
啓吾は天井を見ながらそうつぶやいた。誰かを、思い出してるようだった。
しばらく沈黙が流れたが、未来は話の雰囲気を変えようと、明るく言ってみせた。
「そ、そうだ! 啓吾さん。確かに、昨日私のお母さんを説得して、なんとか保護者代理で入れましたけど……普通、学校ってそれでも入れませんよね? どうしてあんなに堂々と……」
「ああ、それには俺が答えるよ、白雪」
横から怜斗が割り込んできた。未来は答えが気になって、怜斗の顔を見た。
「啓吾はさ、あの校長と知り合いなんだよ。というか、校長の娘と」
「え、えーーー!」
啓吾は特に気にもせずに話を流していた。未来が彼を見て、「どういうことか説明してください!」という。
「どういうことって……僕が高校生の頃、君みたいな子を助けただけだよ。何度いじめを報告しても、先生は対策をとらなかったからね。ちょっと、世間に公表するよ? って言ったらすぐに行動してくれてね。まあ、結局マスコミに取り上げられたわけだけど」
「へ、へぇ~……」
未来の顔が引きつる。すると、あるものが頭に浮かんだ。
「あ! あのピンクのパジャマとか、歯ブラシ!」
「そう。あの女性用の服とか、歯ブラシはその娘さんの。助けた日からやたら絡んできてね。少し困ってるよ」
啓吾はそう言って笑った。困っている様子は一つもない。
「まあ、おかげで僕は、あの校長から、お義父さんと呼んでもいいぞ! なーんて言われてるんだけどね」
そういえば、啓吾に対して校長は、啓吾さんではなく、啓吾くんと呼んでいた。あきらかに、親しい仲だったのだ。
未来の頭の中で再確認される、驚愕の事実の数々。よくわからない感心が止まらなかった。
「……それじゃあ、僕は一眠りするよ」
「え? 早くないですか?」
未来が質問をすると、啓吾は「疲れたんでね」と返して二階に上がってしまった。
「……まあ、いろいろビビるのはしゃーねーよ。俺も最初びびったから」
怜斗がそう言って、苦笑した。
「そんじゃ、俺も帰る。今日は……眠い」
「あ……」
未来が何かを言おうとしたが、怜斗はそれが聞こえておらず、そのまま仕返し屋を出て行った。未来は、深い溜息をついたあとに、立ち上がって、仕返し屋から出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝の五時。怜斗は、あくびをしながらバッグを漁っていた。あまりに早く起きすぎてしまったので、とりあえず昨日できなかった宿題をやることにしたのだ。
しばらくして、バッグの中から白い封筒が出てきた。少しくしゃくしゃだ。
「あ……忘れてた。なんだったんだ? これ?」
怜斗はそう言って、封筒を開いて中を見る。そこに書かれていた内容を見た怜斗は、怒りが湧き上がり宿題どころではなくなってしまった。
= = = =
朝八時を回った頃。怜斗は怒りに満ちた目で、Bクラスへと向かっていた。自身の席に、バッグを置くことも忘れて。そして、Bクラスへ入った途端。彼は、叫んだ。
「竜喜ぃぃぃぃ!」
クラスの者が全員驚いて、怜斗の方を向いた。竜喜は「なんだよ? 声張り上げて?」と言った。
「てめぇ……白雪を、騙したな?」
「……はぁ? どういうことか説明しろって。俺にはなんのことだかさっぱりだっての」
「すっとぼけんな。白雪のいじめが酷くなった最大の原因は、お前の下心たらたらの行動にあるってのは、もう承知の事実なんだよ」
怜斗が竜喜を指差す。竜喜はそんな怜斗の態度に腹が立ち、彼を睨んだ。
「だからどういうことだって言ってるだろ」
「ここまで言っても、わからねぇのか。……じゃあ、言ってやる。
白雪のいじめがひどくなった原因の、浮気だが……それをしようとしたのは、白雪じゃねぇ。竜喜、てめぇだ!」
その一言で、クラスがざわめきだした。竜喜が頬を引きつらせて、怜斗にいう。
「は? お前、それってネタじゃねえよな?」
「ネタでいうわけねぇだろ」
怜斗が肉食獣のように恐ろしい目で竜喜を睨む。竜喜は、しばらく震えた後……机を、叩いた。
「あぁ? ふざけんじゃねーよ! てめぇ、何かってに言いがかりつけてんだよ! 俺が浮気だぁ? するわけねぇだろ! 俺は、美和以外の誰とも付き合わねぇって決めてるし、そんな外道じゃねぇよ! なぁ、みんな?」
突然話を振られたクラスの者たちは、竜喜を見てどよめく。すると、怜斗が竜喜を指さした。
「言いがかりなんかじゃねぇ! 証明だってできる!」
「だったらやってみろよ! てめぇのその戯言の証明をなぁ!」
竜喜がさらに机を強く叩く。教室内にその音が激しくこだました。怜斗は、真剣な顔のまま息をゆっくり吐き、頭のみを冷静にした。
あの時、啓吾は言っていた。俺に何が起こったかを言ってしまうと、衝動的に相手を殴りに行くと。つまり……俺は、熱くなりやすい。だから信用されなかったんだ。
落ち着け、落ち着け。焦るんじゃない。クラスの中を見てみろ、ほとんどが俺に疑惑の目を向けている。女子に至ってはほぼ全てが竜喜の味方だ。この状況だと、ロクに話もさせてもらえずうやふやにされる可能性が高い。ヘタをすれば白が黒に、黒が白になることもありえる。
言葉も、出す物も、行動でさえも。頭をしっかり落ち着けて、冷静に選べ。下手なことを言うんじゃない。どうにかして、味方をつけろ!
怜斗は心の中でそう自分に言い聞かせて、言葉を発し始めた。
「俺がされた話しによると、てめぇは最初白雪に手紙を書いて出した。話がある、体育館裏に来いってな」
「あぁ? だからどうしたってんだよ! 俺はな、部活中とか活動が一緒になる時にあいつがやたら俺を見てくることが腹たったからよ! ジロジロ見るんじゃねえって言うためにそこに呼んだんだよ!」
「……そして、白雪はお前が出した手紙通り体育館裏に行った」
「話を無視するんじゃねーよ!」
竜喜が机をまた何度も叩き、大声を出す。怜斗の頭に血が上りかけるが、なんとか落ち着いて話しをした。
「そしてその時、お前は白雪と出会った。……ある人物を連れて。それこそが、お前の彼女であった美和と、その取り巻き三人だ。そんでその時、美和はこう言っていたらしいな。『竜喜がさっき言っていた、うざい女子はあいつか?』と」
怜斗がそう語ると、竜喜は「なんだよ! どこがおかしいんだよ!」と怜斗を指さした。周りの女子たちが、徐々に竜喜と怜斗の論争に参加し、「そうよそうよ!」と同調を始める。
「……美和は、『竜喜がさっき言っていた』と言ったんだ。そう、“さっき”……つまり、お前は美和に、“手紙を使って白雪をおびき出す”作戦を、伝えていなかったんだ。でも、それっておかしいよな? 普通異性を意味深に呼び出して、騙すときってよ、あらぬ誤解を受けないように、あらかじめ彼女にここをどうするとか伝えるよな?」
「っ……!」
竜喜がその言葉を聞いて苦々しい顔をする。直後、誠治が「確かにそれはおかしいな」と言いながら、怜斗に近寄ってくる。そう、彼も竜喜と同じBクラスだったのだ。
「俺がもし万が一、そんなゲスイことをするんなら、せめて加奈には伝えておくぜ。だって、あいつに嫌われたらいやだからな」
竜喜はそのまま押し黙ってしまう。誠治が、怜斗の方を見て笑った。二人の間に、言葉はなく、しかし、会話は成立していた。
「……い、いや! おかしくねぇよ!」
すると竜喜が腕を大きく振り回しながら叫んだ。怜斗と誠治が、同時に「どごがだ!」と叫ぶ。
「だってよ、だってよ! そんな話を、美和にしたら確実に止められるじゃねーか! そしたら、白雪が俺を見て来る事が延々続くじゃねーか! 止められないようにもよ、黙っておく必要があったんだよ!」
その言葉を発した瞬間、怜斗が「余計におかしいじゃねえか!」と言った。
「お前は美和たちと共に白雪にあったんだ。しかも、美和が白雪に会った段階で、お前のしようとしていることを理解しているように。つまり、お前は伝えていたんだ。自分のやろうとしたことを」
「あっ……!」
竜喜がその一言を発した途端、クラスの男子の目が疑いの物に変わり出す。そして、怜斗が続けた。
「そうだよ。お前の言っている事が正しいのなら、お前が事情を話した時点で美和に止められて、白雪とは出会うことがなかったはずだ!」
竜喜が歯を食いしばり、必死で頭を回転させる。今までにないほど。まるで、言葉のパズルを高速で組み立てるように。点々と穴の空いた文の中に、一つずつ言葉を当てはめるように。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥! だからどうしたってんだ! そ、そういうのがあったからってよ! 俺が浮気をしようとしたってわけじゃねえだろ! たまたま! たまたま偶然が重なって、ややこしくなったかもしれねぇよ! でも、それで俺が浮気したってことになる?」
「それだけじゃない。まだまだ根拠は、たくさんあるんだ!」
怜斗が机を強く叩く。いつの間にやら、その騒ぎにAクラスの野次馬たちが駆けつけていた。怜斗の一言で、より一層騒ぎが大きくなっていく。竜喜は、体を震わせて怜斗を指さした。
「だったらなんだよ! 言ってみろ!」
「白雪を呼び出すのに、わざわざ手紙を使ったことだ! おかしいよな? 普通は口で伝えるよな? 手紙とか無しによ!」
「あ? お前馬鹿? 直接言えるわけねーだろ! クラスも違うし、俺はサッカー部! あいつは帰宅部! どうやっても会える状況じゃねえだろ!」
竜喜のいい返しを聞いた女子が、ギャーギャー騒ぎ出す。声がかき消され、何かを言えばすぐに否定される。怜斗は徐々に悪くなっていく状況に、唇をかんだ。直後、誠治が怜斗の背中を軽く叩いた。
「大丈夫だ、怜斗。女子の言うことは全部無視して、竜喜との会話に集中しろ」
怜斗はそれを聞いて、頷いた。そして、竜喜に向かって先程よりも大声で言い返す。
「もしそうだったとしてもだ、メールを使えばいいじゃねぇか! それで大体の問題は解決できる!」
「はぁ? てめぇな、俺が白雪の連絡先もってるわけねぇだろ! 考えろよ!」
「クラスメイトに頼めばいいじゃねーか!」
怜斗が指をさして言うと、竜喜は「うるせぇ! 考えたに決まってるだろ! でも俺は白雪の連絡先を知っている奴も、あいつに話しを持っていく事が可能なやつも知らねえぞ!」と怒気を増した声で叫んだ。
「いいや、持ってるさ。絶対に。な? 誠治」
「え? 俺か?」
怜斗が話を誠治に振った。誠治は考え出すが、白雪の連絡先を手に入れた覚えは一度もない。すると、竜喜の目を見据えた怜斗が、語りだした。
「竜喜。お前、知ってるよな? こいつの彼女……加奈が、白雪と同じD組にいるの」
「は? 知ってるけど……それが今の話とどう関係が……あぁ!」
竜喜がそう言って、大げさに仰け反る。怜斗が竜喜に人差し指を突きつけた。
「答えてくれたよな、今。誠治、お前確か、クラスメイト全員のライン持ってるんだよな? もちろん、竜喜のも」
「あ! 持ってる! 俺持ってるよ! 竜喜のライン!」
誠治が驚いたように目を大きくさせた。怜斗が竜喜を見下すように見る。
「どうだ、竜喜? これでお前が“白雪と連絡が取れる奴”を知っていたことになる。当然、下駄箱に手紙を出すのだから白雪がどこのクラスなのかもわかっているし、誠治と加奈の仲の良さは学校中が知っている。そう、誠治を介して加奈に頼もうとしなかったのは、少しおかしいんだよ!」
竜喜がそれを聞いて、机に頭をぶつけそうになるほどうなだれた。彼の気分からすれば、ハンマーで後頭部を叩かれたようなものだ。それほどの衝撃や、鉛を担いでいるかのような重みが全身を震わせている。
「だ……だからよ、そういう方法も思いつかなかったんだって!」
「いいか? この現代に生きている平成生まれの人間がよ、口でもない。メールでもない。真っ先に手紙を使うってのは、おかしいんだよ。それに、さっきお前言ってたじゃん。考えたけどって」
鉛が重みを増していく。竜喜の頭は、テスト後よりも疲弊しきっていた。だが、それでも彼は考えるのをやめない。やめてしまえば、自分は彼に負けることになるのだから。
「……いやよ! 思いついたよ! けどよ! ほら、友達に迷惑かけるわけにはいかないしよ!」
竜喜がそう言うと、怜斗ではなく、誠治が声を出した。
「ちょっと待てよ。お前、それ俺たちにしたさっきの行動とおもいっきし矛盾してるぞ」
「は……? なんだよ、言ってみろよ?」
「さっき、お前は俺たちに、なあみんな? って声をかけただろ? あれってよ、おかしいよな。タイミング的にも、なんか変だし。俺たちに話しをふるき満々だったっていうか……」
竜喜はそれを聞いてナイフが心臓に突き刺さるような気がした。竜喜はブルブルと震えながら、ゆっくり言っていく。
「だからさ……こういうのってさ、同意されないといけないじゃいか……」
直後、周りの男子たちが叫びだす。「いくらなんでも、都合が良すぎる!」と。周りから石を投げつけられているようだった。集団でリンチされているようだった。竜喜の心は、もう潰れた車よりもボコボコだ。
「だ、だからさぁ……とかくよぉ、浮気してねぇっておれ……俺、してねぇって……」
竜喜の精神が限界に近づいたとき。その瞬間に、女子の一人が、「ちょっと待ってよ!」と話し合いに横槍を入れた。怜斗が「あ?」と聞き返す。
「あんたさ、いきなり教室に入ってきて騒いでるけどさ! おかしいことばかりじゃない! 竜喜くんがどれだけ純愛なのか、みんな知ってるでしょ? それに、一番おかしいのはさ! こういうのって、クラスメイトを信じなきゃいけないんじゃないの? なんで仲間を疑うのよ! それって、最低よ!」
周りの女子たちも、それに同調して「そうよ、そうよ!」と声を上げ始める。女子の金切り声には、さすがに男子は弱い。だが、誠治は違った。
「でもよ、ここまでいろいろ変なところがあったら……もう明らかになったも同然だろ。怪しすぎんだろ、いくらなんでも」
誠治は冷静に言葉を返したのだ。しかし、対する相手が冷静ではない。感情に身を任せ、女子たちは騒ぐのをやめない。
「怪しくなんかない! 大体、怪しいのはそっちじゃない! 突然入ってきてわけわかんないこと言い出してさ! そんなに物が言えるなら、証拠だしなさいよ証拠!」
それを聞いた怜斗は、小さな声で「証拠……?」と漏らした。女子たちが、「そうよ! 証拠よ、証拠!」とさらに声を大きくする。
「当然あるよね? 竜喜くんが、“浮気をしようとしていた”証拠! そこまで騒げたんだから、証拠の一つでもなかったらおかしいよね?」
元気を失って、もう敗北寸前だって竜喜。彼は、女子たちが巻き起こした波に、サーファーのように乗って、「そうだ!」と声を出して、続けた。
「よくよく考えればお前、状況がどうとかそんなのばっかりで明確な根拠なんて糞もないじゃないか! 本当は御託ばっかりでよ、証拠なんて毛ほどもなかったんじゃねぇのか? 悔しかったら出してみろよ! なにか、証拠を!」
竜喜が大声を上げたのを皮切りに、女子たちと竜喜が「証拠! 証拠!」と、証拠を求めるコールをしだした。竜喜の言ったことが男子を納得させたのか、彼らもまた、怜斗に対して疑いの目を出し始めた。
誠治が、震えてうつむいてしまった怜斗の背中をさする。
「怜斗……出せるか? 証拠。出さねえとよ、どうあがいてもあいつら静かにならねぇよ」
「……」
怜斗はしかし、黙り込んだままだった。教室の中で巻き起こっている証拠コール。誠治が、「怜斗!」と彼の名前を呼んだ。だが、怜斗はそれでも黙り込んだままだった。すると、女子たちが怜斗のその様子に言葉を発する。
「ほら、黙ってるってことは出せないってことじゃない! 結局、ただの戯言よ!」
それに乗じた竜喜も、笑いながら怜斗を見下すように指さした。
「やっぱりな! 最初っからおかしいと思ってたよ! 大体、“俺はいままで一度も浮気をしたことがないんだ! ” 結局、お前のただの妄想だったな! 人騒がせな奴が!」
とうとう男子たちも、「なんだよ、ただめんどくせーやつかよ」「思い込みの激しい奴」などと、竜喜に賛同し始めた。もはや教室の中は、竜喜に味方する者一色になっていた。
怜斗が、震えだした。誠治が、おどおどとどうすればいいのかを考えていた。彼を、救う方法。どうにかして、怜斗に被害が及ばずに、物事を解決できる方法を。
だが、誠治の心配は無用だった。怜斗は、クラスが竜喜一色に染まった逆境の中、顔をあげて笑いだしたのだ。そして、彼は目の前の机を全力で叩いて、教室中に音を響かせた。一気に、静かになる空間。
「……待ってたよ、竜喜。てめぇが、その一言を言い出す瞬間をな」
竜喜の笑いが、一気に凍りついた。怜斗は、ゆっくりとポケットに手を突っ込んで、そして、白い封筒を取り出した。
「……これは、俺の机の中に入っていた」
それを見た直後、竜喜の血相が一気に変わった。
「そ、それは!」
真っ青になって、仰け反る竜喜。怜斗は、力強く、手紙を全員に見せつけた。
「中には、手紙が入っている。後藤竜喜。てめぇが出した手紙さ」
「ま、待て!」
怜斗はそれを封筒からおもむろに取り出し、書かれている内容を読み出した。
「伊泉詩恵さん。大事な話があります。放課後、体育館裏に来てください」
クラスが、一気にシンとする。しばらくして、「誰だ? 詩恵って?」と周りの者が言い出した。
「……放課後。体育館裏。……白雪に書いた内容と同じだよな? どういうことか説明しやがれ! 竜喜!」
怜斗が強い口調で叫んで竜喜を指さした。竜喜は胸を剣で貫かれたように前のめりになった。歯を食いしばり、眉間にしわを寄せ、体から汗をダラダラと流して「グゥウウゥウウゥウウ……!」と声を上げた。彼をフォローしていた女子たちが、「そんなのは簡単よ! きっとその人も、竜喜がうざいって思うようなことを……!」と言う。直後に怜斗が笑った。
「さぁどういうことだろうな? 伊泉さん本人に聞けばいいんじゃねーの?」
そして彼はB組に集まっていた野次馬を指差す。そこには、Aの者だけでなく、C、D、Eの者たちも駆けつけていた。ぎゅうぎゅうと押し合いながら、少しでもこの騒ぎを目にしようと全員が足掻いていた。
しかし怜斗の声を聞いた途端に、彼らはその集団の中にいるただひとりの人物。すなわち、伊泉詩恵へと視線を移した。彼女はどうやら今来たばかりのようだ、一番後ろで話の内容もなにもかもを知らない様子だった。しばらくして、その野次馬たちは彼女を怜斗と竜喜が論争をしていた場所へと呼び込んだ。そして、詩恵が目にする二人。その様子の異常さにすぐ気付いた彼女はひとまず怜斗に話しかける。
「……怜斗、くん? これ、どういうこと?」
その問いに答えた人物は、怜斗ではなく彼の隣にいる誠治だった。彼は、「簡単だ。怜斗と竜喜が喧嘩をした。それだけだ」と答え、それを聞いた詩恵が驚いた表情をして「え……?」と声をもらす。すると、彼女は怜斗の目の前に行き、彼を威嚇するように睨んだ。
「それ、本当?」
怜斗は、答えない。だが代わりに、横から誠治が「ああ」と言った。
すると、詩恵は机に突っ伏すような姿勢になって震えだした。そして両手を勢いよく上げ、それを机に叩き下ろす。大きな音が、室内に響いた。
「なに、迷惑なことしてくれてんのよ! あなた、確かにいつもはおとなしくしている私だけど……今回のことは、さすがに怒るわ!」
詩恵の怒声。それを制そうとしたのは怜斗でも、誠治でもない。竜喜だった。
「や、やめてくれ、伊泉さん! それ以上は……」
「何を、言ってるのよ! 竜喜くん! 私、あなたのために言ってるのよ? それともなに? 私が邪魔って言うの? ひどいよ! 私あなたのために言ってるのに!」
「ち、違う! 違うんだ! とにかく、今はいらないんだ!」
竜喜が汗を流しながらそう言うと、詩恵の怒りは増した。
「何を言ってるのよ! そんなこと言わないで! 私たち、だって……!」
「や、やめろ……やめろやめろやめろ、ダメだダメだダメだ! それ以上……それ以上は……!」
「私たち、付き合ってるじゃない!」
「言うんじゃなああああああああああい!!!」
竜喜はそう叫んだあと、へ垂れ込んでしまった。詩恵は意気消沈した彼の様子を見て心配する。
「……どうしたの? 竜喜くん?」
だが、竜喜は答えようとしない。そのため代わりに、怜斗が答えた。
「……すまないな、伊泉さん。あんたを、傷つけるつもりはなかった。でも、そうするしかなかったんだ。こいつの浮気を証明するには」
「……え? 浮気? 何を、言ってるの?」
詩恵がそう言うと、怜斗はあらかたの説明をした。竜喜がしようとしていたこと。未来がその犠牲になり、それが結果的にいじめを酷くしたこと。そして、次の標的は詩恵だったこと。全てを聞いた詩恵は、ゆっくりと竜喜に近寄り、彼を渾身の力でビンタした。そして、最後に「最低!」と吐き捨て、そのまま教室を飛び出してしまった。クラス中の目が、竜喜に対する非難の物に変わっていた。だが、竜喜はそれでも小さく語りだした。
「‥‥‥‥‥‥でも、よ。白雪の一件はな、違うんだって。だってそうだろ? 今回のことは確かに俺が悪いけど、白雪に関しては嘘を言っていないって……」
「お前馬鹿か?」
怜斗が彼を見下して、そういった。
「呼び出した場所も時間も、方法も。何もかも同じ。お前が白雪を狙っていたのは、ほぼ確実なんだよ」
竜喜はそこまで言われると、そのまま押し黙って力なくうなだれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……そんな続きがあったのか……」
啓吾は怜斗の語った、昨日の話を聞いてそうつぶやいた。
「しかし怜斗くん、君ね。そういう大事なものは、僕に渡してくれないと」
「すみません。うっかりわすれちってた」
怜斗が笑いながら自分の頭をコツン、と叩く。「まったく」とつぶやきながら、啓吾はコーヒーを飲んだ。すると、仕返し屋のドアが開く。
「啓吾さん! 約束通り来ました……って、怜斗くん! 来てたの?」
そこに現れたのは、未来だった。怜斗はその存在を見て、目を丸くする。そして、啓吾にどういうことだ? と気持ちを込めた目を向けた。すると啓吾、語りだす。
「彼女は今日から、ここでバイトすることに決まったんだよ。今から仕返し屋従業員の一員だ」
「え、ええぇ?」
「ついでに言うと、君のバイト代もそれに伴って二分の一に変更した。これからは七千五百円だ」
「ええええええええ!」
怜斗はそう言って頭を抱えた。時折上司から減給を食らう父親の気持ちがわかった気がする。
「ってか、そんなことなんで決めたんだよ!」
「男子だけじゃなく、女子のほうにも情報網を広げたくってね」
「納得いくか!」
怜斗が机を叩いても、啓吾は動じなかった。すると、未来が「まーまー!」と楽しそうに怜斗の隣に座り込んできて、彼の手を握った。
「これからもよろしくね、怜斗くん!」
未来はそう言って、笑った。怜斗はその笑顔を見て、頬を染めて固まってしまった。顔が熱くなり、未来から思わず視線を逸らす。
「よ、よろしく……」
啓吾があざとい、と思いながらコーヒーを飲みきった。すると彼は立ち上がり、あくびを大きくした。
「でも、未来さん。覚悟したほうがいいよ。この仕事、君みたいに優しい子にはかなりきついから」
「はい! わかってます。それに……」
未来はそう言って、怜斗に軽く視線を移した。知らずに顔が笑い出す。怜斗がそれに気づいて、「なんだよ」と言った。
「ううん、なんでもない」
未来はそう言って、天使のように笑った。すると、啓吾は「やれやれ」と言いながら机から紙を引っ張り出す。
「未来さん、それにサインを」
啓吾に指示されるまま、出された紙にサインをする未来。それを見届けた啓吾は、「よし」と言った後に言い出した。
「では、今日は未来さんの新規加入を記念して、盛大にパーティでもしますか。あ、親に連絡しておいてくださいね」
「……って啓吾! 俺の時は、そんなものなかったぞ!」
啓吾の発言に怜斗が声をあげた。しかし、啓吾はそれを見事にスルー。
未来はそんな状況を見て、なぜだか、うまくやっていける。そんな気がした。
読んでいただいてわかったと思いますが、この物語は二つのゲーム、二つのドラマ、一つの漫画、一シリーズの小説から影響を受けて作っています。パクリ、と思われた方。申し訳ありません、僕は一切それについて反論できません。ちなみに、僕は影響を受けた作品を“論破系”と勝手に言っています。その論破系を書きたいと思ったことと、実体験(もちろんかなり脚色しております)のストレスがこの物語を作った動機です。いじめはいけないと思うのです。




