第七十九話
兄貴のプレーを見て、妬ましいという感情が自分にあることに気付いた俺は、ベンチでただ試合を眺めているのが苦痛だった。
兄貴はシューターとして高い評価を得ていた。それは俺も同じで、シュートだけなら兄貴に匹敵するものを持っていると言われていた。そして、兄貴の交代要員として使われていたのだ。
兄貴のシュートが決まり、チームの得点が伸びても、少しも嬉しくなかった。何故なら、兄貴のシュートが入る事で兄貴の評価が上がり、相対的に俺の評価は下がる。
違う。
俺は兄貴よりもシュートが上手い。
そう考えていた俺は、ある日、監督に直訴したのだ。
「俺と兄貴でシュート対決をするので、勝った方をスタメンにしてください。」
監督は一瞬困惑したようだったが、すぐに言った。
「駄目に決まっているだろう。どうせ、大介が引退すればお前にもスタメンのチャンスはあるんだから。」
しかし、その監督の後ろで、兄貴が言った。
「いや、いいですよ、監督。さ、啓介、やろう。」
勝負は、交互に一投ずつスリーを好きな所から100本放ち、決めた本数の多かった方の勝ちというルールに決まった。
いつも、家の庭でやっているルールと同じ。そして、俺は中一の冬から、兄貴に負けたことは一度もないのだ。
当然、勝てる。そう思っていた。
その勝負は、異次元と言う他無かった。二人とも中学生とは思えない程の確率で、とにかくシュートを決め続けた。それは、俺達にとってのルーティンワーク。当たり前の光景だが、シュートが糸で操られたように同じ軌道を描きながらネットをくぐるのは、他人にとっては信じがたい光景だっただろう。
しかし、結果は、88-71。…俺の惨敗だった。
勝負が決した瞬間、俺は察した。
ああ、今まで兄貴は手を抜いていたのか。俺が何度も勝負を挑んでくるのを面倒くさがり、わざと負けていたに違いない。俺は、シュートですら兄貴には勝てないのか。
それに気付いた瞬間、自分がここにいる意味が分からなくなった。勉強も、バスケも兄貴の方が上手い。そして、自分の存在価値だと信じていたシュート力まで、兄貴の方が上だった。
俺は、それに気付いた時、体育館から飛び出て、二度とバスケ部に戻ることは無かった。そして、一人で、ただひたすら家でのシュート練習に励んだ。
高校進学は、大多数の人間が島上高校に行くのに、俺は成績の悪さを理由にして、西商を選んだ。親は泣いた。よりにもよって商業高校かと。大学進学はどうするんだと言ってきた。俺は、会計士になりたいからと適当なことを言っておいた。
島上に行かなかった本当の理由は、兄貴と一緒にいるのが辛かったからだ。
「俺は…昔から変なとこで負けず嫌いで、トラブルを起こしてきたんで。高校に入ってからは謙虚に生きようって思ってたんすけど。」
小町は絞り出すような声で続ける。
「兄貴を見ると、どうしても自分と比べてしまう。勝てないことは分かってるけど、認めたくない。だから辛いんす。」
「じゃあ、認めなければ良い。」
「え?」
「自分は、兄より劣っているなんて考え方、捨ててしまえ。もう一度勝負して来い。」
「でも…俺…。」
小町は、あの日のことを思い出す。スタメンを賭けてシュート勝負をして、惨めに負けたあの日を。
「お前は、負けず嫌いだ。自分でそう言ったな。負けず嫌いだからこそ、バスケ部を辞めてもシュートの練習は止めなかったんだろう?今度こそ勝ってやろうと、勝利を諦めなかったんだろう!?」
「……!」
「今までの思いを清算するんだ。一回負けたぐらいで自分の位置を見失うな。多少の無茶は許してやる、試合に出ろ!」
「え…。」
俺の存在価値を…認めてくれてる?
こんな、中学を途中でドロップアウトしたような人間を。
試合に出る前から戦士喪失して、ベンチで塞ぎ込んでた選手を。
……。
兄貴との勝負。
…そう。本当は、何度も何度も、夢にまで思い描いたことだ。
もう一度、兄貴と勝負して、勝ちたい。
試合に、出たい。
「返事は!?」
「出ます!!!」
2Qを終わって、得点は51-39。大賀がインサイドで奮起し、何とか点差を12点に抑えた。
「良い感じね。さ、今日も勝って、帰りに焼肉でも行きましょう!」
「やった!」
「佐々木先生と焼肉!」
盛り上がる島上ベンチ。しかし、その中でただ一人、浮かない顔をしている男がいた。
「大介君?どうしたの、向こうのベンチなんか見て。」
小町の様子を怪訝に思った佐々木が上目使いで覗き込んでくる。小町は視線を変えず、言った。
「12点差なんて、シュート四本分だ。油断してる場合じゃないかもしれませんよ。」
その小町の目は、間違いなく弟を捉えていた。
別に小町は精神病とかではないです。




