第八十六話
残り十八秒、西商三点ビハインド。既に二十四秒計の光は消えている。
(五秒で点を取ってやる!)
この場面にも関わらずタイムアウトを取らなかったねらいは、相手に休憩を与えずに攻めることと、走力の落ちた烏丸を出しぬき、アウトナンバーを作り出すことだ。
能勢のスローインのロングパスは正確に、前線の小倉の元に渡った。状況は、小倉、柳、小町弟の三人に対し、小町兄、羽田の二人が守る形。
「羽田ボールマンにつけ!」
小町兄が指示を出し、羽田は小倉に寄る。
小倉はミドルレンジで急ストップし、顔を上げてゴールを見る。羽田がチェックしに来ると、小倉はドライブを再開。小町兄はマークを絞り切れず、小倉と距離を取る。しかし、簡単にレイアップを打たれるのは防げる位置に立った。
それを見て小倉は、ストップジャンパーを選択する。
シュート体勢に入った小倉。その後ろから、帰ってきた本田がブロックに跳ぶ!
「おらッッ!」
本田はボールへ手を伸ばす。
「チッ!」
…しかし、その手は惜しくもボールには届かず、本田は舌打ちしながら落下した。
(…しまった!)
だが、小倉の放ったボールはリングに弾かれ、宙を舞う。そのボールが飛んだ先にいたのは、小町兄弟の二人!
(…絶対取る!)
小町弟はありったけの力を込めて跳んだ。ポジション、タイミングともに最高だ。しかし、兄も同じように弟と並行して跳んだ。
兄のプレッシャーに押され、小町弟はボールを掴むまでには至らずに、上にチップする。そして、二人ともまた同じタイミングで落下し、再び跳ぶ。そして、今度は体をぶつけながら競り合った。
二人ともボールを掴めず、弾かれたボールはサイドライン方向へ飛んで行き、そしてラインを割った。
「マイボール!」
柳が叫ぶ。
主審は一瞬副審とアイコンタイクトをした後、こう告げた。
「アウトオブバウンズ!西商ボール!」
黒澤は、ほっと息を吐いた後、タイムアウトを申請した。
「セットプレーを使ってスリーを狙う。」
黒澤はそう言って、ホワイトボードを使ってセットプレーの指示をする。
そして一通りプレーを説明してから、短く締めくくる。
「どんな結果になっても、俺はお前たちのことを恨んだりしない。思い切りやってこい。」「はい!」
選手達も短く答え、滝のような汗を拭きながらコートに戻る。
「……小町。」
「?」
黒澤は、小町一人を呼びとめる。
「兄貴に勝ちたいんだろう?…ここで決めたら、西商の勝利。そして、お前の勝ちだぞ。」
「……もちろん。分かってます。」
小町はぐっとガッツポーズをとる。普段は何処か頼りない彼だが、不思議とその背中が大きく見えた。
スローインはエンドラインから始まる。スローインを行うのは小町だ。その他四人は、ゴール下に密集した。
もちろん、ゴール下に放り投げて誰かが二点を取るというプレーではなく、セットプレーの布石だ。
重々しい雰囲気の中、審判がボールを小町に手渡した。
まず、密集地帯の中心にいた柳がトップに飛び出す。その他三人はスクリーンでディフェンスの動きを阻む。小町は、若干浮き気味のパスを柳の走る先へ送った。
次に飛び出したのは小倉だ。右サイドの45度へ走る。同じように、他の二人はスクリナーだ。
そして、小町弟が動き出す。空いた左45度へ、大賀のスクリーンを使いながら走りだす。
(させない!)
小町兄は、その進路を予想して、大賀のスクリーンを外回りでかわそうとする。
彼は、大賀の大柄な体躯を、驚くほどの俊敏さですり抜けた。完全にパスコースが潰されてしまう。
…しかし、その小町兄が大賀の体の裏側に立った瞬間、小町弟は逆方向へ切り返した。
「!?」
小町兄は、大賀の体が視界を塞いでいたせいで、一瞬反応が遅れる。さらに、小町弟の進行を助けるように、能勢のスクリーンが設置されている。
(まずい…!)
「ヘルプ!」
何としても奴にスリーを打たせるのだけは避けなければいけない、しかし俺では間に合わない。そう考えた小町兄は、他の島上の選手に、弟をマークするよう指示を出した。
小町弟に一番近い島上の選手は、能勢のマークマン。
既に疲労困憊の烏丸だ。
そして、次に近いのは、右45度に立っている小倉のマークマンの本田だが、小倉は小倉でスリーのある選手のため、距離を離せない!
トップの柳から小倉へパスが渡る。小町弟は右コーナーへと到達しようとしている。
(…いや、啓介に打たせるよりは、小倉に打たせるほうが良い!)
そう判断した小町兄は、本田へと指示を出そうとする。
「本田さん!」
「任せろ!」
小町兄が全てを言い終わらない内に、本田は構える。
彼は、小倉に密着するようにディフェンスを始めた。
「いやそっちじゃくて…!」
小倉は、本田のディフェンスをいなしながら、右コーナーへパスを落とす。調度のタイミング走り込んできた小町弟が、ボールを持った。
「打て!」
柳が叫ぶ。
(…今まで何度もやってきたスリー対決の勝敗なんて、何の価値もないことだ。)
真剣勝負なんて一度もない。ただのルーティンの中の勝負だった。
兄との最初の真剣勝負はあの日だけ。スタメンを懸けて戦ったあのスリー対決だけだ。
そして、あの日、兄貴が持っていて俺が持っていなかったもの。それは、他人からの信頼だ。兄貴はあの勝負でシュートを決め続けられたのは、チームの信頼に応えようとしたからだと、今なら感じられる。
他人からの信頼は、決して単なるプレッシャーなどではない。それは、自分にとって、大きな力となるものだ。
自分のことを信頼してシュートスペースを作ってくれ、そしてラストショットを任せてくれた皆。
(その思いに、答えたい…!)
小町の目には、チェックにくる烏丸の姿などもう写っていない。
ただ、リングを見つめた。
そのシュートは…。
普段と変わらぬ回転、弾道で、リングを目指す。
西商の選手達は、外れた時に備えリバウンドに構える。柳は残り時間を確認した。残り六秒。外れても、ファールゲームに持ち込めばまだチャンスはある。
シュートを放った0.3秒後、小町は叫んだ。
「リバンッッ!!!」
能勢、大賀、遅れて小倉がゴール下に集まる。リングにぶつかり、上に跳ねたボールが落ちるまでの時間は、普段の何倍にも感じられた。
ボールが落ちていく先にいたのは、能勢!
(すぐに決めないと!)
能勢には、正確な残り時間が分からなかった。しかし、もう数秒で試合が終わってしまうことだけは分かっていた。
それが、焦りを生んだ。
能勢は落ちてきたボールを、片手でタップして、ゴールを狙う。しかしそのボールは無常にもリングには収まらず、ゴールの反対側へ飛んでいった。
その先にいたのは、烏丸。
彼はボールを、走り出した本田へパス。柳が必死にパスカットを狙うも、彼の手はあまりにも遠すぎた。
そして、試合終了を告げるブザーが鳴った。




