第八十五話
残り一分を切って、二点リードしている場面。
三点はいらない。確実に二点を加点したい。
(しかし……!)
小町大介は考える。
センターの烏丸は疲労で得点力は半減している。身長差も考えると、そう簡単にインサイドで得点は取れないだろう。それならば、どうしてもアウトサイドから得点を狙う必要が出てくる。
羽田のキャッチ&シュート、本田の1on1能力、堀の大賀とのスピードのミスマッチなど、活かせるポイントは幾つかある。
小町は手を払いのけるようなジェスチャーを取る。
それを見た島上メンバーは、全員スリーポイントラインの外に出た。
……アイソレーション。小町大介が選択したのは、弟との一騎打ちだ。
(……ダブルチームは…難しいか。)
黒澤は頭を働かせて考えるが、ダブルチームは得策でないと判断する。島上のメンバーは全員が平均以上のシュート力を持っている。簡単にフリーの選手を作ってしまうべきでない。
それに、小町大介は終盤にかけて得点が止まっている。疲労、プレッシャー、そしてマッチアップ相手は兄のプレーをよく知る弟だ。勝機は十分にある。
(頼む…!)
黒澤はベンチから立ちあがったまま、試合の成り行きを見つめる。
24秒計が10秒を切ると、小町兄が動き始めた。
右に行く、と見せてすぐに切り返してステップバック。そして今度は左に行くと見せて、すぐレッグスルーで元の位置に戻る。
……これはただの時間稼ぎではない。彼は、弟の動きを見ながら、狙っていた。
弟の右足が、前に出るのを。
その瞬間、小町兄は一気に仕掛けた。
弟の右足が前に出ると、そのすぐ横を左ドリブルで突破する。
そして、弟が横にスライドしようとすればファールになる位置で彼はストップする。小町兄は左ドリブルからのストップジャンパーは最も得意とするプレーだった。
(勝った…!)
絶対の自信を持つプレーだけに、外れる可能性など微塵も考えなかった。
ボールが彼の手から離れる。
「よしッ!」
小町は、ガッツポーズをしながら笑った。
観客席から歓声が聞こえる。
点差は、四点差となった。
「能勢、ボール転がして。」
「あ……はい。」
能勢はスローインのボールを、直接柳にパスせずに転がす。4Qの残り二分からは、スローイン時には時計が止まり、誰かがスローインを受け取るまでは時計が動かなくなるのだ。よって、柳がボールに触れるまでは時計は動かない。
(残り三十秒、四点差…時間は使っていられない。)
さて、誰で行くか。
最高はスリーで一点差まで詰め寄ること。しかし、残り三十秒ならまず確実に二点返すことも狙うべきだ。
柳は頭の中でプレーを組み立てる。
そして、ハーフコートを超えたところでボールを掴み、叫ぶ。
「能勢!」
ジェスチャーによる能勢への指示。能勢はハイポスト寄りの位置でポストアップする。
ディフェンスが能勢を中心に収縮する。羽田も柳のマークを離し気味に能勢に寄った。しかし、小町弟は兄にぴったりマークされている。
柳は、能勢へバウンズパスでボールを渡す。…かに見えたが、そのボールは能勢の手から離れた位置でバウンドする。
(……!?)
柳のマークマンだった羽田は動揺した。
(ドリブル続行だと!?)
バウンズパスではなく、ドリブル。柳は、小さくなったディフェンスを外側から突破した。
決められるとこは全部自分で決める気持ちを持て、と柳は能勢に言った。
(それは、別に能勢にのみ向けて言った言葉じゃない!)
柳がボールを持ってからわずか六秒。西商は柳のレイアップにより二点を返すことに成功した。
「当たれっ!」
西商はオールコートプレスを開始する。
しかし今回の形は少し違う。
小町兄に二人のマークマンをつけ、烏丸を除く三人に一人ずつマークをつける。
フリーになっている烏丸にボールが渡れば、そこでファールを仕掛ける。他の四人にフリースローを与えてしまうと、高確率で決められてしまうことを考えての形だ。
残り18秒になった段階で、烏丸にツースローが与えられる。
(まじかよ…ただでさえフリースローは苦手なのに。)
疲労で体は重い。数多くの視線からは、ポジティブなものやネガティブなものまで、様々な感情を感じる。それら全てが、プレッシャーとなって烏丸の肩にのしかかった。
そんな彼に、小町兄が声を掛ける。
「烏丸!」
「な、なんスか?」
小町兄は烏丸の足元を指差す。
「ライン踏んでるぞ。」
「……あ。」
烏丸は慌てて足を引く。
「余計なことを考えなくていいから、普段通りのフォームで打てばいい。任せた。」
「……!」
烏丸は小町兄から視線を切り、ゴールを見る。
……そうだ、別に難しいことなんかじゃない。
誰も邪魔するやつなんていないんだ。俺は普段通り、ボールを放るだけ。
審判からボールが渡される。
ボールに回転をかけて下に放り、戻ってきたボールを掴む。そして、ぐっと膝を落とした。
シュートを放つ。
……しかし、このボールはリングに弾かれる。
リバウンドに備える本田も、烏丸に声を掛ける。
「…落ちつけよ、烏丸。シュート打ったら、ディフェンスに戻ることだけ考えとけ。」
烏丸は頷き、再びボールを受け取る。
そして同じフォームで、二投目を放った。
…このボールは、ボードに当たった後、ネットをくぐった。
『走れッ!』
黒澤と柳の声が、シンクロしながらコートに響いた。
結末間近となっております。




