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第八十七話

 80-83。西商の、二回戦敗退が決定した。


 ほんの紙一重の差だった。前評判から考えれば、大健闘だったと言える。

 むしろ、俺がこの場にいられること自体が奇跡に近い。たった五人の部員しかいなかった去年と比べれば信じられないことだ。これは、決して残念な結果などではなく、誇らしい結果だ。胸を張って良い。

 …はずなのに、何故だろう。この心臓の痛みは。

 三谷は、とめどない涙が頬を伝うのを感じた。




 俯きながらベンチに戻る選手達へは、観客席から惜しみない拍手が送られた。


「……三谷。」

 監督が、俺の頭にタオルを被せた。

「チームの皆で、観客席にお礼を言ってこい。彼らも共に戦った仲間だ。」

「…はい。」

 俺は、渡されたタオルで涙を拭う。

そして、真っ赤な顔で号令をかけた。

「集合!」


 観客席、つまり二階席に向かって、西商の選手らが整列する。

(…これがキャプテンとしての、最後の仕事かな。)


 大きく息を吸って、少し背伸びをする。

 そして、あらん限りの大声を観客席に向けた。




「ありがとうございました!」

『ありがとうございました!!!』


 ―――ありがとう。




 同じコートではすぐに第四試合が行われる。西商の選手達は足早にベンチを片づけ、コートを立ち去ろうとしていた。

 すると、顔を落としながらバッシュの紐を緩めていた小町の肩が、ポンと叩かれる。

「啓介。」

「……兄貴。」

 

「お疲れ、今日は惜しかったな。」

「……。」

 小町弟は返事一つしない。強く唇を結んで、帰り支度をしている。

「…お前は、良いチームでプレーしてるんだな。安心したよ。ちょっと、羨ましい。」

 フッと小町兄は笑ったが、変わらず弟は無視を続行する。

「最後のシュート、コーナーからのシュートは距離感掴みにくいからな。特にお前に取ってこのコートで試合するのは初めてだろう。決められなくても仕方が無い。」


 馬鹿にしてる、そう小町弟は感じた。

 何だその上から目線は。何だその慰めは…。そんなもの、俺は欲しくない。そう思って、小町弟が兄に背を向けたその時、兄の声色が変わった。

「…とは、俺は言わんぞ。」

 思わず、小町は振り返った。

「仕方がない、なんて言葉は、最大限の努力をしたが失敗した、そんな時にしか使ったらいけないんだ。お前は、普段からコーナーからのシュートの練習を十分にしているのか?確率の良いトップからのシュートばかり練習していたんじゃないか。」

 兄は、弟のそれより一回り太い腕でガッツポーズを作った。

「信頼は、与えられるものじゃない。自分で掴むものだぜ。お前は、それを分かってるか?」

「……!」

 言葉の出ない弟を見つめ、兄は少し頬を緩ませた。

「すまん、厳しいことを言ったな。要するにお前はまだまだ未熟だから練習しろってこと。…じゃあ、またやろうぜ。」

 そう言って兄は、振り返って立ち去ろうとする。


「…兄貴。」

「ん?」


「今日、家でシュート練しよう。100本勝負。」


 淡々と弟は言った。それを聞いて、兄は笑いながら答える。

「今日はもう疲れたよ。俺達はまだ試合があるんだ。」

「やっぱり、500本。」

「嘘だろ?」

 思わず目を見開く兄を見て、弟はプッと笑った。


 それを見て、兄もまた嬉しそうに笑った。




 荷物をまとめ、着替えを済ませて、西商の選手らは会場の外へ出た。もう六時を過ぎているというのに、西日が嫌に暑い。日陰を探して、そこに集合する。

「皆、今日は御苦労さま。結果はどうあれ、よく頑張った。」

 黒澤がそう言えど、当然嬉しそうな顔をする選手など一人もいない。全員、悔しさのにじみ出る顔をしている。

「今日の試合で、自分達の立ち位置がよく分かったと思う。大芸はおろか、油断していたベスト8のチームにだって勝てないんだ。今のままで、IHなんて夢のまた夢だな。…で、じゃあ俺達はIHへたどり着くのは無理だから諦めよう、そう思う奴はいるか?」

 黒澤は、選手達の顔を見渡す。一呼吸置いて、柳が答えた。

「いや、オレは…むしろIHが遠くないように感じました。去年地区予選で負けてた時はほんとエイトの奴らなんて上の存在だったけど、今日は3点差、上手くいけば勝ってた。流石に今は大芸には勝てないかもしれないけど、今日戦った島上も大芸相手にそこそこ良い試合はしてるんだし、今後の努力次第かな、なんて…。」

 小倉も続く。

「俺も同意見だ。奴らが手の届かない存在じゃないってことが分かった。」

「もちろん、大きな差はあるがな。これから、その差を死ぬ気で埋めなきゃならん。」大賀は小倉につっかけるように言う。

 彼らの言葉を聞いて、黒澤は満足そうに頷いた。

「敵を知り、己を知れば百戦危うからずとも言う。自分達の位置を知れた、これは大きな収穫だ。今日の敗戦は、大きな価値があったと言うことにしよう。…さて、今日の試合で、三谷が引退する。最後に、一言言ってもらおうか!」

「えっ。」

 三谷の動揺ぶりに、一同は大きく笑った。三谷は恥ずかしそうにゴホンと大きく咳払いをした。


「じゃあ、皆早く帰りたいだろうし、今思っていることを短くまとめる。」

 そう言って再び咳払いをする。そして、三谷は話し始めた。

「皆の中には、俺の事を怪我してるのに、意味も無くわざわざ部活に来る妙な男だと思っている人もいるかもしれない。大切な学生時代なのに、無駄な時間を使っていると。ぶっちゃけると、俺もたまにそう感じてた。皆の練習を眺めながら、もっと有意義な時間の使い方をするべきなんじゃないか、って。でもな、今は全く違う考えだ。」


「バスケ部を辞めなくて良かった。続けていて良かった。こんな俺でもプレータイムを貰えて、ベスト16まで行けるなんて思ってもいなかった。地区予選の翠戦は一生の語り草になるよ。」

 一つ一つの言葉を噛みしめるように、三谷は続ける。

「こんな先輩に付いてきてくれてありがとう。お前らは、間違いなく上まで行くよ。その西商の歴史に、少しだけでも触れあえたことを誇りに思う。…じゃあ、頑張れよ。」

 そう話を区切ると、三谷は少し照れくさそうに頭を下げた。

 それを見て、西商の他の選手らも、深く頭を下げ、大声で言った。


「三谷先輩、ありがとうございました!」

 

 三谷は少し鼻で笑うと、また少し瞳を潤ませた。


「あれ、三谷先輩、泣いてる?」

 柳が三谷の顔を覗き込む。

「こら、茶化すんじゃない。解散だ、解散!早く家に帰りなさい!」




 選手達が帰って行くのを見届けてから、黒澤は振り向いた。

「…話は済んだようですね。」

「…ええ。」

 そこには、西商の校長が立っていた。


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